十六話
北國がユニットの一員として欠かせない存在になった頃、仕事の打ち合わせを兼ねて僕は再び住職と例の喫茶店でミーティング。やはり今回も住職はカラーギャングスタイルだ。
「じゃあ、この五曲が最低ノルマ。後はトークや客いじりでなんとか持ち時間をやりくりするしかないわね。それと歌詞ね。私やメンバーが作詞してもいいとは思うけど、やっぱり咲君が考えたほうがいいと思う」
「歌詞ですか? まあ、僕だけなにもしないって訳にもいかないから頑張ってみますけど、素人の僕にできますかね?」
「咲君の伝えたい、素直な気持ちを書き出すだけでもいいわ。妙に恰好つけようとするとかえって変なものしかできないから。あと、ユニット名もそろそろ考えないとね」
今後の課題を確認し、話が終わると住職が分厚い雑誌サイズの封筒を出した。
「なんです? この書類の山っぽいの」
「余計なお世話だけど、咲君のご両親と小豆沢さんのお母さん、事故を起した相手方の運転手、柿原っていったっけ。今、どうなってるか知ってる? 復讐したいとか思ってる?」
「そんなこと聞いてどうするんですか。そりゃあ、恨んでないと言えば嘘になるけど、僕にそこまでのバイタリティはありませんよ。ってか、なんなんですか、いきなり。詮索は好きじゃないとか言っといて、めちゃめちゃしてるじゃないですか」
「そりゃあね、咲君とデートするんですもの。それくらいの予備知識は入れておかないと」
「そんな知識必要ないでしょ。じゃあ、その封筒の中身はひょっとして」
「ええ。あの事故を調べてみたの。見たい?」
「いいえ。全く。今更そんなこと知っても、不幸な事故だった、ってことに変わりはないですから」
「そうね。その柿原さんも交通刑務所から出所して、五年ほど前から隣町のコンビニでバイトしてるらしいわ」
「そうですか。あの事故で運送会社と柿原さんから相当な慰謝料を頂きましたからね。おかげでウチの会社も潰れずに済みました」
「その言葉を聞いて安心したわ。咲君がそういう考えなら、この資料を渡しても問題なさそうね」
「いりませんよ。そんなこと頼んでないし」
「いいえ。勝手にやったことだけど、これは咲君が受け取るべきものなの。第一、私が持ってても意味ないでしょ? それに、なかなか興味深い事実もあるわよ」
「そんな思わせぶりなこと言っても、見ませんからね」
「べつに見なくてもいいのよ。持って帰ってすぐ燃やしてもいいわ。ただ、受け取るだけは受け取ってよね。それなりに苦労もしてるんだから」
住職はそう言うと席を立ち、店を後にした。僕はテーブルに置かれた、宙ぶらりんの封筒を手に取った。口はガムテープで厳重に封印されている。この封筒も、佐渡ヶ嶽さんの同人誌と共に封印することになるのだろう。
住職からいくつかの重い課題を突きつけられたせいか、帰りの足取りも重かった。会社に戻った頃には退社時刻を過ぎ、誰もいなかった。水魚サンは休み。あこや君は衣装製作のため、すぐに帰ったようだ。夜見子君はまあ、いつものことか。
事務所に入るとぷるりも自分の家で寝ているのか姿が見えない。僕は来客用のソファに腰を下ろし、住職から受け取った封筒を見る。開けて目を通さなければ住職に悪いような気もする。かといって積極的に見る気も起きない。封筒をテーブルに置き、腕組すること数分、不意に夜見子君の声がした。半開きのドアから彼女の姿が見えた。
「ねえ、社長。います?」
「ん? 平坂君。忘れ物?」
夜見子君は事務所に入ると後ろ手で鍵を閉めた。妖しい笑みを浮かべて僕に近付く。
「少しお話があるんですけどお、いいですか? うふ」
いつもと様子が違う夜見子君に困惑する。ソファに座る僕の膝の上に夜見子君が腰掛け、お互いの顔が触れそうなほど近付く。
「な、なに? 話って」
言いながらなんて馬鹿なんだと思った。夜見子君をスカウトする絶好の機会じゃないかと。が、夜見子君は意外にもアイドルユニットの話を振ってきた。
