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冬の精  作者: 猫々
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『愛情』

 それは涼しい秋が終わり、寒い寒い冬のある日のことでした。街行く人は皆厚着をし、白い息を吐きながら忙しなく動き回っていました。

 そんな人間達を、冬の精は興味津々といったさまで熱心に眺めていました。冬の精は心躍りました。なぜなら彼女が知っている事といえば、自分が冬の精であること、他に春夏秋の精がいること、そして上空から眺めたこの大地の光景と他の精達から聞いた地上の有様ぐらいなもので、そんな彼女からすれば、瞳に映る物全てが、新鮮で、刺激的で、とても魅力的で、まさに夢のようだったのです。

 冬の精は人の頭上付近をすいすいと飛び回りました。すると冷たい風が吹き、それが人の肌に触れ、人間に冬の寒さを伝えるのでした。しかし人間達は肩をすぼめるばかりで、彼女の存在には誰も気付きませんでした。なぜなら彼女の姿は、人の目には映らないのですから。

 冬の精が街を自由に飛び回り、休息するために枯れ木の枝に座っていますと、ふと人の話し声が聞こえてきました。冬の精は何だろうと思い、声がする足元のほうに顔を向けますと、そこには二人の女性が並んで歩きながら楽しそうにお喋りする姿がありました。冬の精は心惹かれました。

 冬の精は枝から飛び降り、そのまま彼女達のそばまで飛びました。すると、こんな会話が聞こえてきました。

「やっぱり冬が一番嫌いかなぁ。冬は朝起きるのつらいんだよね」

「わかるわかる、こう寒いと布団から出たくなくなるよね」

「あーあ、冬なんて無くならないかな」

「あはは、無理でしょ。でも、春は早く来て欲しいよね」

「人生の春もね。どこかにいい人いないかなぁ」

 と、会話をしながら彼女達はどこかに行ってしまいました。冬の精はしばらく呆然とその場にたたずみ、そして涙を流し泣きました。えーんえーんと泣きました。しかし、彼女を気にする人は誰もいませんでした。なぜなら彼女の声は、人の耳には聞こえないのですから。

 冬の精は自分はいないほうが良いのかなと思いました。そう思うと悲しくなり、心が深く沈むのです。誰からも必要とされない、それは冬の精にとってとても悲しいことでした。

 どれくらい経ったでしょうか。冬の精はぐしゃぐしゃになった顔を腕でごしごしとこすり、涙を拭いますと空に向かって飛びました。冬の精は思うのです。自分も春のようになればきっと皆から好かれるはずだよ、と。冬の精は大空を高く高く昇り、ある場所を目指すのでした。


 冬の精が雲の上に在る、ある場所にやって来ますと、そこには春の精がいまして、一人で歌を歌っていました。冬の精は彼女に近づき、話しかけました。そして、どうすれば人から好かれるのか尋ねるのです。春の精は、

「人から好かれる方法?」

 と、聞き返しました。冬の精はこくりとうなずきました。春の精はしばらく考えますと、こう言いました。

「それは愛情をもって接することかしらね」

 冬の精は「愛情?」と言い、首をかしげました。

「ええ。他人から好かれたいのであれば、まず自分から相手を好きになる、そうすれば皆あなたのことを愛してくれるはずだわ」

 と、春の精が答えますと、冬の精は「でも、自分は人間が好きだよ?」と告げるのです。春の精は、

「そうねえ。例えば身近にいる困っている人を助けたり、他人に親切をしたり、そういう優しさや思いやりで相手を包み込むのが愛情なの。ただ好きという気持ちを持ってるだけでは駄目なのよ」

 と、言いました。

 冬の精は目を輝かせました。そして今すぐに飛んで行きたいと言わんばかりに体をそわそわとさせるのです。春の精は、

「そういえば、まだやることが残ってたわ。ごめんなさい、お話はここまでね。またお暇な時にお喋りしましょう」

 と、冬の精に告げました。冬の精は「うん、ありがとう!」と言いますと、その場から飛び立ち、いそいそと地上に向かって下りていくのでした。

 

 地上に戻って来た冬の精は、人助けをするために困っている人を探しました。しかし冬の精には誰が困っているのか分かりませんでした。冬の精が街行く人を観察してみましても、誰も困ったとは言わず、ただ足早にどこかに向かうだけなのです。冬の精は困りました。

 冬の精は街を当てもなく飛び回りました。すると道端に、みゃーみゃーと音がする茶色い箱がひっそりと置いてありますのを、冬の精は見つけました。冬の精は何だろうと思い、箱に近づき、上からのぞき込みますと、そこには小さな仔猫がいました。仔猫は体をぷるぷると震えさせ、何かを訴えるように「みゃー、みゃー」と、何度も何度も鳴いていました。冬の精はかわいそうに思い、自分に何かできないかを考えました。そこでふと、冬の精は夏の精のことを思い出し、

「そうだ!抱きしめたらきっと体が温まるはずだよ」

 と、言いました。

 冬の精は早速仔猫のそばに寄りますと、両手を広げ、体全体で包み込むように仔猫をぎゅっと抱きしめました。そして、どうかこの子が幸せになれますように、と願いました。

 するとどうでしょう。仔猫の体はたちまち冷たくなり、仔猫は動かなくなってしまいました。冬の精は、仔猫の震えが止まったのを感じますと、「眠ったのかな?」と心の中でつぶやき、しばらくの間、そっと抱きしめ続けました。


 それからある程度の時が過ぎました。いつしか街には、人のざわめきも足早に歩く人の姿もすっかり消え、灰色の空と静けさが街を包んでいました。そのため辺りは昼間だというのに薄暗く、街はどこか寂しげで、悲しそうな街並みが辺り一面に広がっていました。

 そんな街の一角で、冬の精は浮かない顔をしながら、これからのことを思い悩んでいました。

 冬の精である彼女がこの場所にいられるのは『冬』と決められた間だけで、『春』になれば、別の場所に行かなければならないのでした。そのため、このままずっとこうしているわけにもいかなかったのです。それに彼女には、まだ沢山のやりたいこと、やるべきことがあるのですから。

 冬の精は、どうしたらもっと簡単に沢山の人から好かれるようになるのかな、と考えました。春の精から教わった方法では、どうしても多くの手間がかかってしまい、目的も役目も果たせないうちに『冬』が終ってしまう可能性があったのです。それでは駄目なのでした。

 そこで冬の精は、他の精達にも助言をもらおうと考えました。彼女の知識だけでは、どんなに頑張ってみましても、それ以外の答えが見つからなかったのです。冬の精は仔猫が起きないようにそっと仔猫から身を離しますと、空に向かってふわりと浮きました。そして、その場を立ち去る前に、仔猫をじっと見つめました。すると彼女の瞳に、箱の中でぐっすりと眠る仔猫の姿が綺麗に映るのでした。冬の精は少し救われる思いで、精一杯の笑顔を作り、大きく手を振りながら、

「またねっ」

 と、仔猫に向かって別れの言葉を告げますと、大空に向かって飛び立ちました。


 冬の精は大空を高く高く昇り、雲の上にいます夏の精のもとへ独り向かうのでした。

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