23話
B支部から程なく行った山地。そこに、椎名厄魔と「火榮」がいた。二人は、「密使」を名乗る人物に呼び出された。なんでも、B支部の重要な案件だと言う。しかし、「密使」などを使わずともよいものだと、厄魔は考えたが、緊急だと言うことで、誰にも告げずに、山地までやってきた。
「なあ、火榮。こんなところに、誰か、いると思うか?」
程なく行ったところとは言え、来るまでに相当時間がかかる。途中の町で二、三泊は確実だ。
「呼び出されたんだから、居ないわけないじゃん」
火榮の楽天的な言葉に、厄魔は、溜息をつく。そして、厄魔は、とぼとぼと歩き出す。すると、それに続くように火榮も動き出す。二人はワンセット。ツーマンセルではなく、あくまでワンセット。離れることができない。
「だから、騙されたんじゃねぇかって話だ」
厄魔は、誰かに騙されたことを考えていた。しかし、火榮は、笑う。
「騙されたって、誰にさ」
厄魔は答えない。いや、答えられない。心当たりが微塵も無いからだ。
「そりゃ、わかんないけどさ」
「ほら、居るんだって」
火榮の楽天家ぶりに厄魔は頭を抱えた。厄魔は時折思う。火榮があまりにも人間っぽいと。魔装人形にしては、表情豊かで、感情が喜怒哀楽しっかりしすぎている。それに、小指を角にぶつけて痛がるなど、人間味がありすぎる。だからといって、人形なのは確かなのだ。
しかし、まあ、B支部に入ったときも常に一緒に居るせいで恋人に間違えられやすく、人形だと話しても信じてもらえないことのほうが多かった。
「なあ、火榮。こんな時になんだけどさ」
厄魔が疑問を口にしようとしたときだった。
「シッ。静かに。厄魔。何かが潜んでる」
厄魔を押さえ込み、火榮が告げた。厄魔に緊張が走る。あたりを探る。すると、あちこちに何かが駆ける音がする。
「囲まれたか」
厄魔の焦った声に、火榮が言う。
「いや、これは一人だ」
「は?」
火榮の答えが意外すぎて思わず間抜けな声が出てしまった。厄魔の耳には、確かに、あらゆる方向から走る音が聞こえている。
「そんなわけ無いだろ。あちこちから聞こえてるぞ」
「ここを囲むようにグルグル駆け回ってるだけ。よく聞けば分かる」
その言葉の通り、走っている音は、周りを一定の順で回っている。しかし、ありえない。そうだとしたら、速度が異常だ。普通ならありえない。
「これは、雷華?」
火榮の言葉に、厄魔が首を傾げた。
「知ってんのか?」
「うん。姉妹だ」
それで思い浮かべたのは「風林火山」。しかし、「雷」も「華」も当てはまらず困惑する。
「そもそも、姉妹だってんだったら、何で攻撃して来るんだ?」
「まだ、攻撃されてないし、それに、あいつは、よくわかんないから」
緊張でかく汗を拭いながら、攻撃に備えた。
「雷華、やるの?」
「それが父上の命令です!」
初めて、向こうから声が返ってきた。
「チッ、厄魔、やるしかなさそう。魔力を注ぎ込んじゃって!」
「あーはいはい、わかったよ!」
厄魔は半ばやけくそで、火榮に魔力を注ぎこむ。
「雷華!あんたをふっとばす!」
「わたくしは父上の人形。『雷霆』です。その名は捨てましたよ、炎華」
炎華。その名を厄魔は、本能的に、火榮のことだと理解する。
「あいにく、あたしも炎華じゃなくて『火榮』なのよ!」
――ドォン!
地面ごと抉るようにこぶしを放つ。地が揺れる。崖が崩れるほどの重い一撃。それを火榮はいとも簡単に出すことができる。
火榮は、厄魔をかかえると地面を蹴り、宙に跳び上がる。いくら速くとも足場がくずれてしまえば、思うように動くことはできない。
「甘いですよ」
しかし、火榮が跳んだ先には既に「雷霆」がいた。
「空中では動けないでしょう」
「雷霆」は、二本の鋭い「くし」を構えた。落下しながら攻防をしなくてはならないこの状況。そして、向こうには、鋭い武器。厄魔には、火榮の拳くらいしか武器が無い。圧倒的に不利。
「さあ、死んでください」
厄魔に向かって飛んで来る「くし」。空中で避けることはできない。いや、できる。火榮が厄魔を咄嗟に自分の体に寄せる。厄魔の身体すれすれを「くし」が通り抜けた。
「避けた?!ですが、これで、」
避けたことに驚いたのは一瞬。再び、「雷霆」は、「くし」を取り出す。だが、火榮は、その隙に接近していた。
「落ちろ!」
火榮は、「雷霆」を思いっきり蹴り落とす。
――ヒュン!ズドン!
