52話
楼皇坂九御は、魔装太刀・「倶利伽羅剣」を振るった。
普段の細やかな私生活とは、違い、大雑把な一撃。
辺りが焦土と化す。
「馬鹿な」
「無理ですね。その程度では、『倶利伽羅剣』には、傷一つ付きません」
流麗に靡く茶髪。グルグルと渦巻くカールが二つ。ぶら下がっている。古典的なお嬢様ヘアースタイル。今時、かえって珍しすぎて、驚くような髪形だ。
「くっ、我々が、こうも容易く……」
C支部特別対策班の二人は、いとも容易く撃破された。地に伏す二人。
「フフッ、私の前に平伏しなさい」
妖艶、艶美な笑みを浮かべ、見下す。その様は、まるで「女王」。
「私の前に立つことは、いかなる身分のものでも許されない。それが、この『倶利伽羅剣』の制約ですわ」
伏した二人が、熱気に包まれる。
「『倶利伽羅剣』の前に立つことは、音音でも、その他の誰であろうと、許されない。そこに立っているのは、誰です」
睨むように、何もない焦土の中心を見る。その目は、非常に冷酷で、全てを見下す女王の目。
整った美しい貌。甘美な赤みを帯びた唇。長い睫毛に、少しつり上がった目。スッと通った鼻。
その貌の全てが、女王と認めるに相応しい、艶やかな貌。
「へぇ~。私のコレを見破れるんだ」
何もない場所から、美しい十九歳か二十歳ほどの少女が現れた。
「平伏しなさい」
「嫌よ」
「倶利伽羅剣」の一撃は、少女を素通りする。
「っ……?!」
そこで初めて、九御の顔に焦りが見えた。
「貴方、誰?」
少女は、静かに口を開いた。
「『夢見櫓の女王』。さぁて、私は、どこにいるでしょうか?」
九御は、驚愕する。確かにそこに居る。気配がある。なのに、そこには、何もいない。そこには、姿がある。なのに気配が無い。幾多もの気配。それと、幾多もの、気配とは異なる位置にある姿。
「なっ、何?」
焦りを見せ、周囲を見渡す九御に、詩春は、言う。
「コレこそ、『夢見櫓』。貴方は、もう、この『夢』から抜け出すことはできない」
それは、幻覚。それは、幻想。それは、――夢幻。
内心の焦りを隠せない九御だが、心を持ち直す。
「どこにどれだけいようと、『倶利伽羅剣』の前において、意味はありません!」
「倶利伽羅剣」が灼熱の熱気を宿す。
――「倶利伽羅剣」――。不動明王が右手に持っていたとされる剣。竜が巻きつき、灼熱の炎を燈したと言う。
「焦土と化せ!」
「倶利伽羅剣」が地面に突き刺さった瞬間、当たり一帯が、枯れた。朽ちた。枯渇した。地面は乾き、干からび、草木は枯れる。
「熱い!」
詩春が……本物の詩春が現れた。
「私の前には、何人たりとも立っていることを許されない」
そして、妖艶な笑みを浮かべる。
「さあ、跪きなさい」
狡猾で、それでいて、面妖な笑み。そして、悦に浸る笑み。自分より「女王」に相応しき人はいない。そう確信している。
ただ、それを詩春は許さなかった。
「ウフッ、ウフフッ」
笑い出す詩春。その笑いは、高貴で、気品に溢れた上品笑いとはかけ離れた、他人を哂う、中傷の哂い。
彼女は、知っていた。自分の本質を。誰よりも、上にいることを望み、誰よりも欲の強い女だと。傲慢で、独占欲に溢れる、最低の女だと。それでいて、誰よりも偉く、強く、強欲だと。そして、誰よりも純真で純情だと。
純真なる強欲。ただ、ひたすら、求める。貪欲に、純粋に。
「躍り狂え『幻想櫓』」
その呟きと共に、そこは、闇へと支配される。
――「夢見櫓」――。それは、支配の力。人の視覚も、嗅覚も、触覚も、聴覚も、味覚も、第六感ですら、支配してしまう強欲な力。目の前のそれを完全に支配するための力。それこそ、人を手玉に取り、自由自在に操るための力なのだ。
「クフッ」
九御は、惑う。
「弄ばれろ『悲壮櫓』」
九御の中に様々な光景が流れる。
「恋せよ『愛深櫓』」
「夢見櫓」の前に、如何なる武器も届かない。届く前に、全てを支配される。「夢見櫓」の前では、すべて幻想に包まれる。全てがおかしくなる。
全て、狂う。
そう、一瞬で、全てが変わる。快楽に包まれる。悦びに包まれる。「夢見櫓」を持ってすれば、いないはずの恋人がいつの間にか存在している。そして、無かったはずの、悲壮感に包まれた人生も出来上がる。そう、全ては幻想。その果てには、記憶も、人格も、全てが、書き換えられてしまう。
「さぁて、これからは、私に従ってもらうわよ、クフッ」
その言葉に、満面の笑みを浮かべ、九御は答える。
「はぁい、ご主人様♥♪」




