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第21回 馬超・韓遂始動

馬超もいよいよ本格的に始動。

韓遂の思惑はいかに。

第21回 馬超・韓遂始動


 不思議な気配のする少年だ。

 色は白く線がか細い。それでいて鋭利な刃のような鋭さを持っている。

 馬超ばちょうあざな孟起もうきが少年に出会って最初に感じた印象である。

 漢帝国の最西端に位置する涼州りょうしゅうの人間の身体は、吹き付ける砂風で肌は土色でできているし、異民族との争いの中で生き抜く頑健な筋肉を有している。少なくともこの西涼せいりょうにはこのような華奢で高貴な気品を帯びた人間はいない。

 一目で都からの流れ者であることがわかる。

 東の国に羨望の想いのある馬超は、俄然この少年に興味を持った。


 「若殿、逆臣どもの密偵やもしれませんぞ」

そう馬超に忠告してきたのは校尉の龐徳ほうとくである。馬騰ばとう旗下の中でも特別に知勇に優れていたので馬超の傅役に付けられていた。歳は二十三と若い。

 龐徳の云う逆臣どもとは、董卓とうたく亡き後に献帝けんていを擁して長安ちょうあんの都を占拠する董卓の遺臣たちのことである。

 四将軍として恐れられた「李傕りかく」「郭汜かくし」「張済ちょうさい」「樊調はんちょう」が三十万に及ぶ武力にものを云わせて朝廷を牛耳っていた。

 馬超の父、馬騰は漢帝に対して忠義が厚く、涼州の地で帝を助け李傕らに反乱する兵を挙げた。


 「父上を暗殺するための刺客というわけか。面白い」

馬超はそう答えて笑った。

 父馬騰には国の危機を救いたいという忠義の心があり、父の義兄弟である韓遂かんすいには涼州の自治を守りたいという志がある。その想いが重なり合って西涼の民と異民族が手を取り合って李傕の勢力に立ち向かっているのが現状だった。


 しかし馬超にはその心が理解できても決して共感はできない。

 人の世はそんな綺麗事では成り立っていないことを知っているからである。強き者が自由を得、弱き者は虐げられる。これがこの世界のすべてだった。

 そもそも父である馬騰も若い頃は材木を売って生計を立てているような国からの御恩など何一つない貧しい民であった。漢の名将の血筋など所詮は綺麗事。そんなお題目で食っていけるほど甘くはない。

 父はその腕力、その度胸を買われて仕官を許された。そして戦いのなかで名を上げて今日に至る。

 忠だの義だの儒教の倫理など馬超には何の興味も無い。この世界は強い者が欲しいものを手に入れられるようにできているのだ。

 だから馬超は強さだけにこだわった。武芸においていつしか父を越え、近隣で名を馳せた将たちも打ち果した。

 今では異民族ですら馬超を見れば恐れおののく。十六歳にして西涼最強の座についたのだ。


 だが東には出会ったことの無い猛者たちがひしめいている。

 馬超の願いはその者たち全員と矛を交えること。強者の道をとことん追求すること。そんなとてつもなく純粋な想いだけであった。

 この少年が例え都からの刺客であっても馬超には新世界への架け橋のように思えてならなかった。だからこそ行き倒れのこの少年を保護したのだ。


 「こちらの陣営の手の内を敵に晒すことになるのですぞ」

龐徳は低音に響く声で尚も忠告を続けた。馬超は敵を見るような目で龐徳を睨みつけ、

「だからどうした。見られて困るようなものなど特にないだろうが」

「動きを悟られます。それでなくても・・・」

龐徳は言葉を濁したが、馬超は、

「それでなくても敗色濃厚なのにか」

「いえ、決してそのようなことは」

「父上は腕力はあっても戦は下手だ」

「な、何を仰せか若殿」

令明れいめい(龐徳の字)は西涼の虎と呼ばれるほどの戦上手。わかっていながら驚いたふりをするな。父上の攻め手では雍州ようしゅうの守りは破れぬ。樊調の方が父上よりも一枚も二枚も上手よ」

「韓遂様が後詰にいらっしゃいます。若殿の兵も無傷同然。巻き返すことは充分に可能」

「おじきは本気では動くまい。随分と先を見ているからな。死ぬ気で攻めるときはしばらく後だと踏んでいるのだろう。そして俺は所詮五千の兵を率いる一将に過ぎぬ。局地戦では勝利できても主力の戦いであっさりと引っくり返される」


