event12 3/14 Whiteday B面
ムカつく野郎だと思われるかもしれねぇが。
ただ一つ、きっぱりと言えることがある。
それは、俺が『モテる』ということだ。
自慢じゃねぇが、女は途切れたことがねぇ。
上京する時だって、何人の女が俺のシャツを引っ張って「お願いだから行かないで」と涙を流したか。
顔? まぁそこそこなんじゃねぇのかな。
スタイル? まぁ背は高い方だし、筋肉も女に引かれない程度のちょうど良い感じ、らしい。よくわかんねぇけど。
性格? 結構適当だからな。それが嫌だってやつもそりゃあいるだろう。
あっちのテク? 知らねぇよ。わかるかよ。ただ面と向かって「下手くそ!」と言われたことはねぇ。普通言わねぇって? まぁそれもそうか。
あと思い当たる節といえば、そう、俺はミュージシャンだ。
俺の経験上、音楽をやってるやつっつーのは、まぁーよほどの例外を除いてモテる。
ヴォーカルの美声に(それは必ずしも透き通る声とは限らないが)酔うも良し、血管を浮き上がらせながら目にも止まらぬ早さで爪弾かれるギター、心臓も釣られて踊りだしてしまうような力強いベース、無意識に身体がリズムを刻み出すドラムの音で感じるままに跳ねるも良い。そっちの方はあんまり明るくねぇんだが、クラシックの方も聞きゃあやっぱりすげぇなって気持ちを持っていかれちまうもんだ。
まぁそういうわけで、俺はモテる。
これは揺るがねぇ『事実』だ。
女なんて黙ってても勝手に寄ってくるから、わざわざ俺が動くこともない。だから俺は、自分から人を好きになったりなんてめんどくせぇことはしねぇ。
――そう思ってた。
かなり昔からある音楽教室も兼ねた楽器店に、きれいな女の店員がいるらしいという情報を小耳に挟んだのは年が明けて間もなくの頃。
どれどれどんなもんだと、当時の連れと共に冷やかし半分で見に行ってみた。すると、目当ての彼女はちょうど、年季の入ったカウンターでギターのチューニングをしているところだった。
「女なのにあんなに足を開いてみっともない」
連れはそう言って鼻で笑った。そしてさらに追い討ちをかけるように「なぁんだ、しかもオバサンじゃん」とせせら笑った。
――はい、アウト。てめぇいますぐ俺の前から消え失せろ。
……とまでは言わなかったが、それに類する言葉でそいつとはその場で別れた。
何もわかってねぇ。
股がどうだってんだ。
オバサン? 年なんて関係あんのか。
俺はもう一発で参っちまった。その女――飯田皐月に。
しかし、初めて自分から好きになったのは良いものの、どうやって距離を詰めたら良いのかとんとわからねぇと来たもんだ。軽快なトークには自信があったのに、彼女を前にするとありきたりの挨拶しか出てこねぇ。女達はどうしてたんだっけ。らしくもねぇほど悩みまくっていると、ちょうどバレンタインの時期だった。
これだ! そう思った俺は、一も二もなく走ってあの楽器店へと向かった。それがいまから一月半前のこと。
そして、約束通り彼女の手から渡されたそれは、シンプルに板チョコ2枚。成る程、何事も突き詰めれば原点に還ると聞く。嬉しいじゃねぇか。余計な装飾だとか食いづらいだけのアレンジなんてものを取り除いた、チョコ本来の味を楽しめる逸品だ。だとすれば究極はカカオ豆なのかもしれねぇが、いかんせん、こっちはそこまでの玄人じゃねぇ。それも考慮しての、このチョコレートなんだろう。
これを彼女が俺のために選んでくれたかと思うと、嬉しすぎてとてもじゃねぇが手を付けられねぇ。
さてさて、そうなるとこれに見合う『お返し』は何だ?
やっぱり手作りか? 手作りなのか?
