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第12回 董卓の後継者

久しぶりの李傕将軍の登場です。

李傕の思惑は・・・

第12回 董卓の後継者


 何かがおかしい。

 都、長安ちょうあんより東方にある洛陽らくようの地で李傕りかくはそんな思いに駆られていた。

 

 洛陽に陣を構えていたのは「飛将」として名高い呂布りょふの軍一万あまり。

 対する董卓とうたく軍は討伐軍を率いる徐栄じょえい二万。倍の人数でも勝てぬと踏んで南陽なんよう潁川えいせんから援軍として駆けつけた李傕、郭汜かくし李儒りじゅの軍総勢五万。

 大軍で囲んだとて呂布の騎馬隊の突撃を受ければ甚大な被害を受けることになる。陣を突破されれば大将の首も危うい。七倍の兵を擁しながらひたすら守りに徹し呂布軍の兵糧が尽きるのを待った。数ヶ月の時がかかったが策は見事に当たり、呂布軍の士気は大きく下がった。結果、無傷といっていいほどの被害で敵を敗走させることに成功したわけである。

 大軍の利を最大限に活かすことができた。快勝といっても過言では無い。にも係わらず何かが引っかかる。腑に落ちない点が何点かあるのだ。


 ひとつは、敵陣に呂布の姿を見たという兵たちの声は聞くけれど、ただの一度も襲撃が無かったことである。一万全軍で来られたら囲いは容易に突破されただろう。そうなれば呂布を洛陽から追い出しただけの話で終わる。呂布としては勢力を依然として保持できるのだ。しかし呂布はそうしなかった。いたずらに時を要し戦うことなく負けたのだ。日を追うごとにこちらの守りは厚くなり、呂布の形勢はどんどんと悪くなっていった。呂布はただそれを見守っていただけだった。

 呂布の気性からすると有り得ないことだ。

 かつて汜水関の戦いにおいて一万で七万の連合軍を破ったことがある。傷一つ負うことが無かったらしい。相手が董卓軍の精鋭に代わっても呂布の脅威にはならないだろう。

 そもそもこの洛陽の地に陣を張ったことからして無茶苦茶な戦略であった。長安だけでなく南陽や潁川といった董卓軍の精鋭が集結している拠点から近すぎる。一斉攻撃を受けて壊滅することは目に見えていた。むしろ東に位置する主力を洛陽に集めたがっているかのようだった。

 

 呂布は何をしたかったのだろうか。

 李傕には皆目見当がつかない。


 ふたつめは長安から派遣された討伐軍の動きである。

 徐栄はかつて汜水関の戦いにおいて曹操そうそうを始めとする名だたる敵連合軍の兵を退けた猛将だ。戦の駆け引きにおいては呂布よりも上手かもしれないと李傕は見ていた。何かしらの策を用いて呂布の騎馬隊を撃退しようとするだろうと待っていたが、陣を構え囲むだけでまるで動かない。

 確かに呂布の騎馬隊を相手にして真っ向から戦うなど愚の骨頂だが、それにしても消極的すぎる徐栄の用兵ぶりであった。

 さらにおかしいのは、人質として長安から連行されるはずだった呂布の娘が洛陽に到着する前に行方不明になったことだ。警護についていたのは李粛りしゅく並びに兵二千。徐栄からの報告では呂布軍の待ち伏せに遭ったという。娘は奪われ、責任者の李粛は討ち死にした。実の娘を使って呂布の投降を促す策は見事に看破されたことになる。

 腑に落ちない。七万の大軍に囲まれ縮こまっている呂布軍が、はたして囲いの外に都合よく伏兵を忍ばせておけるものなのだろうか。

 今となっては人質などいてもいなくても同じ事だったが、気になる事件のひとつだった。


 さらに奇妙なのは南陽からの援軍、李儒の動きである。

 李儒は南陽に城代として張繍ちょうしゅうを残し二万の軍を率いて洛陽に駆けつけた。李儒と言えば董卓の娘婿であり、唯一の軍師役である。派閥も大きく李傕や董旻とうびんなどと董卓の後継者の枠を争っているほどの重臣だ。討伐軍を率いる徐栄よりも格上である。同じく潁川から駆けつけた李傕も軍部の最上層部である四将軍の筆頭。当然ながら徐栄は李傕の指示を仰ぐことになる。そうなると誰が総大将となるのかといった問題が浮上してくる。特に李儒は李傕の命令には従わないだろう。

