2話
国と呼ばれたものが昔はあったが、もはや領土の大半が侵略されてしまったことから、「ネメシス」ができて五十年ほどで完全にその区分は無くなった。
見た目の差異や言語の違いがあったが、それももう五十年ほどで、無くなりつつあった。見た目は、別の人種同士の結婚が増え、あまり違いが無くなった。言語もコミュニケーションのために統一。名前は、その人種や一族を象徴するものとして尊重されたため、統一はされていない。そのために、名前に使用されている言語は統一される前のものが用いられている。A支部は、最も大きな大陸の最東端にあることから極東支部とも言われる地域で、特徴として、漢字と呼ばれるものを名前に使った人間が多い。そんなA支部は、多くの有能な人物が揃っている。真面目に授業を受け、生きていくための術を学んでいるのだ。
そして、知力指導の教室。教室は、Aランク候補生、Bランク候補生、CランクとCランク候補生の三クラスに分かれている。Aランク候補生とは、総合評価がB+もしくはB-である者。Bランク候補生とは、総合評価がC+である者。Cランクとは、総合評価がC-である者。Cランク候補生とは、総合評価がD+である者。総合評価がD-の者は、ランク外として、脱退させられる。総合評価は、魔力評価、体力評価、知力評価をSからDまでで評価し、それを平均し、S+からD-までで評価したものである。そんな中の一室、CランクとCランク候補生の教室にて。
「こら、紫雨!授業中に寝るな!」
教官の投げたチョークが、机に伏して寝ている少年の額に直撃した。
「ふげっ」
なんとも奇妙な声を上げた少年、紫雨零士は、眠そうな顔をしながら体を起こした。
「紫雨!あんた、今、なんの授業だか分かってんの?月に一度の『幽賊害蟲』についての大事な授業よ!あんたが先月も先々月も、てゆーか、去年丸々一回も出なかった授業よ!」
零士は、「やってしまった」と言う気分だろう。この授業だけは、絶対に受けたくなかった。零士としては、この授業は、ただの長い話以外の何者でもない。昨日丸々寝ていて、明日の授業内容を聞きそびれた自身を零士は恨む。
「と言うわけで、去年丸々出てないあんたには、分からないスペシャルな問題を出してあげるわよ」
教官の子供を苛めて悦に浸るかのような目が零士に向けられる。
「なんたって、今からやる問題は、去年丸々参加してても分からないような問題よ。つーか、実戦経験のない奴には分かりっこないわよ」
不気味な「フフフ」と言う教官の笑い声が教室に響く。
「じゃあ、紫雨。問題よ。『害蟲』には、種類にもよるけど、主に四箇所の弱点があるとされるわ。まあ、最も、訓練始めたばかりの子に教えたところで狙えないから、去年は教えなかったけど。去年の統計から、新入生に教えても問題ないことが分かったから今年からは教えることになったわ。さて、その四箇所、どこか言ってみなさい」
零士は、そんな簡単なことかと溜息をつく。しかし、教官は溜息を勘違いしたのか、
「分からない?分からないわよねぇ。ウフフフ!」
長年の恨みが果たせたかのように高らかに笑う教官に向かって、零士は、仕方なく、四箇所の弱点を答える。
「主に、頭、腹、目、中核の四箇所と言われてるな」
教官の笑い声が止まる。
「まあ、最も、頭って言っても大雑把過ぎるから、触覚の付け根辺りを狙うといい。腹は、大抵の奴が通常は見えないから、ひっくり返さなきゃならねぇから面倒。目も的が小さすぎて当てにくい。中核にいたっては、魔装砲かなんかをぶち込んで肉体抉らなきゃ当てらんねぇ。だから、弱点狙うより、普通に攻撃した方が効率的だろうぜ」
教官を含めた教室中の視線が零士に集まる。教室には、生徒四十九名。教官一人。零士を除いた四十九人の視線を気にせず、零士は言う。
「まあ、最も、『統率個体』や『異常種』なんかには、そんな常識通用しねぇけどな」
教官は、唖然としながらも、言葉を発した。
「せ、正解よ、紫雨。驚いたわ。何?予習でもしてたの?」
「ハッ、まさか。この俺が予習なんてすると思うか?」
