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十三話

「ねえねえ蛤さん、この前のレッスンはどんなことしてたんですかあ?」

「たいしたことはしていません。基礎体力をつけるために小豆沢さんとお寺の階段を上ったり下りたりしていました」

「きゃー。怖いー。夜のお寺なんでしょ? お化けとか出ないんですか?」

「そういう非科学的なものは見たことありませんが。強いて言えば階段の上と下で社長と西園さんが監督してるんですが、ヘッドランプを付けて立ってる姿が昔の映画の殺人鬼みたいで、それが怖かったくらいですかね」

 葬儀の準備の最中、あこや君と夜見子君がそんな会話をしている。あこや君が活動に参加したことを知った夜見子君はしきりにレッスン内容を聞いているようだ。そんなに気になるんなら自分も参加すりゃあいいのに。それとも、なにかきっかけがほしいのかなあ。

 今回は音曲寺の檀家さんでの仕事となる。山奥にある小さな集落なので移動にさえ目をつぶれば準備も進行も比較的楽……な、はずなのだが、この地域には独特な面倒ごとが存在する。喪主の家は結構な大きさで昔の名家といった趣だ。こういう集落での葬式は地域の人達が頼まずとも準備なり片付けなりしてくれるのでこっちは楽だ。まあ、そのぶん人も多く集まるのでその対応に追われることにはなる。そして今回の主役、西園住職が徒歩で到着。お寺のすぐ麓なので移動範囲内だ。住職の登場と共にその場に金切り声が上がる。

「や、こんにちは、皆さん。実に良い日和ですねぇ」 

 住職が煌びやかな法衣を着て営業用スマイルを振りまくとその場のマダム達が歓声をあげる。

「西園様あっ」

「私のお経を上げてぇ!」

 西園ファンクラブの皆様は横断幕や手製の団扇で住職を迎える。アイドルか歌舞伎役者の花道状態。その中を住職が静々歩くと失神するマダムが続出。後頭部を強打しないよう僕と水魚サンがそれを支える。この人達、住職がオネエだと知ったらどういう反応するんだろう。

「皆様の篤い声援、非常に嬉しく思います。皆様に仏様のご加護がありますように」

 住職が合掌して頭を下げるとまたも数名のマダムがバタバタ倒れる。ああ、面倒くさい。

 葬式のたびに住職が愛想を振りまくのも当然で、檀家の少ない山寺などは限られた檀家費用で寺を維持しなくてはいけない。時には、厳密には違うのだろうが檀家からの借金を余儀なくされることもある。僧侶の素行があまりよろしくない場合は寺から追い出されることさえある。寺も寺の財産も名目上は檀家のものなので檀家に見限られた僧侶は身一つで出て行くことになる。僧侶は檀家にとってアイドルを演じる必要があるのだ。

 さらに西園住職は日頃から檀家と懇意にしており、従来の葬式とは一線を画す、明るく楽しいお葬式を奨励している。その方針が山の集落のマダム達にウケた。

 住職が導師を務める葬式は有閑マダムの情報収集かお茶会の場と化し、イケメンカリスマ住職のステージでもあった。まあ、その方針を受け入れ難い保守層もないではないが、マダムのハートをがっちり掴んだ住職に敵はない。

 法要以外にも住職は頼まれればすっ飛んでいく。ゴキブリ退治から家電製品のレクチャー。果ては女子会のお茶のお相手など引っ張りだこ。その際しっかり袖の下、ゲフンゲフン。お布施をいただき住職の懐にガッポガッポ。あくまで僕の邪推だが。

 だが、これは不自然でも悪いことでも決してない。現代では希薄になっているが明治時代以前、地域と寺社の繋がりは相当なものがあった。土地の揉め事や住民のトラブル解決の裁量を与えられた寺もあったし、生産活動や災害復旧の指導、若者の教育などにも当たったりする、いわば現代の行政官や司法官、その他諸々の仕事を請け負う当時のスーパーマンが、古代と最先端の学問を身につけた僧侶だったのだ。

 それはさておき、この西園住職の明るく楽しいお葬式路線は僕の目指す葬式像とも一致する。結婚式の華やかで楽しいイメージに負けないくらいの、またお葬式に呼ばれたいと思えるような、そんな社会の到来を僕は夢見ている。些か稀有壮大だが、それが僕が西園住職をリスペクトし、心から信頼している理由でもある。

