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六話

 兄ちゃんのところでいい仕事をしたご利益か、はたまた天中殺か、あれからたて続けに仕事が舞い込み、ひと月ほど忙しい日々が続いた。自転車操業なのでお金が儲かるなんてことは間違ってもないが。

 世間では桜が咲き、春の暖かさに包まれ、葬儀屋の仕事もなんとなく暇になり、再び葬儀屋アイドルの活動を開始。どうせ梅雨明けにはまた死にたくなるほど忙しくなるのだ。たまたま遊びに来てたまとめを連れ、郊外の山奥へ軽トラを飛ばす。

「随分深い山だね。こんな秘境に、一体なにがあるの?」

「うん。少し、いや、かなり怪しいところかな。予備知識を入れると多分引くから、とりあえず内緒にさせてよ」

 軽トラがやっと通れる狭い山道を脱輪の恐怖と戦いつつ登る。十分ほど走って細い石段の前に軽トラを止めた。

「ええー、この階段登るの? もう帰りたいよぉ」

 その場にしゃがみこみ弱音を吐くまとめ。

「ま、まあ、ここまで来たんだし、もう少し付き合ってよ。ダイエットになるよ。帰りに特大パフェおごるからさ」

「それじゃダイエットになんないじゃん」

 なんとかまとめを宥め、石段を登るも、すぐに後悔することとなる。

「ひいー。階段キツい。膝が痛い。体が重いよお」

「もう、しっかりしてよお。やすピンが連れてきたんでしょ」

 まとめに引っ張られながらクソ長い石段を登る。まとめと一緒に来てよかった。一人だったら多分、遭難する。

 やっと天国への階段を登りきると、そこには歴史を感じさせる苔むした屋根瓦の門。そこには音曲寺と書かれている。肩で息をしながらまとめが聞いた。

「お寺? なに? 誰かのお墓参り?」

「いや、そうじゃなくてここの住職に用があってね。仕事柄、お坊さんの知り合いは多いんだよ」

 二人して境内に入る。門構えに負けず劣らずの年季の入った本堂を窺うと、ご本尊の周りにはアンプや立てかけられた数本のギターやシンセサイザーにスネアドラムまで鎮座し、さながらバンドのステージ。そのミスマッチな光景にしばし見入っていると、奥から僧侶が出てきた。年の頃は三十前後。身体は細めの長身。今風のイケメンである。が、そのイケメン僧侶は僕を見るなり、しなを作った。

「あら、咲君。久しぶりに来たと思ったらその女はなに? もしかして自慢? アタシへのあてつけ? もう、どんだけぇー」

 そう……この音曲寺のイケメン住職、西園公望はガチのオネエなのだ。もちろん、それを知るのは限られた者だけだ。檀家さんには西園ファンクラブなるものが存在し、女性の熱烈なアプローチを袖にすること数知れず。女性ファンは西園ロスに戦々恐々としているという。また、学生時代はモヒカン頭でヘビメタバンドのギタリストだった前科アリ。僧侶養成大学を卒業後は住職を務めるかたわら、ボーカロイドに楽曲を提供し、ネットの神作曲家として一部に熱烈なファンを持つ、ツッコミどころ満載の僧侶なのだ。

「いや、この子は幼馴染で彼女じゃないんです。今日、西園さんのところに来たのはちょっとしたお願いがありまして」

「ふうん。まあいいわよ。お上がんなさい」

 本堂に上がりまとめと二人、西園住職に向かい合って座る。座布団の上に正座するその姿は神々しく、スーパーイケメンカリスマ住職と言って差し支えない。が、オネエという性質が全部台無しにしている。天は二物を与えないものだ。僕は一通りの話をし、西園住職にこれから結成するアイドルユニットに楽曲を提供していただきたい旨を伝えた。

「アイドルねえ。ま、アタシはべつにいいわよ。ネットでできることにも限界があるし、リアルで音楽プロデュースも考えたこともない訳じゃなかったし」

「やったあ。ありがとう、西園さん」

 思いもかけず話がすんなりまとまり思わずガッツポーズ。今度菓子折りでも持ってこなくっちゃ。が、話はそれだけでは終わらなかった。

「でもね、咲君。アタシが作る楽曲はなんでもアリのノンポリよ。それこそ演歌から民族音楽まで、アタシの偏見で気に入ったコードを引っ張って作る二番煎じ、ううん、聞く人が聞いたらすぐにパクリとバレるような、グレーな代物なの。それでもいい?」