そう、零士は、予習などしていない。知っていたのだ。大概の「害蟲」に関する知識は、下手すると教官より多いだろう。
「そ、そうよね、テキトーに言ったことが偶々当たっていただけよね」
クラスメイトも「そうだそうだ」と納得する。クラスには、今年は入ってきた新入生もいるはずなのだが、二ヶ月程度で、零士のことは知れ渡っているようである。一応ながら、クラスはランク分けによって決められるため、新入生であろうと何年生であろうと、総合評価が同じであれば、同じクラスに割り当てられる。決して飛び級等ではない。そして、そのままのムードで授業は進み、終わった。
「相変わらず、クラスでの扱いが酷そうね、零士」
「桜子か」
「何でAランク候補生のお前がここにいるんだよ」
支部長と副支部長、教官を除いた中で最も位が高いAランク候補生の、その中でも、成績が一番いい桜子だ。一番底辺のCランククラス(兼Cランク候補生クラス)には無縁の存在のはずである。
「いちゃダメなの?私、貴方の幼馴染なんだけど……」
「幼馴染とクラスは関係ないだろ」
零士は、そう言って、席を立った。
「どこ行くの?」
「帰る」
スタスタと歩き去る零士。それを追うように桜子が歩く。
「ついてくんなよ」
「分かってるよ。私は上に帰るだけ」
桜子の教室は四階にあるAランク候補生の教室だ。零士の教室は二階にある。桜子は、階段の方へ行くと零士に一言。
「零士。自分を抑えすぎると、いつか、暴走しちゃうよ」
それだけ言うと、階段を上って言った。
「分かってるっての」
そう誰に言うでもなく呟いて階段を降りようと一歩踏み出した途端、何かが猛烈な勢いでぶつかって押し倒された。
「痛っ!ごめっ、ごめんなさい。わた、私」
明らかに挙動不審で慌てふためく少女。金色と銀色の混じったような色合いをしたプラチナブロンドの髪をしていた。桜子と同じAランク候補生の一人だ。桜子とは別の意味での有名人である。桜子が万能タイプのBランクだとしたら、彼女は一点集中タイプのBランクだ。名をシルフィー・ラ・マーズ。
「シルフィー・ラ・マーズか」
「ふぁ、ふぁい!わ、わた、私のことをご存知で?」
シルフィーは、慌てているためか、一向に零士の上から退く気配がない。
「とりあえず退いてくれ」
零士は、慌てて退こうとして何度も転ぶシルフィーに呆れながら、やっと自由の身になった。
「しゅ、しゅいましぇん」
言葉を噛んでよく分からない状態になっていたが、おそらく「すみません」と言ったのだろう。慌てすぎていたせいで制服が一部はだけてしまっている。制服と言ったが、制服と言うより軍服で、普通は、はだけることないのだが、着方が崩れているとこうなるのだ。
「え、えっと、あれ、あの、その、む、紫雨先輩ですよね?」
どうやら零士はよほどの有名人らしい。初対面でも大抵の相手が、零士のことを知っている。
「ああ、そうだ。Cランク候補生の紫雨零士だ」
「な、なぜに、Cランク候補生を強調するのですか?」
零士は別に強調したつもりはない。いたって普通に自己紹介したはずだ。
「まあ、そう言う身分だと言う証明だ」
「み、身分証明ですか?」
「そうだ、どこの所属と言うのを事前に教えておくと、向こうが相手との距離が計りやすくなって、初対面の人と話す時は、わりと有効だ」
零士なりの世渡り術といったところか。
「他支部の人間がいるところでは、最初に何支部の、その後に何ランクの、そして、名前を言うと、印象と評価がいいかもしれないな」
「せ、先輩は、お詳しいのですね。わた、私は、その滅多にそう言う機会はないと思いますので」
それもそうだな、と思いながら、零士は付け加えた。
「あと、明らかに自分のランクに誇り持ってるタイプの人間、お嬢様とかには、そうやって名乗ると『オーホッホッホ、低能な貴方は、わたくしの言いなりにでもなってくださいまし』とか言われるから気をつけろ」
「そ、そうなのですか?あっ、じ、時間が。で、でで、では、わ、わた、私は、これで」
最後まで慌てっぱなしで階段を駆け上がっていくシルフィー。零士は、そのシルフィーの階段を駆け上がる時に捲れ上がるスカートの奥を決して見逃さなかった。