表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫天の剣光  作者: 桃姫
第一章
7/57

7話

 零士は、屋上で寝転がっていた。素振りを二、三十分したら飽きたので寝転がったのだ。丁度真下には、支部長室があるくらいの位置だろうか。

「やる気でねぇな」

 零士は、照りつける日差しを睨みつけながら呟いた。

「なあ、『ムラクモ』……」

 彼は、彼の「魔装太刀」に対して話しかける。長い刀身は深い紫色。深い紫は、高純度の「魔力伝達物質」であることを示している。通常純度だと黒から藍色だが、純度が高くなるごとに明るく赤みを増していく。名前の由来は「天叢雲剱あめのむらくものつるぎ」。その太刀は、とある人物が使っていたことが最近の歴史の教科書に載るほどの、凄い太刀。

 その人物とは、「黎明の王」の再来、「漆黒の剣天」と呼ばれた神童。零士は、その神童をよく知っていた。

「俺は、どうしたら、いいんだ」

 零士は、眼を閉じる。脳裏に蘇る当時の光景。それは、妹が消えた瞬間。

「なあ。『ムラクモ』。俺は、」

 不意に、零士の脳裏に、桜子の言葉が蘇る。「零士。自分を抑えすぎると、いつか、暴走しちゃうよ」。そんな言葉。零士には分かっていた。いや、分かっている。もう、暴走寸前なのだ。零士の心のダムは、もう、決壊寸前まで溜まりきっている。いつ決壊してもおかしくない。

 階段を上る足音が零士の耳に入る。音のリズムから桜子ではないことが分かる。三人の足音に零士は警戒し、「ムラクモ」を屋上の影になるところに隠す。

 そして、再び寝転がると同時に、屋上へのドアが開いた。

「紫雨!あ、あんた、こんなとこで何やってんのよ」

「昼寝っスよ」

 将美からの言葉に、敬語とは言えない言葉遣いで、答えた。

「まったく」

 将美の溜息交じりの声とは裏腹に、ラッセルとミッカスは、興味津々と言うような目で、零士を見た。それに対し、零士は、二人を無気力な目で一瞬見ると、すぐに、空に視線を戻した。

「君が、紫雨君かね?」

 ラッセルの問いに、零士は、気の抜ける声で答える。

「ええ、まあ」

 ミッカスは、笑った。それは、何か確信を持った笑いだったので、零士は、少し訝しげに感じたが、大して気にはしなかった。

「ふむ、君は、まるで天邪鬼みたいだね」

 ミッカスの表現は、零士の本質の一端を見抜いたことを意味している。

「どう言う意味です?」

 零士が問おうとしたことを将美が先に聞いてくれた。

「いや、なに、そのままさ」

 そう言って、屋上のあちらこちらへ目をやる。そして、屋上の一箇所を指差す。

「この辺りかな。細い溝がいくつもできている。これは、魔装大剣や魔装太刀を振るった時に付く傷跡だね。あまり目立つ傷ではないから、かすった程度だろうけどね。だから、故意に壊そうとしたのではなく、訓練をしていたことがよく分かるよ」

 さらに指の位置が変わる。

「まあ、これだけだと、他の人かもしれないけれど、君の寝転んで居た位置とその近くに、濡れた跡があるからね。それは、汗だろう?」

 零士が素振りをしてかいた汗は、屋上にしっかりと跡を残していた。いくら日が照っているとは言え、この短時間で乾ききることはない。それほどの量の汗。ただ、零士は、そんな状況証拠をいくら突きつけられようと、微動だにしなかった。

「ええ、汗っスね。でも、これが、俺の汗だとしても、俺が大剣の訓練をしてたという証拠にはならないっスよね?」

 彼が「大剣」と言ったことには、いくつかの意味がある。まず、将美は、零士が訓練中に使っている武装が「大剣」であるということを知っているので、将美に不信感を抱かせないため。そして、もう一つは、いくら、死角でさらに影になっているとは言え「ムラクモ」を発見されないとも限らない。それを避けるために、自分が振るっていたのは「大剣」であると言うことを意識させることで、「太刀」を無意識下で見過ごすように仕向けたこと。所謂、ミスディレクションと呼ばれるものだ。

