二十話
楽屋のテントの中にまで観客席の異様なムードが伝わってくる。とても中止にしますとは言えそうもない。こんなことならやっぱりレクイエムなんてキザったらしい名前じゃなくて、ドタキャンズにしとけばよかった。僕の直感はいつだって正しいのだ。そうこうするうちにタカシが息を吹き返した。
「話は大体聞いたでえ。とにかく、小豆沢とターミネーターはこっちに向かっとるんやろ。ならやることは決まっとるがな。俺らでステージを持たせるんや」
他にいい手もないのでタカシの提案を容れ、住職を含めた僕ら三人が簡単な打ち合わせを済ませてステージに上がる。
餓狼の群れに放り込まれたような一触即発の空気は概ね予測の範囲内。このアウェー感を引っ繰り返すのが僕らの任務だ。
「どーもおー、咲元安志と、ダブルゲーハーズでえーっす」
会場の雰囲気にも増して、ステージで自己紹介するタカシの挙動が明らかにおかしい。もしかしてこいつ、極度のあがり症じゃあるまいな。不安に駆られて耳打ちする。
「ねえ、ホントにやる気? もしかして僕ら、ある意味逆にかなり取り返しのつかないっぽいことやってなくない?」
「心配あらへん。打ち合わせどおりにやりゃ、俺ら明日の勇者やがな」
タカシが青ざめた顔でコント内容を説明。住職がエレキギターでぎゅんぎゅんぎゅんと拍子をとる。
「えー、それではー、今からユニコーン漫才やりまーす。ねえねえ、カノジョー。自分、どんな食べ物が好きなん?」
打ち合わせのとおり、僕が女の子喋りで答える。
「うーんとぉ、おせきはーん」
「この女はッ、ユニコーン! ねえねえカノジョぉ、自分、お菓子はなにが好きなん?」
「えっとぉ、ちんすこう」
「この女はッ、アンユニコーン!」
タカシが勝ち誇った顔で客席を見据える。
「どや、バカウケやでえ」
が、次の瞬間、出荷日を迎えた豚舎のような怒号が轟き、ゴミを投げないで下さいのアナウンスが虚しく流れる。ステージは行き場を失った欲望のはけ口と化した。
「なんでやねん! なんでこいつら、全然ウケへんねん!」
ステージに飛んでくる情念のほとばしりを身を伏せて凌ぎつつタカシが叫ぶ。当然だ。モエモエなパッケージに惹かれて買ったゲームがハゲとデブしか出てこないさぶゲーだったら僕だって同じ反応をする。僕は匍匐前進でタカシに近付き、この覆し難い戦場からの即時撤退を進言。が、タカシに諦める様子はない。
「いや、まだや。まだワイには、秘策があるんや」
客席から飛んでくる憎悪の欠片をものともせず、タカシがステージに仁王立ちすると途端に騒ぎが鎮まった。
「一体、どうすんだよ。もう、打ち合わせしてないよ」
僕の耳打ちにタカシは一瞥もくれず、客席に言い放った。
「えー、これからー、僕がー、このデブとキスしまーす」
しばらく思考停止しているといきなりタカシに押し倒された。眼前には僕の唇を奪おうとする半狂乱のタカシの顔面。さっきまで荒れに荒れていた客席は大盛り上がり。僕が激しく抵抗してるとタカシが囁く。
「大人しゅうせえ! ウケとるやないかい。ここは俺らがキスするのが正解なんじゃ!」
「冗談じゃないよ! キスした後どんな展開考えてんだよ! 一気に冷え込むのはミエミエじゃないかよ!」
すると今度は住職が割って入る。
「ちょっとアンタ、なにドサクサに紛れてうまいことやってんのよ! 咲君はアンタなんかより、アタシとキスした方が絵になるのよ! アンタはすっ込んでなさい!」
ハゲ二人に押し倒され客席は興奮の坩堝。舞台袖で見ていた水魚サンが堪りかねて乱入。
「キサマら! 公衆の面前で発情するんじゃない! これ以上風紀を乱すと確実に手が後ろに回るぞ」
と、水魚サンの無粋な静止に客席から野次が飛ぶ。
「止めんじゃねえ。そのハゲとデブにキスさせろ!」
「さんざん待って、一番微妙なアイドルが出てきたよ。僕たちのハアハアを返せ!」
この野次に水魚サンが即座に反応し、客席を一喝。
「なんだとキサマら! さっき喋った奴全員上がってこい! 軟弱者と罵りながらビンタしてやる!」
「ひいいっ。水魚サン、お願いだから客席にケンカ売らないで下さい!」
僕ら三人は水魚サンを取り囲み、なんとか楽屋に押し込んだものの、ステージの空気は収集不可能なまでに崩壊した。
「くっそう。あいつら、言いたい放題言いやがって!」
「だからやめようって言ったのに。どうすんだよ、この状況」
が、タカシは座り込んで全く反応しない。相当落ち込んでいるようだった。楽屋内に沈鬱な空気が流れる。と、夜見子君が沈黙を破った。
「私が行きます!」
「ええ? 夜見子君一人で? 危ないよ。やめときなよ」
「いいえ。私のせいでこうなったんですもの。私がなんとかしなきゃ。夜見子一人で、できますわよ。西園さん、伴奏、お願いします!」
ひと昔前のアイドルアニメのような展開に住職も自暴自棄となる。
「やるだけ無駄だと思うけど、そこまで言うなら付き合いましょ」
夜見子君が住職を伴ってステージに上がると、さっきまでの険悪なムードが和らぎ、曲が始まるとたちまち客席とステージが一体となり、夜見子ちゃんコールの大合唱となった。人は空腹が極限に達すると、豪勢なディナーより一膳のご飯の方がおいしそうに見えるとどっかで聞いたことがある。今の客席の心理状態がまさにそれであった。ステージは夜見子君の機転で奇跡の大成功を収め、夜見子ちゃんコールはいつまでも鳴り響いた。
「遅くなってごめーん。でも平坂さん一人で随分盛り上がってるね。一体、なにがどうなってんの?」
今更ながらまとめとあこや君が到着。もう、説明する気力もない。水魚サンがあこや君の肩に手を置いた。
「蛤。お前は、なんともないのか?」
「はあ。なんともありませんが。どうしたんですか?」
あこや君の疑問に、水魚サンが答えることはなかった。これからもきっと、水魚サンは僕が話した、いや、正確には西園さんが調べてくれたあの事実を、話すことはないだろう。
結局、レクイエムのデビューは僕が公衆の面前で辱められ、商工会の武闘派が気絶させられ、夜見子君一人が人気をかっ攫い、ついでに北國の便秘が快癒するというホロ苦い結果に終わった。この成功を受けて、その後我が社の葬儀プランに乗せたお葬式アイドルステージサービスは何度か依頼を受け、非常に地味な成功を収めることとなる。




