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第13回 天下の軍師

賈詡も久々の登場。

李傕の運命。長安の運命が決まります。

第13回 天下の軍師


 賈詡かくにとってはなはだ迷惑な状況が続いていた。


 太師である董卓とうたくに見込まれ出仕し、現在は征東軍を率いる四将軍筆頭の李傕りかく別駕べつが(参謀役)として従軍している。


 その全てが彼の本意とかけ離れていた。


 賈詡、あざな文和ぶんわ涼州りょうしゅう武威ぶいの生まれで、孝廉こうれんに選抜されて洛陽らくようのぼり、役人として特に不自由を感じない平和な生活を送っていた。ただ一度、故郷に戻る途中で異民族に捕らえられ、知恵を絞って見事に脱出したことから深謀の士と評判になる。それを聞きつけた董卓が半ば強引に引き抜いたのである。

 賈詡は出世や栄達というものを望んではいない。むしろ私心にかられ計算高く行動する連中を軽蔑していた。賈詡が求めているのは責任や束縛を感じずにすむ自由な人生である。適当な金があり、相応の仕事があり、分かち合える伴侶がいること。それで充分だった。

 それがいつの間にやら天下を牛耳る董卓の強い推薦で権威のある官を得、さらに董卓の後継者たろうとする李傕に天下奪取の妙案を要望される立場にいる。実に不本意であるが、人を斬ることだけに長けた野獣のような連中に四の五の言って抵抗しても始まらない。首だけになっては自由も不自由も無いのだ。黙って従い、嵐が過ぎ去るのを待つのが賢明であった。

 李傕は同じ涼州の出身で、賈詡が武威の出に対して李傕はより長安ちょうあんに近い北地ほくちの出である。まあ同郷と言っても差支えないだろう。歳も近い。互いに四十を超えている。親近感は感じるが、元来李傕は他人を信じない男だ。競争相手を陥れ、裏切り、己の野望のために他人を切り捨てるような卑怯極まりない人種である。賈詡の方から信用することなど決して有り得ないのだが、なぜか李傕は賈詡に絶大な信頼を寄せていた。恐らくは潁川えいせんに出撃してきた袁術えんじゅつを攻める際に献策したことが効いているらしい。賈詡の助言があればこそ後継者の座を争う李儒りじゅの魔の手から逃れることができたと信じている。賈詡としても李儒の思惑を見抜いての助言だった。別駕に就いた相手が無下に殺される訳にはいかなかったからである。結果、異常な程の信頼を得ることになった。李傕は常に賈詡に意見を求めるようになったのだ。性癖が獣と何ら変わりのない李傕の部下たちが、賈詡に敬意を払うようになったものこの時からである。今では李傕の長男である李式りしきすら賈詡の前を通る際には礼をするほどだった。

 

 洛陽に陣取る呂布りょふを攻める際にも賈詡は敵陣に総大将たる呂布の姿が無いことをいち早く見抜いていた。見抜いていながら李傕に伝えた策は「持久戦」であった。呂布が東国に拠点をもつ李傕や李儒、郭汜の軍を引き寄せたがっていることにも気が付いている。集結することで互いを牽制し身動きが取れなくなることを呂布は読んでいるようだった。賈詡はただ無用な血を流したくは無かっただけのことである。

 兵糧が切れて呂布のいない呂布軍は敗走した。賈詡の戦略は的中したことになる。ほぼ無傷の状態であの呂布を破ったのだ。奇跡とも言うべき結果である。

 勝利を得て後、董卓の陣営は膠着した。おそらくは呂布の見立て通りだ。李傕も李儒も洛陽から動けば滅亡の道を辿ることになると勘付いている。賈詡の見通しでもそうであった。集結したからこそ動きがとれなくなったのだ。



