十五話
会社が終わると早速夜見子君をスカウトする。もっとも、水魚サンとあこや君の目があればあまり過激なことはできないのだが。夜見子君はいつもどおり、早く帰ってアニメのアワビさんを見たいので、とかなんとか言って帰ってしまった。茫然としているとあこや君が声をかけてきた。
「あのう、社長。少し、よろしいですか?」
困ったような彼女の様子に首を傾げる。僕はあこや君を社長室兼倉庫に招き、向かい合って座る。
「実は、この前西園さんに衣装はなんとかなるみたいなこと言ったんですけど、なにも浮かんでないんです。メンバーの衣装で、なにか希望があれば教えてもらえませんか?」
「うん。実は僕もちょっと考えてたことがあるんだ。あこや君の気に入るかどうかは分かんないけど、いい?」
するとあこや君はスケッチブックを用意し、僕の意見を聞いてくれることになった。
「まずまとめだね、イメージはできてるんだ。名付けて黒メイド。ゴシック調で、ちょっと黒魔術っぽい衣装。分かるかな? で、カチューシャも黒なんだよ」
説明に合わせてあこや君がスケッチブックにデザインのラフをガリガリ描き込む。見る間に素敵な黒いメイド服が現れる。
「うんうん、そんな感じ。僕のイメージにピッタリ!」
「なるほど、これに光物のアクセサリーをつければよく映えます。これは小豆沢さんに似合いそうです。メイド服はコスプレの王道ですしね」
「で、水魚サンは影姫。着物ベースなんだけど吉原の遊女っぽく肩がばっくり開いてる。いや、極道の奥さんみたいな感じかな。黒一色じゃ地味だから裾に金色の模様とか入ってるといいかも」
「確かに、油谷さんのイメージですね。本人は肌を出したがらないとは思いますが。足元の模様は薔薇、いえ、茨なんかがよさそうですね」
僕の説明にあこや君もノッてきたようだ。
「まだメンバーじゃない夜見子君のも考えてるんだ。コンセプトは暗巫女。普通の巫女服の赤い袴が黒なんだよ」
「これも平坂さんにぴったりです。肩口や胸元に黒いアクセントを入れて、裾も少し上げ気味にしましょう。神も恐れないふてぶてしさがいいですね。……それでその、私の、衣装なんですが」
あこや君が頬を染めて聞いてきた。いつもどおりの無表情だが。
「もちろん考えてるよ。ズバリ、ダークシスター。シスター服なんだけど黒い面積が大きいんだ。で、裾や袖が大きく開いてて、靴紐みたいに黒い紐で止めてるという」
「完全に神を敵に回してますね。でも、素敵です。裾と袖は、まあ、可能な限り攻めてみましょう」
「でも、全員違う服じゃ大変じゃない? 揃えたほうが楽なようなら、それでいいよ?」
「いえ、このデザインなら通販で買えるコスプレ衣装にちょっと手を加えただけでそれっぽくできそうですし、同じ衣装でもオリジナリティの高いものの方がかえって大変ですから、大丈夫です」
あこや君がもうじっとしてられないという風でスケッチブックを閉じた。席を立とうとしたとき、思わず声をかけてしまった。
「あ、ちょっといい? あと、もう一人のメンバーの衣装もあるんだけど」
「五人目の、メンバーですか? 誰です?」
「いや、準備だけしときたいんだけどね。まあ、サポートメンバー、かな。念のために」
「でも、採寸できないのではどうしようもありませんが」
「ううん、体型的にはまとめとほぼ同じでいいと思うんだけど、それじゃ駄目?」
「聞きましょう」
あこや君が席に座りなおす。
「題して夜姑娘。黒いチャイナ服で、ミニスカート並に裾が短くって、黒いスパッツが似合うかなあと」
そこまで言うとあこや君がじっと覗き込んできた。冷たい視線になぜか背筋が寒くなる。
「やっぱり、明確に意識してる人がいるんじゃありません?」
「う。実は、まとめの次に声をかけた子がいるんだよ。前向きな返事はもらってないから、無駄かもだけど。やっぱり、駄目だよねぇ?」
あこや君はひとつ溜息をついた。
