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十九話

 僕らが会場に着くとすでにお客さんがステージの周りでひしめいていた。

「チラシに写真が載ってるけど、結構レベル高いよな。このアイドルユニット」

「うん。こんな田舎に地方アイドル作るなんて、商工会、やるじゃん。女の子がみんな微妙に歳食ってるような気もするけど。まあ、地方だからな」

 そんな声がそこかしこから聞こえる。まあ、こんなものだろう。見ればアイドルに興味のありそうな男性諸氏よりも、アイドルを夢見る女の子が多いような気がする。彼女達もレクイエムの第二期メンバー候補なのかもしれない。そんなことを考えつつ楽屋代わりのテントに向かうと、ちょっとした騒ぎになっていた。すでに来ているものと思っていたまとめ達がまだ到着しないのだという。スタッフに詰め寄られたタカシが僕らに助けを求めたが僕らにも答えようがなく、電話で連絡するもなぜか繋がらない。ステージ開始まで三十分をきっていた。スタッフもステージの準備をせねばならず、楽屋には僕と水魚サン、ついでにタカシの三人がとり残された。

「くそったれ。あいつらなにやってんねん。まさか小豆沢の奴、天性の方向音痴とちゃうやろなあ? ヤスシ君」

「いや、それはない。まとめに限ってそんなギャルゲー的な属性ないから」

「もしかして、土壇場でちびって逃げたんちゃうか?」

 漠然とした不安が過る。まさか途中で事故にでもあったのではないかと。それなら逃げてくれたほうが余程いい。水魚サンも同じことを考えているような風だった。すると突然、聞きなれた声がした。

「うふふ。あの人達なら今頃、事務所で絶望の淵をのたうち回っているでしょうね」

 振り向くと入り口に黒い巫女服に身を包み、微笑を浮かべた夜見子君が立っていた。

「平坂? どういうことだ? あいつらになにがあったんだ」

「さあ? ただひとつ言えることは、もうこのステージは終わりということですわ」

 夜見子君が手に持っていたスマホやガラケーをその場に落とした。デコレーションからまとめやあこや君のものであることは疑いようがない。タカシが詰め寄る。

「おう、天然。さっきからなに訳分からんこと言うてんねん。あんまりふざけたことぬかしよったらイテコマスぞワレぇ」

「あら、そんなことができて? アブノーマルで不能でついでにハゲのアナタに」

 夜見子君が口元に手を添え、お嬢様立ちでタカシを挑発。

「エエ度胸じゃ。泣いてワビ入れても承知せえへんどコラァ!」

「夜見子君、逃げろ! タカシは子供の頃、柔道やってたんだ!」

 僕が叫ぶより早くタカシは夜見子君に掴みかかった。が、夜見子君はその腕を躱し、タカシの腕を掴むとそれに足をからめて地面に組み伏せた。数秒後、タカシは白目を剥いて意識を失った。

「え、なに? タカシ、死んじゃった?」

「いや、オチただけだ。平坂がやったのは三角締めという締め技だ」

 水魚サンが説明する間に夜見子君が立ち上がる。

「あら、さすがね。次は社長の番だったけど、先にアナタを黙らせた方がよさそうね」

「夜見子君、一体どうしちゃったんだよ。まさか誰かに催眠術でもかけられたの?」

「そんな訳ないでしょ。強いて言うなら、これは復讐よ。あんた達に人生を狂わされた、私のね」

 復讐? 僕がなにやったの? あんた達ってことは、僕以外の誰を言ってるんだ? そんなことを考えてる間に、水魚サンが指をボキボキ鳴らしながら前へ出た。

「私を黙らせるか。上等だ。やれるもんならやってみろ、平坂!」

「夜見子君、今度こそ逃げたほうがいいっぽいよ? いくらなんでも水魚サン怒らせちゃったら、シャレになんないよ」

 が、そんな僕の忠告なんか聞いちゃくれない。

「あら。私、こう見えても総合やってますのよ。失礼ですが、ストライカーの油谷さんには相性が悪いんじゃありません?」

「丁度いいハンデだ! 吠え面かくなよ!」


挿絵(By みてみん)


 水魚サンが掌底突きを繰り出す。が、夜見子君はあっさり捌く。振袖で動きが鈍い水魚サンに対して夜見子君の巫女服は裾や袖口が詰められてて動きやすい。夜見子君がローキックで水魚サンを牽制。半歩下がった水魚サンが体を回転させて裏拳を叩き込む。決まった、と思ったのも束の間、夜見子君が十字受けでそれを止めると、水魚サンの腕を手繰って捩じりながら一本背負いの形になる。夜見子君が溜めを作って水魚サンの脇に肩をぶつけると鈍い音がした。

