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第17回 曹操 始動(初平四年・193年)

ついに三国志最大の英雄、曹操が本格的に動き出します。

異色を放つ曹操の陣営が少しずつそのベールを脱ぎます。

第17回 曹操 始動(初平四年・193年)


 兗州えんしゅうの危機は去った。


 その功績は曹操そうそうによるところが大きい。世間の誰もが曹操の働きを認めていた。なればこそ推されて兗州の牧となったのである。


 百万にのぼる黄巾の賊徒を撃破し曹操の異名は天にも昇るものとなったが、武力もまた他国の脅威となりえるほどまでに成長していた。

 黄巾の賊徒のなかから精鋭を選び「青州兵せいしゅうへい」として自軍に組み込んだことで兵力が驚異的に増強されていたからである。

 

 「孟徳もうとくよ、一度出した命令を引込めること俺が許さんぞ。その覚悟があってのことだろうな」

眼光が狼のように鋭く髪を逆立てた偉丈夫が小柄な男にそう云って詰め寄った。 傍に座っていた骨太の男が困惑顔で返答し、

「よせ妙才みょうさい。孟徳も一応は州牧だぞ。我らはその配下、主君をあざなで呼んでいたのでは兵たちに示しがつかん」

「口出し無用だ元譲げんじょうの兄貴。徐州じょしゅうを攻めるは黄巾の賊を掃討するのとは意味が違う。徐州はいわば官軍。下手をすれば我らが逆賊の汚名を着ることになるのだぞ」

「そんなことはわかっておるわ。だが、孟徳には孟徳の考えがあるだろう」

「そうだ。だから孟徳の思案を聞いてからでなければ事は起せぬと云っておるのだ」

「だから妙才、孟徳と気安く呼ぶのは止めよ」

「なんだと。元譲の兄貴こそ先ほどから孟徳、孟徳と連呼しているではないか」

「はて、そうだったかの」

「元譲の兄貴は能天気すぎるのじゃ。我が夏侯家かこうけは高祖に仕えた夏侯嬰の末裔。いかに孟徳の曹家と血縁の間柄とはいえ家名を汚すことは決して許されぬ。皇帝に弓ひくなどもってのこと。決断は慎重にせねばならん。事と次第によっては孟徳とは袂を分つことになるかもしれぬ」

「妙才は物事を深刻に考え過ぎなのじゃ」

「なんだと。元譲の兄貴よ、従兄同士の間柄とはいえ侮辱は許さぬぞ」

「別に侮辱とはならないだろうに……」

「聞こえぬ。はっきりともの申せ元譲の兄貴」


 そんなふたりのやり取りを微笑みながら聞いていた小柄な男が、

「お前たちふたりがいると十年の時が経とうと飽きないだろうな。しばらくは聞いていたい思いもあるが今は時が惜しい。悪いが四の五の言わずに俺のめいに従ってくれ」

まさに天を衝くばかりに威勢のよい口上であった。


 「それは徐州を攻めるという命か、それとも俺たちに太守となれという命か」

妙才がそう云ってさらに詰め寄った。

 小柄な男は苦笑いを浮かべながら、

「どちらもだよ。どちらも緊急を要する要件だ。どちらが先と云うこともない」

「孟徳よ、武芸一辺倒な俺たちに太守など務まるのか」

元譲がのんびりとそう尋ねた。小柄な男ははっきりと頷いて、

「務まる男となるのだ。お前たちにはその器量がある。必要なのはきっかけだ」

「俺が東郡とうぐんの太守。元譲の兄貴が豫州よしゅう潁川えいせんの太守。間違いないのか」

「ああ。そうだ。元譲の潁川は未だ張済ちょうさいが占拠しているが、なに、すぐに手に入る」

まつりごとなど縁遠き人生であったが」

別駕べつが(補佐官)に仔細を任せておけ。上手くやってくれるだろう。どちらにせよ我が帷幄いあくに入った以上はひとつの仕事に専念とはいかんよ。戦うときは戦う。治めるときは治める。メリハリが必要だ」

