表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/21

十話

不定期で行われる音曲寺でのレッスンももう、何度通ったか分からなくなった。その間、まとめも不定期に参加。お店の暇な日に足を運んでくれた。その練習風景を見るにつけ、まとめは一人でトレーニングを積んでいるようだった。最初のうちこそ激しく抵抗していた水魚サンも、慣れとは恐ろしいもので今では何食わぬ顔でレッスンに参加。仕事帰りのOLが通うエアロビかスイミングスクールの感覚になっていた。元々体を動かすのが好きな人だ。ストレス解消の一助になっているのかもしれない。が、これで満足してはいけない。アイドルユニット作りは従業員の福利厚生ではないのだ。

「コミックバザー? もしかして、あの夏と冬の二回、ニュースとかにもなってる伝説の祭典?」

「まあ、それの地方出張版ってとこ。ほら、僕らみたいな地方のオタクは仕事の関係で東京まではさすがに行けないじゃない。だから各地の主要都市で同人誌の小さな即売会を開催してくれるんだ。僕も参加するのは初めてだけど」

「へえ。こんな田舎にまでねぇ。あ、あとやすピン、さっき僕らって言ったけど、私は違うからね」

「はいはい」

 あれから僕は更なるメンバーの増員を目論みあこや君と夜見子君にアプローチするもことごとく撃沈。一つの城にこだわってはならないと天才軍師が漫画で言ってたのを思い出し、心機一転、新たな漁場を開拓すべく遠征を決意。しかし見ず知らずの女の子を漁るにはさすがに勇気がいる。そこでまとめに頼んでリクルートに協力してもらうことにした。

 あまり期待はしていなかったが意外にもまとめのOKをもらい、僕らは当地のメトロタウンに向かった。帰りにはきっとアイドル候補のメアドを大量ゲットしているぞ、と、期待に胸膨らませつつ。アシはいつもの軽トラなのが悲しいところだが。

 僕らは無事市民会館に到着。初参加ということで少々しり込みしていたがいざ、中に入るとたちまちオタクの血が沸騰。

 僕と同じような趣味っぽい、たくさんの人たち。同人誌を買うためにきちんと整列する参加者。自分の本を手渡しで売る同人作家さん。アイドルアニメのコスプレした、アイドルみたいに可愛らしい女の子達。まあ、男性もいるけどネ。

「みんなすごく楽しそうだね。それにすごい熱気。私、もっと暗くて怖くて引くかと思ってたけど、全然イメージと違う。オタクの人たちが一生懸命になるの、なんか分かるな」

「うん。僕もこんなに楽しいとは知らなかった。こんなことならもっと早く参加すればよかった」

 僕もまとめも会場の熱気にしばらく呑まれはしゃいでいたが、本来の目的を思い出し行動を開始。魔法少女のコスプレイヤーさんをロックオン。僕がさりげなく近付く。

「は、ハアーイ、お嬢さん。アナタはーア、自衛隊ヲーオ、信じマスかーア?」

 まずは意味不明なツカミで相手をこちらのペースに引き摺り込む作戦だ。僕の目論みは図に当たり、魔法少女メルヘンはなこ。の、レイヤーさんはもじもじしている。顔が青ざめているようにも見えるが、ちっちゃいことは気にしない。と、イベントのスタッフさんらしき女性がおもむろに近付いてきた。

「あのー、すいませえん。会場内でのナンパ行為とかは禁止されてるので、やめてもらえませんかあ?」

「……ごめんなさい」

 僕とまとめは非常に気まずい思いで一旦、会場を出て外のベンチに腰掛ける。いい年しておこられてしまった。とっても情けない。

「なんてことだ。会場内では気楽に女の子に声をかけることも許されないのか。日本はいつの頃からこんなファッショが罷り通っていたのだ。これではアイドルがゲットできないではないか。これはフルシチョフの陰謀だ」

「まあ、ファッショとか国民性とか時代とかに関係なく当然だとは思うんだけど。やすピンのナンパテクも絶望的だし、もう普通に楽しんで普通にご飯食べて帰ったほうが無難じゃなくね?」