大きな音とともに、地面に激突した「雷霆」。その体のあちこちから、紅い血液が噴出していた。それを見た厄魔は、驚愕に目を見開く。人形が、「血」を流した、と言う事実。それが信じ難く、驚きを隠せない。
「お、おい、あれ。血?」
「そうだよ。あれは、血だ。本物の。あたしら『風林火山』……、『風林火陰山雷』は、本物の血と、心臓と、魂が入ってんだよ」
本物の血と心臓と魂……。つまり、人間。
「え?お前って、人間だったの?」
「違う!あたしもあいつも、元人間。機械の体に、血と心臓と魂を突っ込まれた魔装人形だよ」
つまり、人造人間、いや、人間を機械にして、永遠に生きながらえさせる、機械人間。半人半機。人であり、人で無いもの。機械であり、機械で無いもの。中途半端。どっちつかず。そんな存在。
「まあ、周りが機械でできてる分、普通の人間よりも丈夫だから、血も滅多に出ることはないけど。てゆーか、あれ痛そう」
「そういや、お前も機械のクセに痛がるよな。それも?」
「まあ、人間だった頃の感覚って言うか、何てゆーか。今でも痛いもんは痛いんだよ」
そうだったのか、と呆然とする厄魔。それに反して、火榮は、忙しく、着地に備えていた。
――ドゥン
鈍い音とともに、着地した火榮。厄魔は呆然としていたせいで、危うく地面に激突しそうになったが、寸でのところで火榮が無事キャッチした。
「厄魔。危ないよ!」
「わ、悪ぃ。助かった」
そして、ふらふらと立ち上がる「雷霆」。
「止めとけよ。これ以上は、お前が危ないぜ」
厄魔が火榮に抱えられながら言う。「雷霆」は、目から涙を零す。
「わたくしは、わたくしは……。負けられないのです……。それが、それが、父上の命令だから。だから、わたくしは、」
そう言って、動き出す。また攻撃が来るのかと構えたが、厄魔たちに攻撃が届くことは無かった。「雷霆」は地面に崩れ落ちた。
「止めておきなさい、雷華」
崩れた崖の上から声がかかる。無数の人影。それぞれ髪の色が違う。黄、緑、茶の三色。それは、姉妹の髪。
「風華、林華、山華」
そう、「風林火山」の残り。
「これで、分かったでしょう?主との絆がどれほど強いか。私達の主は死んでしまったけれど、これ以上、私達の姉妹の主を殺させるわけにはいかないわ」
そして、もう一人、気配無く現れる。
「清華?貴方、A支部に行っていたのじゃ」
「物資用の魔装空挺に乗ったので、速くつきました」
黒い髪の姉妹。これで、この場に、「風林火陰山雷」が揃った。
「『陰清』!貴方からも父上の重要さを!」
「雷霆」が清華に怒声を飛ばす。しかし、清華は、寂しそうな顔をして、首を横に振った。
「『雷霆』……。ううん、雷華。わたし達には、父上が全てかもしれない。けど、姉妹が全員そうだと言うわけじゃない。そうでしょ?」
「清華……、あんた」
火榮が何か言おうとする。だが、清華はただ、首を振るだけ。
「でも父上の言葉は、絶対。だから、」
「雷霆」が何か言おうとした。それを清華は遮った。
「わたし達二人の主は父上。だけど、他の姉妹は違う。主を殺すってことは、わたし達にとっては、父上を殺すのと同じ。それをして、皆、幸せ?」
清華の言葉で、「雷霆」が泣き崩れる。
「清華。あんた、随分言うようになったじゃない。青臭い台詞を言うような奴じゃなかったのに」
皮肉交じりに火榮が言った。清華は、微笑を浮かべ、言う。
「これは、他人の受け売り」
その笑みに、皆が驚いていた。厄魔は何で驚いているのかは分からなかったが、いい笑顔だと思った。それほどの綺麗な笑み。微笑なのに、綺麗な笑顔。微笑みと言う言葉そのもの。
「清華、あんた、笑った?」
火榮も、皆も驚きながら、それを口にした。清華は滅多に笑わなかった。しかし、今、確実に笑った。だから、皆、驚いていた。
「そりゃ、わたしも笑います」
拗ねるように清華が言った。
和気藹々。そんな様子。姉妹が仲良く寄り添うようなそんな様子が目の前で繰り広げられ、厄魔も思わず笑みを零す。