「オーッホッホッホ! 肩関節を外すときの感触は、何度味わっても堪りませんわぁ!」

 夜見子君が勝利の雄叫びを上げた。が、水魚サンは背後から夜見子君の腰紐を左手でむんずと掴む。

「おおおりゃあああ!」

 水魚サンが叫ぶと左手一本で夜見子君を持ち上げた。子猫ちゃんのような悲鳴をあげた夜見子君を水魚サンは容赦なく背中から地面に叩きつけ、勝負がついた。

「ふんぬッ」

 水魚サンが気合を入れ、外された肩を自分で嵌めなおした。

「生憎、私の右は脱臼癖でな。ちょっとしたことで外れてしまうのだよ。狙いは悪くなかったが、詰めが甘かったな」

 やっぱりねえ。夜見子君が頑張ったところで水魚サンに適う訳ないんだよ。でもまあ、コスプレ女子のキャットファイトが生で見れたのでオタク的には良しとしよう。

「さて、大人しくなったところで洗いざらいブチ撒けてもらおうか」

 水魚サンが夜見子君の腕を背後にからめて組み伏せる。どっちが悪者か分かりゃしない。

「さっき、復讐がどうのと言っていたな? じゃあなんだ。お前はその復讐とやらを果たすためにウチに入社したのか」

「くっ。そうよ。癒し系ズッコケ天然美少女、平坂夜見子は敵を欺く氷の仮面。その正体は悪の帝国、咲元葬儀社をツブすために潜入した復讐の乙女、平坂夜見子! 私は社員としてお前達の身辺を探り、不正を暴こうとした。でも、不正らしきものは全く見当たらない貧乏所帯。社長の荒淫ぶりを暴こうとしたけど童貞のコイツは私のハニートラップに引っ掛かりゃしない。完全に手詰まりだと思ったところに、今回のアイドルユニットの話。最初は馬鹿にしてたけど、ここまで話が大きくなったのは嬉しい誤算だったわ。このステージをブチ壊せばあんた達は一巻の終わりよ。ざまあないわ!」

「お白州に引っ立てられた悪代官みたく、よくもまあベラベラ謳うな。で? お前はなぜ私達をそこまで目の敵にする」

「はうあっ! 私としたことが、こんな誘導尋問に引っ掛かるなんて。もう、なにも喋ることはありませんわ!」

「でも夜見子君、さっき人生を狂わされたとか言ってたよねえ? 僕ら、思い当たることがないんだけどなあ」

「な、なんて白々しい! 私はね、超一流設計事務所のお嬢様だったのよ。世が世なら私は世間が放っておかないほどのスーパーセレブだったの!」

「ね、ねえ、水魚サン。設計事務所って、そんなに稼ぎがいいの?」

「さあな。ピンキリじゃないのか?」

「おだまりッ! その私のなに不自由ない人生を潰したのがアンタの会社じゃないの! 知らないとは言わせないわよ。十五年前の、あの忌まわしい事件を!」

「全く要領を得んな。ウチのような弱小葬儀屋が、なぜお前の設計事務所を潰すことになるんだ?」

「どこまでもシラとぼけるつもりね。じゃあ教えてあげるわ。十五年前、隣町に建設された公共施設があった。でもその建物は不正な入札で建築資金が足りず、安全基準を大きく下回っていた。その罪の全てをなすり付けられたのが私の父だったのよ!」

「いや、そんな外堀を埋められても分かんないよ。もっと要約して頼むよ」

「まだとぼける気なの? あの事件のせいで私の父は法廷でヅラまで剥がされて、私は偽装頭髪の娘と呼ばれて登校拒否までしたのよ? あの偽装建築工事を請け負ったのが、あんた達の会社じゃないのよ!」

 その説明で水魚サンがピンときたらしい。

「ああ、そういえば私が子供の頃、よくワイドショーでやってたな。それって隣町にあった県下最大手のゼネコン、崎本組じゃなかったか? 今はもうないけど」

「ちょ、ちょっと待って。じゃあ夜見子君、もしかしてその崎本組とウチを混同しちゃってない? 言っとくけど、全然関係ないよ?」

「嘘ッ? 咲元葬儀社って、崎本組のダミー会社かなんかじゃなかったの?」

「いや、もしそうなら本当に葬儀屋はやらんだろ。大体、ウチがそんな大それた会社なら、こんなに貧乏な訳あるまい。今まで気付かなかったのか?」

「ああっ、なんてことなの! それじゃあ、今まで復讐に費やしてきた私の人生は、一体なんだったの!」

 夜見子君が額を何度も地面に打ちつける。天然を演じてた子は実は本物の天然だった。分かり辛っ。憐憫を覚えた僕は夜見子君の前にしゃがみ込んだ。

「だからね、復讐なんか考えたっていいことないんだよ。もうそんなことは忘れて、これからの自分の幸せを考えた方が建設的だよ。ま、秋祭りのステージを潰したらウチが潰れると思う夜見子君もどうかと思うけど」

「いや待て。平坂、さっきお前、事務所で蛤達が苦しんでるようなことを言っていたな? 一体なにをした。言え!」

「う……そ、それは」

 そのとき、不意に僕の携帯が鳴った。

「やすピンごめーん。さっきからペイペイがトイレに籠って全然出てこないのー。もうペイペイは諦めて、私と蛤さんだけで急いで行くからねー」

「……夜見子君、あの差し入れのケーキに、なに入れたの?」

「下剤」

 あまりにも予定調和な返答に激しく脱力する。北國め、二人の目を盗んでケーキを独り占めしたな。

「そりゃあ、あの三人にはなんの恨みもないしねー。てゆうかー、命に関わる毒物なんか入れちゃったら、マジ、シャレになんないじゃん? あははー」

 もう笑うほかない。すでに水魚サンは赤の他人のフリをしてタカシに活を入れてる。すると住職が慌てて入ってきた。

「ちょっと、なにやってんのよ! もう開演時間過ぎちゃってんのよ。心配できてみたら外で警備の人達全員伸びてるし、一体、なにがあったの?」

「夜見子君、それ、もしかして君の仕業?」

「あははー。私があなた達に復讐しようと思って入ろうとしたらぁ、なんか電話番号とかしつこく聞いてくるんでー、全員締め落しちゃった。テヘ」

 まさか警備が警備する対象に襲われるとは思わなかっただろうな。まあ、全くの猫に鰹節だった訳だから、さほど心は痛まない。なおも住職が詰め寄る。

「一体どうすんのよ。見たとこ油谷さんと平坂さんしか来てないみたいだし、観客席が殺気立ってるわよ」

 もはや僕達には一刻の猶予もなかった。

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