「いいのいいの。僕のやりたいアイドルユニットはそれぐらいの緩さが丁度いいから。それに僕も大好きなんだ。謎の神作曲家、ウエストパークのアニソンっぽい曲」

 ウエストパークとは言うまでもなく西園住職のハンドルネームだ。住職はこの名で人気ボーカロイドにさまざまなジャンルの曲を提供しており、バラード、ロック、アジアンテイストから果てはアニソン、童謡風の曲まで幅広く、一部ではウエストパーク複数説や、作曲AI説などの都市伝説がまことしやかに囁かれているのだ。

「咲君がそれでいいならアタシはOKよ。遊び感覚で安請け合いする訳だから、あんまり重いのは勘弁してよね」

 もとより僕に異論はない。そもそもパクリだろうがなんだろうが、作曲なんて僕らにできる訳ないし、ステージをやる機材だって持ってない。でも、この音曲寺には一通り揃っている。西園住職なら格安で、いや、もしかするとタダで貸してくれるかも、という下心もあった。が、問題は住職のギャランティーだ。恐る恐るそこを聞いたが住職はきっぱりと断った。

「お金もらうくらいならアタシはやらないわよ。そういう面倒なの、嫌いなの。お金受け取っちゃたら、それなりのクオリティは維持しなきゃいけないし、好きなことだけやってりゃいいって訳にもいかなくなっちゃう」

 あまりにも話がとんとん拍子に進むので小躍りしたくなるではないか。聞けばステージに必要な機材も運送費以外はいらないという。うますぎる話に不安を抱いたのか、まとめが小声で聞いてきた。

「ね、ねえ、やすピン。いくらなんでもうまくいきすぎじゃない? 大体、このお坊さん、こんなに若くて住職とかになれるもんなの? ホントに信用できるの?」

 その疑問はもっともだ。僕は孫引きながらも、その辺りの事情を説明する。

 確かに大学を出てもすぐに住職になれる訳ではない。が、二十代で住職になる人もいる。その絡繰りはこうだ。最近は少子化や後継者不足の問題でお寺の数に対してお坊さんが圧倒的に足りてない。しかも檀家の減少や仏教の影響力の低下で副業でもしなきゃ生活すらままならないお坊さんも多いという。結果、檀家収入が少なかったり、辺鄙なお寺は跡継ぎ不在のまま住職が他界。廃寺になるか、もしくは檀家がお寺を維持しなくてはならなくなる。その間の法要は他所のお坊様をレンタルすることになる。ならば寺などなくてもよさそうな気もするが、檀家はやはり自分の地域のお寺で法要を行ってもらいたいと考えるものらしい。そこで出てくるのが青田刈りだ。檀家は大学に予約して地元の寺に入ってもらう僧侶をキープ。うまくマッチングすれば住職見習いという名目で実質、住職に収まるという寸法だ。とはいえ、そうそううまくはいかない。なぜなら前の住職が檀家費用を前借りしてたり、戒名料を先にもらってたりする場合もあったりして、実質的に借金状態の寺も多い、らしい。そうでなくとも、この音曲寺のように交通の便も悪く、檀家の少ない寺は若い僧侶に敬遠される。

 だが、この西園住職の場合それが幸いした。お経とミュージックの融合を目指すこの人は大音量で楽器を鳴らして練習するのでこの山奥の環境は最高なのだとか。また、オネエなのに女性に言い寄られることが多いため、人里離れた場所の方が都合がいいのだ。

 そこまで説明するとまとめもなんとなく納得。僕は住職に何度も頭を下げ謝意を示す。が、住職は妖しい笑みを浮かべ、耳元の髪を掻きあげるしぐさをした。髪はないんだけど。

「そこまで喜んでもらうんなら、アタシもさすがに報酬なしってのは心が痛むわあ。でもお金はいらないって言った手前ぇ、なにか条件が必要かなあ。どうしよっかなあ」

 僕の咲元センスが危険なものを感じた。ここにいるのはヤバイ。はやく離れるのだ、と。しかし両手の指をからめて思案する住職の前ではさながら蛇に睨まれた蛙状態。なぜか微動だにできない。住職がなにか思いついたようだ。

