14話
交換派遣とは、支部間で、自分の支部の人間を他の支部に送り、その支部の状態や、支部の活動。支部の組織内情を把握するためのものだ。期間は、およそ一年、と言われている。それにはわけがあり、例えば、一日から数週間ならば、自分達の支部の汚点をどうにか隠すことができるだろう。しかし、一年もの長い間ともなれば、流石に、汚点を出さずにはいられない。そんな、交換派遣で、もっとも見られたくないものは、何か、と言う話になると、A支部の面々はこう言うだろう。「紫雨零士だけは、他支部に見せるわけには行かない」と。紫雨零士の扱いは、A支部の汚点だ。授業はサボるし、テストは白紙、おまけに評価はD+。そんな彼の正体は、「漆黒の剣天」と呼ばれたSランクだ。彼は、妹を亡くし、自分に失望した。だから、やる気を出さなかった。交換派遣の数週間前に起こった、A支部を襲撃した害蟲の群れをほとんど一人で撃退した彼だが、その功績は、「漆黒の剣天」のものとなってしまっている。彼の本当の実力を知るのは、三人。幼なじみの染井桜子、昔助けた藤堂百合、先の戦いで正体を知られたシルフィー・ラ・マーズ。彼女たちは、「漆黒の剣天」と零士が同一人物であることを明かしていない。なぜなら、零士が拒んでいるからだ。彼が拒む以上、彼女たちが、自ら彼のことを口にすることはないだろう。
そんなこんなで、支部のお荷物扱いをされている零士だったが、交換派遣によって、来たメンバーを案内する案内役に、桜子の指名を受け、なってしまったのだ。当然、支部のほとんどが反対したが、副支部長の判断で、零士が案内役になるのは確定してしまった。面倒だと思ったが、零士は、仕方なしに、支部の敷地の中央、魔装空挺の発着所で待機していた。
ジッと待っていると、零士の遥か上空から、ゴォウと言う音とともに、大きな魔装空挺が降りてきた。
「相変わらず、でかいな」
昔、幾度か乗ったことのある零士だが、内部が異様に大きいことは、よく知っていた。あまり意味のない広さ。それは、単なる無駄でしかない、と昔、零士は口にしたが、同乗していた女性に、「無駄に広いんじゃないのよ。意味あって広いの」と言われた。未だに、その意味とやらは、零士には分かっていない。
扉が開く。そして、三人の少女が階段を降りてきた。一人は、長く手入れの行き届いた艶のある黒髪。さほど大きくはないが、それでも確かに女性らしい胸部。少し妖しく微笑む。そんな少女。
もう一人は、大雑把に切りそろえた黒髪と睨んでいるかのように感じる鋭い目。女々しさとは皆無の目とは裏腹に、大きく実った胸部。
最後の一人は、赤く染色した長い髪。浅黒い肌。そして、大胆な服装。大きく開いた胸元からは、大きな胸の谷間がよく見える。男性の目を集めそうな格好。ただ、零士が気になったのは左腕に巻いた包帯だ。
そして、先頭を降りてきた少女が、零士を見ると、妙な反応をする。
「うっ……。あ、貴方が、案内役、ですか?」
「ああ、そうだ。Cランク候補生の紫雨零士だ」
彼の簡潔な自己紹介に、少女は、眉を寄せた。
「Cランク候補生?そんな人を案内につかせるなんて、全くこれだからA支部は!どう思います、橘先輩!」
そう言ったのは、黒い髪を大雑把に切りそろえた少女。
「Cランク候補生?嘘をつかないでください。貴方……何?」
その疑問に、零士は、気づく。ああ、なるほど、コイツが、そうか、と。零士が聞いた噂に違わない、真眼の持ち主のようだ。
「お前が、橘璃桜か」
B支部において、オーラを見ることのできる特別な目を持つと言う少女。なるほど通りで、零士のことが誤魔化せない。
「それで、もう一度聞きます。貴方は?」
「二度目で悪いが、Cランク候補生の紫雨零士だ」
零士は、A支部におけるランクを偽ってはいない。彼は、判定では確かにD+なのだ。
「誤魔化すのですか?まあいいです」
「よくないですよ。橘先輩は甘すぎます。大体男と言うのは、いつもいつも、あまり清潔ではないし、ちょっとしたことで大きな声を出すし、胸をじろじろ見るし、唾とばすし、変態的だし、よく分からないし、いいところはないんですから、関わらないほうがいいですよ」
大雑把に髪を切りそろえた少女は、どうやら男を毛嫌いしているらしい。ただ、璃桜の反応は、警戒心むき出しの、身構えたものだった。
「扇。ダメですよ。流石に失礼です。貴方も、すみませんね。彼女は、神道扇。ついでに、こちらが、赤羽獅音」
赤羽、と言う名に、零士は、反応を示す、と言っても、眉を上げたくらいだが。赤羽と言う名に零士は、親しみがあった。零士の師の苗字が「赤羽」なのだ。ただ、零士の師は、家から勘当されていたそうだし、零士は、おそらく偶然だろうと割り切った。
「一つ聞きますが、貴方は、いったい、何者ですか?」
璃桜の問い。それに対して、零士は、面倒だ、と言うような顔で答える。
「何度も言うが、俺は、Cランク候補生の紫雨零士だ」
それに対して、璃桜は、首を振る。
「そう言うことを聞いているのではありません。ランクなど関係無しに、貴方は、何者か、と言うことを聞いているんです」
それは、零士の本質を聞く質問。
「俺が、何者か?そんなもん、ただの人間さ。まあ、少しばかり、複雑な事情ってのはあるが。俺は、確かに魔力資質は高い。それは、お前が目で見れば分かるだろうけど、それを実際に使えるか、ってのは、持ってるのとは別だ。宝の持ち腐れってやつか?まあ、例え、凄い武器を持っていても、使えなければないのと一緒。だから、Cランク候補生なんだよ」
零士の言っていることは適当だ。だが、魔力の量を見ることのできる璃桜を誤魔化すには、それしかない。ただ、零士が安心できないのは、「夢見櫓の女王」と璃桜が繋がっているということだ。
「ふむぅ、ランクとは関係なく、と言ったのですが。まあ、いいです。紫雨零士さん。ご存知の通り、私は、『オーラ』を見ることができます。そう言った特技は、もっていないのですか?」
特技について、零士は考えてみるも、特にこれと言って浮かばない。
「特技なんてないな」
「そうか?」
そう言ったのは、獅音。
「例えば、あたしは、剣技が特技だし、扇は、射撃だ。そう言ったものすらないのか?」
剣、と言うので、ますます、零士の顔は曇る。
「獅音っつたか?お前の剣って、まさか、『叢雲りゅ』」
と、そこまで零士が言いかけたところで、支部長室についてしまう。
「いや、その話は、いいか。ここが、支部長室だ」
それだけ言うと、零士は、去って行った。
「今、あいつ……」
獅音は、ただ、「叢雲流」と言おうとした零士が何者か、計りかねていた。




