四話
あれから僕達は北國と一緒にライブハウスを後にし、居酒屋に入って交渉することにした。もっとも、ライブの打ち上げという名目ではあったが。
「ふうん。それで、そのお葬式ユニットにボクに参加して欲しいと。で、今のところメンバーはそこにいる小豆沢さん一人だと」
「いや、暫定メンバーなんだけどね。まとめはメンバーの確保ができればやってくれる約束だから」
「ふぅーん」
北國が人差し指で唇を撫でながら値踏みするような目でまとめを見つめる。北國のこの癖は考えてるときのものだ。まとめは居心地悪そうにフルーツハイなど飲んでいる。
「ねえ。小豆沢、まとめさんだっけ? キミさあ、少し、いや、かなりアイドル舐めてない?」
「え?」
「なんか話聞いてるとさあ、さっきゅんに頼まれたからアイドルやってみようかなーとか、一緒にやってくれる人がいなきゃやだなーとか、ハングリーさがないよね。そんなんでお金を払ってきてくれるオーディエンスを満足させられると思ってるわけ?」
「北國、ちょ、ちょっといいかな?」
僕は座敷の個室にまとめを残し、北國を外に連れ出す。
「なんだよ、あの言い草。大体、お金を払ってきてくれるってなんだよ。あのガラッガラのステージでよく言えたよな」
「にゃははっ。ごめんごめん。一度アイドルのパイセンとして上から目線やってみたかったんだよねー」
「はあ、勘弁してくれ。ウチはゆるいアイドルユニットでいいんだし、べつに武道館とか星間戦争の終結とか目指してないから。妙な体育会系のノリはやめて欲しいんだよ」
「オッケー、オッケー。さっきゅんには色々世話になってるかんね。要するに、彼女をアイドルの道に引きずり込みたくって、ボクのところに連れて来たって訳だね。まっかしといてよ」
ううん。本当はまとめと北國にユニット結成の中心メンバーになってもらうべく二人を引き合わせたかったのだが、まあ、北國がそう解釈してくれたのなら結果オーライってことで良しとするか。
再び座敷に戻る。なにやらまとめが慌てて身だしなみを整えてる。一体、なにやってたんだろう。
「じゃ、改めて飲み直そう。カンパーイ」
北國が音頭を取る。一体なにがじゃあなのかさっぱり分からないが、なぜか僕と北國が並んで座り、向かいにまとめが座ってる。完全な面接シフトだ。
「で、このまとめさんにはアイドルとしてどんな属性があるんですか? さっきゅん」
「属性?」
「そうだよ。火とか氷とか。今時の常識だよ? ねえ。まとめさんにはどんなアピールポイントがあるわけ?」
北國が身を乗り出して聞く。だがまとめは困惑気味だ。堪らず僕が割って入る。
「そりゃ、歌がうまい。踊りも結構イケる……はず。あと、笑顔がいい。だよね」
「あはは……そう、かなあ」
まとめがますます困惑してる。まるでフォローになってない。
「全然ダメ。歌がうまいとか、ぶっちゃけアイドルに必要ないし。要はファンにどんな訴求力があるかどうかなんだよねえ。それがないうえ、情熱も主体性もないならアイドルは、ちょっと厳しいかなあ」
「あの、それじゃあ、たとえば北國さんには、どんなアピールポイントがあるんですか」
いくらか機嫌を損ねたまとめが逆に聞いてきた。もしかすると面接での嫌な思いが蘇ったのかもしれない。
「ボク? ふふん。ボクはね、霊能力を生かした霊媒アイドルなのさっ」
「そう。そうなんだよ。北國は凄いんだ。学生の頃からいろんな人を憑依させることができる、霊媒体質なんだ」
思わず身を乗り出して僕の方が喋ってしまった。ところが、対面のまとめはぽかんとしている。まあ、いきなり信じろと言うほうに無理があるか。すると北國が突如、白目を剥き、身体を痙攣させ呻き声を上げはじめた。出た。北國得意のアイドル口寄せだ。呆然とするまとめをよそに北國の痙攣が止み、目をカッと開いた。何者かが北國に憑依したのだ。