 もし俺が全軍の指揮を執ることができれば、馬超は心の内でそう叫んだ。五万の兵を率いれば誰にも負けぬ自信がある。例え「飛将」の異名を持つ呂布りょふが相手でもだ。

 しかしそれは叶わぬ望みだった。十六の若造に総大将は務まらぬと馬騰は考えているからだ。自分の考えは決して譲らぬのが父であり、馬騰であった。強靭な精神力と併せて類まれな頑固さも持ち合わせている。どれだけ実績を積んでも息子の言葉など聞く耳を持たない。


 先行きにもどかしさを感じながら馬超は、広間の隅に座り物思いにふける少年を眺めていた。こんな監視を続けても希望の扉が開くわけではないが、少年の気配の先に東国が見えることがい今の馬超にとっては癒しであった。


 少年の傍らには絶えず少女が付き添っていた。

 兄妹なのだろうか。しかし顔はまるで似ていない。色の白さ具合は同等だが、少女の顔つきは彫りが深く長い睫毛の下には緑に輝く瞳がある。一目で漢人ではないことは見て取れた。どちらかというとこの西方の人の血が流れている。今の時代、母違いの兄妹など珍しくもない話だ。


 問題は少年が記憶を失っており名前すらわからぬことであった。最初は素性を誤魔化すための演技かと思ったが、ここまでの期間の生活ぶりを見ている限り本当に記憶がないのかもしれぬと馬超は考え始めていた。


 傍らの少女にその症状はない。目と表情を見ればわかる。少女は確実に過去を背負って生きている。忘れたくても忘れられぬ魂に刻まれた陰湿な過去だ。やがてその苦しみに耐えきれなくなって自ら死を選ぶ。そんな人間を馬超はこれまで腐るほど見てきた。皆一応に死ぬまで口を開かない。この少女も同じだった。ただ黙って少年の傍にいるだけである。


 少年と少女の二人は涼州と揚州の境目で行き倒れていた。自ら斥候の役を買って出ていた馬超がそれを見つけて自陣に連れて帰った。

 少年が少女を守る様に倒れていた。少年の右手には抜いたままの剣が握られており、その血のりから十人以上の人間を斬ってきただろうことが推測された。

 それだけだったら奴隷や獄徒の脱走者と変わらない。馬超も一瞥してその場を後にしたことだろう。

 馬超の興味をひいたのはその剣であった。

 名剣である。

 それもよほどの権力者しか持ちえないような名のある剣である。手に取って見て驚いた。斬ったあぶらで刃が隠れているがその切れ味は落ちていない。馬超が振れば兜や甲冑ごと容易に人を両断できるだろう。こんな剣を初めて見た。

 「ウム・・・」

隣で剣を見ていた龐徳が呻いた。どんな自然環境のなかでも平然と戦をこなすことのできる屈強な男が珍しく苦悶の表情を浮かべた。剣の所有処を知っている様子だ。

 帝か・・・。馬超は最初はそう思った。漢帝の血筋が長安ちょうあんから流れて来た。董卓や李傕の悪政に耐えかねて逃げ出すものなど後を絶たない有様なのだ。

 しかし龐徳の驚きようを見る限りそれどころではないようだった。帝などもはや大義名分を作り出すための道具に過ぎない。群雄は割拠し、それぞれが帝の意向など気にもせずに自らの野望を果たすことに精を出している乱世だった。

 帝の血筋など長安をひとたび出れば何の働きもできないのである。この異民族が跋扈する辺境の地では猶更であった。そんなやからに龐徳が感心を示すはずがない。


 そうなると考えられるのは一大勢力を持つ群雄の子息となる。

 北で勢力を伸ばしている公孫瓚こうそんさん袁紹えんしょう。南の劉焉りゅえん、東の陶謙とうけん曹操そうそう袁術えんじゅつ。中央では李傕、劉表りゅうひょう。そして西の馬騰、韓遂。袁術の旗下に収まっている孫策そんさくや流浪の身の呂布も名を馳せた武人ではある。


 「北斗七星の宝刀でございますな」

謎かけのように龐徳が口を開いた。


 しかしそれを誰が所有していたのかまでは語らない。

 龐徳の報告する相手はあくまでも主君である馬騰。龐徳は馬騰の息子である馬超の介添え役であり、馬超に忠誠など誓ってはいないのだ。それがわかっているだけに馬超もこの剣が誰の物なのかを問いただそうとはしなかった。