「いえ、了解です」
「いいの? いるかどうかも分かんないメンバーだよ? 自分で言っといてなんだけど」
「でもその人に加わってほしいんでしょう? それに衣装も素敵ですし、聞いてしまっては作らない訳にはいきません」
あこや君のイメージも固まり、二人して部屋を出る。水魚サンが声をかけてきた。
「話は終わったか? 小豆沢がきてるぞ」
なんだろと思いつつ玄関に向かう。階段の下でまとめが待っていた。
「あ、お疲れ様。あのね、やすピンとこの前に行き倒れがいるんだけど。それがねぇ……」
行き倒れ? 前時代的な響きに当惑する。まとめも奥歯に物が詰まってるような物言い。会えば分かると言われ、二人で外に出ると社屋の前にうずくまるボロ布。恐る恐る声をかけてみた。
「あのう、どちら様?」
ボロ布に包まれた人物が顔を向けると驚いてしまった。行き倒れは北國だったのだ。その暴漢にでも襲われた後のような状態に激しく動揺し、両肩を掴んで体を起す。
「北國、どうしたんだよ? ホームがレスしたのか? ネット廃人にでもなったのか?」
北國はうつろな目を僕に向ける。
「う……キミ、誰? 北國って、ボクの名前? ううっ、なにも思い出せない」
「こ、これは、記憶喪失! リアルで初めて見た。なにがあったっていうんだ!」
「あー、あんまり真に受けないほうがいいと思うよ。さっきまで五斗米堂のシューマイ弁当食べてたから」
「なんてことだ。五斗米堂さんとこの激安弁当で命を繋いでいたんだ。まとめ、事務所に北國を上げるとまた面倒だから、お帰り屋を使わせてもらっていいかな?」
「そうだね。みんなに北國さんのことがバレると色々面倒だもんね」
なんだか今日のまとめは機嫌が悪そうだ。お帰り屋に入ると親父さんが声をかけた。
「おう、なんでぇ。そのボロ雑巾みたいなカワイ子ちゃんは。随分くたびれてるじゃねえか。ゾンビにでも襲われたのか?」
「やすピンの高校時代の彼女の北國さん。心配しなくていいよ。これ、コスプレだから」
「彼女じゃないよ」
「そうかあ。彼女かあ。ヤスの字も隅に置けねぇじゃねえか。咲元葬儀社も安泰だな」
僕の話をまるで聞いてくれない。北國を席に座らせ、記憶の回復を試みる。
「僕は同級生だった咲元安志。君は北國板子。君は僕をさっきゅんって呼んでたんだよ。覚えてる? 巨大ロボットアニメにお兄ちゃん大好きは必要か否かでよく取っ組み合いの喧嘩をしたよね。あの頃から、僕と君はライバルだった」
「ごめん、なにも思い出せない。でも、さっきゅんって、とても懐かしい感じ。それと、かすかだけど、覚えてることがあるんだ。それは、ボクはアイドルだったような気がする」
「そう、そうだよ! 北國はアイドルだったんだよ。地下アイドルとして活動してたんだ」
「随分都合のいい記憶喪失だね」
「まとめ、これはきっと普通の記憶喪失なんかじゃない。憶測に過ぎないけど、北國のアイドルパワーが暴走して、記憶を司る海馬になんらかのダメージを与えたんだ」
「便利な言葉だよね、暴走。それ言われちゃったら、なんも言い返せないよね」
「アイドル、ステージ、スポットライト、なにか、少しだけ、記憶が戻りそうな気がする。アイドルのステージに立てば、ボクの記憶、戻るかな? さっきゅん」
「そ、そうだよ。僕は今、アイドルユニット作ってるんだ! ねえ、北國も参加しなよ。いや、練習風景を見るだけでいい。なにか思い出すかもしれない!」
「ははあ、そういう魂胆か。大方、秋祭りのイベントをどっかで聞きつけたんじゃない?それで参加したくなったんだけど、プライドが邪魔して記憶喪失になったんだね」
なんてひどいことを言うんだ、まとめは。北國がただの記憶喪失なら僕のところに辿り着けるはずないじゃないか。自分の論理が破綻していることに本人は気付かないものだ。折りよく今夜はみんなが練習する日だ。僕はまとめに頼み込み、あこや君と共に北國を音曲寺に連れて行ってもらうことにした。