「そうねえ。この山奥で暮らしてるとどうしても人恋しくなっちゃうのよねえ。いや、別に咲君に彼氏になれとは言わないわよ。その気のない相手をムリヤリってのは趣味じゃないし。だからパートタイム彼氏ね。一曲につき一回、アタシとデートすること。もちろん、アタシの曲でアイドルユニットがデビューした後でいいわよ。どう? 良心的でしょ?」

 住職がなにを言ってるのかしばらく理解できず放心すること数秒。まとめに助け舟を求めたものの、

「ま、まあ、別にいいんじゃない? 恋愛は自由だし」

 魂の抜けたような表情で適当な相槌しか返ってこなかった。どうやらまとめもかなりショックを受けてるようだ。が、この対応になぜか住職が青筋を立てた。

「ちょっとアンタ、少し可愛いからって随分余裕かましてくれるじゃないの。どうせオカマとデートなんかしたって、時々色目でも送っときゃ咲君の手綱を握ってられると思ってんでしょ。これだから女は嫌なのよ」

「な、なんですかいきなり。私、そんなこと思ってません。それに私は彼女でもなんでもないんですから、やすピンが誰とデートしようが関係ありませんよ。さっきそう言ったでしょ?」

「やすピンですってぇ? なによ、そのなれなれしい呼び方。チチと子宮が付いてるだけで男はみんな媚びてくれると思ったら大間違いよ。このビッチがあ!」

 なんで二人がいきなり喧嘩を始めたのか理解できない。僕が一人オロオロしているとまとめが僕の手をつかんで立ち上がった。

「もう帰ろ。やすピンがこんな卑劣な取引に応じることないよ。ネットの神作曲家かなにか知らないけど、なによ、この自信満々な態度。大体、こんな交換条件でデートして楽しいわけ? 言っときますけど女だって、なにもしなくても男の人に相手にされるわけじゃないんですからね」

「言ってくれるじゃないのよ。こっちだって伊達や酔狂でオカマやってんじゃないのよ。

三回もデートすれば咲君をオトすくらいわけないの。そのときのアンタの泣きっ面も見えるようだわ。アンタもそれが分かるから、咲君を私から引き離そうとしてるんでしょ。いかにも男を手玉に取りたがる女の考えそうなことだわ」

「ひいいっ。せっかく話がうまくまとまってたのに、二人ともこんなことで喧嘩しないでよ。僕はその条件呑むから。だからここは穏便に」

「こんなことってどういう意味よ? じゃあやすピンは私よりこのインチキくさいお坊さんを信じるってわけ?」

「そのとおりよ。咲君はアンタみたいな胡散臭い女よりアタシを選んだの。負け犬はさっさと遠吠えして尻尾を巻いて逃げることね」

 なんで選ぶとか信じるとかの二択になってるんだろう。意味不明だ。

「だからさあ、僕が西園さんとデートすれば済む話なんでしょ? そもそも楽曲を提供してもらうアイドルのメンバーさえいない状態なんだから。もしそのときがくれば十回でも百回でもデートするよ」

 なんだかものすごいモテ男の台詞っぽいけど、相手はオネエなんだよなあ。

「その言葉、嘘じゃないでしょうね。そっちの女、アンタが証人だからね。大丈夫よ。三回目のデートで咲君は身も心もアタシのものだから」

 一体なにが大丈夫なのかさっぱり理解できない。根拠も分からないけど凄い自信だ。三回目のデートで何をされるのだろうか。さっきの発言を激しく撤回したい衝動に駆られつつ、僕とまとめは音曲寺を住職に見送られながら後にした。

挿絵(By みてみん)

 帰りの道すがらもまとめは憤懣やるかたない。軽トラの中は気まずい空気だ。

「どうして? どうしてやすピンがそこまでしなきゃなんないのよ。やすピンが作りたいアイドルユニットって、そこまでして作らなきゃ駄目なの? どうしてもあの人に曲作りを頼まなきゃ駄目なの? そんなにあの人と合法的にデートしたいの?」

