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紫天の剣光  作者: 桃姫
第二章
19/57

19話

 ノックの後、返事も待たずに詩春は支部長室のドアを開けた。

「なっ、何。だ、誰?」

「何者だ!」

 将美の動揺しきった声と直典の警戒と威嚇の声が聞こえたのは同時だった。

「どうも~」

 軽いノリで入ってきた見知らぬ女性に二人は警戒したが、女性、こと、詩春は笑いながら言う。

「はじめまして。いえ、お初にお目にかかります?『怒りの顕現者』さんと、あの(・・)佐藤さん」

 二人に動揺が走ったが、詩春は気にしない。

「私、『夢見櫓の女王』で~す」

 その名乗りに、ますます動揺する二人だが、直典は、すぐに我を取り戻し、記録で幾度か見た「夢見櫓の女王」と顔を確認する。そして、同一人物であると断定的に判断した。

「で、その、『夢見櫓の女王』ともあろう方が、A支部に何の御用ですか?」

「へ~、すぐに冷静さを取り戻したあたり、やっぱりあの佐藤さんね。ちょっと、密会と言うか情報交換に特殊寮第三棟を借りたくて」

 その言葉に、直典は、すぐに書類を出し、判子を押した。寮の使用申請程度は、副支部長の権限で許可が降ろせる。

「あっりがと~ございま~す」

 そう言いながら書類を奪って、詩春は外に出た。残された二人は、呆然と嵐が去った後の気分で閉じた扉をしばらく見ていた。

「直典さん……いえ、佐藤副支部長。あの人は、本物?」

「予想ですが、たぶん本物だと思いますね。大方、交換派遣中の橘君に会いに来たというところか。まあ、従姉妹同士なので気にすることはないでしょう」

 憶測で物を言う直典。ちなみに、将美が直典さんと呼んだのは、普段の呼び方が出てしまっただけだ。普段の関係と言っても、年の離れた愛人関係などではない。将美の祖父が五年前までA支部の支部長だった。その頃から直典は副支部長をやっていた。そのため将美が生まれた時から直典は、将美のことを知っていたし、その逆も然りだ。よって、親子や祖父と孫のような関係になってしまっている。まあ、将美が支部長になってからは、公私の私の時間が極端に減ったため、「将美ちゃん」「直典さん」と呼び合うことはなくなってしまったのだが。今のように、頭が混乱しすぎて、ひょんなことから口にしてしまうこともある。慣れとは、それほどまでに馴染んでしまっているものである。

「でも、『夢見櫓の女王』。Sランクとはどれほど凄いのかと思っていたところがあったんだけれど」

「まあ、Sランクが全員ああではないのでしょうが。団体の中で会った一人がその団体のイメージを作ってしまうところがありますから。ですが、全員ああのような気がしてしまっている」

 しかも、あながち間違いではなく、皆詩春に負けず劣らずの性格なのである。

「まあ、そのようなことはないんだろうが」

「そうよね。Sランクですもの」

 高位な人々への憧れと言うのは本当に恐ろしいものだ。真実を知らず知らずに隠してしまうのだから。

             ◇◇◇◇

 詩春は、支部長室から出ると、零士を連れて特殊寮第三棟に向かった。支部本棟を出て数分のところにある防音設備も整った、外から来る人専用の寮だ。

「それで、三年前のことだが」

「ちょっと待って。零士ちゃんは、アレのことをどこまで知ってるの?」

 その問いは、アレ自体と言うより、そのアレと言うものの関わっている事件をどこまで知っているのかと言う問いだ。

「三年前の件。オルビアの事件だろ?」

「うん」

 ヒレクシア・オルビア殺害未遂事件。被害者であるヒレクシア・オルビアは、現在も意識不明の重体。D支部で起きた事件のことだ。

「三年前、ヒレクシア・オルビアが寮の自室でめった刺しにされていた。使用されたのは鋭い刃物。ただし、四箇所の傷口には、全て別々の刃物が使用されていたらしい。そのことから複数犯、もしくは、暗器使いの可能性が高いと言われ、D支部内で捜査が行われたが、確たる証拠もです、犯人は愚か、内部犯、外部犯、どちらかすら分からない」

 ここまでは、捜査資料に載っていたことそのままだ。

「だが、おそらく犯人は、『風林火山』の中の一体だ」

「何で分かるの?」

 零士は詩春の問いかけに対し、笑って答えた。

「これに関しては、俺の、あいつから貰った情報だからなんとも言えないが、一説によると、まるで陰のように闇に一体化していた。そして、操り人形のようだった、そうだ」

「それで、厄魔君に接触した私がそのことを知っていると思ったの?私の方は、犯人らしき人影が、厄魔君と接触したと聞いたから探していたんだけど」

 どうやら、互いに違う情報を持っているらしい。

「『風林火山』。四機の魔力増幅機能付きね。じゃあ、持ち主が分かりやすいんじゃない?」

 詩春は楽天的に言うが、零士は、首を横に振る。

「『風林火山』の持ち主。俺は、風、林、山とは接触したが、いずれも犯人ではなかった。そのことを考えると、火の持ち主である椎名厄魔が怪しいが……」

「てゆーか、零士ちゃん引退してた間、無気力だったんじゃないの?何で、この事件だけ?」

 詩春が疑問をぶつけるが、零士は笑うだけで答えない。

「理由は色々さ。ただ、借りがあったって言えばいいかな」

「借り?オルビアに?」

 詩春とオルビアは、同期で親しい仲だったが、オルビアから零士のことを聞いたことがなかった。

「いや、なんつーか。まあ、本当に色々とな」

「全然分からないんだけど、零士ちゃん?」

 詩春は知る由もないが、オルビアと零士は、それなりに深い関係にあった。一緒にいた時間は短いが、二人は、決して簡単な関係ではなかった。

「まあ、なんつーか、俺でも義理は感じるってか。借りっぱなしは性に合わないってか」

 そう言いながら空を見上げる。


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