16話
璃桜は、自分と零士を比較していた。無意識にも、意識的にも。兄が殺され、復讐の為に剣を取った自分と、妹を殺され、自分を追い詰め剣を置いた零士。璃桜は分かっていたのかもしれない。自分と彼は鏡映しで、どちらがどちらでもおかしくなかったことを。一歩違えれば、自分が彼のように、力を隠していたかもしれないことを。だからだろう。その親近感、同情は、やがて、恋慕へ変わる。無意識に摩り替わる。それは、璃桜自身が理解しないうちに……。
「対人戦闘訓練?」
獅音は、それを聞いて、疑問の声を上げた。今は、交換派遣されてから四日目。あれから、特に目立った事件もなく、Aランク候補生達と共に知力や体力の指導を受けた三人だった。
「あたしらは、蟲と戦うために学んで鍛えてってやってんだぜ?何で対人なんて訓練しなきゃならないんだ?」
獅音の疑問は至極当然だった。本来「ネメシス」は、対幽賊害蟲の為の部隊である。その害蟲を駆逐するための部隊において「対人」、すなわち、人と戦う訓練は無意味であった。
「何でも、極東支部では、人と人の訓練をすることで互いに磨きあう武道の方針があるらしいわ」
璃桜の補足に、獅音は、よく分からない、と言った表情をする。
「つまり、切磋琢磨しろ、と言うことですね?橘先輩」
「ええ、まあ、大まかに言えば、ね」
璃桜は、心の中で考えていた。
(B支部の派遣で来ている私たちは、Aランク相当と対峙することになっていたはず。そうなると、染井さんとシルフィーさんが相手。しかし、三対三の試合。一人の補完が入ったはずね。なら、その最後の一人は、誰なのかしら)
璃桜は、心の中で頭を振る。
(私は、彼と、戦いたいのかしら。どうなのでしょう)
そんなことを考えながら、璃桜たちは、対人試合用に開放された格闘場に来ていた。そこで、入ってすぐの所にいた桜子に話しかける。
「すみません。今日の試合ですが」
「あっ、橘さん。ええ。私とシルフィーさん、そしてBランク候補生のリーヴァ・ヘルナンド君が相手になっていますね」
璃桜は、心の中で思う。
(やはり、彼は出てきませんか)
残念な気持ちと同時に、安堵もあった。
「試合の形式、分かりますか?」
桜子からの心配の言葉。それに対して、璃桜は、笑って「大丈夫」と答えた。
試合は、三十分間の三対三の勝負。試合に干渉できるのは、戦闘中の六名の他に補欠要員各チーム一名ずつの計八人。それ以外の人間からは、見ることも音を聞くこともできない。試合による負傷や死傷は、起こしてはいけないし、起こりえない。なぜなら、各自の武装に、「非殺傷コーティング」をするからだ。魔力で膜を張ることで、致死量の攻撃を不可能にしている。そのため、せいぜい、捻挫や骨折程度の怪我で済む。それも、魔力によるダメージでなく、武装そのものが当たった所為でできる怪我だ。無論、魔力で膜を張るのは、出場者ではなく、別の人間だ。だから、「非殺傷コーティング」が解けることはない。
「私たちには、補欠要員がいませんが、それに関しては」
「こちらも補欠要員を無しで完全に三対三の状態です」
それを聞いた獅音は疑問を口にする。
「それじゃあ、もし、そっちの奴で、体調不良が出たらどうするんだ?」
「その人が次の人を指名する形ですね」
そして、試合の時間が訪れる。
「染井さんたち、格闘場第一室に入場してください」
皆、武器を持って入るが、その持っている武器を見た獅音は思う。
「全員遠距離なのか?」
桜子は、魔装銃剣を銃の形で持っていたし、シルフィーは、魔装砲だ。リーヴァも、魔装銃。これでは、全員遠距離型と思われても不思議ではない。
室内に入ってから、リーヴァが、手を上げた。
「すみませんが、僕は、補欠に入ります。体調が芳しくないようなので、代理を立てたいと思います」
急にそんなことを言い出したリーヴァに、その場にいた全員が訝しげな顔をしていた。しかし、リーヴァは顔色一つ変えずに、こう言う。
「僕の代理ですが……。そうですね。僕らは本来、本当に三対三だったわけですからね。僕が体調不良とは言え、約束を違えてしまっているのは、心苦しいので、僕ら、A支部で一番弱い彼を呼びましょう」
そうやって、飄々とした態度で、彼は、手際よく、「紫雨零士」を呼んだ。
「何だってんだ?」
零士の開口一番がそれだ。怪訝な顔で、皆を怪しく思った顔で見ていた。
「まったく、極東支部は勝つ気がないんでしょうか?」
扇の言葉に、璃桜が言う。
「いいえ、気をつけないとやられますよ」
二本の魔装武装を背負っていた零士が、一本を補欠席において、魔装大剣を持って、前に出た。当然、「非殺傷コーティング」済みである。その場で、リーヴァがコーティングした。
「よく分からんが、これは、あれか。対人戦闘訓練か?俺がいつもサボってる」
その全員に聞いた問いに、桜子が答える。
「そう。その通り。ルールは知ってるでしょ?」
