ルザイールの門
旅行から帰ってきました、またポツポツ更新していきたいと思います。
「そこの者! 止まれ!」
門の前に立つ衛兵、その一人の声に合わせて、スピードを落としていた二人の乗る馬は止まる。
「賞金稼ぎのイクスだ、これが証明書になる」
そういって懐から出した紙切れを衛兵に見せるイクス。
「確かに、で、そちらの御仁――」
セラを見て口を開きかけた衛兵の口が止まる。
「……? どうした」
「あ、いやすまない、そちらの御令嬢は?」
訝しげるイクスの言葉に、咳払いの後衛兵は続ける。
……御令嬢?
誰の事だろう? と思いつつも、人数的にこの場にいる人間的にも、女性は自分しかいない事はわかっている。
それをふまえつつ、セラは衛兵の言葉と自らの服装照らし合わせてみる。
飾り気の無いを通り越してよく言えば質素、悪く言えばみすぼらしい服装とも言える。
御令嬢と言われるような見ためではない。
その疑問はさておき、説明はしなくては。
「私、南のリブの村からきました」
「たまたま街道の外れで賞金首に襲われているのを見つけてな、助けて成り行きでここまで運んでやったわけだ」
補足するようにイクスが言葉を続ける。
「なる程、それはそれは、町周辺の治安維持にご協力感謝します。それで、そちらの女性を襲っていた悪漢は後ろの馬に載せられているソ奴ですかな?」
「あぁ、話が早くて助かる、俺はさっさとそいつを金に変えたいんだが、頼めるか」
「いいでしょう、すぐギルドの者を手配いたしましょう」
衛兵は他に控えていた衛兵に指示を出す。
「それと、そちらの御令嬢には申し訳ないが、町に入るための簡単な審査を受けていただきます」
……何だか微妙にイクスさんと話している時と口調が違う気がする。
「あ、はい、大丈夫です、でも審査って……」
「何、そんなに心配するほどのものではありません、少しの質問と入るためのお金を少々いただくだけです」
お金、という部分にセラは敏感に反応する。
……その少々が今は痛いんだけどなぁ。
イクスの背中を見やる。
後々彼に一体幾ら払う事になるのか、戦々恐々とはこのことか、と溜息を吐きながらセラは馬を降りる。
「おいアンタ」
降りたセラに、イクスから声がかけられる。
「はい?」
「輸送料、な。十銅貨でいい」
ここで支払い請求きたか、と思いつつも、十銅貨――中銅貨一枚分――はどうなんだろうか、と考える。
中銅貨一枚、村の中では基本的に物物交換が多く金銭を使うことはあまりなかった、自分が立場的に子供だったという事もあるのだろうが。
聞いた話では町では薬草が一束十本で十銅貨程度で売れるとかなんとか、そう考えると安い、のだろうか。
どうにも金銭感覚というものがないのは非常に辛い、町に入ったらまずはお店を色々見て回って金銭感覚を育てなくては、と心に決めながらセラは腰の硬貨袋から銅貨を十枚、取り出してイクスに渡す。
「……確かに。んじゃここでお別れだな、後は頑張れよ」
「はい」
彼なりの励ましなのだろうか、ぶっきらぼうではあるのだが。
馬を降り別の衛兵に案内され遠ざかるイクサ。
ほんの少しだけ、僅かな時間を共にしただけだで好感的なモノは無かったのだが、なにか味方、と言うような相手がいなくなるのはやはり何か心細いものがある。
思わず声をかけそうになるが、それをなんとか抑え込む。
なぜならそれはきっと、我が儘というものだろうからだ。
「では、貴女はこちらへ」
ともあれ、セラはセラでやらなければならない事がある。
とりあえずは、この町に無事入らなければ話にならない。
案内されるまま、門の脇、扉の先の部屋へと進む。
●
「それで、えぇっと、お名前は」
「セラです」
「なる程、この町に来られた理由は?」
先程から、どうにも衛兵の言葉遣いに違和感を感じる。
イクスに話しかけていた時はもっとラフと言うか、上からの様な物言いだった様に感じられたのだが。
今の衛兵の彼は、どうにも目上かそういう相手に話しかけている様な雰囲気が感じられる。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ、何か凄い丁寧な感じで……いえ、文句があるわけではないのですが、なぜそんなに畏まられてるのかな、と……」
「なる程……、失礼ですが本当にリブの村から?」
「え? はい、本当ですけど……」
おかしな質問をされる、と思っていると、逆に衛兵が何かを考えるように口元に手をやる。
「……ふむ、本当にどこかの貴族の方ではないのですかな? お忍びや人に言われる理由で、ということは」
わけがわからない、とセラは首をかしげる。
「無いです、ホントに村から出てきただけで……あの、何か疑われてるんですか私?」
「あぁいや、申し訳ない、全くの私見なのだが、貴女があまりにも美しいので、本当にただの村娘なのかと思いましてね。どこかの貴族のお嬢様なのかと、失礼な質問でしたな」
……?
