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十八話

 憂鬱のタネだったお盆も終わり、残暑もいくぶん柔らいだ頃には曲も決定し、すでにみんなの歌声も録音済みだ。あとはこれをミキサーにかけ、メロディに乗せればステージ用の曲の完成となる。さすがに初ステージで生歌を披露するのは無謀という大人の判断に従い、秋祭りでは口パクでのステージになる。

 初ステージに向けて、ほぼすべての準備は整った。とはいえ、まだ課題は山積である。みんな練習に熱心に打ち込んでくれてはいるが、アイドルのステージというにはまだまだお粗末だった。

 やがて秋の風が吹き始めた頃、僕は住職と再び会う機会があった。仕事の打ち合わせにかこつけ、正直なところを打ち明けたかったのだ。

「で、なに? レクイエムで提案したいことって」

「うん。やっぱり僕は、まとめにセンターをやってほしいんだ」

 住職は合掌して考え込んだ。

「咲君の気持ちも分かるけど、ここまで積み上げたものをまたやり直すのはお勧めできない。みんな反対するだろうし、なにより本人が辛いでしょ」

 そう言われてしまえば反論の余地はなかった。俯いている僕を見かねたのか、住職が言葉を接ぐ。

「とりあえず、秋祭りのステージまでは現状維持でいきましょ。これが最後のステージな訳じゃなし、いや、まあ、最初で最後かもしれないけど、小豆沢さんに限らず、油谷さんや蛤さんをセンターにする機会もきっとあるわよ。そのためにも、目の前のチャンスをしっかりモノにしましょう」

 ステージまでもう一ヶ月を切っていた。住職の言い分はもっともなのだろう。僕が立ち上げたレクイエムはとうに僕の手から離れていた。それは自然なことではあるのだろうが、やはり寂しさを感じずにはいられなかった。

 それから数日後、ついにあこや君の衣装も完成。ステージ直前、ぎりぎり間に合った格好だ。その日は練習もそこそこに、衣装合わせと相成った。

 みんなが出来上がった衣装に身を包んで登場すると本堂は途端に華やかになる。多少、水魚サンが開き過ぎの感のある肩口に不満を呈したが、みんなに似合ってると言われれば頬を染めて大人しくなった。服だけでここまではしゃげるなんて、やはりみんな女子なんだなと実感。着るものなんてカジュアルのXLしか選択肢のない僕にはよく分からん。

 かくしてできることはほぼやりきり、いよいよ秋祭りの日がやってきた。さすがにみんな緊張の色は隠せなかったが、ここまで練習を重ねて、後ろ向きな意見が出ることはなかった。前日の準備は商工会の若手がほとんどやってくれたので機材の搬入もつつがなく終わり、住職がチェックなり音合わせなりしていた。ステージの脇にはひと際大きなテントが建てられ、そこがレクイエムの楽屋として使われるという。メンバーの安全を確保するため若手の武闘派が警備も請け負ってくれた。

 そしてついに当日。レクイエムデビューの日だけあって朝から慌ただしかった。さすがに現場で着替えるのは無理っぽいので事務所でメンバーは着替え、水魚サンは僕が軽トラで送り、他のメンバーはまとめの運転する箱バンで現地に向かう。住職とタカシはすでに現着している。ステージはお昼からなので時間はあるのだが、こういう準備に女子が時間をかけてしまうのは世の常識。忘れ物を思い出したり、夜見子君がケーキを差し入れて盛り上がったりで、せっかちな水魚サンが明らかにイラついていたので一足先に水魚サンを連れ出した。

「ったく。準備だけでよくあれだけ喋ることがあるもんだ。最近の若いモンにはついていけんな」

 助手席で水魚サンが愚痴る。移動中はコートを羽織っているので衣装は見えないのだが、この日はお化粧とか口紅とかしちゃって、いつになく艶やか。別人のように色っぽい水魚サンにちょっとドキドキしてしまう。