「ウ、ウウ。僕は、殺された。イルミナティの、陰謀。パプルスが、刺客だったんだ。僕は、マイキー、ジャクソン。うーらーめーしーやー、ポウ」
「ま、まさか、あのプリンスオブポップが殺されてたなんて。こいつは超スクープだ!」
僕は驚愕の真実を知り愕然とする。
「ちょっと待ちなさいよ、やすピン。その人の霊媒、なんか変だよ」
「まとめ、信じたくない気持ちは分かる。僕だってそうだ。だが、いいかげんな憶測は……混乱を招くだけだッ」
僕が力説すると北國の体から霊が出ていった。
「こんなん出たっぴょーん」
「ほらほら。憑依前と後でこんなに違う。間違いなく本物っしょ」
だがまとめは胡散臭そうな眼差しを僕と北國に向ける。
「あのね、マイキーは急激な運動と、服用してた薬の副作用で心不全になったって公式に発表されてんの。それじゃあ納得できない一部の熱狂的なファンや陰謀論者が秘密結社の暗殺説をデッチあげて騒いでるのは有名な話なんだよ。それに第一、マイキーは日本語喋れないでしょ?」
「な、なんだってえーッ!」
「チッ」
北國が小さく舌打ちするのを僕は見逃さなかった。
「そうなのか? 北國。今まで僕を騙してたのか? じゃあ、学生の頃見せてくれた水戸黄門やノストラダムスの口寄せも、みんな嘘だったのか?」
しばらく項垂れていた北國だったが、やがて開き直ったかのように笑い出した。
「クックック。ボクの口寄せをインチキと見抜くとはキミ、只者じゃないね。ああそうさ。ボクは霊能者でもなんでもない。霊媒の演技をしていただけの、ただの似非アイドルさ。おかしいだろ? 笑えるだろ? 笑いたければ笑え。アーッハッハッハッハ」
「うるせえぞ! も少し静かに飲め!」
隣の座敷から怒鳴り声が聞こえた。どうやら隣もかなりの修羅場のようだ。気の毒に。だが僕達にしても、他所に同情している余裕はない。
「ううっ。ボクの必殺の口寄せが、こんな小娘に見破られるなんて」
北國がその場に膝を折り、ついた手の甲に涙の粒が落ちる。小娘って、僕らタメ年なのだが。
「北國、まとめを責めないでやってくれ。決して悪気があった訳じゃないんだ」
「なによそれ? まるで私が悪いみたいじゃない」
「いいんだ、いいんだ。どうせボクは嘘つきだよ。アイドルにも霊能者にもなりきれない半端者だよ。そうだ。もう田舎に帰ろう。どうせライブハウスはなくなるんだし、ボクのファンなんて一人もいないし」
北國が体育座りでクダを巻き始めた。こうなると北國は面倒なのだ。僕はなんとか立ち直らせるべく説得を試みる。
「田舎に帰るって、ここ北國の地元じゃん。それに僕は騙されたと思ってない。あの口寄せが演技だったら逆に凄いよ。あの迫真の演技で僕や北國のファンをドン引きさせてたんだから」
「やすピン、それ、あんまり慰めになってないっぽいよ」
頼むから今は的確なツッコミは入れないでほしい。案の定、北國のテンションがみるみる下がる。
「もういい。そうやってみんなでボクを悪者にすればいいんだ。ボクはもう山に籠る。ボクのことなんか誰も知らない山奥で、自給自足の生活をするんだ」
「ちょっと! 北國さん。そんなことされたらやすピンが困るんだよ?」
「え? どうして?」
突然のまとめの強い口調に北國が呑まれる。
「だってそうでしょ。やすピンはアイドルユニットを作りたいの。でもメンバーになってくれそうなイタい人は今のところ北國さんしかいないの。北國さんがいないと私だっていつまでも暫定メンバーのままだし、なにより、やすピンは北國さんにアイドルとして参加して欲しいって言ってんの」
