十一話
イベントに参加してから数日後には月末に突入。もうすぐうっとうしい梅雨の到来となる。この頃になるとぷるりも事務所内を駆け回ることもあまりなくなり、みんなもたいして気にしない、空気のような存在となっていた。が、たまに思い出したように夜見子君やあこや君に額をこすりつけて自分の存在をさりげなくアピール。なるほど、人心掌握はかくあるべしといういい見本だ。もっとも、僕が真似するとセクハラになるので役には立たないが。
ちなみに人手が足りてない我が社は定休日が存在しない。仕事が立て続けに入るときはロクに休みが取れない。したがってみんなの休みがかぶらないよう、ローテを組むのが社長の腕の見せ所となる。まあ、不満はどうしたって出るけどね。一応社長という肩書の僕は休みの日でも会社に詰めることが多い。これは僕がいなければ会社が回らないということではなく、みんなの仕事を邪魔する雑務を片付ける者が一人いればいいというだけだ。まあ、月に三、四日しか休みがなくたって、会社は自宅みたいなもんだからさほどストレスは溜たまらない。
「今日も一日ご苦労様でした。ぷるり、また明日ねー」
給料日前は夜見子君の機嫌がいい。逆に経理のあこや君は仕事量が増えるのでサービス残業となる日が多い。まあ、来月の休みでバランスをとるとはいえ、残業が続けばストレスも溜まろうというもの。無表情なので分からないけど。水魚サンも一足先に帰宅の準備を始めた。
「では社長、私ももう帰ります。おい蛤、あまり無理はするなよ」
「了解です」
水魚サンも帰宅。まだ会社に残るあこや君に気を遣う。もっとも、あこや君がいる限りぷるりと遊べないからでもあるのだが。辺りが暗くなっても仕事を続けるあこや君がさすがに心配になる。
「蛤君、もういいから帰りなよ。無理して残業してもいいことないよ」
「あと少しでひと区切りつきますので、すぐに帰ります」
なんとなくあこや君の周囲半径一メートルにバリヤが張られているような。やっぱりしつこくアイドルに誘ったのが原因かなあ。それにしてもここまで仕事を溜めるあこや君も珍しい。なにか心配事でもあるのだろうか。社屋の戸締りをしなきゃいけないのであこや君がいる限り僕も帰る訳にはいかない。さっさと帰って積んだままになってるギャルゲーをプレイしたいのだが。
あこや君がもう少しで帰ると言ってからさらに三十分、ぷるりも自分の家にもぐりこんだ。すると僕の携帯が鳴った。発信者はまとめだった。
「もしもーし。お店のお客さんもほとんど帰って、今やすピンの会社の前にいるんだけど出てこれる? 話したいことがあるんだけど」
キターッ! 女の子からの呼び出し。王道ギャルゲーの鉄板、逆告白イベント! と、並の男なら飛び上がって喜びのダンスを踊るのだろうが、こちとらそんな現実を何度もゲームで体験してるオタクだ。僕のハートは微動だにしない。多分、いつまでも社屋が明るいと迷惑なので早く帰れと言いにきたのだろう。
僕が表に出るとまとめが待っていた。
「今日は随分遅くまで電気ついてるんだね? まあ、月末だしね」
「ごめんごめん。もう少ししたら帰るから。サービス残業してる従業員に早く帰れとも言い辛くって」
「べつに謝んなくていいよ。もしかして残業してるの、蛤さん?」
「よく分かるね」
「やっぱりねえ。蛤さん、あのとき仕事を溜め込んでたんだ」
一人呟きながらまとめはスマホを操作して画面を僕に見せた。そこには一人のコスプレイヤーさんが写っている。先日のイベントで撮ったものだろう。
「これって宮廷戦記のヒロイン、アリョーシャじゃない。あのゲーム、ストーリーもシステムもいまいちだけど、人気は高いんだよねぇ。ま、会社が大きいからね」
「もう、そこじゃない。もっとよく見てよ。他に気付くとこあるでしょ?」
「僕を誰だと思ってんの。このゲームはそもそもあの隠れた名作、後宮立身伝を手がけた少数精鋭の天才新人チームが大手コンシューマメーカーに札束で横っ面を引っぱたかれてゴッソリ引き抜かれ……」