 宝刀は少年に返しておいた。

 馬超の陣営に着いてから少年がその宝刀を抜いたところは見ていない。大事そうに腰にぶらさげているが、記憶が戻らぬ限り本当の使い道を理解できないだろう。

 足の運びを見る限り武芸の訓練を厳しく受けてきている。立ち合ってみなければ確かなことは言えないが達人の域に達していることは間違いないようだ。

 一度部下に襲わせてみると簡単に素手で撃退された。抜いていたら一刀のもとに切り捨てられていただろう。


 果たしてこの少年は何者なのだろうか。


 いつの日か馬超が東国に撃って出るときにこの少年はどんな役目を負うことになるのだろうか。


 必ず役に立つ日が来るだろう。


 馬超は静かに目を閉じてその場を後にした。



 一方、後方の韓遂の陣では。

 「韓遂様、馬超殿が拾い物をされたとか」

「おお成公英せいこうえいか。耳が早いの」

「やはり韓遂様の御耳にも届いておりましたか。それでは拾い物が北斗七星だったことも御存じで」

「うむ。長安の魯粛ろしゅくから時を同じくして報告があったでな。無事に流れ着くとは夢にも思わなかったが。よほどの運の下に生まれてきた子のようだ」

女子おなごも付いていたようです。未だ素性が知れませぬ」

「忘れ形見よ。捨て置いて構わぬ」

「忘れ形見・・・」

どうやら韓遂は少女の正体も知っているようだ。


 「女子はさておき、北斗七星はこのまま馬超殿のところに置いておいてよろしいのですか。後々の災いの種になりますのでは」

「ハハハ。お主らしからぬ進言じゃな。仮にも孟起は義兄弟の長子。それを我が災いとするか」

「馬超殿の武勇は誰もが認めるところ。しかし向いている先は我々とはまるで別の方角でございます」

「お主はそう見るか」


 白髪の混じった老人はそう云ってじっと眼前の若者を見つめた。成公英は韓遂の陣にあって最も知略に優れ、武にも精通している。韓遂が最も愛する部下であった。


 「韓遂様は馬超殿を王とされますか」

成公英が息を飲んでそう切り出した。韓遂は微笑み口を閉じた。成公英は堪らず、

「馬超殿の武勇はこの西涼をまとめるほどの器。馬超殿が武勇の王と成り、韓遂様が政治の王と成る。さすればこの地に我らの国を創ることができまする」

「ほう。国か・・・」

「自治の国創り。それこそが韓遂様の志であり、我らの夢。馬超殿の武があれば可能にございます」

「孟起の武か・・・」

 老人はそう答えて目を閉じた。

 深い皺。

 韓遂は老いた。しかしそれを補って余りある知略を有している。人望、人脈も健在であった。

 西の支配者は馬騰ではない。この韓遂なのだ。この涼州を漢の中央の権威の及ばぬ自治国とするという韓遂の志はいつしか成公英の夢となっていた。その実現のためであれば何でもする覚悟がある。


 「孟起の武には若さがある。敵の隙を見つければ微塵も恐怖を感じず我先にと突撃する力。その武はあまりに鋭く、よほど戦に卓越した者でなければ捌ききれぬものじゃ。対等に渡り合える者はこの西涼にはおらぬであろう。故に煌びやかに映るのじゃ。皆の心をざわめかせる。しかし孟起の武の正体は蛾を寄せる松明たいまつの火。寄り過ぎれば我が身を焦がす。人を人が喰うこの乱世の闇で浮かび上がる松明の火は確かに眩しい。だが涼州の明日など照らしてはおらぬ。照らし出す先は修羅の道。暴という武の行き着く先はあらゆるものを滅ぼす」

「それ故、馬超殿の傍に韓遂様が必要なのです。松明の火を人の世に有効に使うは知恵でございます。馬超殿の武に韓遂様の智が合わされば国は建ちます。しかし北斗七星の出現はその障害となります」


 互いに補完し合って初めて建国は成る。

 両輪が回らねば建国は反乱で終わる。障害と成り得るものは今のうちに除けと成公英は云っている。

 怜悧な韓遂の頭脳を以てしても同じ答えに行き着くのだが、ひとつだけ懸念があった。老いだ。韓遂亡き後、誰が馬超の手綱を握れるだろうか。


 「袁家か・・・」

思わずその名を口にしてしまう韓遂であった。


果たして少年・少女の正体は。

次回はついに飛将始動。

乞うご期待。

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