 まとめも投げやりなこと言ってら。お昼に近かったので僕らは近くのうどんチェーン店に入りなぜかカレーハンバーグ定食を食す。まとめは県下最大のショッピングモールに行きたがったが、諦めきれない僕はもう一度会場に突撃。玉砕を覚悟しない限り神風は吹かないのである。渋々ながらもまとめはついてきてくれた。

 午後の部からは幾分静かになった会場内を、僕はハンターの目で獲物を探す。

「あれえ? 小豆沢じゃないかー」

 後方から突然可愛らしい女の子の声がして咲元イヤーが即座に反応する。

「ええ? 佐渡ヶ嶽さん? 嘘ぉ」

 なんだなんだ。まとめの知り合いか? では女子校か専門学校の同窓生? いや、待て待て。振り返るのはいつでもできる。声が可愛いからといって容姿もそうとは限らない。いざ見てみればアイドルとはイスカンダル星雲並みにかけ離れた体型の女子だった、てのはよくあるオチ。大体、佐渡ヶ嶽という苗字はいかがなものか。極悪女子プロレスラーの源氏名といっても通りそうではないか。僕はひとつ深呼吸し、意を決して振り返った。

「やすピン、紹介するね。同じ女子校に通ってた佐渡ヶ嶽朱鷺乃さんだよ」

「はじめまして。でも、小豆沢から咲元さんの話よく聞かされたから、なんか初めて会った気がしないや」

 か、可愛い。まとめも可愛いけど、佐渡ヶ嶽さんも負けず劣らずの美人さんじゃないかあ。僕はしばらく茫然自失する。

挿絵(By みてみん)

「でもなんで佐渡ヶ嶽さんがいるの? 高校時代は確かバスケ部だったよね?」

「えへへー。あの頃はオタクやってるのバレないようにしてたんだあ。卒業してからやりたいことやろうって決めてて、実は今、同人誌描いてるんだー」

 そうか。学生時代の隠れオタクか。分かる。分かるぞお。その気持ち。よし決めた。この佐渡ヶ嶽さんを二番目のメンバーにするぞ。これは決して裏切りでも浮気でもない。仕方がなかったということです。

「すごーい。これ、佐渡ヶ嶽さんが描いたの? 本物の漫画みたーい」

 まとめが佐渡ヶ嶽さんが描いたという同人誌を見て驚く。うむ。確かにプロと言っても差し支えのないクオリティだ。

「どれどれ、僕にも見せて見せて」

「あはは。なんか恥ずかしいよぉ」

 佐渡ヶ嶽さんが頬を赤らめる。気合が入っているのは表紙だけで中身はスカスカなものが多いという昨今の同人事情。が、作品の内容に興味はない。僕は佐渡ヶ嶽さんを攻略するため脳内ウインドウを開く。こういう降って湧いたようなセカンドキャラは全コマンド総当りのローラー作戦でCGコンプは可能なはずだ。とりあえず手っ取り早く好感度が上がりそうな本を買う、の、選択肢をクリック、クリック。

「じゃあ、こっちの新刊を買わせてもらおうかな。あ、まとめの友達だからってことじゃないからね。オタクは気に入ったものしか買わないんだ」

「へい! まいどあり。実を言うとこの新刊の主人公、小豆沢がモデルなんだよ。勝手に使っちゃってごめんね」

 確かに表紙に描かれた作業着に麦藁帽の女の子はまとめに似てるな。タイトルはパラダイスファーム。ペンネームは、えすでぃー時乃か。本名をもじってるんだな。すかさず僕は攻略ルートに分岐する、おだてあげる、の選択肢をクリック。