自慢じゃねぇが、俺は料理がかなり得意だし、トリュフでもケーキでも何でも作れる。
「――それは止めた方が良いと思うけど」
「何でだよ」
「いきなり重すぎ。付き合ってもいないんでしょ?」
「おぅ、まぁな。でも絶対近いうち――」
「ってかさぁ」
「あんだよ」
「何でそれをあたしに聞くかなぁ。おかしくない?」
受話器からはかなり不機嫌そうな声が聞こえて来る。
「あたし、その女のせいで振られたんだけど?」
「その女って言い方止めろよ。お前が振られたのはそういう口の悪さのせいだろ。飯田さんのせいにすんな」
「それでもその『イイダサン』に会わなけりゃ、あたし達まだ付き合ってたわけだし」
「いや~、お前の性格なら遅かれ早かれ別れてたって」
「何よ。そんな女に助け求めて来たくせに」
「うはは」
「まぁ、良いけどね。あたしもいま目ェ付けてる男いるし」
「さすがだな」
「とりあえず、勇助は料理上手いけど、手作りは無し。絶対重いから。高松屋か瀬越あたりにホワイトデーの特設会場あるからさ、そこで手頃なの買って渡しなよ」
そろそろ面倒臭くなったのか、ほんの数ヶ月前に付き合っていた女――蓮美はそう言って電話を切った。
そういうわけで、その翌日、仕事帰りに高松屋デパートに行き、吟味に吟味を重ねてチョコレートの詰め合わせを買った。蓮美の言った『手頃なの』というのがいまいちわからず、その場にいた野郎共に聞き込みをしまくって選んだ品だ。板チョコを贈ってくれた本格派の飯田さんに加工済みのチョコレートを渡すのは少々気が引けたが、そいつらの話ではホワイトデーのお返しってやつは『もらったものよりもとにかく高いものをあげる』ことと『見た目は豪華なものを選ぶ』ことが鉄則らしい。あの飯田さんに限って値段やら見てくれやらを重視するとは思えなかったが、もしかしたらということもある。飯田さんを思い浮かべながら選んだそれは、彼女に似合いそうな真っ赤な箱のものだった。
渡した時のことは正直朧気だ。彼女は何となく不思議そうな顔をしていたと思う。それくらいしか覚えてねぇ。なぜって、その後の展開が衝撃的すぎたのだ。
「今夜、家で御飯を食べませんか?」
な? 衝撃的だろ?
確かに、その日に出会った女を持ち帰ったことはある。もちろんヤることもヤッた。だけれども、それはまぁいわゆる需要と供給ってやつで、お互いにただヤれりゃ良かったのだ。
でも、飯田さんは違う。絶対にそんな女じゃない。
いや、俺が知らないだけで実際はそういう女なのかもしれない。
だとしたら? ラッキーだろって? バカ言うんじゃねぇ。
飯田さんはそういう女でいてほしくねぇんだ。
俺みてぇな下らねぇやつに簡単に股を開くような、そんな女でいてほしくなかった。
一応、「着替えとか持ってった方が良いすか?」と聞いてみた。 これでもし、答えが『YES』だったら辞退しよう。そう思った。しかし彼女の答えは「着替えが必要なくらい汚しながら食べる癖でもあるんですか?」だった。これはきっと『NO』だろう。俺は安堵した。
――のも束の間。次なる衝撃が畳み掛けるように押し寄せて来たわけだ。
食事のお誘いが第一の衝撃だとして、第二の方はというと、無人だとばかり思っていたその部屋に明かりが灯っていたことだった。
おいおい、もしかして旦那がいるんじゃねぇの? なんつって、俺は正直及び腰だった。そりゃ相手がいたとしたって奪う覚悟はある。あるが、それによって彼女が傷付いたり悲しんだりするのはダメだ。絶対にダメだ。
――あぁクソッ! 俺はいつからこんな腰抜け野郎になっちまったんだ!
そんなことを考えていた俺の目に飛び込んで来た『第三の衝撃』は――、
「お帰りなさぁい!」
2人の天使だった。あ、あぁ、あとお婆ちゃん一歩手前くらいの御婦人もいたな、確か。
郁と晶という名の双子ちゃん達は、見た目こそそっくりではあったが、どうやら性格は正反対らしい。……とは言うものの、どっちも実に良く笑う子達だった。
――え? 晶の方はそんなに笑う子じゃない? いやいや、さっきから隣でケラケラ笑ってんすけど? は? 人見知り? いやいや、だから俺の隣ですっげぇ笑ってんすけどって。
2人の超絶美『幼』女達から一緒にねんねしたい、なんて可愛すぎることを言われちまって、正直後ろ髪は引かれまくったが、それを何とか振り切って彼女の部屋を出た。アパートの共有エントランスまで見送ってくれるという飯田さんの申し出を有り難く受け、わずかな距離を並んで歩く。
ありきたりすぎる礼を述べた後、思いきって既婚なのかを問うてみた。すると、離婚なのか死別なのかはたまた未婚なのかまでは聞けなかったが、とにかく現在はフリーだった。それならば、と思ったが、彼女は恋愛をする気はないらしい。自分は母親だから、と。
そうなのかもしれない。そういうものなのかもしれない。母親ってやつは。いろんなことを意識的無意識的に我慢する生き物なのかもしれない。それでも。
それでも、かといって、俺と一緒にいることで得られる予定の幸せまで我慢するこたぁねぇんだ。何もベタベタイチャイチャしてぇわけじゃねぇ。セックスが全てじゃねぇんだし。俺らの間にあの可愛すぎる双子ちゃん達が挟まってるっつーのも良いじゃねぇか。
だから――、
「……だったら、待ちます」
「え?」
「飯田さんが母親を卒業するまで待ちますから!」
そうだ。そんなことは取るに足らねぇことなんだ。『母親』を無事に終えてからすりゃあ良いんだ。何も問題はねぇ。
俺は、だから俺と付き合ってください、と続け、深く頭を下げて右手を差し出した。……まぁ、その手を取ってはもらえなかったんだが。
彼女の表情を盗み見るかのようにほんの少しだけ顔を上げてみると、飯田さんは何だか困ったような顔をして――、
泣いていた。
〆は18時更新です。