「水魚サン、ステージに出るのは、やっぱり恥ずかしいですか?」

「当たり前だろう。私をいくつだと思ってる。二十……いや、江戸時代なら大年増と言われる歳だ。それがなにが悲しゅうてこんな格好で人前で踊らにゃならんのだ」

 そこでなぜ江戸時代が引き合いに出るのか、つい苦笑してしまう。

「じゃあ、僕が水魚サンをさらって逃げましょうか?」

「おっ。いいな、それ。では、今から一緒に遠くへ行こうか。南の島へでも」

 二人して笑う。それが収まると車内にしばしの沈黙。

「確か、この先の交差点だったんですよね」

「ん。ああ、そうだな」

 みなまで言わなくても水魚サンには通じる。七年、いや、もう八年前、僕の両親とまとめのお母さんが一度にこの世を去った、事故の現場だ。その交差点に僕らの車が差し掛かると、信号が赤に変わって止まる。また車内に沈黙。

「この交差点に進入したタクシーが、柿原さんの運転するトラックと接触したってことでしたよね」

「ああ。向こうの居眠り運転が原因だったそうだ。それで三人も命を落としていては、やりきれんな」

「ねえ、折角ここまできたんだし、お墓参りに行きませんか?」

「は? なに悠長なこと言ってる。ステージはどうするんだ」

「まだまだ時間があるから充分間に合いますよ。近藤さんに少し遅れるって連絡しておけば大丈夫。丁度僕ら、黒い服着てるし、今日、お墓参りに来る人もいないでしょ」

「……そういえば、来月は祥月命日だったな。じゃあ、行ってみるか」

 信号が青に変わり、交差点を曲がり、一路墓地へと向かう。

 まとめのお母さんのお墓参りを済ませ、次いで僕の両親の墓前に向かう。水魚サンがしゃがんで合掌をする後ろで、僕も手を合わせる。

「ねえ、水魚サン。あの頃僕は中学生で、よく覚えてないんだけど、父さんと母さんはあの日、よそ行きの服を着て、まとめのお母さんとどこかへ出掛けようとしてましたよね。みんなは、どこへ出掛けようとしてたんでしょう?」

 水魚サンはしゃがんだまま、なにも言わない。

「丁度その何日か前、僕はまとめの家に遊びに行ってて、父さんとまとめのご両親が話してたのを微かに覚えてるんです。父さんがご両親を誘ってるんですけど、まとめの親父さんは相撲は店のラジオで聞くことにしてるんだ、みたいなことを言ってた気がするんです。僕はこの疑問を親父さんに持っていきましたが、ついに教えてくれませんでした。まあ、思い出したくもないだろうし、言ったところで詮無いことですからね。いや、もしかすると親父さんは誰かを庇っていたのかも」

 水魚サンが立ち上がった。が、依然、僕に背を向けたままだ。

「僕は不思議だったんですよ。僕の両親は相撲が好きだった訳じゃない。テレビでだって、そんなに見た記憶もない。なのになぜ、あの日、僕の両親はまとめのお母さんを誘って相撲観戦に行ったのかと。聞けばあの事故があった日は、隣町で久々に大きな巡業があるということで、結構盛り上がっていたらしいですね」

 水魚サンが体を僕のほうに向けた。が、その表情は明らかに狼狽していた。

「僕の両親が死んだあと、水魚サンは文字通りウチに滅私奉公してくれました。おかげでウチはいまだに健在です。でも、そのために水魚サンは人生の中で大切な時期をほとんど棒に振ってしまった。感謝したってしきれません。なぜ、水魚サンがそこまでしてくれるのか、そこまでは分かりませんでした。でも、この前タカシがウチに来て、水魚サンがコアな相撲ファンだって分かって、それも分かった気がしたんです」

 その場に涼やかな秋の風が吹く。僕と水魚サンの間に何枚かの枯葉が舞って、水魚サンの声が息の詰まりそうな沈黙を破った。

「ああそうさ! お察しのとおりさ! 私は日頃から相撲の面白さを社長に説いていた。そしてあの年末、巡業のチケットを手に入れて、社長夫妻の労をねぎらおうとプレゼントした! 知り合いに買わされたなどと嘯いてな。ご丁寧にその嘘に真実味を持たせるために、小豆沢の両親の分まで用意したんだ! まさかあんなことになるとは思わなかったんだよ! だが、私はそのことを秘密にした。怖くて誰にも言えなかったんだ。そうだ。隠していたんだ。お前の両親と、小豆沢のお母さんを殺したのは、この私だ!」