 なんだかまとめは頭に血が昇って、かなりどうでもいいところをつついているような。

「ううん、どうしてもというか、僕には他にツテもないし、西園さんなら普段からお世話になってるし、気心も知れてるし、いい人だし」

「どこがいい人よ。めちゃくちゃ怪しい人じゃない」

 そこまで言われては返す言葉もない。車内にしばしの沈黙。いくらか落ち着きを取り戻したまとめがまた口を開く。

「ねえ。前から気になってたんだけど、なんでまたアイドルユニットなの? 普通にお葬式してればいいじゃん。私や油谷さんでアイドルユニットなんて無謀もいいとこだよ? 仮に結成できたとしても、活動できる機会なんて永遠になくない?」

 痛いところを突く。僕としては決して思いつきな訳ではなく、以前から暖めていたプランではあるのだが、その理由なんて、とても恥ずかしくて言えない。

「……夢で、見たんだよ」

 助手席でまとめがきょとんとする。

「僕が見た夢の中で、会社のみんなと、まとめが素敵な衣装を着てさ、楽屋っぽい場所でスタンバッてるんだ。夜見子君はテンパってて、あこや君はいつもどおりの無表情なんだけど、ちょっとソワソワしてる。んで、まとめは不安で今にも泣き出しそうなんだ。それをやっぱり、アイドルの衣装に身を包んだ水魚サンが気合だ! とか言って励ましてるんだよ。なんか笑っちゃうけど」

 運転しながらちらりとまとめに目をやると、ちょっと笑っていた。

「で、それを見てたやすピンはなにしてたの?」

「なにもしないよ。夢なんだから。ただ、僕も心の中でがんばれって応援してた。でも、なにもできないし言えないんだよ。夢だから」

「それで?」

「うん。しばらくするとステージ開始の合図かな? ブザーみたいなのが鳴って、みんなが緊張のあまりパニックに陥る。で、一番取り乱したのが水魚サンなんだよ。やっぱりやめた。お前らだけでやれって言いだす。そうこうしている内にドアの向こうから大歓声が聞こえてくる。手拍子や地鳴りの後に音楽が鳴り始める。でもみんな完全に舞い上がっちゃって出て行くことができない。ドアが開いてADっぽい人が出番です、早くお願いしますって急きたてる。でも、緊張して誰もステージに出ようとしない!」

「それで、それで」

「僕は心の中で言うんだ。まとめ、君がみんなを引っ張るんだ。いや、みんなを引っ張れるのはまとめだけなんだ。立て、立つんだ、まとめって。すると突然まとめが立ち上がって、みんなになにか言うんだよ。なにを言ってるかは聞こえなかったけど、まとめに励まされたみんなは元気を取り戻す。そしてみんなはステージに向かって走り出した」

「それで?」

「そこで目が覚めちゃったんだ」

「もう、なにやってんのよ。一番肝心なとこじゃない」

「しょうがないだろ。夢なんだから。んで、目が覚めた僕はしばらくボーっとして、この夢の続きをどうしても見たくなった」

「それがお葬式のアイドルユニット?」

「そういうこと。夢で見たのは普通のアイドルのステージっぽかったけど、僕に普通のアイドルのプロデュースなんてできないから」

 などと即興で作った話をしてはみたものの、夢で見たのは本当だ。もっとも、その夢はアイドルの衣装を着させられたみんなが僕を袋叩きにするハーレムバッドエンドだったが。

「ふうーん」

 まとめは開けた助手席の窓に肘を突いて、なにか考えてる風だった。窓から春の気持ちいい風と緑の匂いが入り込んでくる。

「そっか。それがやすピンがいきなりアイドルユニットを作りたいと言い出した理由か。まあ、二次元にしか興味ないよりかは、少し進歩したかな」

 うまく嵌ったみたいだ。まあ、嘘をついたので多少の罪悪感はあるけど。

「そういうことなら、私もできる限りがんばろっかな。どこまでできるか分かんないけど」

 まるで自分に言い聞かせるようにまとめが言った。僕は胸を撫で下ろした。どうやらアイドルの件は前向きに考えてくれそうだ。それとも、西園さんの条件にとりあえず同意してくれたのかとも思った。でも、このとき結構、まとめがかなりの覚悟を決めたのだということを、このときの僕は全く気付かなかったのだ。

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