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プロローグ

 息を吸う。濃密な命の匂いが肺に吸い込まれるのを感じる。ここは、コンクリートに囲まれた例の部屋ではない。彼の隣でもない。初めての場所だった。初めての『外』だ。けれど、それは些細なこと。そう思うことにする。ただまっすぐ前を向いて、いつもどおりやればいい。


 息を吐く。彼女はまっすぐ腕を前に伸ばして、さらに伸ばした人差し指で図形を描いた。そして、何も見えない空中をキッと睨んでから、それを真円で囲んで召喚のための陣をつくる。


それから彼女は唇を開いて、小さな声を出した。つぶやくようなその声は徐々に大きくなり、ついに言葉になった。少し緊張した面持ちで、あるときは言葉を、あるいはただの声を音に乗せる。顎をひいて、息を吸う。できる限りの音楽を彼女は奏で続けた。神様を、そしてその使いを願うために。 

 その言葉は呪文ではなかった。音でも、なかった。そのちょうど中間、メロディの生まれる場所。そこにたどり着くのは誰にでもできることではない。


 スウの声が、都市からすぐ近くであるが故の薄ぼんやりとした空に響くと、願いが届いたように空からゆっくりと一筋の光が落ちた。閃光のように引かれた光は、火花のように地面に跳ね返ってそのまま空中に丸く残る。鮮やかで青い光に照らされて、彼女は薄い唇を少し横に引いた。それから、ひとつため息をつく。

 静寂。その鬼火のような光がゆっくりと消えてゆく頃になってから、周りにいた何人かから拍手が起こった。今日の課題はこれだけ、目くらましの光を願うことだけだ。難易度は決して高くない。センスがあれば、それこそいくつも歳下で達成できるようなことだった。それでも、彼女にとっては大きな一歩だった。ここまで来るのに時間が、かかった。美しい彼の、あの日の言葉を脳裏に思い浮かべて、スウは深呼吸した。


 胸を張ることが、彼との約束だ。




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