22話
かつて、扶桑の有能な人形師・黒減桃悟郎は、幽賊害蟲の出現に当たって、独逸国で魔装人形の開発に携わった。その頃、桃悟郎には、六人の娘がいた。そして、桃悟郎には分かっていた。これから先、幽賊害蟲が繁殖すれば、桃悟郎自身も、六人の娘も死んでしまうことが。ならば、死なない体にすればいい。
そうして、「風林火陰山雷」と言う六体の最巧の魔装人形が生まれた。魔力伝達回路に沿うように張られた血管。魔力収束回路と対になるように心臓が埋められ、そして、魂を吹き込まれた。
黒減六姉妹は、六体の魔装人形へと生まれ変わった。そして、桃悟郎は、自身をも魔装人形へと変えた。
六人の娘は、風華、林華、炎華、清華、山華、雷華と行った。風林火山は、それぞれになぞらえ、つけられた異名だと言う。
そのことを知るのは、今となっては、黒減桃悟郎と、その知り合い赤羽紅音の子孫である音音とその弟子の零士を除いて他にいない。
◇◇◇◇
それを口にした零士。そして、わなわなと震える「陰清」……、いや、清華。
「聞いたのが随分前過ぎて、全然思い出せなかったけどな。俺が音音に拾われてすぐのことだったから、もう、いつかもわかんねぇや」
笑う零士。対称的に、暗く、泣きそうな清華。詩春が口を挟む。
「じゃ、じゃあ、この子達は、本物の人間そのものなの?」
「まあ、言ってみればそうだな。人間。人間を永遠の人形にしたってところか。だが、まあ、今となってはもう無理だろうぜ。西のほうは、蟲どもに最初に滅茶苦茶にされたはずだからな。こいつらを作った施設も機械も、もうぶっ壊れている。それに、今の黒減桃悟郎に、こいつらは作れない。あれは、人間だったからできたことだ。音、手触り、感触、それら全てを使わずして、人を人形にはできない」
「そう。今の父上にわたし達を作ることはできない。でも、永遠に一緒にいることはできる。そして、そのために、わたし達は、主と言う呪縛を断ち切らねばならない」
だから、そのために、持ち主を次々に殺して行った、と言う清華。だが、零士は、苛立ちを見せ、言う。
「それが、幸せか?」
「父上といることのみが、わたしの幸せ」
「そりゃ、お前は幸せかも知れねぇ。ずっと、他人の下に行かずに、主を持たなかったんだからよ。いや、違ぇな。お前の場合、桃悟郎が主なんだからよ。あいつらの主を殺すのは、テメェの親父を殺すのと同義なんじゃねぇの?それをやられて、テメェは幸せか?」
零士の問いかけに、押し黙る清華。そして、零士が畳み掛ける。
「だったら、テメェは、何をしなきゃなんねぇんだ?間違ってるのは誰だ?それを考えろよ」
零士の言葉に清華はこくりと、一度頷いた。そして、二本の短刀をしまうと、言った。
「『漆黒の剣天』。貴方は、選ばれた者、かもしれない」
選ばれた者。その言葉に、零士は、疑問符を浮かべる。
「選ばれた者は、生き残り、選ばれなかった者は死んでいく。だから、父上は、生きている、とおっしゃっていた。貴方も、きっと選ばれた人間」
その言葉に、零士は、言い返す。
「生き残るのは、神に選ばれたかどうかじゃねぇよ。生きようと努力したかしねぇかだ。テメェの親父は、生き残るために、自分を人形にした。そりゃ、生きたいと思ったからじゃねぇの。神に選ばれたかどうかじゃねぇだろ。自分で生きたいと思って、努力できる奴が生きるんだよ。そして、そんな奴が身近にいたら、そいつも生き残れる。守ってもらえるんだ。だから、俺は、守るために、俺自身も生き抜こうとしている。だからこそ生きてんじゃねぇの」
零士の言葉に清華は、笑っていた。
「そんなふうに考えられる、それは、貴方のいいところ。わたしは、試してみたい。どこまで聞いてもらえるか分からないけど。父上に、言ってみる」
零士は、そうか、頑張れよ、そんな言葉をかけようとしたが、止めた。そして、笑みを浮かべ、清華を見送った。
◇◇◇◇
清華は、駆けた。清華は誰にも気づかれることなく、A支部に侵入できる。そして、定期的に出る魔装空挺に乗り込む。それは、誰にも気づくことはできない。気づいたとしたら、オーラの見れる璃桜か、耳がいい零士だけ。璃桜は、特殊寮の第一棟にいた。零士は、第三棟。どちらも魔装空挺から大きく離れているし、零士は、送り出した張本人、止める必要はない。璃桜も、A支部を詳しく知っているわけではないから不審に思っても、仕様かと思うだろう。
清華は、魔装空挺に乗ると、無線を取り出し、桃悟郎へと連絡をした。
「父上。作戦失敗」
「ああ、そうか。それは想定の範囲内だ。こちらに戻ってくれ。今、火榮と戦闘中だ」
火榮との戦闘。その言葉に、零士の言葉を思い出す清華。
「やはり、抵抗したの」
「やはり、とは?」
清華は、零士の言った「あいつらの主を殺すのは、テメェの親父を殺すのと同義なんじゃねぇの?それをやられて、テメェは幸せか?」と言う問いを思い出した。
「何でも……。それより、他の方は」
清華の問いに、桃悟郎は暗い声で答える。
「誰も動かん。今は、『雷霆』だけで対処している」
清華は、零士の言葉が正しいのだと、分かった。
「なぜ、誰も動かん!」
桃悟郎の怒鳴り声に清華は、焦らずに答える。
「それは、主が大事だから、では?」
「主?!主よりも父である儂だろう!なぜ、そんな存在に拘る必要がある!」
桃悟郎の大きな声は、魔装空挺の貨物室に響く。
「さあ、それは、わたしにはなんとも。ただ……」
「ただ、なんだ?!」
「『漆黒の剣天』曰く、『あいつらの主を殺すのは、テメェの親父を殺すのと同義なんじゃねぇの?』と」
桃悟郎は、笑う。
「なんだ『陰清』。『漆黒の剣天』にほだされたのか?」
それに、清華は、淡々と答える。
「彼からは、凡人とは違う何かを感じざるを得ません。それこそ、父上が言う、選ばれた者であるような」
「選ばれた者、か。確かに奴はそうだ。選ばれたのだよ、神に」
ただ、清華は続ける。
「彼は、こう言いました。『生き残るのは、神に選ばれたかどうかじゃねぇよ。生きようと努力したかしねぇかだ。テメェの親父は、生き残るために、自分を人形にした。そりゃ、生きたいと思ったからじゃねぇの。神に選ばれたかどうかじゃねぇだろ。自分で生きたいと思って、努力できる奴が生きるんだよ。そして、そんな奴が身近にいたら、そいつも生き残れる。守ってもらえるんだ。だから、俺は、守るために、俺自身も生き抜こうとしている。だからこそ生きてんじゃねぇの』と。わたしは、彼を信頼し、彼の言葉は、信じられると思います」
桃悟郎は言った。
「努力で報われないものもいる。だから、儂は、人でなくなった」
「それもまた、努力である、と言うこと」
清華の言葉に、桃悟郎は、少し唸り、そして、
「とりあえず、お前は戻ってこい」
そう言って無線が切られたのだった。清華の瞳から一筋、涙が零れた……様に見えた。