一瞬衛兵が何を言っているのか理解に悩む。
そして数秒考え、理解し、その瞬間一気に顔が熱くなる。
「は、え、いやいやいや、ないですから、そんなの。私なんかそこらへんのただの娘ですから……」
小さかった頃は可愛い等と言われた事もあったが、急成長しだした一年くらいからは気味悪がられても美しい等と言われた事は無かった。
衛兵の言葉に真っ赤になりながら俯く。
「あぁ、これはとんだ勘違いを、本当に申し訳ない」
「おい、いい加減にしろよお前」
対面に座った衛兵の後ろ、控えていたもう一人が少し呆れたような口調でたしなめる。
「悪かったって、それじゃあ、質問の続きに戻ろうか」
「は、はぁ……」
正面の衛兵を直視できずに視線をウロウロさせていると、もう一人がコップに入ったお茶を差し出してくる。
サービスだろうか、それとも先程の侘びなのだろうか、少し苦笑したような表情だ。
とりあえず、どうにも落ち着かない気分を落ち着かせるために受け取ると、口に運ぶ。
「はぁ……」
その暖かさに、セラに口から自然とため息が出る。
「おい」
その様子に見とれていたのだろうか、固まっていた対面の衛兵が後ろから頭を叩かれていた。
●
結局その後、来た理由や今後の予定、仕事のアテがあるのか等をざっくりと聞かれた。
どれにしても何もアテが無いことを素直に言うと、衛兵は仕事の斡旋をしている施設の場所を、町の地図にマークして渡してくれた。
最初は驚いたが、どうやら町の地図自体は無償で配っている物らしい。
そして現在、セラは狭い一室、質素な作りのベッドと机が置かれただけの部屋で、そのベッドに横になっていた。
どうも門番をしている衛兵達の仮眠室の一つらしい。
セラが行くアテもない事を言った時に、衛兵が良ければ、と勧めてくれたのだ。
完全に厚意に甘えている形だが、正直ありがたかった。
既に夜も更けきった時間、いかに町中と言えど過信は出来ない、そして相場も知らないこんな状況で、こんな時間に営業している宿を探すなど、到底無理にしか思えなかったからだ。
……二日ぶりのベッド。
と言っても底板の上に乾燥させた草を編み合わせた簡単なマットが敷かれているだけのモノに、自前の毛布にくるまって横になているだけだが。
壁に囲まれた室内で、硬い地面の上でないというだけで安心感がある。
……滞在証の発行に大銅貨一枚……。
本来だったら支払っていた費用、中々に痛い金額だ。
だが、連れてきた馬二頭を引き渡すという条件で、費用は無料プラス逆にこちらが大銅貨一枚貰える事になった。
臨時収入と考えれば、明日もしれないセラの身としてはとてもありがたかった。
しかし良く考えてみると、あの馬は元々セラを襲った野盗達の物。という事は野盗があのイクスという青年に捉えられた時点で、馬は彼の物になっていたと言っても良いのではないだろうか。
賞金稼ぎとして慣れた雰囲気を出していた彼が、それに気付いていなかったとは考えづらい。
それを無言でこちらに渡し、更に輸送料では十銅貨しか取らなかったイクスという青年。
……実は結構、いい人だったのかな……。
あっさりと人は殺していたが。
今度会う事があれば、もう一度お礼を言おう。
まぶたがとてつもなく重い、既に思考はぼんやりとしている。
「明日は……町、見て回って……宿、さがし――て……」
そんな事を呟きながら、セラの意識は深いまどろみへ沈んでいった。
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