「失礼かもしんないけど、すっごくレベル高いよ。佐渡ヶ嶽さんなら、プロのゲームの原画家さんもいけるんじゃない?」

「まさかあ。アタシなんて、全然ダメダメですよー」

 言いながらも佐渡ヶ嶽さんはまんざらでもなさそうだ。いい感じだぞ。

「ねえねえ。今、ここで読んでみてもいい?」

「私も読んでみたい!」

 まとめも乗っかり佐渡ヶ嶽さんは恥ずかしそうに頷いた。僕はビニールから同人誌を取り出しつつ、一枚目のCGゲットを目指し、下ネタを言う、の、コマンドをクリックする。

「げっへっへ。こんなことが恥ずかしいのか。どうやらお前もただの女だったようだなあ」

「あっ、やめて、こんなところで。やだ、恥ずかしい」

「そうか。ここが恥ずかしいんだな。お前の一番恥ずかしいところをじっくり見てやるよ」

「駄目ぇ。そんな恥ずかしいとこ、広げて見ないでぇ」

「駄目って言われてやめられるかよ。ほらほら、一気に広げちゃうぞぉ」

「やすピン、なんかキャラがぶれまくってるよ」

 まとめに冷静にツっこまれて我に返る。いかんいかん。攻略するつもりなのに佐渡ヶ嶽さんのペースに乗せられてしまった。この軽いノリに咲元センスがこの子に関わるのはどうなのかなっぽい反応を示しているが、僕は自分の直感を信じない男なのだ。

 まとめと二人して表紙をめくる。どうやら都会から田舎にやってきた女の子が牧場経営に乗り出す一次創作物らしい。細かいディティールは稚拙だが画力の高さがそれを補って余りある。なにより、ほのぼのとしたストーリーがいい。ハートフルな絵柄と内容がおじさんの好みにどストライクだ。んが、五ページほど読み進んで僕とまとめが凍りついた。こ、これは十八禁ケモノ系ではないか! しかも相手は……豚ッ!

「小豆沢みたいな可愛い子がケモノにぐちゃぐちゃにされるのって、すっごいゾクゾクするよね。そう思わない?」

「ええ、まあ、そうですね。多分」

 佐渡ヶ嶽さんはしきりになにかを熱っぽく語っていたが、思考が停止した僕とまとめにその声が届くことはなかった。最後まで読んだら泣き出してしまうんじゃないかというほど怖くなった僕はここで全部読むのはもったいないとかもっともらしいことを言って本を閉じた。この本は永久封印し、天井裏にでもしまっておこう。

 それからまとめは佐渡ヶ嶽さんと二言、三言言葉を交わしていたが、まとめは明らかにドン引き。僕もその場をそそくさと退散。

「次回作はマントヒヒを頑張って描くから、楽しみにしててねー」

 佐渡ヶ嶽さんが手を振って僕らを見送ってくれた。が、軽いトラウマを負った僕らがこのイベントに参加することはもうあるまい。佐渡ヶ嶽さんをスカウトする気はすっかり失せ、放心状態でしばらく会場内をぶらついたが、ついてくるまとめが不意に足を止めた。

「ねえやすピン、あれはなにやってんの?」

 まとめが指差した先にはコスプレイヤーさんの撮影会が始まっていた。ゲームやアニメのコスプレした美男美女が大勢のカメラ小僧に取り囲まれてる。僕は手短にまとめに説明。

「ふうん。それって誰でも撮影できるの?」

「うん。撮影時間内なら特に許可とかは必要ないみたいだよ」

 と、パンフを確認しつつ付け焼刃の説明をする。

「じゃあ、私も撮りに行こっかな」

 そう言うとまとめはスマホを取り出し撮影会の最後尾に付いた。もっとも、レイヤーさん達との間には分厚い肉の壁が立ちはだかっているので苦戦しているようだったが。まとめってコスプレに興味あったのか? もしくはアイドルになるための情報収集の一環であろうと前向きに捉えることにする。

 結局、僕らはイベント終了の四時まで粘ったがなんの成果も得られなかった。地元に帰るまで二時間弱かかる。お帰り屋はもう店を開けて忙しい時間帯なのでまっすぐ帰る。帰りの道中、車内には気まずい空気が漂い、僕らは特になにか会話するでもない。僕のオタクバックに入れた佐渡ヶ嶽さんの同人誌がその原因なのは言うまでもない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