「まあ、一通りな。ふん。何で、俺が出なきゃいけないかはわかんねぇけど。とりあえず、そっちの三人との戦いか。じゃあ、桜子、お前橘の相手を頼む。俺は、獅音だ。シルフィー、お前は、そっちの神道って子」
「分かったわ」
「は、はい!」
準備が完了した。手際のよさは、流石、戦場に慣れているだけのことはある。
「それでは、僕が審判をします。それでは、位置についてください」
リーヴァが、そう言い、位置につく六人。
「始め!」
試合が始まると同時に、獅音が、抜刀の構えを取る。長い魔装太刀を腰元に構え、魔力を集中させている。それを見た桜子と零士は悟る。あれは、「黄崇守」だと。零士は、あれを使えるし、桜子は、何度か見たことがあった。威力の弱い、叢雲流の技だ。しかし、いくら威力が弱いと言っても、相手を消し飛ばすことに特化した流派だ。威力は馬鹿にできないし、あれは、魔力を集中させ、一時的に暴走にも近い状態にするため、「非殺傷コーティング」すら貫く恐れがある。つまり、あれは、対人戦では決して本来使用してはならないのだ。それを獅音は理解していないらしい。
「まずい!」
零士の叫び。それは遅かった。大魔力の集中した剣が魔力をためきれなくなる。もう、放たれるだろう。このまま放たれれば、シルフィーが真っ二つだ。
「チッ!」
零士は、急いで、魔装大剣に魔力を注ぎこむ。上段の構えで大量の魔力が注ぎこまれたそれは、薄く蒼く光る。
――バァアン!
その破砕音は、どのタイミングで、何が、何を破壊した音だったのか。一瞬、桜子も璃桜も理解し損ねた。シルフィーの眼前には大破した魔装大剣が突き刺さっていた。欠片が飛び散ることなく、不動に突き刺さっているが、壊れている。魔力収束回路も魔力伝達回路すらも。
「今のは……」
獅音が、太刀を抜ききった状態で直立していた。それで、皆が、何が起こったかを理解する。
獅音の抜き放った、「黄崇守」を零士が、「蒼封守」と言う、剣を投げる技で防いだのだ。「蒼封守」は、本来、遠距離を狙って倒す技だ。
「お前は、アホか!」
零士の激怒の声が獅音に飛ぶ。
「え?」
獅音は理解できず呆けた返事をする。
「今の、非殺傷コーティングを抜けた?」
それは桜子の言葉だ。他の全員が同じことを気にしていたようだが。
「叢雲流は、武装の魔力収束回路に膨大な魔力を注ぎこんで、負荷をかけて、その武装の魔力限界を超えるものだ。過度に溜まった力は、たかだか、非殺傷コーティング程度で止められるわけがないだろ」
そしてリーヴァが手を上げる。
「一時、中止。紫雨君、武器は、ありますね?」
「ああ。ある」
乗り気ではなさそうな返事で、零士は、補欠席に立てかけた「ムラクモ」を取った。
「誰も見てないし、な」
誰に向けたわけでもない言葉を呟き、零士は、「ムラクモ」を構える。
「では、試合を再開します」
とリーヴァは、その言葉とともに、思考をめぐらせる。
(あれが「ムラクモ」ですか。キングの言っていた、あれ。その実力、しかと見届けさせてもらいますよ)
そう、それこそが、リーヴァが、立候補して、そして、辞退した理由。
「お、おい。やっぱり、お前、叢雲流を」
「ああ。叢雲流正式継承者だ。さっきのお前の『黄崇守』も俺が使った『蒼封守』も含めて、全てを正式に継承した」
零士の冷たい言葉。そこには、無感情と言うより、非難の冷たさだった。
「だから、一つ忠告しておく。お前はもう、叢雲流を使うな」
そう言った瞬間、零士から魔力が迸る。それを見れた璃桜は、あまりにも強烈な光に、思わず、目を細める。
「なっ、なんだ、それ」
獅音は、慄く。
「こ、これは、魔力、ですか」
扇も恐れるほどの魔力。それは、オーラが見れずとも感じ取れるほどの膨大な魔力。
「叢雲流・奥義『天之羽々斬』」
その言葉とともに、太刀を抜く。
――シィン!
鈴の音のような甲高い切断音。それとともに、凄い風が巻き起こる。密室でこれほどの風が巻き起こるのは、外から風が入ってきたからではない。零士の斬撃が、風を巻き起こしたのだ。
「……」
皆、言葉が出ない。床は大きく削れ、抉れ、欠損している。わざと外したのだろう。璃桜、獅音、扇、三人からは遠く離れた壁に大きな切り跡が生まれていた。それは、外にまで貫通しているようにも見える。風が吹き込んでいる。この格闘場は、対人戦闘をやる関係で強固に作られていた。普通なら、傷一つつかないそんな壁を、一撃で。驚かないほうが無理だと言うものだ。
「流石、ですね」
璃桜が口を開く。
「流石は、漆黒の剣天と言ったところでしょうか」
その口調は、淡々としたものだった。
「やっぱり知ってたか。まあ、詩春の従姉妹なら仕方ないだろうと思ってたが」
それに対し、リーヴァは戦慄していた。
(まさか、キングは、奴が漆黒の剣天であることを見抜いていたと言うのですか……?!)
