第9回 ふたりの豪傑
関羽・張飛ついに表舞台に登場です。
趙雲との掛け合いをお楽しみください。
第9回 ふたりの豪傑
「陽城までの輜重隊の警護、私にお任せ下さい」
我が袁術軍唯一の騎馬隊を率いる紀霊の進言であった。
「よいか。わしはあの趙雲にも輜重隊警護を依頼するつもりだ。よくその動きを観察し、騎兵の扱いを学べ。できることなら良馬を購入する道筋を聞き出せ」
「はい。しかし殿、趙囿の娘はともかく、一緒に居たあの二人の男たちただ者ではありませんぞ。身のこなし、立ち振る舞い、周囲を威圧するあの覇気、全身に鳥肌が立ちました。こんなこと呂布と立ち会って以来のことです」
「ほお。見かけ倒しではないということか。しかし呂布ほどの男が二人もここに揃うはずもないが」
「はい。それを確かめる機会でもあります」
「南から来た孫堅は歩兵こそ精強であったが、騎兵は北の軍勢に比べると脆く、その数も少なかった。我が軍は発展途上の軍。諸国から様々な事柄を学び、吸収していかねばならぬ」
圧倒的な軍勢を持てば戦わずに勝つ目も見えてくるのだが、そこまでは武将である紀霊には語らなかった。
俺は軍を率い、戦争によって功名を得るような無粋な生き方をするつもりはない。兵力はあくまでも政治的手段を強行するひとつに過ぎないからだ。
趙雲を含む二千の騎兵が魯陽を発ったのは、袁術に謁見したすぐ後のことである。
道すがら趙雲は自らの使命を思い返していた。
主君である奮武将軍の公孫瓉の命は、袁術への加勢。
要はここで貸しを作っておきたいのだと趙雲は考えていた。
公孫瓚とは先々のことまで時勢を読んで用意周到に動く男だ。
今後、河北に覇を唱えるためには相応の後ろ盾が必要になる。多勢に無勢、反董卓連合の勝利は間違いない。そうなると董卓の後で権力を握る人物に渡りをつけておく必要がある。公孫瓚の見立てではそれが盟主となっている袁紹であり、その弟である袁術なのだろう。
問題は袁紹が幽州の牧である劉虞寄りであることだ。
実際の話、対異民族の最高責任者は劉虞であり、歴戦の勇を誇る公孫瓚に対し高飛車な姿勢で理不尽な命令を下していた。そのひとつひとつが公孫瓚の勢力を剥ぐものだったので両者の軋轢は深まる一方だった。
仮に劉虞が袁紹と強く結びつくようになった場合はそれに対抗できる袁術と結びつかないかぎり、公孫瓚は衰退していくのみとなる。
袁術の命を脅かすまで接近した張繍の軍勢を撃退できたのは大きな手柄だったといえる。父の意向にも沿った行動と結果だった。自分自身を誇らしくもある。
加勢ついでにお願いされた陽城までの輜重隊警護をここで無下に断ることはせっかくの手柄を台無しにしてしまう恐れもあった。
ましてや袁術自らに同伴する紀霊に騎兵の扱い方を伝授してやってくれと嘆願された。命令口調であれば即座に断り北へと戻るのだが、あの調子でお願いされると了承せざるをえない。
「雑魚の軍勢を追い払った後は、食料の運搬のお手伝いとは……さすがに優等生は違うな」
趙雲の右後方から騎馬に乗ってついてくる虎髭の大男があくびをしながらそうぼやいた。一丈八尺の蛇矛を軽々と振り回している。
「張飛殿。何かご不満でも?」
この男が不平不満を口にするのは旅の最中日常茶飯事の事だった。
部隊を率いる趙雲が強い口調で反論すると渋々引き下がるが、時が経つとまた同じような事を云い出し始める。その繰り返し。
「せめてお礼の酒のひとつでも口にしてから出発すればいいものを。次から次にきびきびとたいしたもんだよ。なあ、お嬢ちゃん」