「皆が孟徳のように器用にできると思っておるわけではあるまいな」

「努力をすれば人は変わる。要はその覚悟があるかないかだ。妥協は許さぬ。己の限界を超えること。これが我が曹操軍の唯一の戒律となるだろう」

 小柄な男は満面な笑みでそう云い放った。

 その表情は自信に満ち溢れている。

 ふたりはため息をついてそれを見つめるのであった。


 「しかし孟徳よ、徐州を攻める口実はなんぞ。徐州の牧、陶謙とうけんにはこれといった失政も見られず国は安らかではないか」

妙才が尋ねた。先ほどよりかは幾分距離をとっている。

 小柄な男はニヤリと笑い、

「この時勢にあって安らかに国を治めていることが問題なんだ」

「どういう意味だ孟徳」

元譲が腰を浮かせた。小柄な男は真剣な眼差しで、

「青州を発端に近隣を震撼させた黄巾の賊徒はその食料を求めて北へ進み、または西へ進みこの兗州に至った。東は大海、残る道は南の徐州であったがその道を辿ったものはいない」

「確かに。それは俺も不思議に思っていたが」

「約定があったのさ」

「なに。陶謙と黄巾の賊とか。まさか……」

「別におかしいことはない。あの腹黒い老人のことだ、兵糧を供給するかわりにこの兗州を攻めることを提案したのだろう」

「黄巾の賊徒に兵糧を横流ししていたというのか」

「自国を守るためであればそれぐらいのことは平気でするさ。兗州が賊徒の手に落ちればその後は自分が治めるつもりだったんだろう」

「孟徳よ、証拠はあるのか」

「徐州が賊徒の侵入を受けていないのが何よりの証拠。陶謙の魂胆は明白だよ」

「ウーム。それが事実であれば許せぬ。百万を超える賊徒の犠牲になったものがこの兗州にどれほどいることか」

「だから攻める。大義はこちらにある」

「しかし、しかしだぞ孟徳、世間が、いや帝がそれを認めるのか。はっきりとした証拠をつかまねば納得はしまい」

「元譲の言う通りに妙才は頭が固いな。融通というものがきかない」

「なんだと孟徳!」

「納得しなければ納得できる理由を作ればいい」

「作るだと。青州兵を証言台に立たせるのか」

「ハハハ。そんなことをしても所詮は水掛け論だよ。もっとはっきりとした根拠を示す」


 「根拠。どんな?」

元譲と妙才が同時にそう尋ねた。


 小柄な男はつまらなそうな表情を浮かべて、

「俺の親父殿が昨日死去された」

「なんと、曹嵩そうすう様が」

「ああ。この事実は数人しかしらぬ」

「なぜ伏せていた孟徳。曹嵩様は我らの叔父でもあるのだぞ」

「そういきり立つな。親父殿は徐州の兵に殺されたのだ」

「なに。どういうことだ。曹嵩様は東郡に移り住んで優雅に過ごしていたではないか。徐州の兵が攻めよせたなど聞き及んではおらぬが」

「親父殿は寿命だ。安らかに自宅で永眠した」

「まさかそれを徐州の仕業とするのか。無理がありすぎる」

「構わんさ。大義がこちらにあればいい。真実は別だよ。親父殿は安らかに行き、陶謙は卑しい策略で兗州を我が物としようと画策した。だがどちらの真実も民衆は確かめようもない」

「自分の父親の死すら利用しようというのか」

「ああ。我が曹操軍の唯一の戒律は自らの限界を超えることだ。常識に縛られていたのでは何も変えられぬ」

「孟徳よ、お前は鬼じゃ」

「己を超えるためならば鬼にでもなろう」

「しかしこの時勢、鬼でなければ天下は治められぬ。孟徳よ、いや、曹操様、その言葉を信じて徐州を攻めよう。彼の地に血の雨を降らせ陶謙に後悔させてやろうぞ」

「ああ。兗州を治め、豫州を奪還し、徐州を手に入れる。これでようやくあの男に並べるんだ。我が生涯の宿敵、袁紹えんしょう本初ほんしょに」


 曹操孟徳、夏候惇かこうとん元譲、夏侯淵かこうえん妙才の三人はこうして徐州攻略に取り掛かるのであった。


 曹操のこの行動が中原ちゅうげんに大きな波乱をおこすことになろうとは、誰も予想していなかった。



次回、徐州大虐殺。

劉備、曹操がついに向かい合います。

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