「だから違うって! この写ってる人をよく見ろっつってんの!」
「だから見てるじゃん。美人だよね。それにこのコスもすごい作りこみだ。二次元の衣装をここまで再現するなんて、いい仕事だよ」
「もういいよ。やすピンに求めるのは時間の無駄だと分かったよ。これ、蛤さんだよ」
「まさかあ。全然違うじゃん。第一、あこや君がゲームのコスプレなんかする訳ないでしょ。それこそ見間違いだよ」
「私も最初はそう思ったよ。他人の空似だろって。確かにメイクやかつらで分かり辛いけど、見れば見るほど蛤さんなんだよ。でも私一人じゃ自信がなかったからやすピンに聞きにきたんじゃないか」
まとめの様子に僕は画面を凝視する。確かに似ていると言われれば似てなくもない。メイクもかつらも女のまとめにはある程度見破れるのだろうが僕には分からない。この写真のコスプレイヤーをあこや君と結び付けつける決め手に欠けるのだ。が、画面を見ているうち、僕の脳髄に電流が走った。
「まとめ、君はひとつ思い違いをしている。容姿が似ているというだけでAがAとは断定できない。それは分かるね? つまり、この写真の見るべきところを誤ってる。見るべきは写った人物の本質だ。普通、コスプレイヤーさんは撮影時はゲームやイラストの決めポーズで笑顔を振りまいたりするもの。が、この写真の人物、仮にXとしよう。見たまえ、ポーズもとらず、棒立ちのまま無表情。こんな状況で無表情でいられる人物はそうそういない。僕が知る限りそんな人物はあこや君、つまりAしかいない。すなわちXがAである可能性は非常に高い! いや、あこや君こそ、このコスプレイヤーXだったのだ!」
「あー! やすピン! それ私が先に言ったんだからね! やすピンが私に全乗っかりしたんだからね! それよりも、私が聞きたかったのはあの日、蛤さんは出勤だったかってことだったの!」
「休みだ!」
そうだ。あの日はあこや君が休みを入れてたのは分かってたけど、僕もイベントに参加するんで無理矢理休みを組み込んで水魚サンにブーブー文句を言われたのでよく覚えている。ああ、なんてスルドいんだ。自分の頭脳がつくづく恐ろしい。そうか。それであこや君の仕事が溜まっちゃったのか。几帳面なあこや君は事務所の雑用もやってくれる。僕が休みを入れたときに文句は出なかったけど、迷惑かけてたんだ。
「そうと分かればやることはひとつだよね。ほら、このスマホ貸したげるから、うまくやんなさいよ。じゃあね」
と、まとめは僕にスマホを渡してさっさとお帰り屋に戻っていった。ああそうですか。まとめさんはそうやってまた僕一人を実行犯に仕立て上げて、自分はなにも知りません的なポジションをキープするのですね。まとめが悪女だってことは分かってんだよ。僕はぶつぶつ文句を言いながら事務所に戻る。相変わらずあこや君はパソコンに向かっていた。
「蛤君、まだやってたんだ。まあ、あの日はウチもごたごたしてたから、溜まってた仕事を後回しにしちゃったんだね。ごめんね」
あこや君が怪訝な目を向ける。が、すぐに目線を戻す。
「べつに謝っていただかなくても結構です。私もあの日は塞がっていましたから」
「そうかぁ。塞がってたのかぁ。と、いうより、なにか楽しいイベントでもあったんじゃないかなあ」
再びあこや君が怪訝な目。残業をする手も止まった。
「そ、そろそろ目処も立ったので、もう帰ります。お疲れ様でした」
「おやぁ、なんか蛤君、この前から僕を避けてなぁい? そうかそうか。蛤君も僕達の存在に気付いてたんだね。でもせっかくの休みに参加したイベント、途中で帰りたくもないよね。だから撮影会でも棒立ちだったのかな? それとも、普段からあんな態度? せめてポスターやパッケのポージングくらいしたほうが逆に目立たないよ。ブヒッブヒッ」