 「賈詡よ、ここが正念場。どのような進退をとれば天下に通ずるかお主の助言を聞きたい。」

いつものように李傕が幕舎に賈詡を呼んで尋ねる。室内には李傕と賈詡のふたりしかいない。賈詡と話をするときは常にそうだった。賈詡におもねるような姿を部下に見せたくはなかったのだろう。

 「与えられた材料のなかで最善の料理を創作するのが軍師の役目なれど、意図して伏せられた具材を使い切るすべはございません。」

賈詡は迷うことなくそう告げた。李傕の眉がピクリとあがる。

「先ほど長安が郿城びじょうより早馬があった。」

李傕が一言一言、言葉を選ぶように慎重に話し始めた。賈詡の顔色は変わらない。


 「太師様が死去された。」


 李傕の低い鼻先から汗が床に滴り落ちる。それでも賈詡の表情は動揺の色を見せない。


 「病死らしい。しかしその隙に敵軍が郿城を制した。敵の指揮は司徒である王允おういんのようだ。呂布の姿を見た者が多数いる。」

なるほど。姿を見ないと思っていたら呂布は郿城に潜入していたのか。さすがの賈詡もそこまでは予測していなかったので内心驚いた。しかし顔には出さない。

 「郿城は敵の手に落ちた。長安にいる献帝けんていが太師様討伐のみことのりを出したらしい。勅令に従って離反した味方も続出している。」

李傕はじっと賈詡の顔を見つめながら話を続けていた。このような超極秘事項はこの陣営で李傕と賈詡しか知らぬことであろう。下手な答えを言えばこの場で抹殺される。


 「帝の勅が出た以上、我らは逆賊となった。」

そう言い放った李傕の表情は苦々し気である。

 賈詡はそのような勅が下されることは予想範囲であったので特に驚くことは無かった。おそらくは董卓本人もそうであろう。董卓は真の玉璽の在処を知りたがっていたのだ。そのために王允を罠にかけ捕らえたが、幾ら拷問にかけても口を割らない。残す道は帝に玉璽を使わせる他は無い。そこから逆算することで玉璽に辿り着ける目算だったのだろう。読み通りであるが、董卓は自身の寿命までは読み切れなかったようである。帝位の禅譲を為す前にこの世を去った。


 思えば董卓という男、実に不可解な人物である。

 暴虐武人。慣例に囚われず己のやりたいことを素直に実現した。邪魔をするものを山ほど殺め、都中の美女を独占する。皇族の墓を掘らせて金銀財宝を集約する。帯剣して昇殿し、幼い帝を抱いて政を我が物とする。そうかと思えば帝位の簒奪には慎重で、伝来の玉璽が無ければ禅譲は叶わぬと考えている。本物の玉璽など誰も見たことが無いのだから偽りの作り物で事足りるはずなのだが、なぜがここだけは几帳面であった。


 しかし董卓の功績は大きい。


 外戚と宦官に支配されて腐りきった宮廷を見事に一掃したのだ。他の者であれば何十年もかかる仕事を董卓はいとも簡単に数日で成し遂げた。偉業と言っても良いだろう。そのお陰で漢国くには息を吹き返すことができたというわけだ。まさに離れわざ。董卓でなければ実現不可能な荒治療であった。

 諸国においてもそうである。

 董卓は宦官による賄賂に溢れた政治を憎んでいた。よって諸国の刺史や太守には清流派の名士を登用したのだ。中には反董卓連合のように牙をむけてくる者もいたが、董卓の独断による器用によって都以外の国々もにも新鮮な風が吹き込んだのだ。袁紹えんしょう曹操そうそう張邈ちょうばく劉岱りゅうたい劉表りゅうひょうなどがその類であろう。

