十二話
あこや君の了承を得てから初めてのレッスン。僕はいつものように水魚サンと音曲寺へ向かう。この頃になると水魚サンもかなりダンスの動きが頭に入っている。動きが伴わないのが如何ともしがたいが。三十分ほどしてまとめも到着。今夜からあこや君も参加するはずだが、果たしてきてくれたかな?
「こんばんはー。えー、今夜はやすピンのユニットの新メンバーを紹介しまーす」
これを聞いて水魚サンが色めきたった。
「新メンバーだと? そんな話、聞いてないぞ」
「ええ。水魚サンと住職には内緒にしてたんですよ」
「じゃじゃーん。この人でーす」
まとめが体をどけると背後には青いジャージ姿のあこや君。相変わらず無表情だが、少し頬が赤いような。緊張してるのかな?
「こんばんは。今日からアイドルユニットのメンバーとして参加させていただきます。ふつつか者ですが、一生懸命頑張ります」
あこや君が無表情で通り一遍の挨拶をする。と、水魚サンが愕然として膝を折った。
「は、蛤。お前まで社長の毒牙に。ああっ、私が不甲斐ないばかりに。すまん、すまん!」
「やだなあ。そんな誤解を招くような言い回し。僕達が目指すのは健全なアイドル活動ですよ」
が、水魚サンはやおら立ち上がり僕の胸ぐらを掴んでガックンガックン揺すくる。
「この、鬼畜があ! あれほど手を出すなと言ったのに! なぜ蛤を手込めにした! 一体どんなえげつないことをした! 今すぐ蛤を解放しろ。私はどうなっても構わん!」
なんだか違うことで責められてる気がする。住職もまとめも茫然としてフォローもしちゃくれない。が、水魚サンを止めてくれたのは意外にもあこや君だった。
「待ってください、私のほうから社長に頼んだんです。私、べつに社長に手込めにもえげつないこともされてません」
水魚サンは僕を投げ捨て、あこや君の両肩を抱いた。
「社長にそう言えと強要されているんだな? 大方、弱みを握られて脅迫されたんだろう。安心しろ。なにも言わなくてもいい。私が体を張ってでも、お前を守ってやる!」
水魚サンの剣幕にあこや君もお手上げとなった。するとまとめが水魚サンを宥める。
「ちょ、ちょっと、油谷さん、落ち着いて。そんなんじゃ話になんないよ。とりあえず、どういう経緯で蛤さんが参加することになったのか、やすピンの説明を聞きましょ」
ほらきた。まとめ得意の裏切り攻撃。梯子を外され一人、卑劣漢にされた僕はもっともらしい言い訳を脳内検索する。
「ほら、以前住職に言われたじゃない。ステージの衣装をどうするかって。で、なんのツテもないからまとめに相談したんだよ。そしたらさ、蛤君が衣装を作るスキル持ってるよーって言うから、もうびっくり仰天だよ。そうだよね、まとめ」
「ええ? う、うん。実はそうなんだよ」
「それでさ、蛤君に頼んだら快諾してくれてまたびっくりさあ。でもさ、衣装を作るとなったら寸法とか、どういう動きをするのか知っておく必要があるでしょ? じゃあ、もうアイドルになっちゃえば? ってことで、蛤君もメンバーに加わってくれたんだ。そうだよね? 蛤君」
少々苦しい言い訳だったか。あこや君のデザイナーの夢は特に口止めされた訳じゃないけど、話したのはまずかったかなあ。あこや君が引き取る。
「まあ、そういうことです。衣装といっても、自己流の見よう見まねなのでご期待に沿えるかどうかは分かりませんが」
いつもと変らないあこや君の調子に水魚サンも幾分落ち着いた。
「そうだったのか? まさか、蛤に服を作る特技があったとはな。は、ははは」
「ええ。おかしいですか?」
「いや。ただお前は自分のことを話さないからな。私らを信用してくれていないのかと思っていたんだ。だが、思い過ごしだったのが分かって嬉しくてな」
「それは、申し訳ありませんでした。それと、前にアイドル活動を始めた油谷さんに、私、がっかりなんて言ってしまいましたが、あれは違うんです。油谷さんが私達になんの相談もなく決めてしまったことに、がっかりしたというか、とにかく、その節は申し訳ありませんでした」
あこや君が深々と頭を下げた。
「そうか。そうだな。これからは、私もお前達を頼るようにするよ」
水魚サンとあこや君が和解。これでユニットの団結力は心配あるまい。熱血スポ根アニメのようなワンシーンに目を細めていると、人差し指を顎に当ててなにか考え込んでいる風の住職の姿が視界の端に入った。サングラス越しで視線は分からないがあこや君をじっと見ているような。なんだろ。住職とあこや君は面識はあるはずだけど、なにか気になるのだろうか。僕の視線に気付いたのか、住職は手を叩いてレッスン再開を促す。
「さあ、さあ。新メンバーの紹介も済んだし、早速蛤さんのアイドル適正テストよ!」
まずは歌唱力。カラオケさせてみたところ音痴ではないが、まるで人型アンドロイドが歌っているような棒読みに一同絶句。続いてダンス。こちらは意外とイケる。ともするとまとめより上手いかも。が、一曲終わらぬうちにエネルギー切れを起こす。蛤ロボは長時間の稼動はできないようだ。これには住職も頭を抱えた。
整理してみよう。水魚サンは体力はダントツだが歌とダンスが絶望的。完全に前衛戦士タイプ。多分クラスチェンジは無理だろう。
逆にあこや君は歌はそこそこ、ダンスがピカいち、体力値が最低の後衛魔法使いタイプ。今後の成長に期待するほかない。
そしてまとめがすべてにバランスのとれた僧侶タイプだ。
「正直、このメンバーでもまだ厳しいわね。せめてもう一枚、小豆沢さんクラスの人材を加えないと」
「ええ、冒険の旅の途中で全滅してしまいます」
「やすピン、なに言ってるのか分かんないよ」
まとめのツッコミを聞き流し、最後のメンバー候補、夜見子君に思いを馳せる。夜見子君は天然だが勘はいい、はず。仕事帰りによくカラオケに行ってるっぽい話もしてたし、ダンスだって練習すればきっとあこや君レベルにはなるはずだ。今まではうまくはぐらかされていたが水魚サンとあこや君がこっちについたとなれば陥落も時間の問題であろう。焦らずじっくり兵糧攻めにすればいい。
かくしてそれぞれの長所短所がはっきりしたところでトレーニングメニューが組まれ、いよいよアイドル活動っぽくなってきた。みんな仕事があるのでレッスンで三人揃うことはほとんどない。僕が付き添うとはいえ、住職がオネエなので問題が起こる心配はない。送迎をする僕もオタクなうえ、鋼の意志の持ち主なので男女のトラブルの危険はないと断言できる。まあ、一番の危険は僕と住職の間に間違いが起こることだろうか。