 ミスディレクションとは、別の何かに意識をそらせることで、相手の判断、注意力を逸らすことの総称だ。大衆芸の奇術や手品に用いられることの多い手法だが、決して、芸にしか仕えないわけではなく、戦闘などにも多く利用できる。フェイントや猫騙しも大きく分ければ、これの一種である。

「ふむ、君もなかなかに強情なようだ」

 そして、ラッセルが問う。

「なぜ、そこまでして自分が訓練していたことを隠そうとする。褒められることは、嫌かね?」

「いや、褒められるのは好きっスよ?」

 零士は、思ってもないことを言う。零士は、褒められることに関してなんとも思っていない。それは当然だったからであり、今は、当然でなくなったから、と言うだけのことだ。

「ふむ、まあ、君が違うというのだから違うのだろう」

 ラッセルは、訝しげに、値踏みをするような目をしながら、心にもないことを言う。

「それにしても極東支部……A支部は、本当に平和だと思わないか?」

 急な話題転換に、零士は怪しく思いながらも答えた。

「まあ、内地にあるB支部やC支部、完全に孤立しているG支部なんかとは違って、海が近く、アレの出現率は低いでっスからね」

 その発言の内容に零士はあまり深い意味を込めていなかった。ただ、そうあることを語っただけだった。だが、それは、同時に、あまり意識しないほど、支部の位置に慣れ親しんだ者であることが窺える。また、海に近いと幽賊害蟲の出現率が低いというのは、あくまで今までの統計からであり、信憑性が低いため、発表されていないこと。それを知っていると言うのが分かった時点で、ラッセルもミッカスも零士を見る目が完全に変わっていた。まあ、将美に関しては、勉強不足か、それとも、天然なのか。年の功と言うやつかも知れない。全く零士の言っている言葉から分かることの意味を理解していなかった。

「紫雨君。君は、」

 ラッセルがそう言った瞬間、屋上のドアがノックされ、直典がドアから出てきた。

「佐藤副支部長。準備ができたのですか?」

 ミッカスが問う。

「ええ。準備が整いました。それと紫雨零士君。屋上に寝転がるのは、衛生上あまりよくないので起きなさい」

 直典の注意に、零士はしぶしぶ起き上がった。

 その瞬間。一瞬のことだった。零士の耳に入った「パシュ」と言う何かが潰れ押し出されるような音。それが五回。その音の正体が何かを頭で理解する前に、零士の体は感覚的に動く。高速で飛来する「魔装弾」。それを零士は、自分に命中する前に、自分に直撃するはずの二発を掴み取った。

 「魔装弾」とは、魔装銃に込める銃弾のこと。一つ一つが「魔力伝達物質」でなくてはならないため非常に高価。しかし、魔力による補助で、発射の勢いと螺旋回転が通常の拳銃の数倍から数十倍に引きあがり、それ自体に魔力が籠もっているため、威力は、さらに倍以上になる。

 それほどまでに危険な弾を彼は、素手で掴み取ったのだ。それから間を置かずして、「カン」と言う甲高い音がした。その音で、先ほどの音と、今自分たちの横を通った物体の正体を理解したラッセル、ミッカス、直典。そして、まだ理解できていない将美。

「誰が撃った?」

 直典の警戒する言葉。零士は既に、遠目に見て、犯人を特定していた。

「ありゃ、大田圭吾か。おそらく、射程距離を設定しそこねたか、どのくらいまでの距離なら撃てるか、なんて言っているうちに誤射したってところっスかね?」

 同じ教室で、知力指導を受けているCランクの大田圭吾。彼の性格を踏まえた上で、考えると、その推理に信憑性は、俄然出てくる。そう判断した直典は、零士の言葉を信用した。

