12話
少し遡って、桜子が単騎で暴走していた時、シルフィーは、それを遠目に見て、どうにかしようと思っていた。
「サポート、しなきゃ」
そうして、再び引きがねに手を掛けたとき、その手をつかまれた。気配がなかったことにシルフィーは戦慄する。
「手、震えてるぜ。そんなんで撃ったら、味方に当たるぞ。ピンクちゃん」
その言葉に、赤面しつつ、シルフィーは、思わず魔装砲から手を離して、スカートを正す。その僅かな隙に気配がしなかった相手、零士は、魔装砲を取り上げていた。
「あ、ま、魔装砲は、魔力が」
「問題ねぇよ」
シルフィーの言葉を遮り、零士は、魔装砲の引きがねに手を掛ける。そして、魔力の収束が確認された瞬間、シルフィーは確信する。
――ギュォオン!
そんな音をどこか遠くに聞きながら、シルフィーの思考は至る。そして、重なる。映像で見たフードの奥の顔と目の前にいる彼の顔が。
「さて、と。久しぶりに、俺も、出るか。本当は出たくねぇんだけど」
言葉とは裏腹に、にやりと笑みを浮かべる零士。シルフィーは、思わず呟いた。
「『漆黒の剣天』……」
そんなシルフィーの言葉を聞かなかったことにして、零士は、真っ黒な上着を羽織って、フードを被る。そして、紫色に輝く「ムラクモ」を握る。滾る思いを胸に、屋上から飛び降りた。屋上の高さは、決して低くない。普通の人間なら、助からないだろう。だが、零士は、建物の中腹辺りに、「ムラクモ」を突き刺し、そこを起点に、建物から外の方へ飛び跳ねる。その勢いは、かなりのものだ。
勢いよく着地したその先には、将美と桜子がいた。他にも数名の支部のメンバーがいた。周囲を害蟲の群れに囲まれ、絶体絶命の状況だった。
「遅いっ!」
桜子のそんな声とともに、無線機が飛んでくる。状況をこれで理解しろってことか、と零士は笑う。それを見て、百合から、笑みが零れる。百合にとっての救世主が来てくれたのだから。
「悪いな。大分、遅れた」
「まったくよ。五年も待たせるなんて」
桜子と軽口を叩きながら、零士は前に出る。真っ黒な上着の所為か、それともギラつくような獰猛な雰囲気の所為か、将美も他のメンバーも零士だとは思っていないようだ。この切迫した状況に、零士のようなD+の人間が来れるわけないと言う思いもどこかにあるのかもしれない。桜子や百合だけは、零士が来てくれたことがきちんと分かっていた。それこそ、昔の零士を知っているから分かることだ。
「あ、貴方は、何者よ!」
将美の焦り雑じりの疑問に、零士は笑う。
「『漆黒の剣天』だった者、だ」
その言葉に、将美は、唖然とする。嘘だ、と心の中で思う一方、それが本当だったら自分達は助かるのではないか、と言う想いが心の隅に生まれる。
「さて、と。じゃあ、狩るとするか」
その言葉とともに、零士は駆け抜ける。勢いよく駆ける零士の走った後には砂煙が舞い上がっている。地面は抉れていた。桜子は、その姿を、涙を流しながら見つめた。「漆黒の剣天」。桜子の憧れ。桜子は、彼にあこがれて、「ネメシス」を目指した。無論、桜子に「ミストルティン」を授けたのも零士である。そんな彼が、長い、五年と言う長い歳月を経て、舞い戻ってきたのだから。桜子が、歓喜に思わず涙を零すのも無理はない。
「害蟲如きが、人間潰せるわけねぇだろ!」
紫色に輝く太刀に、その場にいたものは魅了される。将美も、百合も、直典も、皆が、零士の剣に、見惚れていた。ただ、桜子は、もっと前から見惚れていた。彼の太刀ではなく、彼自身に。
「叢雲流・緋剣『緋罪守』!」