なんかまた妙なキャラが僕の中に降りてきたぞ。
「どうやら私を誰かと間違えているようですね。私、その日は家の大掃除をしていましたから、外で会うことはないはずです」
「おやおやぁ、そんなこと言っていいのかブー。そもそも僕がいつの休みのことを言ったのか、なんで蛤君には分かったのかブー。不思議なんだブー」
「くっ」
「油谷君がアイドルやるって知ったとき、蛤君は浮ついてるって軽蔑してたけど、コミックイベントでコスプレするのは浮ついてないって言うのかブー。こういうのをダブルスタンダードって言うんだブー」
「なにを言ってるのか全く理解できないんですけど。それに私は軽蔑した訳じゃありません。ちょっと幻滅したと言ったのです」
「まあそういうことにしとくんだブー。でも真面目ぶってる蛤君は実は萌えゲーコスプレしてカメラ小僧をハァハァさせて喜んでるとってもイケズな子だったんだブー」
「いいかげんにしてください。コスプレとかイベントとか、私、なんのことかさっぱり分かりません」
「だったら教えてあげるんだブー。コスプレっていうのはこういうのをいうんだブー」
まとめから受け取ったスマホをあこや君の前にかざす。が、その表情はいつもどおりの無表情だ。
「それをコスプレっていうんですか。確かに少し私に似た人ですけど、別人ですね。失礼ですが、眼鏡を新調したほうがいいんじゃないですか」
「蛤君はあくまでシラを切るつもりなんだブー。じゃあいいんだブー。明日まとめや油谷君や平坂君にこの写真を見せびらかしてやるんだブー。みんなの反応が楽しみなんだブー」
あこや君は黙って俯いてしまった。下を向いているので表情は窺い知れない。少し追い込みすぎたかな? 不安になってあこや君の顔を覗きこもうとしたその瞬間、突然あこや君が腕を伸ばしてスマホを奪い取ろうとした。
僕はすかさずバレリーナよろしく一回転。なんとか事なきを得たが危ねぇ! まさか実力行使でくるとは。僕でなければスマホを奪い取られてたぞ。が、安心したのも束の間、あこや君はさらに二の矢、三の矢を繰り出しスマホを奪いにかかる。その攻撃を防ぐべくスマホを抱きしめ体を丸める。それでも諦めないあこや君がタックルを敢行。まともに食らった僕はその場に押し倒された。
ドスンという音が事務所に響き、たまげたぷるりが家から飛び出す。あこや君はなおもスマホを奪い取ろうと、馬乗りになって僕の伸ばした腕の先にあるスマホに手を伸ばす。
「あ、あこや君は力ずくで事実を隠蔽しようとしてるんだブー。こんなことしたって無駄だブー。写真はすでにバックアップ済みだブー。僕が死んだらこの写真は自動的に世界に拡散するようプログラミングされてるんだブー」
苦し紛れに自分でもよく分からないブラフを張る。もちろんバックアップなど取っていないが、まとめならすでに取っているかもしれない。いや、ここは深く掘り下げないでおこう。するとこのブラフが利いたのか、あこや君は僕のお腹に顔をうずめて観念した。
「……私は、そんなんじゃないんです」
突然しおらしい声であこや君が言った。顔を僕のお腹にうずめているので表情は分からない。いやいや、油断は禁物。あこや君は見た目に反して危険な女だ。どんな罠を張ってるか分かったもんじゃない。
「私には、夢があったんです。全然現実的じゃない、子供っぽい夢だけど、そのために専門学校に通って、その夢に近付くお仕事に就こうと思っていました」
「その夢って、なんだブー? 差し支えなければ聞かせてほしいんだブー」
「馬鹿だって思われるかもしれないけど、デザイナーです。私がデザインした服で、たくさんの女の子が綺麗に変身するのを夢見てたんです」
依然、あこや君は顔をうずめたままだ。しかしそんな夢があるのに葬儀屋って、どんだけ妥協したんだ。ウチって一体、なに? あこや君が言葉を接ぐ。