「デデデデッ、デデデッ、デーデー」

「……なんだ、それは」

「サスペンスドラマのBGM」

「ふざけるなッ!」

 水魚サンの掌底が僕の顎先をかすめた。なんてことだ! 星がたくさん見える。僕の三半規管は無力化され、意識はあるのにその場に崩れ落ちた。

「お前はいつもそうだ。人が死にそうなほど悩んでいるのに、とぼけた態度をとって、悩んでいるのも馬鹿らしくなる。私がしっかりしなくてはと、前に進まざるを得なくなる」

 水魚サンは手で顔を覆い、墓石にもたれかかった。立っているのもやっとのようだった。

「ねえ、水魚サン。水魚サンは良かれと思ってやったことなんでしょ。それがたまたま悲しい結末になっただけで、誰かが僕の両親を、まとめのお母さんを殺した訳でもないんですよ。水魚サンがそんなことを気に病む必要もないんです。責任を感じることも、自分の人生を殺して、それで贖罪にしようなんて、それこそ馬鹿げてます。あの事故は多くの人を不幸にしてしまった。でも誰かが悪い訳でも、誰かに責任があった訳でもない。事故を起した柿原さんも、慰謝料を払うために人生を棒に振ってしまいました。奥さんとも離婚し、娘さんとも離れ、今は隣町でバイトで生計を立てて、慰謝料を立て替えてくれた会社にお金を返し続けているそうです」

「そうか。まあ、そうだろうな。当然の報いだ」

「柿原さんは娘さんを専門学校に通わせるために仕事を掛け持ちしていたそうです。それがあの日の居眠り運転に繋がったのかもしれませんね」

「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。人は嘘をつくし、助かるためならどんな言い訳でもする。私は、お前のように物事を良いほうには解釈できん」

「水魚サン。柿原さんの別れた奥さんは旧姓を蛤というそうです。生計を支えるために、高校を出た娘さんはすぐ働きに出たようです」

「は、蛤だと?」

「柿原さんの娘さんは名をあこやといったそうです。珍しい名前ですから、同名の別人ということはさすがにないでしょうね」

「はまぐり、あこや……」

 今まで何度も口にしたその名前を、水魚サンは初めて聞いた名のように呟いた。 

「……蛤は、なぜウチにきた?」

「さあ、そこまでは本人に聞かなきゃさすがに分かりませんよ。まあ、聞いたところで教えてくれるとも思いませんが。案外、就職に困って藁にも縋る思いでウチの求人に応募したのかもしれませんけど」

 相変わらず僕は無様に尻餅をついたまま、水魚サンを見上げている。

「僕らは、まだあの悪夢の中にいるんです。水魚サンは僕の両親と、まとめのお母さんを殺したと思い込んで、自分を殺し続けている。あこや君も自分の夢を棒に振った。まとめもあの歳でいまだに親父さんの傍を離れられずにいる。僕もそうです。あの日、あのとき、僕にはなにかできたんじゃないか、少しでも違う行動をとっていれば、あの事故を防げたんじゃないか、そう思わない日は、あの日から一日だってありません。僕はこの悪夢を断ち切りたいんです。もしかすると、レクイエムはそのために立ち上げたかったのかもしれません。アイドルユニットなんかでそんなことができるとも思えないけど、僕にできそうなことなんてほかに思いつかないし。だから水魚サン、一度でいいから、アイドル、やりましょうよ。この悪夢から一瞬でも、覚めるために。水魚サンがそんな顔をもう、しなくてもいいように」

 水魚サンが僕の傍に歩み寄り、腰を下ろすと、ぎゅっと抱きしめてきた。

「やす君。いつまでも子供だと思っていたのに、一体、いつの間にこんなに大きくなったんだ?」

「なんか、その名前で呼ばれるのは久しぶりですね。中学の頃だったかな? あの事故の後から咲元君って呼ばれるようになって、高校卒業して、会社の社長に肩書きだけなってからは社長って呼ばれてた。ああ、ときにはキサマとかお前とか、いいように……ぐっ、く、苦しい。水魚サン、チョーク、チョーク!」

「あ、ああ、すまんすまん。抱き心地が気持ちよかったのでつい、な。頚動脈を締めてしまった」

「デブ専ですか! ああっ、とうとう自分で言ってしまった。大体、どこの世界につい、で、頚動脈締める人がいるんです。危うくあっちの世界に行くとこでしたよ!」

 水魚サンは僕の手を取り、抱き起こしてくれた。


挿絵(By みてみん)


「さあ、そろそろ行こう。社長の立ち上げたレクイエムの大事なステージだ。すっぽかす訳にはいかんからな」

 僕と水魚サンは墓地を後にした。

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