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第8回 娘

袁術の朋友の娘が登場です。

「一身これ胆なり」と評された英雄です。

第8回 娘


 袁術えんじゅつの首を獲る刺客のような形で出撃していた董卓とうたく配下の張繍ちゅうしゅうの騎馬隊は、あと一歩というところまで袁術を追い詰めながら敵の伏兵によって遮られ、敗北を喫していた。


 

 「袁術様、加勢いただいた二千の騎馬兵、どうやら北平の者たちのようでございます」

側近の韓胤かんいんがそう耳打ちしてきた。

 いつも青白い顔をした男で笑顔など見せたことは無い。常に他人とは距離をとっていたいようで、誰かと仲良く交流している姿も見たことは無かった。諸国の事情に通じている才を買って洛陽から呼び寄せたのだ。


 「北平……。奮武将軍・薊侯の公孫瓚」(こうそんさん)の兵か?なぜこんなところに……」

「公孫瓚といえば烏丸や鮮卑などの異民族討伐で武名をあげた名うての武将。最近は幽州の牧である劉虞りゅうぐに押され気味ではございますが、北で最も力のある軍勢でございます。そして長年の功を認め、奮武将軍に位階を引き上げたのが董卓です。公孫瓚には反董卓連合に名を連ねはしたものの前線で戦う気などありますまい。表も裏もある男です。お気をつけなされ」

「わかっておる。劉表りゅうひょう辺りと同じ穴のムジナだろう。裏で画策するのが好きな連中だ」

「加勢に来た騎兵の将が面会を求めておりますが、会いますか?」

「会わざるをえないだろう。どういう意図があるにせよ、あの一撃が無ければ我が軍は壊滅していたかもしれんからな。恩人には相応に報いるのが俺の主義だ」

「では……」


 先頭を歩む白銀の甲冑を付けた将の後に大柄な男が二人。この男たちが馬鹿でかすぎるのか、先頭の将が細すぎるのか、随分と対称的だ。


 「ご加勢かたじけない。礼を云う」

 先にこちらが声をかけたので先頭の将は驚いたようで、その場で膝をついて兜をとった。


 (女……?まさか……)


 透けるような白肌に大きな黒い目、肩まで伸びた黒い髪。十五・六といった年齢だろうか。男と言われれば美少年とも思えるし、女と言われれば凛々しい乙女とも思える。


 「奮武将軍公孫瓉配下、趙雲ちょううんでございます。虎賁中郎将様にはお初にお目にかかります」

その声を聞いて周囲の将たちがどよめいた。美しい少女の声だったからだ。


 古今東西、女が戦場に出たなどとは聞いたことが無い。まして馬にまたがる騎兵など。

 こちらの戸惑いを察した趙雲が言葉を続けた。

「名乗りが遅くなり申し訳ございません。敵の騎馬隊に大きな穴が見えましたので、名乗るより先に突撃してしまいました。勝手に虎賁中郎将様の軍容に割り込んだ不始末、重ね重ね申し訳ございません。」

「いや。いや。あの突撃のお陰で我が軍は立て直すことができたのだ。しかし、お主があの騎馬隊を率いていたのか?」

「そうでございます。白馬義従の七番隊を預かっております。……フフフ……」

そう云って趙雲が微笑んだ。

 それを見て伝令役の閻象えんしょうが怒声をあげる。

「無礼だぞ貴様、袁術様に向かって何がおかしい!」

「失礼。いえ、父に聞いていた通りの方でしたのでつい」

そう答えてこちらを向いた趙雲の眼差しにどこか懐かしさを感じた。


 「父?お主の父はなんと云う名だ」


 「はい。父の名は趙囿ちょういくと申します。冀州常山郡に住んでおりました」

「常山の趙囿……あの趙囿か。おお。云われてみると確かに目鼻立ちはそっくりだ。そうか、娘がいたのか。父はどうした。昔はよく一緒に釣りに出かけたものだ。当時はお主の父も洛陽におってな、都一の美しさと女たちの噂の的じゃった。懐かしいの。息災か?」

