クリスマス・バトル! ⑤
ブルータスお前もかぁっ!!
…て、帰宅したあたしが叫んだのは寒いお部屋で走り書きを見つけた時。
紙切れは2枚。
『行ってきます。ご飯は適当に食べてね』
コレは両親。何日も前から父が予約したレストランでの食事を楽しみにしてらしたお母様らしい浮かれたメモ紙だわ。ピンクのハートは心に痛いって。
『デートでーす!9時には帰るから』
…妹にまで先を越されちゃいました…マジ泣いていい?あの子中学生なのに姉を差し置いてっ!
虚しい…。
いえね、悲劇はこれだけじゃなかったもので。
適当にご飯って、作るの面倒じゃない。ピザでも取っちゃおうと電話したら2時間かかるなんてひどいわっ!独り者から優先で運びなさいよ。
空腹はそんなに待ってくれないからピザは丁重にお断りして、冷蔵庫の確認をしてまた吐息。
…おかーさま、空っぽです。
卵とバターとマヨネーズ、野菜室にエノキ。冷凍庫は見るのやめてみました。
昨日アイスクリームを物色して、中にあるのが氷とミックスベジタブルだって知ってたからね。
年末にかけて、冷蔵庫も大掃除してるんですね…。
「オムライスか、お茶漬けならいけるか」
冷蔵庫の中身を鑑みて、朝の残りのお漬け物発見して、なんとか作れるもの考えたまではよかったんだけどね、お米が炊けてません…。スイッチの入れ忘れで生米がジャーの中に沈んでるってどうなの。
今日は日本中が結構幸せな日なんじゃないの?一点集中の不幸はいらないんだけどなぁ。
………コンビニ行こ。
ジーンズにセーター、ダウンを引っかけた色目もセンスも全く気にしない格好で勢いよくドアを開けた時、本日最高のアンラッキーが団体でいらっしゃった。
「どっか行くの?」
「○×△□!!!!」
痛みを感じるほどの風の中、おっきな風呂敷抱えてシャツ一枚にジャージ。
季節感のない服装も、ぽやんとした無表情も、お隣の直ちゃんその人じゃないの!
「こっ!なっ!ねっ!」
…我ながら意味不明ね。言いたかったことを翻訳すると『ここで、なにしてるの、寝てないの』こうなる。そりゃそうよ、どこにも行かない寝てると言い切った直ちゃんが玄関前に突っ立てたら驚くわ。
「おじさん達いないっていうし、紗英ちゃんも出かけたみたいだから、未散寂しいでしょ」
「…はい?」
いきなりそう問われましても…別に留守番は初めてって訳じゃないし、紗英はともかく両親がいないのは知ってたから、ひとりぼっちが寂しいのっ!ってこともない。
むしろ、虚しい?
「お邪魔します」
行動の意味が読めず首を捻ってるあたしの横を、すり抜けて直ちゃんは中へ。
…読めない、なにがしたいんだか全くわからない…。
取り敢えず晩ご飯の調達は諦めて、後を追うと勝手知ったる他人の家。居間でおこたに潜った彼は風呂敷から次々と食べ物を取り出していく。
「ケン○ッキーのチキン、駅前のケーキ、モ○バーガー、ホ○弁」
いやもう、ホ○弁?どんな組み合わせなの。
「全部未散の好物でしょ?」
「ああ、うん」
正確には直ちゃんの好きなモノなんだけどね。
一緒に出かけると匂いに釣られてこれらの店にふらふらと侵入しちゃうのよ、彼は。そんで「俺コレ好き」ってちょびっと唇を上げるから、つい「あたしもー」なんて同意しちゃって。
いつの間にか好物に決定されちゃってたんだ、そっか。
「食べよ」
マイペースな直ちゃんらしく、出かけようとしてたこちらの行動は完全無視。
子供よろしく皿とフォークの出現を待ってるんだもん、ダウンをソファーに引っかけてキッチンから必要なモノを取りそろえたあたしは、隣にいそいそ滑り込む。
思い描いてたクリスマスの過ごし方とは少し……大分違うけどこの際構わない。
大好きな人がそこにいれば、思わず笑っちゃうくらい嬉しいんだ。
おいしいを連呼しながら、ケーキ以外の食料を胃袋に収めてはたと気づいた。
この箱って小さいけどワンホールケーキ、だよね?こんな日だし、普通のワンピースケーキはなかったのだけどもだけど、いろんなことに頓着しない人だからサイズ丁度いいって買ってきただけかもれないけど、ほんのちょっと勘ぐっていい?
もしかしてこの食べ物全部クリスマス仕様、だったりする?
「…あの、クリスマスは寝てるんじゃなかったの?」
取り出したケーキに付属のロウソクを刺してた顔が、不思議そうに揺れる。
「うん、寝てる」
「…起きてるでしょ。一緒にご飯食べたもん」
もしかして夢遊病とか?今までの行動は全て夢の中の出来事なの?
訝しむあたしにほんの少し鼻の頭にしわを寄せた直ちゃんは、至極真面目に仰った。
「今日はイブ。未散ぼけてる」
一番言われちゃいけない人に指摘されちゃったんですけど…。
でも、確かにクリスマスイブ、だね。あっ、昨日お誘いを断られたのももしかしてそのせいなのかな。
「明日はダメだけど、今日なら付き合ってくれる、とか?」
山盛りの希望を不安のオブラートに包んで声に出してみると、こくんと大きな頷きが返ってきた。
じゃあ、玉砕してないの?嘘、望みあり?
「俺の予定は、イブに未散とご飯食べて、朝まで一緒に眠る、だけど」
一人幸せをかみしめてた耳に、とんでもないお言葉が。好きだけど、大好きだけど、いきなりそれはっ!!
なのにマイペースって怖いよね、パニくってるあたしなんて全然無視で赤々と灯ったキャンドル越しに一度もお目にかかったことのない全開笑顔で言うんだもん。
「メリークリスマス」
…直ちゃんの好きにして下さい、どこまでもついてっちゃうから!
緊張で味もわからないケーキの後、のぼせるほどお風呂に浸かって部屋に入ると、ベッドの中の大好きな人は隣を叩いておいでの催促。
「お、お邪魔します…」
ほどよく暖まったお布団で腕枕なんて、心臓が壊れちゃうっ!!
「んー、やっぱり未散の方がいい」
「え?」
閉じかけた眼を見上げると、満足そうに鼻を鳴らした直ちゃんは爆弾を投下したのだった。
「枕より人肌の方が眠りを誘うよね」
…あたし、抱き枕?一緒に寝るって本気で寝ちゃうのね。
複雑、ビミョウに納得できてない、けど、栄誉ある抱き枕に他でもない自分が指名された幸福を噛みしめて深い眠りに落ちよう。
なんかちょっと違うでしょ、とか。つっこまない。