20話
六年前。とある日のこと。
「ここがD支部か」
零士は、D支部に来ていた。無論、黒い上着に付いたフードを被ったままだ。師匠である音音からの命令で、人前、特に初対面の人のいるところでは、フードを外してはならないことになっている。
「支部長室ってどこだよ」
零士は、舌打ち交じりにそんなことを呟きながら、地図を片手に、支部の本棟に入って行った。だが、入ってすぐに人にぶつかってしまう。
「痛ぇ」
「きゃっ」
二人の声。一人は零士。もう一人は見知らぬ女性。
「あ、あらごめんなさい」
慌てた様子の女性。一方零士も少し慌てていた。女性とぶつかった衝撃でフードが脱げてしまっていたのだ。
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
零士は慌ててフードを被りなおす。
「わ、私、ヒレクシア・オルビアです。どこか、怪我とかは」
「いや、問題ない。……支部長室はどこだ?」
零士は、心を落ち着かせ、冷静になって、聞いた。
「えっと、この階段を三階ほど上った先ですけど」
「助かる。それじゃあ」
零士は、淡白にそれだけ言って逃げ去るように階段を上って行った。
言われたとおり三階ほど上ると支部長室とプレートが掲げられた部屋があった。零士は、ノックする。
「はい、どうぞ」
低く渋い声が聞こえてきた。零士は、ドアを開け、一礼、ドアを閉め、挨拶をする。
「『漆黒の剣天』です。派遣任務に基づき、D支部に派遣されました。以後よろしくお願いいたします」
零士の挨拶に、白く長い髭を生やした老人が対応する。
「D支部の支部長を務めておるクラークだ。よくおいで下さった」
ふぉっふぉっふぉと笑うクラーク。零士は、目的を告げる。
「最近、この地域での害蟲の動きが活発と聞き、派遣されてきました」
「ああ、聞いておる。君には、特殊寮の第一棟を使用してもらおう。そうだな。誰かを案内と世話につけようと思っている。誰か希望は……と、君は来たばかりだから、隊員を知らぬのだったな」
クラークの言葉を聞いて、零士は、先ほどの女性を思い出した。この支部で唯一知り合った女性。そして、素顔を見られてしまった要注意人物。
「では、案内に、ヒレクシア・オルビアをつけてもらいたい」
零士の言葉に、クラークの目に一瞬の動揺が見られる。
「ふむ、どこで彼女を?彼女は、まだ、さほど有名ではないと思うのだが……。まあ、君がそう言うのならば、彼女を案内につけよう。では、呼び出すとするかの」
「いえ、俺が迎えに行きます。その後案内してもらいますので、任命状を貰えれば、それで構いません」
零士の言葉に、クラークは意外そうな顔をするも、すぐに、任命状に署名と印鑑を押す。
「それで、彼女は?」
「ああ、Aランク候補生の部屋におると思うからの。Aランク候補生は、下の階だ」
零士は、頷くと、一礼して部屋から出る。そして、階段を降り、Aランク候補生の部屋を探す。少し探せば、すぐに見つけられた。五分とかからなかった。
「ここか」
零士は、扉を開ける。礼儀も何もない。入ってきた零士に、複数の視線が注がれる。
「ちょっ、誰?!今は知能指導中なんだけど!」
五月蝿く声を張る指導員。
「お前に用はない」
「なっ、わ、私に用はないですって!ちょっと。今、この教室の権限は私、清水将美に一任されているんです!誰に用が会っても私を通して貰わないと困るわ!ましてや、貴方みたいな子供が!」
将美の声に、零士は、いやいや名乗る。と言っても名は名でも二つ名だが。
「『漆黒の剣天』だ。今日から、この支部に滞在することになった。案内役に、ヒレクシア・オルビアを任命した。お前に指図されるいわれはない」
一方的にそう言って、零士は、オルビアの前に立つ。
「ま、待ちなさい!『漆黒の剣天』?!貴方が『漆黒の剣天』だって言うの?そんなわけないじゃない!子供のごっこ遊びも大概に」
叫ぶ将美に向かって任命状を突きつける。
「これは、任命状だ。これで事実だと分かってもらえたか?指導員なら、状況把握能力をもっと高めないとやっていけないぞ。それで、ヒレクシア・オルビアを連れて行ってもいいのか?」
将美は、零士からひったくるように任命状を奪い取り、目を通す。そして、本物だと理解する。
「ほ、本物。てことは、こんな子供が『漆黒の剣天』だって言うの?」
「最年少って情報は全支部に伝わっているはずだが?詩春や王深……『夢見櫓の女王』や『天燐の神鑓者』よりも若いんだ。そうなったら、全員子供だろう」
現時点で零士が十一歳。「夢見櫓の女王」と「天燐の神鑓者」は十三歳。大差ない年齢だ。