 葬儀はつつがなく終わった。水魚サンが住職と共に火葬場へ向かい、僕は他の従業員と片付けを済ませ会社に戻る。軽トラの助手席にはあこや君を乗せ、夜見子君は直帰することになった。

 社屋に戻ると入り口でまとめが待っていた。

「あー、やすピン、おかえりい。ええっと、お客さんが待ってるよ。帰ってこないほうがよかったかも」

 なんだかまとめは困ってる様子だ。僕に客って一体誰なんだろ。考えているとお帰り屋の暖簾から一人の男が顔を出した。スキンヘッドの好青年だが、どこかで見たことがあるようなないような。記憶を辿っていると男は泣きそうな顔になってこっちに向かってきた。

「ヤスシくうーん! 会いたかったでぇー」

 男は諸手を挙げて僕に突進。抱きつくなり僕の体をガックンガックン揺すくる。ああ、思い出したぞ。この声、このテンション。

「小豆沢さん、なんです? あの妙な関西弁の男性」

「ううん。なんていうか、やすピンの自宅の隣に住んでた幼馴染の二又タカシ君。小学生の頃は本当に仲良しで、いつも一緒だったからみんなにホモってからかわれて喜んでた変な子。将来はやすピンをお嫁さんにするなんてとんでもないこと言ってたんだよ」

「はあ。西園さんと同じアブノーマルという訳ですね。頭もはげてるし、キャラが思いっきりかぶってますが。どうもウチの社長って、ああいう変な人を集める波長でも持ってるようですね」

「うん。でも小学校を卒業と同時にご両親の仕事の都合で大阪に行ったんだけど、なんか急に戻ってきたみたい」

 まとめとあこや君がそんなことを話しているとタカシが獲物を横取りされまいとする獣よろしく牙を剥く。

「ケッ。相変わらずヤスシ君のナオン面しとるのお、小豆沢。ガキん頃、ワイとヤスシ君の仲の良さに嫉妬しよったイチビリのくせしよってからに。それとそっちのサイボーグ姉ちゃん、ワイははげとんのとちゃう。剃ってんねや。これからのお笑いは、この頭やで」

「私べつに嫉妬してた訳じゃないからね。引いてただけだから」

「それとサイボーグ姉ちゃんって私のことでしょうか? かなりムカつくんですけど」

「やかましい。おどれら年中発情期の女共がワイのヤスシ君を誘惑しようとしても無駄や。ヤスシ君の心と体はすでにワイが先約済みなんや」

 いつの間にかタカシが背後に回り僕の両胸を揉みしだいてる。僕が女だったら確実に犯罪だぞ。なお悪いことにここに水魚サンも到着。僕に纏わりつくタカシを見るなり眉をひそめる。

「なんだ? そのハゲ頭の変質者は。今すぐ警察呼ぶか?」

「なんやねん、おどれらは寄ってたかって。誰が変質者ハゲや。オバハンはすっこんどれ」

「オバハンだとおっ? いい度胸だ。もう警察など呼ばん。自分から刑務所に逃げ込みたくなるようにしてやる!」

 僕らの様子に近所の人達がヒソヒソ話をしたり写メったりしてる。このままでは本当に警察沙汰になると危惧した僕は仕方なくタカシとみんなを社屋に押し込む。とにかくタカシを大人しくさせなければ。異様な空気を感じたぷるりが高い場所に避難する。

「一体いつ戻ってきたんだよ。いや、それよりもなんの用できたんだ? ウチは見てのとおりの葬儀屋だよ」

「ヤスシくうん、久しぶりに会うたゆうのに、冷たいやないかい。べつに戻ったんちゃうでえ。ヤスシ君を迎えにきたんやないかい」

「迎えにきた?」

「そうやあ。ワイ、今お笑いの世界に打って出るため準備中なんや。しかしいろんな奴とコンビ組んだんやけど、どいつもすぐ音を上げて逃げよる。で、やっぱワイの相方はヤスシ君しかおれへんと思い至ってなあ、はるばる大阪からきてやったんやあ。コンビ名はヤスシタカシ。どや、一緒に天下取ったろうやないかい」