水魚サンと寺に着くとすでに三人とも到着していた。早速水魚サンが見慣れぬメンバーを見咎める。
「なんだ? この平坂に輪をかけて面倒くさそうな女は。富山からきたのか?」
「やすピンの元カノの北國さん。地下アイドルだったからメンバーに加えたいらしいよ」
「ははあ。彼女が社長の言ってたチャイナドレスの君ですか」
「なんだ? 蛤。そのチャイナドレスの君って」
「内緒です」
「それにしても社長にこんな器量の彼女がいたとは驚きだ。てっきりキモオタで引き籠りの軟弱な童貞だと思っていたのに、やることはやってたんだな」
「ひどいやないか、ヤスシ君。僕と遠距離しとる一方で、こんなのと二股かけとったやなんて。でも、そんなゲスいヤスシ君も、僕は受け止めるでぇ」
「なるほど。社長がいきなりアイドルユニットを立ち上げたのも、地下アイドルの元カノとヨリを戻すためだったんですね。ゲスもここまでくれば見上げたものです」
「ちょっとそこ! 三流週刊誌よろしくデマを拡散して既成事実化しないでよ。今のディスりに真実はひとつもないから! いや、まあ、童貞は真実なんだけど。いや、そうじゃない!僕が北國を連れてきたのは練習を見せるためなんだよ」
僕らの騒ぎをよそに住職が手を叩く。
「はいはい。ステージまで時間がないのよ。喋ってる暇があったら練習する」
まとめが住職の元でダンスのチェックを受ける一方で、別メニューの水魚サンとあこや君にタカシの怒号が飛ぶ。
「姐さん! 昨日やっと覚えたステップ、もう忘れとるがな! ターミネーターもバテるの早過ぎや。スカイネットにどやされるでえ!」
「アイドルがこんなにしんどいとは思いませんでした。もう、正直やめたいです」
「ああ。私もダンスが頭でとぐろを巻いて、夢にまで見る始末だ」
あこや君と水魚サンが珍しく弱音を吐いてる。最近、仕事が忙しいうえ、ステージに向けて追い込みが続いてるから、疲労も溜まってるんだろう。
「どう? なにか思い出した?」
北國は力なく首を振る。練習は最後の通しに入っていた。前奏に合わせ、まとめがセンターでスタンバイ。住職の手拍子が鳴ると急に北國が立ち上がり、ふらふらとまとめの傍に歩み寄る。同時に音楽がスタート。すると北國がまとめの隣に立ち、鏡写しでまとめと同じダンス。すごい。練習を見ただけで完コピしている。しかもまとめとは正反対の動きだ。北國のスキルの高さに一同が舌を巻く。
「さすがは元地下アイドルね。胡散臭い勘違い女だと思ってたけど、本人もやる気は満々みたいだし、どうやら決まりね」
住職は北國をメンバーに加えるのに異存はないようだった。踊り終わると北國はその場に崩れ落ちた。
「見てくれた? さっきゅん。ボク、アイドル、やれる?」
「当たり前じゃないか。北國は今日から四番目のメンバー、謎の東洋人、ペイペイだ」
「は? ペイペイ? なにそれ。ボク、聞いてないんだけど」
「ああ、僕が考えた北國のキャラ設定。ステージ上ではニーハオとシエシエしか言っちゃ駄目だからね。念のため」
「なんだよそれ! ボクがセンターじゃないの? それじゃまるっきり出オチメンバー扱いじゃん!」
「ええい、うるさい。そうだ、さっきまで北國とか言ってたのは嘘だ。記憶を失う前の君は謎の密入国者、ペイペイだったんだよ。言うこと聞かないと当局に引き渡すぞ」
「うわっ、えげつな。ヤスシ君、あの女に記憶がないのをエエことに、偽の記憶植えつけようとしてるで」
「自分の野望のためなら元カノの洗脳も辞さないという訳ですか。度し難いゲスですね」
「じゃあ、メンバーの仲間としてよろしくね。ペイペイ」
まとめも北國と打ち解けたようだ。しかも僕のキャラ設定をいち早く踏襲している。
「嫌だー。折角アイドルに返り咲けたのに、そんなキワモノキャラ、いーやーだー」