 反抗してくることを見越しても尚、董卓は若者を育てようとした。この国を活性化することにこだわったのだ。

 董卓はこの中から第二の董卓が誕生することを望んでいたのかもしれない。


 賈詡はそんな董卓に僅かながら魅力を感じていた。

 この辺りで権威を笠に着て賄賂を要求するような連中とは一味違うのだ。

 さながら、軍師が味付けしなくても絶品の「幻の珍味」であった。

 賈詡は董卓が死んだと聞かされて初めて己の思いに気が付いた。

 賈詡は董卓に無限の可能性を感じていたのだ。

 それは賈詡自身が追い求める永遠の自由、永遠の安らぎと近く、そして似ていた。


 「長安にいる大将軍の董旻は討たれた。長安は捕らわれの身であった皇甫嵩こうほすうの手に落ちたようだ。周辺からも勅令に従う兵が後を絶たず入城し、その数は八万を超えたと聞く。」

 八万が長安城や郿城に籠城すれば、李傕の兵では攻城するのは難しい。李儒や郭汜、潁川に駐留する張済ちょうさいの軍を吸収しても足りないだろう。少なく見積もっても三十万の兵は必要なのだ。でなければ献帝を奪い返すことができず敗走を繰り返すことになる。当然のことながら李傕の人望で三十万の兵を集めることは不可能であった。


 「賈詡よ、再び尋ねる。我はこの危機、この好機においていかにすべきか。心して答えよ。」

そう口にした李傕は腰の剣の柄に手をかけていた。無意識の行動だろう。意にそぐわない口上であればこの場で斬り捨てる算段ということだ。


 賈詡はこの時、十の回答を即座に用意していた。


 その中で最も妥当であり、且つ自分の今後に明るい展望の臨める選択肢を選んだ。


 「まずは李儒様、徐栄じょえい様を呼びしかるべき対処をした後、郭汜様の軍と共に長安を攻めます。」

「李儒や徐栄は殺すが、郭汜は生かすのか。なぜだ。」

「郭汜様は李将軍の幼き頃からの友とお見受けしました。必ずや李将軍の思いは伝わりましょう。降る者は許す。この意思を明確に表明することで今後の戦略の幅が広がることにもなるのです。」

「李儒や徐栄の兵を合併したとて、たかが五万かそこら。その数では籠城する八万を破ることはできぬ。」

「迅速に兵を運べば話は別です。敵はまとまりを欠く軍勢。すぐに攻めれば隙はできます。城内にもこちらに呼応する者が出ないとも限りません。敵に準備をするいとまを作らせない。これが勝利に繋がる絶対条件となります。」


 李傕はその言葉を聞いて大いに頷き納得した。


 「さすがは賈詡よ。我が意を心得ている。お主の言葉通りに動こう。」

そう言って歓喜した。


 「李将軍。もうひとつ付け加えておきたいことがございます。」

「なんだ。褒美ならばなんでも申せ。俺が長安を落とした暁にはお主を司徒に任じよう。」

賈詡は手を振って固辞した。賈詡の望むものは平穏なのだ。権威からはなるべく遠ざかりたい。

 「私を潁川に留め置きください。潁川の張済ちょうさい様、南陽の張繍ちょうしゅう様の手綱が必要です。両郡は東国への守りの要。ここをしっかりと押さえておくことが李将軍、いや李閣下の天下盤石に必要不可欠でございます。この賈詡にその任をお与えください。」

そう言って賈詡は頭を下げた。

 李傕としては賈詡を遠ざけたくはない。しかし潁川を守らせることのできる器量があり信頼できる部下はいないのだ。董卓死去の報は瞬く間に諸国に伝わるだろう。こぞって長安に攻め込んでくる。そこを遮る守りは必要だ。賈詡であれば機転を利かせて対処できるだろう。

 「わかった。潁川、南陽はお主に任せる。張済と張繍をしかと監視せよ。」

「かしこまりました。」

下げた顔には初めて喜びの表情が浮かんでいた。



 賈詡はこうして意図せず、さらに天下の形勢に深く寄与していくことになる。



李傕軍は長安に攻め込みます。

呂布はその時・・・。

次回こうご期待。


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