「でも、家庭の事情で専門学校にも行けなくなって、お金を稼がなきゃいけないからいろんな仕事を転々として、やっとここに就職できたけど、やっぱり夢を忘れられなくて、でも私にはデザインの才能もないから、ゲームやアニメの素敵な服を作って、けどやっぱりそんな服を着てくれる人なんか見つけられないから、自分で着て、イベントに出て、夢が叶った気になってたんです」
僕は上半身を起こし、あこや君の両肩に手を置いた。
「あこや君。夢は叶うもんじゃないよ。叶えるもんだよ。途中で挫折したって、妥協したっていい。諦めさえしなければきっと、いや、やっぱり叶わないかもしれない。でも、諦めたら夢はそこで終わりなんだよ」
とにかくなにか名言っぽいことを言ってあこや君を味方につける作戦だ。脅迫しといてなんなんだが。
「この世に恥ずかしい夢なんてひとつもない。そして、僕にも諦めきれない夢があるんだ。もし、もしもだよ、あこや君が僕の夢に協力してくれるんなら、僕もあこや君の夢を全力で応援するよ。まあ、僕なんかの応援なんて、なんの役にも立たないんだけどね」
するとあこや君がうずめた顔を僕に向けた。やっぱり無表情だ。
「……了解しました」
そう言うとあこや君は体を起こし、胸のボタンを外し始めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと! アナタ一体、なにやってんですかッ?」
「なにって、私に雌奴隷になれというんでしょう? いかにもキモオタの社長らしい夢ですね。心配は無用です。他言はしませんから」
「僕の諦めきれない夢って、そこですか? それ犯罪だから! 僕が言ってるのはアイドルユニットのことだよ」
「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね。うーん」
そういえばって、僕は結構熱烈にアプローチしてたつもりだけど、あこや君にとってはその程度だったのか? それにしても水魚サンといい、あこや君といい、なんでウチの従業員はこの話をするとすぐ春をひさごうとするんだろう。意味が分からない。僕がそういうキャラに見えるということなのだろうか。そんなことを考えているうちにあこや君が決断したようだ。
「まあ、べつにいいですよ。私なんかがアイドルになっても集客効果は見込めないと思いますが。ただし、ひとつ条件を付けさせてもらっていいですか?」
「う。条件? まあ、常識の範囲内でなら」
「アイドルの衣装を私に作らせてください。才能は全然ないけど、一生懸命頑張ります」
衣装? あのすごいコスプレ衣装を作るあこや君がアイドルユニットの衣装を担当してくれるというのか。ステージ衣装は住職にも指摘された懸案のひとつだったけど、あこや君が加入してくれればそれも一挙に解決だ。断る理由などあろうはずもない。
「そんな条件、願ったり叶ったりだよ。あこや君の夢を早速応援できて、最高だよ」
「了解しました。でも、アイドルも衣装も、あまり期待しないでくださいね」
そう言うとあこや君は立ち上がり、僕も立つ。帰宅準備を始めたあこや君が上着をはおりながら思い出したように振り向いた。その感情のない視線に思わず立ちすくむ。
「そういえば、あの写真はバックアップごときちんと破棄していただけるんでしょうか」
殺気さえ感じるあこや君の迫力に呑まれ、何度も頷く。
「当たり前じゃない。もしかして、疑ってる? 大丈夫だよ。ちゃんと全部消去して、今日話したことも三歩歩いて忘れる。せっかく加入してくれたメンバーを脱退させるような真似、するわけないじゃない」
「……そうですか」
表情がないのでよく分からないが、少し寂しそうなような。いや、きっと安心したんだろうな。あこや君が帰宅し事務所が静寂に包まれる。どこぞに隠れていたぷるりも自分の家にのそのそと入っていった。消灯して外を見るとお帰り屋の電気はまだついている。早速この結果をまとめに報告すべく、僕も社屋を後にした。




