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紫天の剣光  作者: 桃姫
第五章
52/57

52話

 楼皇坂九御は、魔装太刀・「倶利伽羅剣」を振るった。

 普段の細やかな私生活とは、違い、大雑把な一撃。

 辺りが焦土と化す。

「馬鹿な」

「無理ですね。その程度では、『倶利伽羅剣』には、傷一つ付きません」

 流麗に靡く茶髪。グルグルと渦巻くカールが二つ。ぶら下がっている。古典的なお嬢様ヘアースタイル。今時、かえって珍しすぎて、驚くような髪形だ。

「くっ、我々が、こうも容易く……」

 C支部特別対策班の二人は、いとも容易く撃破された。地に伏す二人。

「フフッ、私の前に平伏しなさい」

 妖艶、艶美な笑みを浮かべ、見下す。その様は、まるで「女王」。

「私の前に立つことは、いかなる身分のものでも許されない。それが、この『倶利伽羅剣』の制約ですわ」

 伏した二人が、熱気に包まれる。

「『倶利伽羅剣』の前に立つことは、音音でも、その他の誰であろうと、許されない。そこに立っているのは、誰です」

 睨むように、何もない焦土の中心を見る。その目は、非常に冷酷で、全てを見下す女王の目。

 整った美しい(かお)。甘美な赤みを帯びた唇。長い睫毛に、少しつり上がった目。スッと通った鼻。

 その貌の全てが、女王と認めるに相応しい、艶やかな貌。

「へぇ~。私のコレ(・・)を見破れるんだ」

 何もない場所から、美しい十九歳か二十歳ほどの少女が現れた。

「平伏しなさい」

「嫌よ」

 「倶利伽羅剣」の一撃は、少女を素通りする。

「っ……?!」

 そこで初めて、九御の顔に焦りが見えた。

「貴方、誰?」

 少女は、静かに口を開いた。

「『夢見櫓の女王』。さぁて、私は、どこにいるでしょうか?」

 九御は、驚愕する。確かにそこに居る。気配がある。なのに、そこには、何もいない。そこには、姿がある。なのに気配が無い。幾多もの気配。それと、幾多もの、気配とは異なる位置にある姿。

「なっ、何?」

 焦りを見せ、周囲を見渡す九御に、詩春は、言う。

「コレこそ、『夢見櫓』。貴方は、もう、この『夢』から抜け出すことはできない」

 それは、幻覚。それは、幻想。それは、――夢幻。

 内心の焦りを隠せない九御だが、心を持ち直す。

「どこにどれだけいようと、『倶利伽羅剣』の前において、意味はありません!」

 「倶利伽羅剣」が灼熱の熱気を宿す。

――「倶利伽羅剣」――。不動明王が右手に持っていたとされる剣。竜が巻きつき、灼熱の炎を燈したと言う。

「焦土と化せ!」

 「倶利伽羅剣」が地面に突き刺さった瞬間、当たり一帯が、枯れた。朽ちた。枯渇した。地面は乾き、干からび、草木は枯れる。

熱い(あっつい)!」

 詩春が……本物の詩春が現れた。

「私の前には、何人(なんぴと)たりとも立っていることを許されない」

 そして、妖艶な笑みを浮かべる。

「さあ、跪きなさい」

 狡猾で、それでいて、面妖な笑み。そして、悦に浸る笑み。自分より「女王」に相応しき人はいない。そう確信している。

 ただ、それを詩春は許さなかった。

「ウフッ、ウフフッ」

 笑い出す詩春。その笑いは、高貴で、気品に溢れた上品笑いとはかけ離れた、他人を哂う、中傷の哂い。

 彼女は、知っていた。自分の本質を。誰よりも、上にいることを望み、誰よりも欲の強い女だと。傲慢で、独占欲に溢れる、最低の女だと。それでいて、誰よりも偉く、強く、強欲だと。そして、誰よりも純真で純情だと。

 純真なる強欲。ただ、ひたすら、求める。貪欲に、純粋に。

「躍り狂え『幻想櫓』」

 その呟きと共に、そこは、闇へと支配される。

――「夢見櫓」――。それは、支配の力。人の視覚も、嗅覚も、触覚も、聴覚も、味覚も、第六感ですら、支配してしまう強欲な力。目の前のそれを完全に支配するための力。それこそ、人を手玉に取り、自由自在に操るための力なのだ。

「クフッ」

 九御は、惑う。

「弄ばれろ『悲壮櫓』」

 九御の中に様々な光景が流れる。

「恋せよ『愛深櫓』」

 「夢見櫓」の前に、如何なる武器も届かない。届く前に、全てを支配される。「夢見櫓」の前では、すべて幻想に包まれる。全てがおかしくなる。

 全て、狂う。

 そう、一瞬で、全てが変わる。快楽に包まれる。悦びに包まれる。「夢見櫓」を持ってすれば、いないはずの恋人がいつの間にか存在している。そして、無かったはずの、悲壮感に包まれた人生も出来上がる。そう、全ては幻想。その果てには、記憶も、人格も、全てが、書き換えられてしまう。

「さぁて、これからは、私に従ってもらうわよ、クフッ」

 その言葉に、満面の笑みを浮かべ、九御は答える。

「はぁい、ご主人様♥♪」


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