三話
「もっとー アナタ好みにー カスタマーイズ してーねー」
まとめが歌い終えると僕は立ち上がってオタ芸で応える。もっとも、アイドルオタではないので見よう見まねのなんちゃってオタ芸なのだが、それなりにコピーできてる自信はある。
とりあえずまとめの了承を得た僕はアイドルの適正審査などともっともらしい口実でカラオケボックスに連れ込んだ。ふふふ。僕の真の目的も知らず、無防備な奴だ。
しかし不審人物でも見るかのような視線を店員から向けられるのには参った。まあ、まとめが僕みたいな、いかにもオタクってな感じの男と二人きりでカラオケボックスに入るんだから、誰が見ても犯罪の匂いがするのだろう。
「じゃ、次はやすピンの番ね、番ね、番ね」
室内にエコーがかかったまとめの声が響く。なんか本当にカラオケデートしてる気分になる。が、今日の目的はそれではない。フライドポテトを貪りつつそれを制した。
「まあまあ、まだ得点が出てないじゃないか。もう少し待って」
僕とまとめが画面を注目する。採点画面が八十六点と表示。
「うむ。五曲すべて、連続で八十点台か。どうやらアイドルとしての資質はあるようだな」
僕は腕組して大物プロデューサーよろしく歌唱力を分析する。
「あのね、やすピン。こういうカラオケ店に置いてある機械は大体高得点が出るようになってんの。誰が歌っても、狭い個室で大音量ならそれなりに聞けるもんなの」
そうなのか? カラオケ事情にとんと疎い僕にはよく分からん。
「ほらほら。私は五曲連続で歌って疲れてんだから、次はやすピン歌いなさいよ」
まとめがマイクを僕の鼻に押しつける。だからカラオケデートじゃないんだってば!
「僕が歌ってどうすんだよ。今回はあくまでまとめの歌唱力の確認でしょ。昨日言ったじゃないか」
「えっ。あれ本気だったの? じゃあ本当にデートじゃなかったんだ」
鳩が豆鉄砲を食らったようなまとめを見て脱力してしまう。いやまて。今なんて言った?
もしかしてまとめは僕がデートに誘ったと思ってノコノコついてきたのか? 一体、なに考えてんだ? もしかして、脈アリなのかなあ。いや、だめだだめだ。僕にはギャルゲーの女の子達という本命がいるのだから。現実への浮気はダメ人間失格というものだ。
カラオケ屋での目的も一応終わり店を出る。店員の兄ちゃんがやはり怪訝そうに僕達を見ている。
「ヘイ! カノジョ! そんな怪しい男について行くのはやめなよ。ユーは騙されているんだヨ!」
てな店員の心の声が聞こえてきそうだ。ちなみにラップ調なのは店員のチャラい風貌から連想しただけの、ただの偏見だ。僕はいわれのない後ろめたさを感じつつお会計を済ませる。
「で、次はどこ行くの?」
「へへへ、内緒」
まとめと繁華街を歩くこと数分。辺りの景色が少し怪しくなってきた。ラブホテルやら風俗営業の店が軒を連ねている。僕はまとめを小さなビルの、地下へ下りる階段の前へ案内した。
「カオス最後のラストアイドル、狂イタコ。最後のファイナルステージ! か。ふうん。ここ、ライブハウスなんだ。文法的にかなり残念なのが気になるけど」
イーゼルに書かれたステージ案内を見てまとめが納得する。カオスと書かれたドアの向こうから大音量の音楽が漏れてくる。
「もしかして、ここに書かれてる狂イタコって人が、前に言ってたアイドル候補?」
「そ。事務所に所属しない、自力で活動するいわゆるピットアイドルってやつ。実は僕、彼女とネトゲでパーティーを組んだこともあるんだっ」
「そんな自慢はいいから、早く入ろっ」
まとめが勢いよくドアを開けると、大音量の音楽に包まれる。ステージに目をやると華やかなのか妖しいのか、弱いライトに照らされた一人のアイドルが懸命に踊っている。
「斧をブーンブン 鉈をビューンビュン キミをー奪い取ってやーるー」
ステージ上でショートカットのアイドルは歌い終わると涙を浮かべて手を振った。
「みんな、ありがとー」
みんなとは言ってるが客席には僕とまとめしかいない。ま、これも自業自得というものだ。ステージも丁度終わったようだ。まあ、終わった頃を見計らったのだけれど。
彼女の本名は北國板子。僕とは高校の同級生だった。僕も北國も周囲を引かせる自他共に認めるオタクで、妙にウマが合ってよく二人でオタ話をした。まあ、話がかみ合うことはほとんどなかったが、それでも自分の好きな話を延々とできるのはそれなりに楽しかった。卒業後、僕と北國の接点は専らネットにシフトし、北國がアイドル活動を始めたと聞き、何度かステージにも招待されたが自分の夢に向かってる北國がなにか遠い存在に思え、僕も社会人であるからして、リアルで会うことはほとんどなくなった。
と、ステージ上の北國、もとい霊媒アイドル狂イタコは僕とまとめを見つけるなりステージから駆け下り、僕に飛びついてきた。
「さっきゅんひどーい。ボクの引退ライブ、絶対、絶対来てねーって、あれほど言ったのにい」
「ちょ、ちょっとアナタ、なに、いきなりやすピンに抱きついてんの! それに、さっきゅんって誰よ?」
そういえばまとめは女子高に通ってて北國とは初対面のはずだ。僕にとってこの北國のスキンシップは普通のことなので事前に説明しとくのを忘れてた。
「ん? ねえ、さっきゅん。この人誰? もしかして、彼女さん?」
「ああ、いや、そうじゃなくて、この子は幼馴染でアイドル候補で、今日はスカウトに、ううん、なんか説明が面倒だな」
言ってる最中にも北國が悪戯っぽい顔で僕に抱きつく。まとめが納得いかない風でこっちを見てる。あれ? もしかして、本当に脈アリ? いや、目のやり場に困ってるだけだな。きっと。
「いや、それよりもさ、引退ライブっつっても、どうせ来週もやるんでしょ。今日は別件で来たんだよ」
「ちーがーうー。今日の引退は本当のことなの。いや、正確にはボクが引退するんじゃなくて、このお店の店長さんがライブハウスをやめてうどん屋を始めるからなんだけど」
「なにそのカオスすぎる転身ぶり。ここの店長さん、経営のセンスあるの?」
「だからあ、そのことをちゃんとブログで告知してたのに誰も来ないんだもん。みんなひどいよ」
「しょうがないよ。助けて下さい店じまいステージとか、一人しかいないのに今宵限りの再結成とか、あざとい集客しまくってたじゃん」
「人聞き悪いなあ。狼少年商法って言ってよ」
「いや、そのネーミングの方が人聞き悪いって。それに、ここが店を閉めてもまた別のライブハウス探せば済むことじゃないか」
「ちっちっち。甘いなあ。こんな田舎でボクみたいなニッチアイドルにステージを提供する物好きなライブハウスがそうそうあると思う? こういうお店だから集客に行き詰って転職を余儀なくされるんじゃんか」
「自分で言うかなあ……まあ、そうと分かっててニッチアイドル道を極めようとする北國の根性には敬服するけどね」
「ちょ、ちょっと待って。この人、あの北國さん? よくやすピンが話してた?」
今まで話から置いてきぼりを食ってたまとめが割って入ってきた。そういえば高校生の頃、よくまとめに北國の話をしたっけ。そうだ、思い出した。北國との会話でも僕はまとめのことを話したぞ。
なぜか二人の間にフルコンタクトの空気が漂っていた。