17話
璃桜等三名とリーヴァを除いた試合をしたメンバーは、支部の屋上にいた。
「ああ、まあ、その、なんだ。何から話せばいいんだ?」
零士の漠然とした問いに、桜子が呆れ顔で肩を竦める。
「何って、それは、まあ、零士が、『漆黒の剣天』になったあたりからを語ればいいんじゃないの?」
桜子の答えに、零士は、息をつく。
「ああ、まあ、それはそうだが。まあ、そうだな。それじゃあ、俺が、あいつにあった頃のことから語ろうか」
◇◇◇◇
それは、酷く冷たい雪の日のことだ。寒さに震える零士の元に、一人の女がやってきた。その目は、酷く澄んだ、綺麗な目だった。深紅に燃ゆる炎のような赤い目。その目に吸い込まれるような感覚を覚えたことを、零士は今でも鮮明に覚えていた。
「坊や。君は、武道を嗜んでいる?」
冷たい声音に、幼い零士は、思わず震え上がった。そして、慌てて首を何度も横に振る。それを見て、女性は、優しく微笑んだ。
「素直ね。それに、見込みがある。決めた。貴方を育成しましょう」
育成と言う、人として扱っていないかのような言い方に、零士は、違和感を覚えてならなかったが、口にはしなかった。
「あたしは、赤羽音音。一族最強だの、最強の魔導だの、そんな名は全て、今、このときを持って捨てるわ。あたしは、貴方を育成して、あたしよりも強い個体を作り上げる」
人を兵器と考えている人間の考え方を音音はしていた。まあ、もっとも、この時代に、人間は、兵器と同等の力を持っていた。むしろ、兵器を動かす人間も兵器の一部だった。魔力源は人間のみ。魔力を持つものは兵器。それが赤羽家の常識。
「あたしは、自分に最強なんて求めないわ。だって、自分が最強になれないのは、分かっていたから。だから、あんたを鍛えて、最強を作り上げる」
最強とは何か。それを彼女は語る。
「そもそも、最強ってのは、何にも負けないことを言うわ。もっとも強いんだもの。でも、それだけじゃない。ただ強いのと、最強には大きな隔たりがある。ただ強いのは、馬鹿。でも最強は、文武両道。智略にも長け、武道を極め、くじけない精神。それらこそ、最強が最強たる所以よ」
それは希望論だった。そんなことはありえない。そんな人間はいない。完璧な人間など存在しない。零士は、それを分かっていた。
「あんたは、今から、その最強になってもらうわ。地獄の特訓の始まりよ」
極寒の冷気が零士の頬を掠めると、音音は、零士を抱えあげた。
「さて、あんた、名前は?」
「零士。紫雨、零士」
それを聞いて、音音は、にやりと口を吊り上げる。
「紫雨、ね。人の出会いは合縁奇縁。始まりは、いつかしら。さあて、死ぬ気でやりなさい」
地獄のような日々……、いや、地獄の閻魔もまだ優しいのではないかと零士が思うほどに、厳しい日々が続いた。極寒の地でひたすら生き抜くための特訓の日々。
そもそも、零士が極寒の地にいたのは、なぜだったか。それは、零士にも思い出せそうになかった。
それから、四年の月日が流れる。四年の間に、零士は、極東支部の近くに修行場を変えていた。そのころだったか、桜子に出会ったのは。零士の地獄は終わりを迎える。そして、音音は、言う。
「あんたは、これから、名も力も捨てた兵器になってもらうわ。『漆黒の剣天』。コードネームであり、それがあんたの名前。戦場に出る時は、顔を隠しなさい。でないと日常に支障がでるわ。さあ、卒業よ。あんたは、兵器。最強の兵器」
そして、ついで言う。
「ねぇ、零士。あんた、化け物並だよ。でも、だからこそ、叢雲流を継ぐに相応しい。予言だと、あんたは、一時身を引くことになってる。でも、あたしから見たら、そんなあんたは、ただの人。あたしは、あんたが望むならそれでもいいんじゃないかって思ってる。でもね、零士。あんたの力は、ただの力じゃないことを覚えておきなさい」
そう、音音は、零士の人格を認めていた。
それからの日々は、戦闘の連続だった。様々な害蟲との戦い。妹との再会。そして、妹の死。絶望に明け暮れる日々。地獄のような修行を越えた地獄。修行よりも暗い地獄の果ての果てを見たような零士の日々。それは全て、始まる前の物語。語るに足らない、ただの蛇足の物語。




