4話
「くしゅん」
急に鼻がむずむずしてくしゃみをした零士。
「どこかで誰かが、悪口でも言ってんのか?」
そうやって呟きながら、零士は、行っていた作業を再開する。零士が今いるのは、魔装武装の保管庫、通称「武器庫」だ。ここには、訓練用の魔装武装と自分の魔装武装を所持していない人用の共用魔装武装が置いてある。
魔装武装とは、魔力を用いるための武装である。武装の芯に「魔力収束回路」と呼ばれる魔力を集める回路が組まれている。そこに魔力を流し込むと、武装全体に流し込む「魔力伝達回路」に伝わる。この二つの回路が揃わないと、「害蟲」に対応できる強力な武装が出来ない。もしくは、武装自体が「魔力伝達物質」でできている場合は、「魔力収束回路」のみでいい。
「報告書より二本足りねぇな。大剣か。最近の利用者は、浅岡雄二と鈴木義夫か。どっちもCランクだが、大剣なんて盗んでどうすんだよ」
大剣とは「魔装大剣」のことである。
「訓練だったら申請すりゃいいし、もしかして何か人には言えねぇ事情があるのか?」
零士は考察をするも、
「ああ、馬鹿馬鹿しい。桜子に報告書でも投げつけて屋上で寝るか」
だが、考えがまとまらず、考えることが馬鹿らしくなり思考を放棄した。ついでに桜子を犠牲にし、寝ることにしたようだ。
◇◇◇◇
桜子は、一人、空を眺めていた。別に何かあるわけでもない。いつもと変わらず、燦々と太陽が煌き、地上に向かって光を放っている。雲一つ無い青空に、心を奪われる。
(ああ、あんな風に、澄み切った空は、いつまで続くかな。もしかしたら、明日には、空を覆いつくす「害蟲」の群れがやってくるかもしれないなあ)
そんな思考をぼんやりとしていた。何分そうしていただろうか。Aランク候補生は本日の知力指導終了のため、後は、体力指導と魔力指導だが、Aランク候補生は、他支部の支部長に訓練を見せるため、あと数時間ばかし暇になっていた。
(支部トップの成績、ね。それが何か意味があるのかしら)
青空を見上げる桜子の視界を遮るように、何かが桜子の顔の上に乗っかった。
「な、何?」
慌ててバサバサと捲くれる顔の上の物をのけると、それは紙の束だった。
「ほ、報告書?」
「おい、桜子。魔装大剣が足りねぇ。支部長に報告しとけ」
そう言って、零士は既に作ってある報告書を見せてくる。
「あ、また私の名前で報告書作ってる。自分の名前で作りなよ」
また、と言う表現から分かるとおり、零士は、よく、桜子の名義で報告書を書いている。桜子の文句に零士は淡々と返す。
「俺がなんと言おうと、あいつら耳貸さねぇんだからしかたねぇだろ。お前が出したほうが早い。きちんと設定作ってあるから心配するな」
設定を作るとは、桜子が、どのような状態でその状況になったかの設定である。
「どうせここで呆けてるだろうから、でっち上げやすかったぜ」
そう言って笑う零士の作った報告書に桜子は目を通す。
『報告
本日、魔装武装保管庫にて、二本の魔装大剣が紛失していることが判明。よって、それを報告する。
経緯は、Aランク候補生の訓練時間まで間があったので魔装武装保管庫にて武装の整理をしていた。自分の魔装武装は保管していないが、他者の出動をスムーズにするための行動である。その結果、常備されている魔装大剣の数と実際にある魔装大剣の数が合致していなかった。訓練の申請もされていないため、何者かが無断で持ち去ったと思われる。
二本の魔装大剣の控え番号は二十三と二十九と思われる。無断持ち出しの可能性を考え、既に、管理課に報告、捜索を始めている。見つかるのは時間の問題と思われる。そのため、発見しだい支部長室に報告を入れるように手配。早期解決に、自分を含めた数名も捜索に協力する予定。
なお、外部への無断持ち出しは、支部規則四条二項に反していると思われる。反している内容は、武装の破損があった場合、武装破壊。また、使用した痕跡があった場合、武装の無断使用。以上二項目に反していると思われる。
この場合の罰則規定は、二日から四日の自宅謹慎、もしくは、訓練場の清掃と思われる。
以上が報告となる。
A支部所属 Aランク候補生 染井桜子』
よく出来た報告書である。ただ、多少の嘘を除けば、だが。
「何よ、これ。私がいい子ぶって武器庫整理してたことになってるじゃない」
「仕方ないだろ、お前は、実際優等生なんだから。他にいい説明も無かったし」
怒る桜子を零士は笑って嗜める。
「じゃあ、頼んだぜ。早くしねぇと、先に見つかった報告が来て、報告が遅い、事前報告しろって怒られんぞ」
零士はそれだけ言うと、屋上から去った。桜子は、やれやれと、心の中で呟きながら、重い腰を上げ、支部長室へ向かうことにした。屋上のドアを開き、階段を降り、目の前が支部長室だ。そこで桜子は考える。もしかしたら、まだ、他の支部長が、支部長と話しているかもしれないと。支部長室の前で、入るか否かを考えていると、突然、そのドアが開いた。支部長室は防音の壁は勿論、ドアも分厚く、中の様子が一切聞こえないようになっている。そのため、そのドアが開くまで桜子は、まったく気づかなかった。
「おや、染井君か」
「お久しぶりです。グレー支部長、ランカー支部長」
桜子は咄嗟のことながら、何とか敬礼をすることができた。それは、数々の経験からの慣れのお蔭だろう。普通の隊員なら、慌てふためくか、驚いて硬直して何もできないか、だろう。まあ、もっとも、零士ならば、軽口で返事をするのだろうが、などと桜子は、考える。
「あら、染井さん。どうかしたのかしら?」
将美の声に、思考を振り払い、慌てて本題を話す。
「報告があってまいりました」
桜子の言葉に、将美は、内心で首を傾げていた。
「特に任務や雑務は頼んでいなかったはずですけど?」
「詳細は、報告書で確認をお願いします」
桜子は、それだけ言うと、「失礼します」と一言断ってから、その場を去った。