「いえ。三年前に他界しております」

「そうか……それは残念なことだ」

「生前から父がよく虎賁中郎将様のお話をされておりました」

「わしはもう虎賁中郎将では無い。袁術でよい。どんな話をしておった。どうせ良からぬ話だろう」

「それでは袁術様と呼ばさせていただきます。洛陽での悪戯話も沢山聞かせていただきました」

「やはりそうか。お主の父も相当な悪戯好きだったからな」

「袁術様は家名や血筋の分け隔てなく様々な人々と気脈を通じていらっしゃるとか」

「かもしれんな」

「同等な友として接していただいたと喜んでおりました。いつかは袁術様のお役に立ちたいといつも申しておりました」

「そうか。いや、あの頃の友情がこうして我が危機を救ってくれることになろうとはな」

「普通の城主や将は己の非を認めることはできません。弱みを見せることを極端に嫌がります。その点、袁術様は我が軍の危機と、自らその逆境をお認めになって私たちを歓迎してくださいました。並の者であれば劣勢を認めず、逆にこちらが打ち首にさせられてもおかしくない話です。常に本音をぶつけてくれることに父は友情を感じていたのだと思います。そして私もそんな袁術様を魅力的に思えます。」

「う、うむ……」


 すると閻象がまた真っ赤になって怒り出し、

「なんじゃと小娘の分際で!!」

「まあよい閻象。友の娘となれば我が娘とも同然」

「しかし袁術様。このような場に女がいること自体が不吉。不浄でございます。即刻、自陣に帰っていただきませんと」

「恩人にまだ何も報いてはおらぬではないか。子どもだろうが女子だろうが恩人は恩人。そう邪険に扱うでない」

「しかし!」


 その時、荒々しい足音と共に注進が届いた。

「なんじゃ客人を前に無礼であろう!」

「申し訳ございません。先軍の孫堅そんけんから伝令が届いております」

「おお、汜水関は落ちたか。誰が一番乗だ?孫堅か、鮑信ほうしんか、まさか袁紹あにうえではあるまいな」

「……それが、孫堅軍、敵の伏兵にかかり敗北。」

「なに!?孫堅が負けたのか。それで、それで孫堅はどうなった?」

「敵先駆けの華雄かゆうの追撃に遭って大きな被害を受けましたが、殿しんがりに策があり、撃退した由にございます。散尻になった兵を集めながら陽城に籠りました」


 「袁術様!一大事でございます。酸棗の本陣から出撃したお味方の鮑信軍、敵軍の迎撃に遭い敗北。弟の鮑忠ほうちゅう様討ち死に。鮑信様も深手を負って後退されたとのことです」

「そちらもか。どういうことだ。敵は汜水関を諦めたのか……中入りを目指した軍はどうなった。汜水関を落としたのか!?」


 「詳細は分りませんが、かつてないほどの甚大な被害を被って敗北したとの知らせが入っております。中入りのため進軍した王匡おうきょうの軍、兗州刺史の劉岱りゅうたい、広陵太守の張超ちょうちょうの軍合わせて七万。ほぼ壊滅の状態だとか……」

「洛陽からまだ董卓の援軍が来ていたのか」

「いえ。援軍は無かったとのこと。敵は僅かに騎兵五千」


 「騎兵五千……そうか……呂布りょふか……五千相手に七万でも勝てぬのか……まさに武神……これで呂布の名も天下に轟くな」


 矢継ぎ早に伝令が到着する。

「洛陽からの御使者でございます」

「洛陽?董卓からか!?」

「いえ。帝からの御使者のようです」

「帝から?」

「はい。名を劉和りゅうわと仰せになられております」

「幽州の牧、劉虞殿の御子息ではないか。何用じゃ。通せ」


 劉虞の名を聞いて、趙雲の目が一瞬鋭くなったことを俺は見逃さなかった。



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