「ねえー。社長のアイドル活動、最近、新しいメンバーが入ったんだってぇ? 聞きましたよぉ。秋祭りのイベントに出るらしいじゃないですかあ」
「うん。よく知ってるね。蛤君に聞いたの?」
夜見子君が人差し指で僕の胸元をグリグリする。
「いいじゃない、そんなこと。それよりぃ、まだ夜見子はメンバーとして募集中なのかな?」
「え? 平坂君、やってくれんの?」
「もう、みんなのいないときは夜見子のことは夜見子って呼ぶの。そう言ったじゃない」
「う、うん。いや、初耳だけど、分かったよ。よ、夜見子……くん」
「はつみみー、アーワー。どう? 夜見子の歌声、イケてるでしょ? それに私、水着になるとすごいんだよ」
夜見子君は僕の首に両腕をからめてきた。
「いや、べつに水着にまでなる必要はないんだよ。まあ、ユニフォーム的な衣装は着てもらうことにはなると思うけど」
「知ってるよ。蛤さんが作ってるんでしょ。夜見子の分まで作ってくれてるんだよね」
「ええ? 蛤君、そんなことまで教えてくれたの?」
「ううん。でも意外だよね。あの蛤さんがコスプレしてたなんて。ネットで調べたら結構有名人で驚いちゃった」
「な、なんでそんなことまで知ってんですか? アナタ一体、何者?」
「なんでも知ってるよ。会社のあちこちに盗聴器仕掛けてるから」
「盗聴器? 法律には詳しくないけど、それって犯罪じゃないの?」
「やだなあ、社長ったら真に受けて、かわいいー。そんなことよりぃ、夜見子も社長のアイドルユニットに入れてほしいなあ。駄目?」
「い、いや、願ったり叶ったりだよ。平坂、いや、夜見子……さんさえよければ」
「でもぉ、夜見子のおうち、貧しくってぇ、お金が必要なの。アイドルやるから、その分……ね、分かるでしょ?」
夜見子君はそう言いながら僕の作業着の胸ポケットに突っ込んでいる電卓をす、と取り出した。僕は大変な思い違いをしていたのかもしれない。一番攻略が容易だと思ってたこの子が実は一番の曲者だったのではないか。今まで僕の誘いをのらりくらりと袖にしていたのは自分の価値を高めるため? だがここにきてまとめと北國が加わり、もう限界だと痺れを切らしたのだろうか。僕が考えてる間に夜見子君が電卓を打ち終わり、僕に向ける。表示された数字を見て愕然とする。以前、まとめに提示した金額の……およそ半分! 頭の中が混乱する。これを額面どおり受け取っていいものか。それともふた桁略してるのか? あるいはネゴシエーションか?
「ねえ、夜見子君。念のため聞くけど、これ、打ち間違いじゃないよねえ?」
「うん、そうだよ。なに? この額じゃご不満?」
「う、ううん。不満てほどじゃないんだけど、僕の懐事情では、ちょっと厳しいかなあ」
夜見子君が向けた電卓のボタンをぽんぽんと押す。提示された数字のさらに半額。もはや小学生のお駄賃レベル。人間、高い買い物をしたときは満足感が刺激され、逆にお得な買い物をしたときは不満を覚えるとどっかで聞いたことがある。今の僕の心理が、まさにそれであった。夜見子君が電卓を見て頭を掻く。
「まあ、この辺りが妥当な線かな? オッケー。じゃあ、契約成立ね」
夜見子君が僕の膝から飛びおり、手をひらひらさせながら出口に向かう。
「じゃあ社長、次のレッスンから夜見子も参加するね。みんなを驚かせたいから、最初は社長が連れてってね。あ、あと夜見子だけがギャラ貰ってるのはみんなには内緒だよ」
そう言って夜見子君は出て行った。一人、事務所にとり残された僕は白昼夢でも見た気分だった。さっきの夜見子君の言葉を反芻する。ギャラの提示をしたのはまとめだけ。場所はお帰り屋。水魚サンとあこや君は半ば脅迫で誘ったのでギャラは提示してない。北國に至ってはギャラさえ考えてない。夜見子君の盗聴器云々の話はあながち冗談でもない気がした。その日、夜遅くまで事務所のあちこちを捜索したが、素人の僕ではそれらしきものを見つけることなどできようはずもなかった。