「いつの時代のコンビ名だよ。その時点でデスマーチ臭プンプンだよ。大体、僕は今、ここの一応名目だけの幽霊社長なんだから。僕がいなくなるとみんなが、まあ、困らないかもしれないけど僕が困るんだよ」

「まあ、そういうことだ。社長がいなくなればタダ働き同然の下僕が一人減る。綱渡り経営の我が社にとっては大変な損失だ。大阪へは一人で帰るんだな」

「ありがとう、水魚サン。微妙にかなりものすごく引っ掛かる言い方だけど」

「そんな殺生なあ。もうワイにはヤスシ君しかおれへんねや。後生や、三年経って芽が出えへんかったら大人しく諦めるさかい」

「三日だってやだよ。大体その間、会社とか生活とかどうすんのさ」

「心配することあらへん。バッグに着替えと夢だけ詰め込んで、電車に飛び乗りゃ後はなんとかなるもんや」

「全くのノープランという訳ですか。どうしようもないクズですね」

「でもタカシ君、大阪では何人かとコンビ組んでたんでしょ? その人達当たったほうが早くない? なんで逃げ出したわけ?」

「こっちの方が聞きたいわい。一緒に寝たり風呂入ったりしたらもうやってられんて逃げ出したんや。まあ、ちょっとセクハラとかはしたけど、最近のガキは根性ないで」

「要するに気持ち悪がられて逃げた訳ですか。救いようのないゲスですね」

「なんかもうその話を聞く限り僕も同じ運命を辿りそうだよ。悪いけど水魚サンの言うとおり、大阪へは一人で帰ってよ」

 タカシはまた泣きそうな顔で縋り付いてきた。

「そんなこと言わんと、一緒に行こうでぇ。ワイが暖めとる相撲漫才はヤスシ君がおれへんと成立せえへんのやあ」

 タカシが跪いて僕の腰に抱きつく。頼むから股間に頬ずりしないでほしい。

「いるよね。いるよね。今はうだつの上がらない自分でも、お笑いの世界に入ったら輝けるとか思っちゃう人。相撲漫才かなんか知らないけど、ピンでやってよ。僕を巻き込まないでよ」

「ちょっと待ったあ!」

 いきなり水魚サンが割って入った。なんだなんだ。

「相撲と聞いては黙ってられん。ならば見せてもらおうか、相撲漫才の面白さとやらを」

 ああそうか。水魚サンは格闘技オタクだっけ。しかし相撲にまで一家言あるとは知らなかったな。ちっ、タカシの奴、余計なことを。ん? 相撲? 相撲だって? 僕はなにか引っ掛かるものを感じた。

「二又とかいったな。お前がその相撲漫才で私を笑わせることができれば、社長を引き渡そうではないか。だが、笑えない代物なら諦めろ」

 なるほど、そういう作戦か。水魚サン、グッジョブ。

「姐さん、話が分かるやないかい。ええやろ。その勝負、受けて立つでぇ」

「ふふふ。言っておくが、私から笑いを取るのは容易ではないぞ」

 いきなりタカシは僕に耳打ちしてきた。

「ヤスシ君、ちょっと一分ほど息止めてくれへん?」

 正直付き合いたくなどなかったが、タカシを追い払うため渋々従う。一分呼吸を止め、僕がゼエゼエしてるとタカシが手をかざす。

「金星を上げて、インタビュー室に呼ばれた北馬鞍」

 事務所にしばしの静寂。それを突然謎の絶叫が破る。

「ぶわっはっはっはっは!」

 いきなり水魚サンが腹を抱えて爆笑。たまげたぷるりが悲鳴をあげて逃げ出す。

「水魚サン、アナタ今、めっちゃ笑ってますよ。どんだけハードル低いんですか」

「い、いや、すまん。北馬鞍っていう前頭上位を行ったり来たりしてるエレベーター力士がいるんだが、コイツが結構金星上げるんだ。んで、インタビュー室に呼ばれて息切れしてる姿がそっくり! 私も以前から似てると思ってたんだ」