 指揮系統が混乱するであろうことを予測していたのは李傕だけではないはずだった。下手をすると呂布軍と戦う前に味方同士で殺し合いをする危険性もあった。

しかし李儒はこちらに何も言ってはこなかった。

 呂布軍を囲んで持久戦を提唱する李傕に異を唱えることも無い。敵の士気が大きく下がり、攻めるべきだと主張した際も李儒は従った。


 明らかに李儒の反応はおかしい。

 もともと頭脳明晰な男で策謀を好み、何を考えているか読みにくいところがある。同じく董卓の娘婿である牛輔ぎゅうほ袁術えんじゅつとの戦いで討ち死にしていたが、実は李儒の暗殺なのではないのかという噂さえまことしやかに流れていた。

 そんな男が後継者の座をあっさりと諦めたとは考えにくい。おそらくは裏で李傕を陥れる策を練っているに違いなかった。


 兵を失うこともなく洛陽の戦には勝った。

 だからといって意気揚々とこの地を後にして潁川に凱旋して良いものなのか。李傕は大いに悩んでいた。洛陽に誰を残していくのかも決まってはいない。もしかすると李儒が残りたいと言ってくるかもしれなかった。そうなると洛陽・南陽に挟まれ潁川にいる李傕は長安への入口を失うことになる。何かしらの事態が起きた時に動きがとれなくなる可能性があった。かと言って四将軍の郭汜を残しておくのも心配だった。郭汜は長安を牛耳る董卓の弟、董旻の派閥に属している。長安と洛陽を押さえられると李傕の勝ち目は無くなるだろう。

 自らが残るのが最も安全といえた。しかし寿春じゅしゅんで勢力を盛り返しつつある袁術がいつ攻め込んでくるとも限らない。潁川の地を奪還されればそれこそ後継者の座から引きずり降ろされるだろう。これまで幾多の敵陣を制圧し圧倒的な武功をあげてきたからこその今の地位であった。李傕には後ろ盾となるような董卓との血縁関係など無いのだ。


 いっそこの機会に李儒を殺してしまうべきだろうか。

 李儒もそんな李傕の思惑を知ってか知らずか、武芸達者な徐晃じょこうという新参者を自らの警護隊長に当てていた。兵の数は二万対二万と互角だが、戦歴が違う。同数で戦って李儒ごときに後れを取ることはないだろう。しかし李儒は敵勢力を籠絡するすべは董卓軍随一だ。一万の兵を率いる郭汜の動向も確信が持てないうえに自陣で裏切りが出れば足元をすくわれて返り討ちに遭うかもしれなかった。


 仮に李儒を討つとすればはかりごとを巡らせる必要がある。

 李傕が長安を出兵する際に無理を言って参謀役の賈詡かくを董卓から借り受けたのはこのためだ。賈詡であれば李儒の智謀の上をいくことができる。


 太師董卓が不治の病にかかっていることを知っている者は幕舎のなかでも僅かであった。側近中の側近。重臣の中の重臣しか知りえぬことである。そのことを李傕は長安からの出兵前から知っていた。李儒も知っている。大将軍の地位にある董旻もだ。処女の肝を食せば回復できるという噂もあったが、いくら食べても病は重くなるばかりだという報告も受けていた。

 董卓自身からは未だに後継者の指名は無い。

 弟の董旻が大将軍として長安を押さえているのだから、妥当な線でいくと董旻が後継者だ。しかし董旻には涼州りょうしゅう生まれの猛者もさどもをまとめるような器量は無い。董卓が死ねば董旻の命令など聞かずに好き勝手を始める輩が続出するはずだったし、李傕にはそれを扇動する用意もできていた。そして李傕がその混乱を鎮めることで盟主となる。

 自然な流れだと言える。

 出兵当初は現実味を帯びていない話であったが、郿城にて董卓の傍に仕える者からの報告を受ける度にその症状が悪化し、死の影が近づいている気配を李傕は敏感に感じていた。


 動くならばその時だろう。

 李儒よりもいち早くその報は李傕に届けられる。

 李儒を討ち、郭汜を討ち、その兵を吸収して長安に上る。

 董卓が切り拓いた座が待っている。


 天下の権勢がすべて我が物になる日であった。


 李傕の将来は希望に満ちているはずなのだ。しかし何かが引っかかる。漠然とした不安があった。手ごたえの無い敵。手ごたえの無い競争相手。障害があまりに無さすぎる。上手く運んでいる時こそ注意が必要だということを李傕は嫌というほど戦場で学んできた。


 焦らずじっくりと取り組むべきだ。


 李傕はそう自分自身に言い聞かせた。



 やがて、待ちに待った報が来た。


 それもやはり李傕の思惑とは微妙にずれたものであった。


長安からもたらされた報とは・・・

次回乞うご期待

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