キングの頭脳。それは、本当にリーヴァには理解できない崇高な域だったのだろう。キングは見抜いていた。全てを。
「し、しっ、漆黒の剣天?!そ、そんな分けないじゃないですか!た、橘先輩、冗談ですよね?」
扇の慌てた言葉に対し、獅音は、酷く落ち着いた声で言う。
「いや、たぶん、ホントに漆黒の剣天だ。あの魔力量は、桁が違う。それに、」
「それに?」
「叢雲流を使っている。それは、音音叔母上と深い関係にあったと言うことだ」
それは、獅音にとっては相手を計る重要な手掛かりであった。
「音音叔母上は、本当に強い奴にしか指導をしない。だから、あたしは中途半端だし、あいつは完璧なんだよ。だから、あいつが漆黒の剣天だろうが、なんだろうが、あたしは信じる」
獅音にとって、音音は憧れであり、壁だった。彼女がいた所為で、獅音は、一族ではあまり認められていない。最強と名高い音音と比較され、いつも劣ると言われてきた。しかし、音音は、名声を欲さなかった。全てを捨て、ただ、弟子を育てることだけを生きがいにしていた。家から出て、ただ、育成だけを求めた。強者の教育。それこそ音音の求める理想。自分の理想の弟子を作り上げることで、世界を改変させたかった、と語っていたと言う。そして、その弟子こそ、紫雨零士なのである。
「叔母上の弟子が弱いわけがない。それだけは、分かる」
獅音の説得力のある声に、扇は、思わず息を呑んだ。
「そ、そちらの皆さんは驚いていないと言うことは、極東支部の全員がこの事実を知って隠蔽を?」
扇の質問に答えたのは、以外にもリーヴァだった。
「いえ、僕は実際今知りましたよ。だから、おそらく知っているのは、極一握りだけでしょう。そう、染井さんやシルフィーさん。それと藤堂さんくらいですかね」
見透かしたような言葉に、零士たちは疑問に思う。本当に知らなかったのだろうか。だが、それは誰も口にしない。
「ええ。でも、これに関しては、機密事項登録なので簡単に漏らしてはいけませんよ。能力も正体も素性も」
璃桜の補足に、皆が頷いた。そして、試合は、零士たちの勝ちと言う結果で幕を下ろした。
◇◇◇◇
リーヴァは、無線を取り、キングへと連絡を取る。
「キング。取り急ぎお伝えしたいことがあります」
「君かい?何度も言うようだけれど僕はキングであって、クイーンでもあって、ポーンでもあるんだよ。キング、とだけ呼ばれる筋合いはないと言っているだろ?」
いつものやり取りをはさみながら、キングは、言う。
「それで、急ぎの連絡ってなんだい?」
「はい。紫雨零士についてです。彼の実力の一端が見れました」
「ほぉう。それは、中々に興味深い。僕に聞かせてくれないかい。その実力の一端と言うのを」
リーヴァは、無線の向こうでキングがチェスの駒をくるくる回しながらニヤついている様子が浮かんだ。
「はい。彼は、『漆黒の剣天』です」
「うん、そうだね」
そのあっさりとした返事に、リーヴァは確信する。
(やはり、気づいていたのですね)
「そして、彼は、『叢雲流』と言う、極東の古流流派を使います」
「『叢雲』……。興味深いね。確か、村雲家から赤羽音音に伝わって、そこで途切れたと思っていたけど。ふぅん。そうか。そういうことかい。だとしたら、彼は」
フフフッと不気味に笑うキング。
「そうだね。『漆黒の剣天』……。いいや、そう。彼は、『紫天の剣光』とでも呼ぶべきかな?漆黒の方は、捨てた名だし、ね。その方が、彼もいいだろう」
そう言って、笑った。
「そうですか。では、ターゲット名を『紫天の剣光』としておきましょう」
「うん。頼んだよ」
そうして、無線は切れた。リーヴァは、ふぅ、と人知れず、深い溜息をつくのだった。
◇◇◇◇
そして、クルクルと駒をまわして、無線を下げる。キングの駒とクイーンの駒をコツンとぶつけると、静かに笑った。
「なあ、紫麗香。君に似て、面白い。そうは思わないかい?」
その問いに答える者はいなかった。何せ、問いかけた相手は、既に空の彼方だ。それとも土に還ったと言うべきか、はたまた、星になったか。どれも意味合いは同じだ。
「楽しくなってきたね。さあ、B支部の人間と彼は、どんなハーモニーを奏でるのかな?」
にっこりとはいいがたい、含みのある笑みを浮かべ、キングの駒に口付けをした。
「さあて、僕は、そろそろ準備をしようかな」
部屋に残ったのは、キングの駒とクイーンの駒だけだった。