「その呼び方は改めるよう申したはずですが」
「あれ。そうだったかな」
するともう一人の偉丈夫が間に入って、
「もうよせ益徳。北平を出るときに趙雲殿に従うよう大兄から云い聞かせられてきたはずだろう。ここでは趙雲殿が大将だ。大将の指示にはつべこべ云わずに従え」
「わかったよ雲長(関羽の字)の小兄。もう文句は言わねえよ」
「申し訳ない趙雲殿。弟の無礼はわしが謝る」
そう云って立派に蓄えた長い髭を揺らしながら馬上で頭を下げた。左手にはこちらも巨大な青竜偃月刀を抱えている。
「いえいえ、そんな、関羽さんに非はありませんから。どうぞ頭をお上げください」
といったようなやり取りもこの旅の途中何度も繰り返している。
それにしてもこの関羽雲長、張飛益徳の二人、恐ろしいほどの腕前だった。
趙雲も物心ついた頃から父にみっちり武芸を仕込まれているから大抵の男にはひけをとらない自信がある。公孫瓚の旗下の中でも一二を争う強さだと自負していた。
しかし、この二人は別格だ。武芸と呼ぶ次元を超越している。
関羽が軽く馬上で一振りするだけで敵兵五、六人が簡単に両断される。
張飛が突撃するとその蛇矛に突き刺された敵兵が何人も宙を飛んだ。
このような戦い方をする男には出会ったことがない。
北平を出陣するときに「二万の大軍を率いる気分はどうだ」と張飛に云われて意味が分からず戸惑ったが、なるほど一騎当万の自信を込めての発言だったのかとこの二人の戦い方を見た後で頷いた。
張繍の騎兵隊にわずか二千の兵で突撃をしたのもこの二人がいてくれたからだ。普段の兵力であれば躊躇したに違いない。向こうも西涼の精鋭の騎馬隊だったからだ。
公孫瓚の下に身を寄せている客将の義兄弟で、今回の援軍に関しては云わば助っ人の助っ人。
劉備という耳の大きな男が長兄で、その次が関羽、そして張飛と並ぶようである。
大きな志を持って立ち上がったという領土を持たない義勇軍だった。
「そう云えば益徳。この先の城は董卓軍に囲まれているらしい。敵将の中には西にこの男ありと謳われた華雄殿も居合わせていると聞いた。ぜひお手合わせを願いたいと思っているから手を出すな」
「またかよ小兄。いつもそうじゃねえか。一番美味しい獲物は全部小兄が持ってっていっちまう」
「まあまて益徳。敵の大将は陳留郡の太守である胡軫だ。その首はお前にやる。それでよかろう」
「胡軫?聞いたことの無い名前だな。まあ大将首なら文句は言わねえよ」
そう語り合って二人は笑い出した。
趙雲が慌てて近寄り、
「ちょ、ちょっと待ってください。誰が董卓軍と正面きって戦をするって決めたんです」
「あ?さっきお前さんが騎馬隊率いて突撃仕掛けた相手が董卓軍だろうが」
「それはそうですが……いいですか、公孫瓚様の軍は董卓軍とは戦いません。先ほどのは袁術様を救うためにやむを得ず行ったこと」
「あ??公孫瓚は反董卓連合の一員だろう?なんで戦わねえんだ?」
「まあよいではないか益徳。なんだかんだ云っても趙雲殿はやるときはやる将だ」
「いえ、関羽さん。そんな勝手な思い込みは……」
「そうだな。さっきも敵を見極めるだのなんだの云っていたが、結局は自分勝手にひとりで突撃を仕掛けてたもんな。俺たちは似た者同士ってことか」
「はあ?困ります。やりませんよ」
二人は趙雲の話などもう耳には入らないようで首をコキコキと鳴らしている。
「やりませんからね!いいですか。やりません!!」
やがて孫堅が立て籠もる陽城が見えてきた。
それぞれの思惑が入り乱れた死闘が幕をあける。