6話
桜子は、訓練場を訪れていた。訓練を行える場所は主に四つの場所に分かれる。体力評価を行う演習場。通常の訓練を行う訓練場。武器を使わない訓練を行う格闘場。指導訓練を行う指揮訓練場。桜子はその中の普通の訓練を行える訓練場にいたのだ。
「あっ!染井先輩!」
後輩の藤堂百合が寄ってくる。藤堂百合は、この年入学した新入生で、Bランク候補生である。茶色っぽい髪は、肩の辺りで切りそろえられている。瞳の色は、茶色っぽい黒。使う武装は平凡で、特殊な能力も無いが、努力だけでBランク候補生に上り詰めた天才だ。桜子の印象はそんなところだろうか。
「染井先輩。あの、紫雨先輩は……」
ただ、桜子の気がかりは、藤堂百合と言う後輩が、異様なまでに零士にこだわっていることである。少なくとも、零士と子供の頃から一緒にいた桜子が知らないのだ。零士の友人と言うことは無い。彼は、桜子が入院している時でも新しくできた友達を必ず紹介しに着ていたから。
「零士なら、屋上で昼寝でもしてるんじゃない?」
桜子の言葉は、普段の零士を知っている者からすれば、「またいつものサボりか」、となるわけであるが、百合の反応は違う。
「そうですか……。屋上で素振りでもしてるんですかね」
そんな風に、零士の性格をよく知っているかのように、零士の行動を暴いてくる。桜子の言ったことは、零士の「建前」であり、百合の言ったことは、零士の「実態」である。桜子は零士をよく知るがゆえに、零士の「建前」を尊重する。百合は零士を知らないがゆえに「実態」を暴こうとする。どちらも的を射ているが、違いはそこにはっきりと存在しているのだ。零士のよき理解者である桜子と零士のことを知りたがる他人の百合では、彼に接する態度が違うのだ。
「私は、昼寝と言ったんだけど」
桜子は、睨むように百合を見て言った。対する百合は、ニコニコと笑みを浮かべ、いつものように言う。
「ですから、いつものことですよね。昼寝と言って素振りをする。紫雨先輩は『天邪鬼』ですから」
百合は、何故零士をよく知るのか。桜子には分からない。おそらく零士も覚えていないのだろう。
「まあ、いいわ。それで、」
それで、とは、何の用かと言う意味である。
「あっ、はい。もうじき別支部の支部長さんが来るんですよね。紫雨先輩は連れてこなくていいんですか?」
その質問に桜子は、溜息をつく。
「零士は、出なくていいのよ。むしろ出るべきじゃないの」
桜子の言葉に百合は、反論する。
「それは、紫雨先輩の成績が悪いからですか?紫雨先輩は、人の見てないところで努力してる。それは、先輩がよく知ってるはずですよね。それに紫雨先輩は、」
「それとは関係の無いことよ。彼は、自分の力を隠したいのよ。そして、もう二度と使いたくないの。彼は、まだ、悲劇から立ち上がれていないのよ」
桜子の言葉に、百合は、疑問を覚える。
「悲劇……?」
「私から言えるのはそれだけよ」
そういうと桜子は、手に持っていた愛器「ミストルティン」を剣の形へと変え、訓練場の奥へと歩いていった。
桜子の持つ「ミストルティン」は、魔装武装の分類上、魔装銃剣に分類される。魔装大剣と魔装銃の機能を併せ持つ武装。魔装大剣時にレバーを引くと刀身が二つに割れ、銃身が現れ、レバーがトリガーとしての役割を担う。「魔力伝達物質」を多く使用するため、とても高価で、なおかつ、使いにくいので、使用する者はあまりいない。しかし、桜子は、A支部に来る前から使用している「ミストルティン」を使いこなしている。元来、魔装銃剣は高価さゆえに、富豪の家系などの一部の限られた人間にしか買えないが、家が裕福でない桜子が持っているのは、幼少時にある少年からプレゼントされたからである。
◇◇◇◇
桜子は、身体が弱く、入院しがちだった。幼馴染の少年とも、少女とも桜子は遊べなかった。しかし、或る日、そう、それは、悲劇が起こる数週間前だった。桜子は、数年に亘る入院生活の末、手術をし、ようやく完治、退院できたのだ。そのときに、プレゼントとしてもらったのが、「ミストルティン」。ある人物に憧れ、「ネメシス」への入隊をしたがっていた桜子へのプレゼントだった。