21話
零士の人知れぬ思い。秘めたオルビアへの恩。借り。そして、思い出。
それゆえ、オルビアが襲われたことを知った零士は、数日だけ、オルビアのいたD支部を訪れ、調べた。Sランクの特権を使えば、関わったことを極秘にできるし、捜査資料の閲覧も自由。そして、零士が気づいたのは、なんとも言えない跡。形跡。影、と言えばいいのだろうか。物影。それと、同行した人物が調べた目撃証言の「まるで陰のように闇に一体化していた。そして、操り人形のようだった」の二つ。それ故に、結論付ける。相手は、魔装人形だと。しかし第一期シリーズの「乙女」シリーズは、既に全て破棄されているし、第二期シリーズの「乙女」シリーズも破棄。僅かに残っている第三期「女神」シリーズもほぼ残っておらず、使用されているのも、一部工場などだ。しかし、第三期に該当する「風林火山」シリーズは、全機、現役で稼動中だ。しかも、魔法のような芸当をしているのなら十中八九「風林火山」シリーズに違いない。
そうなると、怪しいのが、「風蘭」、「林々」、「火榮」、「山蔵」の四機の持ち主だ。しかし、持ち主だと判明した「風」「林」「山」の持ち主は、零士が聞き込みをしている。残った「火榮」だが、そいつが持ち主とともに行方不明。
「なあ、詩春。お前は、何でこのタイミングで椎名厄魔に会おうとしたんだ?オルビアの事件からは三年が経ってる。いつでも会えるときは会えただろう?お前がずっとこの件を追っていたのは知ってたからな」
零士は、知っていた。オルビアと詩春が幼なじみであることを。オルビアに写真をみせてもらったし、詩春の昔話も聞けた。だからこそ、詩春がオルビアの事件を調べていると言うことが分かっていた。
「情報を貰ったのが、つい、この間。だから、これでも早急に行ったのよ」
情報を貰ったのが、ついこの間、と言うのに零士は酷く引っかかりを覚えた。
(接触したと言う情報が最近なら、接触したのはいつだ。最近なのか?最近だとしたら、情報源は、犯人が分かっていたと言うことじゃないのか?)
零士は問う。
「おい、その情報は、誰から貰った?」
詩春は目をパチクリとさせた後、零士の剣幕にたどたどしく答える。
「え。いや。情報をくれたのは、その。黒減桃悟郎だけど?」
零士は、思い至る。零士がともに事件を調べた人物と詩春に情報を与えた人物は、同一人物。なら、なぜ、情報に、こうも、時間差が生まれるのか。それは、犯人が……。
「おい、黒減桃悟郎ってのは、何者か、分かるか?」
「え?まあ、あいつ曰く、捻くれ者の小間使いらしいけど?」
小間使い。そうは言うものの、あの行動力、そして、言動。その端々からは、あることが浮かび上がる。
「おい、黒減桃悟郎を追うぞ!そいつが、今回の件の犯人だ!」
零士の言葉に目をきょとんとさせる詩春。
「犯人?そんなわけ無いじゃない。あいつ、まだ、十六か七くらいよ。オルビアの事件の時じゃ、私と同じくらいじゃない?」
「ああ。そうだろうな。と言うか、何年前でも、あいつの見た目は、おそらく十六か七だ」
零士の言葉に詩春は首を傾げる。
「思い出したんだよ。黒減桃悟郎を!音音から一回聞いたことがある。『フソウ』の凄腕の人形師がいたって。その名前が、『黒減桃悟郎』だ。そして、そいつの最高傑作こそが『風林火山』シリーズだ。そして、そいつがいた年代から考えると、そいつはもう、死んでいてもおかしくない年齢。だが、あいつは、紛れも無く『黒減桃悟郎』だった」
「じゃあ、名を語る偽者?」
「それも考えられなくもないが、違うと思う。おそらく、奴は自分を人形にしたんだ!そして、『風林火山』を集めて回っている。そして、『火榮』の他の『風林火山』の持ち主は、もしかしたらもう、人形を奪われた後かもしれない」
零士の推理に詩春が口を挟む。
「待って、じゃあ、オルビアが教われた理由は?あの子は、何の関わりもないじゃない!」
「いや、ある。オルビアは、D支部にいる『風林火山』の持ち主であるフィルリア・ヘルア・スーと同室だ。背格好も大体一緒。そして、フィルリア・ヘルア・スーは、オルビアが襲われた日、偶然、A支部に足を運んでいた。これは、間違われた、と言うのが正解か」
そして、その推測はおそらく会っていた。
「待って、百歩譲って、それが襲われた理由だとして、あいつ自身を人形にするなんてことができるの?」
「できない、とは言い切れない。なぜなら『風林火山』の『ナハト』は、完全に不明だが、音音曰く、『人体実験』によって、『魔力増幅機能』と『感情』を作ったらしい。もしかしたら人間の心臓を魔力増幅に使っているかもしれないと冗談のように言っていた」
そんな馬鹿のことがありえるの、と詩春は思ったが、零士もそれは一緒だった。あって欲しくないと思った。