零士は、「ムラクモ」に膨大な魔力を流し込む。魔装砲を一発撃ってもピンピンしているほど持っている、膨大な魔力を注ぎこむ。「魔力収束回路」が悲鳴を上げる。膨大な魔力負荷がかかり、「魔力伝達回路」が光輝く。叢雲流・緋剣「緋罪守」。秘剣ではなく、緋剣。負荷のかかった「魔力伝達回路」は、緋色に輝く。それは、深紅の鮮やかな色。まるで血のような色。膨大な魔力が一時的に、「魔力伝達回路」の「魔力伝達物質」純度を上げているのだ。これは、「ムラクモ」だからできることだ。他の物にこれをやれば、たちまち壊れてしまうだろう。
「消えろ」
そして、緋色の閃光が、桜子達の視界を支配した時、周りの害蟲達は、既に両断されていた。上と下。上下に分かたれた害蟲達は、崩れ去っていく。
「あれが、漆黒の剣天だって言うの……」
将美のその言葉は、呆然と、異次元を見ているかのような口調だった。次元が違う。完全に人間の域を超えている。そう思ってしまった。そう、ほぼ一撃で、一掃してしまった。ただ、唯一の例外を除いては。それは、禍々しい化け物。害蟲。異常な害蟲。異常種、「沈暗黒」。全てを闇に包む禍々しい害蟲。
「■■■■■!」
言葉で表現できない鳴き声を上げる「沈暗黒」。不気味な黒味があたりを包む。地面すらも黒い何かが覆っていく。不気味で、禍々しい。零士は、それを睨みつけ、「ムラクモ」を握り直す。
黒い靄が零士を包んだ。しかし、零士は、止まらない。足を止めない。何もない視界の中で、気配を頼りに、「沈暗黒」目掛けて突っ走る。
「□□□!」
地面が沈むほどに暴れだす。零士の足元すら沈み込むように割れる。割れた地面から滲み出る黒いもの。それが、零士の足を絡めとるように零士を包む。
「チッ!」
地面を切り、黒い絡まるものから抜け出す零士。
「■■■□!」
不気味な声を撒き散らしながら、黒い塊となって、「沈暗黒」が迫ってくる。
師に言われた言葉を思い出しながら、零士は、異常種へ向けて、斬撃を放つ。
「叢雲流・奥義『布都之御霊』!」
思い出す言葉。それは、「ねぇ、零士。あんた、化け物並だよ。でも、だからこそ、叢雲流を継ぐに相応しい。予言だと、あんたは、一時身を引くことになってる。でも、あたしから見たら、そんなあんたは、ただの人。あたしは、あんたが望むならそれでもいいんじゃないかって思ってる。でもね、零士。あんたの力は、ただの力じゃないことを覚えておきなさい」。そんな分からない言葉。そんな言葉をまとめて全ての魔力ごと「魔力収束回路」に叩き込む。
「叩き斬る!」
轟々と魔力が渦を巻くように、「魔力伝達回路」からにじみ出る。「魔力伝達回路」は、白金の輝きを放つ。さながら、元から白金で作られたかのような色合いの「ムラクモ」。神格の宿る剣、布都之御霊劔。それを一時的に、自分の剣に降ろしたかのような聖なる輝きを放つ。
「■■■□■■■■■□■!■■□!」
異常種が不気味な拒絶反応を起こしているようだ。慄いている。それは、「ムラクモ」の聖に当てられ、弱り、やられているようにも見える。まるで、日の光を浴びた吸血鬼のようだ。
「消えろ」
零士が剣を振り下ろす。
――ズシャァアアア!
魔力と余波で、斬撃が巻き起こる。二つに切れていた害蟲達の死骸も吹き飛ぶほどの威力。砂煙も巻き起こり、木々や山も揺れ抜ける。地面には、大きく抉れた様な跡が残る。そして、「沈暗黒」は、消し飛んでいた。これこそが、叢雲流の本質。魔力を用いた斬撃で、敵を消し飛ばすことを本質とした魔流剣術。村雲家と言う剣術一家が作り出し、伝承されたが、もはや残っているのは、零士と師である、一人の女性のみ。そんな少数流派、されど最強の流派。