「でも、ボク、霊能者じゃないし」
「なんでそこにこだわるかなあ。やすピンは北國さんが霊能者かどうかなんて、どっちでもいいって言ってるじゃない。大体、アイドルなのに霊媒って、どこに向かってパンチを打ってるか分かんない芸風自体に無理があるんだよ。もうそういう胡散臭いニッチ狙いは、いいかげん見切りをつけたほうが無難じゃなくね?」
「まとめ、それ全然慰めになってない。全然慰めになってないから。大事なことだから、とりあえず二回……」
僕が言い終わらぬ間にまとめが畳み掛ける。
「やすピンはね、北國さんがインチキでも似非でも気にしないの。もちろん、騙されてたことだってなんとも思ってない。なんの取り得も、訴求力もないただのアイドルでもいいから、北國さんを必要としてるんだよ。そうだよね? やすピン」
「え? あ、ああ。うん。まあ、そうだよ」
いきなり振られて慌てて同意したものの、北國の霊媒を信じきっていた身としては正直、複雑だ。あの芸風は葬儀のイベントにもってこいだと思っていたのだが。しかし背に腹はかえられまい。
「そうだよ。ライブハウスもなくなるんだし、僕のところで心機一転、新しいキャラで出直そうよ。そうすればまた別のファンも付くかもしれないし。それに僕ら、友達じゃないか!」
とにかく、なにかいいことっぽいことでも言って北國を宥めなくては。北國は人差し指で唇を撫でていた。
結局、北國はいくらか機嫌を直したものの、色よい返事はもらえなかった。数日、考えさせて欲しいと言って店を後にした。去り行く北國を僕とまとめ、店の前で見送った。
「なんか、私がいない方がよかったんじゃない? やすピン一人で北國さん、スカウトした方が上手くいったかも」
「いや、正直、まとめがいてくれて助かったんだ。ライブハウスがなくなって北國の活動が本当に終わるなんて知らなかったし、北國もああ見えて内心かなりヘコんでたんじゃないかなあ。もしかすると、本気で引退を考えてたのかもしれない。そうだとしたら僕一人じゃどうにもできなかった。まとめがまぜっ返してくれて、かえってよかったよ」
「そうかなあ。まあ、やすピンがそう言うならそういうことにしとこう」
帰りの道すがら、まとめが歩道の縁石の上をバランスを取りながら歩きつつ、ぽつりと言った。
「私も、北國さんに痛いとこ突かれたし」
「ん?」
「言われたでしょ。軽い気持ちで安請け合いしたこと。少しカチンときたけど、図星だったからなにも言えなかった」
「なんだ。そんなこと気にしてたのか。いいんだよ。これは僕が道楽で始めたようなことなんだから。むしろ軽い気持ちでやってもらうくらいで丁度いい。なにしろ活動内容が北國以上にニッチなんだから」
「うーん。そういうことじゃなくてね、ちょっと素敵だったんだ。ステージの上でアイドルしてた北國さん。お客さん、一人もいないのに一所懸命歌って踊って、すごいよね。それに引きかえ、私、なにやってるんだろって」
妙なところで感心するなあ。北國の活動はほとんど趣味の延長だと思うのだが。それより、何度落とされても前向きに就活してるまとめの方がリアルに立派だろう。僕が適当な返答を脳内で検索してるとまとめが縁石から飛び降りる。
「ねえ。もしかして、やすピン、あのこと、まだ覚えてたりする?」
「あのこと?」
一体なんのことだろうか。子供の頃、アイドルごっことかやってたっけ? それとも僕の両親のことを言ってるのだろうか。どう答えていいものか悩んでいると、
「ううん。なんでもない」
まとめが少々バツが悪そうに話を打ち切った。それから僕たちはなにか話すでもなく、それぞれ家路についた。