13話
「あれが、『漆黒の剣天』の実力だって言うの……」
将美の言葉は、理解できないことを必死に解析しようとしているようだったが、現実が受け入れられていないようだった。
「流石、『漆黒の剣天』様、ね」
桜子のおどける様な口調と笑み。そして、百合も釣られて笑っていた。ただ、他の者たちは、笑うことなんてできなかった。自分と実力が違いすぎる事実をつきつけられ、自分の無力さを知ってしまったのだ。
「な、なんだよ、あれ」
思わず、一人が呟いてしまう。
「あれは、そうですね。漆黒の剣天。舞い戻ってきたようです」
それを補足するように、別の者が答える。そして、答えた者は、しばらく、皆と距離を置き無線を手に取った。A支部内で使われる無線機ではなく、かなり離れたところと無線で会話するための無線機だ。
「キングですか?僕です。ええ。漆黒の剣天が、えっ?分かっていた?」
彼は、思わず、無線の向こうからの回答に戸惑う。
「分かっていた、と言ったんだよ。まあ、もっとも、この僕の崇高な思考能力だから分かっていたことなんだろうけれどね。それと、僕はキングであって、クイーンでもあって、ポーンでもあるんだよ。キング、とだけ呼ばれる筋合いはない、と言う話は前もしていたと思うんだけど、まあ、それはいいさ。ところで、例のD+の彼……紫雨零士と言ったかな?彼は、どうだい?」
その質問に、笑いそうになりながら言う。
「全くです。皆無です。何故、彼をマークするのですか?彼をマークする必要など、」
「僕には、僕なりの考えがあるんだよ。それを君たちが理解できるわけがないだろう?僕の崇高な思考を理解しようなんて随分と粋がいいじゃないかい?それとも、君には、僕の崇高な思考が理解できるほどの知能があるとでも言いたいのかい?」
小馬鹿にするような口調だが、彼は、敬いの言葉しか使わない。決して怒らない。それは、無線の向こうの相手が、それほどまでに凄い者だと分かっていたから。
「滅相もありません。ですが、紫雨など」
「その紫雨だからさ」
紫雨と言うところを強調する声。彼、リーヴァ・ヘルナンドは、疑問に思う。
「紫雨と言う名が何か?」
リーヴァの問いに、無線の向こうから失笑の声が洩れ聞こえる。
「君は、実におかしなことを聞く。紫雨と言う名が何か、と聞くなんて。何かあるに決まっているじゃないか。君は、あの、『魔力伝達物質』の、高純度な物の原産地を知っているかな?」
魔力伝達物質は、今では、滅多に取れなくなって高価になっている。それも、純度の高いものは、もう取れないはずだ。
「何も、知らないみたいだね。かつて、極東と呼ばれていた場所があるんだよ」
極東と言えば、今では、大陸の一番東側であるA支部のことを「極東支部」と呼ぶくらいだが、その前は、「フソウ」と呼ばれる場所が「極東」と呼ばれていた。
「フソウと呼ばれる島に、そこそこ標高の高い山があったんだ。そこの地下には、多くの資源が眠っていた。その中の一つが『桜色の魔力伝達物質』だよ」
「桜色?!」
リーヴァは、思わず声を上げてしまう。「魔力伝達物質」は純度が高くなるごとに明るく赤みを増していく。それは、常識だった。しかし、いくら純度が高いといっても、藍色以上のものは、滅多に見られない。
「そして、そのフソウと言う国に、色を持った者たちがいた。その生き残りが、紫雨零士だと、僕は考えている」
「色、ですか?」
リーヴァは、眉を顰める。
「確かに、紫雨と言う名には、我々の言葉で言うところの紫色が入っているのは分かりますが、フソウの生き残りかどうかまでは」
A支部には、かつての大陸の東側にいた人種が多いことから、名前に「カンジ」を使う者が多いことは有名だ。だが「カンジ」を使うのは、何もフソウの人間だけではない。
「いや、彼は、フソウの人間さ。彼の武器は、太刀だからね」
「いえ、彼が練習時に使っているのは、魔装大剣だったはずですが……」
そう、零士は、普段、魔装大剣を使用している。それは、リーヴァが前に報告したはずだが、無線の向こうの相手は、こう言う。
「ふふっ、まあ、彼は、普段、大剣を使っているかもしれない、ね。でも、彼の武器は、『ムラクモ』さ。『フソウ』の『カタナ』さ。元は、最高純度の桜色だった『魔力伝達物質』を熱して叩いて延ばしてを繰り返して、一本の『カタナ』にした。それの繰り返しに、色は、紫になってしまったけれど、それは、紛れもなく、最高純度の『魔装太刀』さ」
そう、だからこそ、零士の膨大な魔力にも耐えることができる。
「僕は、彼が欲しいんだ。彼なら、裕騎にも匹敵する僕の戦力になると思っているよ。いや、もしかしたら、裕騎以上かも知れない。僕の心は、恋焦がれているのさ。まるで、純情な少女見たね」
無線の向こうで、クックッと笑う。それは、まったく純情な少女なんて想像できない妖しい声。
「今、純情な少女じゃないって思っただろう?もちろん、比喩に決まっているじゃないか。君は一々細かいんだよ」
「いえ、僕が以外だと思ったのは、恋焦がれるなんて言う、似合わない表現をされたことです」
リーヴァは、困ったように言った。
「僕だって、それは、恋焦がれもするさ。そこら辺に裸の美少女でもいれば欲情してしまうかも知れないし、大人なお姉さんが、夜のお誘いをしてくれたら、一晩だって付き合うだろうね」
リーヴァは、それこそありえない、と心の中で笑った。
「可愛い子がいれば、ストーキングでもして、家から、素性から、何から何まで調べつくして、僕の人形にしてしまうかも知れない」
「貴方以上に美しく、可愛く、格好よい、そんな人物はいないでしょう。まるで、貴公子のような振る舞いで」
「童顔だとは、よく言われるよ」
ふふっ、と軽く笑うのを聞きながら、リーヴァは、無線の電源を切った。
「まったく、キングには困ったものだ」