「銃弾は三発か。残り二発は、別のところに着弾したか」

 ラッセルの言葉。直典もミッカスもそれが妥当だと判断した。一方、ようやく状況を理解した将美は、溜息交じりに肩を落とす。

「後で、大田は呼び出しね」

 将美の呟き。零士は、反射的に呟く。

「誤射による怪我人は居なかったが、誤射を報告している様子が見られないため、危険判断及び判断能力の無さを指摘。また、要人に対する攻撃と見なされた場合は、退学処置も免れない。まあ、怪我人もいないし、誤射であることは分かっているからこの場合は、自宅謹慎か、罰則、清掃、草むしり、購買の手伝いが妥当か」

 その呟きを聞いていたラッセルとミッカスは、なんとなく分かっていた。彼が、桜子の報告書を書いた張本人であり、そして、決してCランク候補生なんかではないということが。

「ところで紫雨君。君と染井君は、幼馴染だったね。彼女とは、今も仲がいいのかい?」

 ミッカスの不意な質問に零士は、よく分からない顔をした。

「何故、そんなことを聞く?」

 敬語に近い先ほどまでの口調も全て投げ捨て、低い声で、唸るように聞いた。

「おお、恐いね。いや、個人に深入りするようなことを聞いたね。すまない。でも、染井君は、君の事を気に掛けているようだったからね。君はどうなのか、と思ったのだけど、心配はなかったようだ」

 爽やかに笑うミッカス。それに対して零士は、冷たい目でミッカスを見ていた。

「紫雨、あんた、相手は支部長なのよ。態度を改めなさい」

「いやいや、構わないさ」

 ミッカスは笑っていた。ラッセルが、丁度いいと思ったように、零士に質問する。

「君は、B支部に入る橘君を知っているか?」

 その問いに、零士は、暫し、押し黙るが、ふと、答えを返す。

「橘とは、あの橘璃桜のことか?」

 零士の記憶に該当する名前は、その名前だけだった。

「知っているのかね?」

「まあ、噂程度には」

 零士の聞いた噂は、美化と尾びれのたっぷりついた、信憑性が欠片程度にしかないものだ。

「噂、と言うと、橘君の能力に関してかね?」

「まあ、オーラの見える体質の他に、未来予知があり、さらに、あの『夢見櫓(ゆめみやぐら)の女王』の知り合いだとか」

 未来予知、と言う体質は無いとされている。それを持っているとは、あまり考えられない。また、持っていたなら、その時点で、「特殊能力保持」として、ランクがプラス1されるはずなのだ。

「ふむ、それに関しては、彼女は、卓越した観察眼を持っていて、それがまるで予知のようだと言うことだけだ。まあ、彼女のオーラを見る目は、他のオーラを見る目とは違い、かなりはっきりとしている、と言う点では、オーラを見る目も『特殊能力』になりそうなものだが」

 オーラを見る目は、「特殊能力」には認定されていない。それは、比較的(それは他の「特殊能力」と比べ、と言う意味で、だが)多くの人間が持っているからである。その多くのものが持つ目は、先天的に持つものであり、なおかつ、精度が低い。大体の量は分かるが、せいぜい、弱い、強い、かなり強い、程度である。しかし、璃桜の目は、精密なのだ。その人物の大体の魔力量を把握し、大体のランクを推察できる。

「それと『夢見櫓の女王』との関係に関しては、本人から聞いたが、事実、らしい」

「ほぅ」

 夢見櫓の女王とは、ある人物の二つ名である。そう言えば、と零士は思い出した。

「あいつ、従姉妹がオーラを見れるから会うときは気をつけろって言ってたな。辞める前に会ったときだから、五年前か」

 そんなことを呟きながら、「夢見櫓の女王」を思い出そうとして止めた。零士の頭に過ぎりそうになったトラウマを零士は、記憶の奥底に閉じ込めなおす。

「支部長の皆様、そろそろお時間が」

 直典の言葉で、三人の支部長は、そうだった、と顔を上げた。

「早くしなくては、野外訓練の時間が終わってしまいますよ」

「そうでしたね」

「ああ、忘れかけていた」

 三人は、足早に屋上を去っていく。零士は、その背中をちらりと見て、再び寝転がった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