「じゃあ、オルビアは、どの『風林火山』の持ち主と間違えられたの?」
「『林』だ」
だが、それでは、おかしな点が生まれる。
「ん?でも『まるで陰のように闇に一体化していた。そして、操り人形のようだった』でしょ?確か、一個一個に特化した性能がある『風林火山』の中で『静』に関係するのは『林』くらいじゃないの?」
それは零士も同じ感想を抱いていた。そんな思考を邪魔するかのように、突如、ドアが開いた。気配はしない。
だが、零士の鋭敏な耳は、感知する。微かな音と、心音と衣擦れ。何者かが、ドアの外で、内側を窺うように気配を殺している。
「誰?」
詩春の問いかけには答えない。
「誰もいないのかしら?」
「いや、いる。向こうの壁際だ」
零士の冷静な声。詩春は強張る。今までの話を聞かれていたことを考えたからだ。
「今来たばかりだな。少し息が乱れているし、心音が早い。まあ、心音が早いのは緊張と、俺に見つかっていることからの焦りかも知れないが、な」
奇妙な話だが、零士は、おそらく、相手が魔装人形だと思っていた。なのに、「心音」と言った。
「もしかして、『林』の?」
「ちげぇな。『林々』なら、俺に気取られない。少なくとも『音』では。気配はどうか知らないが、『音』の分野において、『林々』は、秀でている」
そう、「林々」は「風林火山」の中でも音に特化した魔装人形。心音を気取られるわけが無い。
「じゃあ、他の三つ?」
「いや、違う。おそらく『陰』だ」
零士の言葉に、壁の向こうの人形の「心音」が大きく跳ね上がった。
「陰?」
詩春は、訝しげな顔をする。
「『風林火山』は四機しかないのに、他のがあるの?」
詩春の疑問はもっともだった。零士は答える。
「『風林火陰山雷』だ」
再び、壁の向こうの人形の「心音」が大きく跳ね上がる。
「な~にそれ?零士ちゃん」
「疾風のように勢いよく、林のように静かに、猛火のように強く、陰のように潜め情報を集め、大山のように不動で、雷霆のように速く。それが戦略の全てだ、と言う意味だ」
細部に違いはあるが、大まかには、零士の言った事が正しい。
「それがいつしか『風林火山』と略されてしまった」
「じゃあ、魔力増幅機能付きなのは、四機じゃなく六機?!」
詩春の驚愕に対し、零士は、「ああ」と頷く。
「そうなんだろ?『陰』」
ドアの向こうから気配なく、ひっそりと、一人の少女が現れた。人形と呼ぶには、不相応な、人間味溢れる少女。いや、人間にしては綺麗過ぎる。人形のような、と言う表現が本当な、人形の少女。
「『陰清』。それが、人形としてのわたしの名よ」
人形としての名、と言う表現に違和感を覚えた零士。それでは、まるで、別の、そう、人間としての名があるみたいな。
「それで、貴方のその暗器は、私達を殺すため、かしら?」
見える六本の短刀。それは、魔装武装ではないため害蟲には効果は無いが、人間を殺すのはいとも容易い。
「そう。そのため。それにしても、わたしの接近に気が付いた人間は、そこの貴方くらいのものよ。貴方、何?」
「あ?ターゲットの詳しい情報すら聞いていないのかよ」
零士は、鼻で笑った。
「俺は『漆黒の剣天』。Sランクだ」
「私は『夢見櫓の女王』。Sランクよ」
二人の名乗りで「陰清」が動揺を見せた。
「そ、それは、誠?それとも、ウソ?」
「事実だぜ」
「陰清」は、驚いてはいたものの、それが顔に出ることは無かった。
「それで、三年前、オルビアを襲ったのは、お前か?」
零士の問いに「陰清」は頷いた。
「その問いの答えには、そうだ、と答えます。まあ、もっとも、ミスでしたが」
「魔装人形でもそう言う間違いはするのね」
詩春の言葉に、零士が言う。
「いや、魔装人形でも、じゃねぇよ。魔装人形の中でもこいつらは特殊だ。心臓と魂を完全に移植した、『人間』と言っても過言じゃない存在だ」
先ほどまで何も顔に出さなかった「陰清」が驚きを顔に出していた。
「流石に、吃驚。貴方、知っているの?」
「さてな、何のことだ?」
零士はとぼける。しかし「陰清」は、続ける。
「『漆黒の剣天』。貴方、どこまで知っているの?知っていたんでしょ?我々『風林火山』……いえ、『風林火陰山雷』の製造のされ方を知っていた。今まで、とぼけてた?」
「いや、今ひらめいた。いや、思い出した、か」
零士は、笑っていた。
「何を笑っているの?」
「いやいや、何でもねぇさ。『清華』」
「陰清」は、とっさに構えを取る。短刀を二本抜き、逆手に構えていた。
「そこまで知っているのは、なぜ?」
「俺の情報源は二つ。お前の作り親であり、生みの親でもある黒減桃悟郎と俺の師匠の赤羽音音。そして、その情報を統合した結果さ」