 みんなはなにが面白いのかさっぱり分からないのだが、水魚サン一人が息切れしながら解説する。そうか。コイツがお笑いやるとこういう空気になるのか。

「勝負はワイの勝ちやな。じゃ、ヤスシ君はもろて行くでぇ」

「ま、待て! 今のは不意を突かれたんだ。あんな不意打ちを食らったら誰だって笑う。決してウケた訳じゃない。もう一度勝負しろ!」

「水魚サン、アナタめっちゃ構えてたでしょ。それに笑ってるの、水魚サン一人ですよ」

 僕が呆れて窘めるも水魚サンは見苦しくも泣きの一回をタカシに要求。

「まあええやろ。一回二回笑い取ったくらいで弱肉強食のお笑い界では生き残れへん。ナンボでも笑わしたるでぇ」

 またもタカシが耳打ち。

「ヤスシ君、ちょっとその場でスキップしてくれへん?」

 水魚サンを信じて言われたとおりにスキップ。タカシが手をかざす。

「一番に勝って、コミカルに勝ち名乗りを受けに戻る関ノ山」

「ごわっはっはっはっは!」

 またも水魚サン一人爆笑。もう誰も信用できない。

「よし分かった。社長をお前に託す! 行ってこい、若人よ」

「おおきに、姐さん。相撲漫才四十八手はお笑いハルマゲドンで見せたるさかい、一年後を楽しみにしててや」

「ふざけんなよ! こんな一部のマニアにしか分かんないネタさせやがって。僕はお笑い芸人になる気なんかないんだってば。誰か、助けて」

 激しく抵抗する僕の襟首を掴んで玄関に向かうタカシをまとめが呼び止めた。

「待ちなさいよ! タカシ君なにもしてないじゃない。やすピンに乗っかってるだけじゃない。そんなんでお笑いなんて、私は認めないからね」

「ありがとう、まとめ。信じられるのは君だけだ。でも、納得いかないのはそこですか」

「ちっ。いらんこと気付きおってからに。そんなにワイとヤスシ君の仲を引き裂きたいんかい。でもまあ、相方に吸い付いとるパラサイト芸人扱いされるのも癪やな。ええやろ、ワイはピンでも一騎当千っちゅうとこ、見せたろやないかい」

 タカシは上着を脱ぐとアカペラでBGMを流し、キレキレの動きで踊り始めた。その素晴らしい動きにみんなの目が釘付けとなる。

「ババアレジェンド漫才、行くでぇ! 電気屋のー、マッサージチェアコーナーでー、昼寝しようと思ったらー、すでにババアが昼寝してたんだー、仕方がないので待っててもー、いつまで経っても起きゃしねえー、どうしてだろうと見てみたらー、なんとババアが死んでいたー、レージェーンドッ」

 事務所内に寒々しい空気が流れる。さすがに事故だと気付いたタカシが仕切りなおす。

「今のは小手調べや。ババアレジェンド漫才パートツー。行くでぇ」

 その後タカシはパートナインまで引っ張ったが事務所内の空気は解凍不可能なまでに凍りつき、愕然としたタカシは膝を折った。挿絵(By みてみん)

「なんでや。リズムに乗ってオモロイこと言うたら大概ウケるのに、なんでウケへんねや」

「どこが面白いんだよ。みんなババアが死ぬオチじゃないか。これを面白いと思うタカシの人間性のほうがどうかと思うよ」

「これで分かったろう、二又とやら。お前のネタで笑う者など皆無に等しい。分不相応な夢など追うものではない。人間、地道が一番なんだ」

「さっきまで爆笑していた油谷さんに言えたセリフではないと思いますが、まあごもっともです」

 完全に打ちのめされたタカシは立ち上がり、事務所を後にしようとした。

「みなさん、えろうお騒がせしました。僕、もう大阪帰りますよって」

「ま、まあ待てよ。折角きたんだし、しばらく泊っていきなよ。宿は世話するから」

「社長、幼馴染だからといって甘やかすのは本人のためにならんぞ」

「べつに甘やかしてるんじゃないよ。今のタカシの動き見た? ダンスの振り付けに使えそうじゃない。もうしばらく様子を見ようよ」

「この人に振り付けをお願いする気ですか? ネタはさておき、確かに見事な動きでしたが、どんな交換条件を提示されるか分かったものではありませんよ」

 僕らのやりとりにタカシも疑問を持ったようだったが、みなまで説明はせず、ひとまずタカシの身柄は音曲寺に預けることにした。案の定、住職とタカシは一目会ったその日から犬も食わない喧嘩を始めたが、長くなるのでここでは割愛することにする。

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