「い、いや、それはそうだけど……」
「さて、ヒレクシア・オルビア。行くぞ」
「えっ、あ、はっ、はい」
慌ててオルビアは、零士についていく。
教室から出たオルビアは何がなんだか分からずに零士に聞いた。
「えっと、さっきの貴方が『漆黒の剣天』です?」
「ああ。そうだ。お前には、俺の案内と世話を頼みたい」
「あっ、はい。ああ。そうです。私のことはオルビアと呼んでください」
オルビアは、零士を先導して歩く。
「そうか。オルビア。よろしくな」
「えっと、私は、なんと呼べば」
零士は、暫し考える。もう顔は見られているし、名前を言ったところでさほど問題はない。
「零士。紫雨零士だ。人前で呼ぶのは避けて欲しいが、二人のときは零士でいい」
「えっと、零士さん?」
「『さん』は止めてくれ。俺のほうが年下だ」
零士は、少し明るくふざけた声で言う。
「そうですね。では、零士君。……って、年下なのに、私のことは呼び捨てにするんですね!」
今更気づいたのか、と零士が呆れる中、オルビアは、さっさと前を歩んでいく。どうやら拗ねているようだ。
「なあ、オルビア」
「え、あ、はい?」
慌てて振り返るオルビア。どうやら上下関係には弱いらしい。拗ねていても素直に反応をする。
「最近、この辺りの蟲どもが活発らしいが、心当たりはあるか?」
「いえ、全然ありません。ここ数ヶ月ですかね。今月だけでも出撃が四回です」
まだ、二週間。二週間で四回。週に二回の計算になる。いや、徐々に回数を増すと考えると、先々週が一回。先週が三回、か。そんなことを零士が考える中、オルビアは、力ない顔で、心ここにあらずと言った感じで笑う。
「私の武装も壊れましたし、もう、戦力が激減しているんです。零士君に来てもらえて、本当に助かりますよ。少しでも人数が増えれば、戦場が楽になります」
そのオルビアの言葉の勘違いを零士は正す。
「何言ってんだ?戦場に出るのは、たぶん、俺一人だぜ?」
オルビアは、その言葉に、笑みが零れてしまう。
「何言ってるんですか?そんなわけがないじゃないですか」
その笑いに、零士は、不機嫌になった。
「じゃあ、この辺に出現する蟲の量はどんくらいだ?」
「え?およそ五十から百ですけど?」
零士は、鼻で笑う。
「その程度だったら俺一人で十分だ。いや、念のためのサポートにお前を連れて二人で、だな」
オルビアは、それを冗談だと思った。そう思って笑う。
その数分後、サイレンが鳴り響く。そして、オルビアは、零士の力を思い知らされることとなる。支部のあちらこちらが騒がしくなる。害蟲の襲撃を知らせる警報音だ。ランプの色がオレンジなので、オレンジ、つまり準警戒態勢だ。慌てふためき、支部内が騒然とする。そんな中、零士は、オルビアを連れ、支部を駆け抜け、蟲が蠢く支部の外に降り立った。
「えっ、わた、私、武装を持ってない、んです、けど?」
オルビアの動揺しきった言葉に、零士は、背中に吊るした「ムラクモ」を抜きながら笑う。
「お前はここにいろ。俺がまとめて蹴散らす!」
そして零士は戦場を駆る。抜刀の態勢で「ムラクモ」を構え、害蟲たちの前に踊り出る。それは、まるで、戦場を駆ける猛獣の如く。黒い服と紫の太刀から黒い色を連想する。そう、まさしく「漆黒の剣天」。
「叢雲流・緋剣『緋罪守』!」
「ムラクモ」が紅く染まる。そして、害蟲たちに振り落とす。
紅い光が周囲を満たすと同時に、蠢く数百の害蟲が切り飛ばされた。害蟲の破片が辺りを舞い周囲の木々が倒れた。地面は軽く抉れ、幾千もの線が地面に走っていた。「緋罪守」の跡は、オルビアにとって、あまりにも信じがたいものだった。齢十歳程度の少年が、一撃で害蟲達を蹴散らす。現実離れした光景。
「う、嘘……」
「さて、こんなもんか。雑魚どもが……」
零士は、何事もなかったかのように「ムラクモ」を再び背に吊るした。そして、ゆっくり歩いてオルビアの方へ戻ってくる。
その十分後だった。D支部の優秀と言う面々が武装を持って慌てて出てきたのは。
「なっ、なんだ、こりゃあ」
驚きで言葉も出ない隊員たちにオルビアが笑う。それは子供が宝物を自慢する時のような笑みだった。
「これが、『漆黒の剣天』の実力ですよ」
オルビアの言葉にざわめく。動揺しきった隊員たちは、口々に「そんなわけがない」やら「ありえない」と口にする。だが、それも少しの間だけだった。いや、それ以上続かなかった。
なぜなら、零士の怒声が、それ以上の動揺をもたらしたからだ。
「異常種だ!テメェら、とっととここから離れろ!」
ざわつきから絶叫に。絶望の声。悲嘆の声。落胆の声。だが、零士は、「ムラクモ」を再び抜く。そして、笑う。
「お前等、少し下がってろよ!じゃねぇと、巻き添え喰っても知らねぇぞ!」
そうして、零士は、抜刀の構えを取る。その膨大な魔力に「魔力収束回路」が悲鳴を上げる。「ムラクモ」が、眩い光を放つ。オーラが見れるものなら、眩しさのあまりに目を開けていられないだろう。轟々と音を立て、地鳴りを起こす。それこそ、オーラを見れずとも、膨大な魔力が収束しているのがよく分かる。
「叢雲流・奥義『天之羽々斬』!」
迸る魔力を斬撃として、全て一点に打ち出す「天之羽々斬」。かの八又大蛇を斬ったとされる「カタナ」に由来する剣技。
唐突に現れた異常種。
「あれは、四年前の個体と違う異常種?!」
叫び声。四年前。つまり、この回想をしている零士のがいる頃で言えば、十年ほど前。D支部は一度、異常種に襲われて、支部が崩落している。そのこともあって、この予兆に際し、零士のようなSランクが呼ばれたのだ。まあ、そのことは零士が知る由もない。
「あいつは、『黒魔套』か!」
零士の見覚えのある異常種。黒い全身とは裏腹に、あたりを白い灰にする異常種。以前遭ったが、逃げられた個体だ。
「ハッ、消し飛べ!」
零士は、一直線に「天之羽々斬」を撃ち出す。直線にある木々も岩も地面も全てを巻き込み、破壊する。地面が大きく抉れ、当たり一帯が消え果た。
それは、「漆黒の剣天」を大きく世界に知らしめた事件だったと言ってもいい。今までも零士は幾多の戦場を駆ったが、その多くに「夢見櫓の女王」・白城詩春や「天燐の神鑓者」・熾神王深が一緒にいたため、そちらに注目が行っていた。と言うより、人前で基本的に力を使いたくない零士と、他の二人では、目立ちに圧倒的な差があった。
「これがSランクかよ……」
「化け物だ……」
口々に出る、驚嘆の言葉。そんな中で、一人、笑みを浮かべていたのは、オルビアだった。一人、先に驚いていたために、先行して知っていた優越感と零士に驚いてる皆への自慢感の混ざった笑みだった。
「ったく……。何なんだここは?こんなに早く異常種に遭遇するなんてな」
零士は、一人、呟いた。
◇◇◇◇
オルビアと零士は、特殊寮の第一棟の一室に寝泊りしていた。同室だ。まあ、片や女性。片や子供。別段おかしなことは起こらない。
「オルビア、何やってるんだ?」
「あっ、零士君。絵本でも読んであげようかと思って」
オルビアの言葉に零士は、疑問をぶつける。
「絵本?誰に?」
「え?いやですねぇ~、零士君に読むに決まってるじゃないですか?」
零士は思わずベッドの上の枕を投げつける。
「痛い。痛いですよ」
オルビアが頭を抑えてしゃがみこむ。しゃがんだせいでスカートが広がり、奥が見えているが、零士はあまり興味を示さなかった。零士の年齢だったら、もうじき異性を意識しだしてもいい頃だろうが、零士の日常のほとんどが戦うことに支配されているため、そう言った気が起き難いらしい。あくまで起き難いだけであって、起こることはあるのではあろうが。
「それで?何の絵本なんだよ」
一応、それでも、本のタイトルくらい聞く気はあるようだ。
「えっと、『フシギの国のアリス』です」
聞いたことの無い名に零士は首を傾げる。まあ、零士は、その壮絶な過去から、あまり絵本を読んだことが無い。せいぜい妹に読み聞かせたときくらいだろう。
「ふぅん?どんな話なんだ?」
「えっと、アリスと言う少女が、時計を持った不思議なウサギを追って行ったら不思議な場所にたどり着くって言うお話ですかね?」
零士は、「ふぅん」と頷く。オルビアは、それが「読め」と言う合図だと感じ取る。足元に落ちた枕を拾い上げ、零士と共用のベッドに絵本を二冊持って寝転がった。零士も寝転がる。
「それじゃあ、読みますよ」
◇◇◇◇
二冊の絵本を読み終えたオルビア。零士は割と面白かったので機嫌がよかった。
「『フシギ』も『カガミ』も面白かったな!」
「そうでしょう。私もこの絵本が大好きなんですよ」
オルビアは嬉々として語る。その笑顔は、子供そのものだ。
「まあ、色々と、サンキューな。オルビア」
「急になんです?」
「まっ、その、な」
零士は言いづらそうにする。が、しばらくした後に、口にする。
「ほら、俺の正体とか、全然言わなかったじゃん。そう言うのに対する感謝ってか、なんつーか。それと、こんな風に優しくしてもらったことあんまなくてさ」
「ふふふっ。素直にお礼を言われちゃった。じゃあ、これは借りです。いつか返してくださいね」
そうして、二人は、同じベッドで姉弟のようにくっついて眠るのだった。




