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第10回 呂布の決断

郿城での革命の息吹き・・・

第10回 呂布の決断


 この数ヶ月の期間で魯粛ろしゅくは改めて「百聞は一見に如かず」という言葉の意味を噛みしめることとなった。

これまでも噂話など真実半分、他人が盛った面白半分だと本気で聞いていたことはなかった。まあ、多くの人間が同じような事を語るということはその噂の信憑性が高いものではあろう。

 しかしどうやらそれすらそうではないらしい。どれほど多くの人間が共感し賛同しようとも実は真実とかけ離れていることもあるということだ。

 魯粛は、武将として最強の名をほしいままにしている呂布りょふを自らの屋敷に匿い、寝食を共にし語り合うなかでそのことを思い知った。人伝の噂で造り上げた呂布像など所詮は凡人の目に映った姿に過ぎない。燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや、まさにそのことである。


 呂布の評判は大概が似たようなものだった。武において無敵。「人中の呂布、馬中の赤兎」と人は呼ぶ。性格は冷酷無比で己の指示に従わぬ者は味方であっても首を刎ねる。意にそぐわない進言をする部下は即座に血祭にあげられる。聞く話聞く話血生臭い。そのうち呂布は夜叉か羅刹かという迷信めいた話すら広がっていた。

 しかし実際に生活を共にしてみると確かに寡黙で人付き合いは得意ではないらしいが、横暴さは微塵も感じられない。四人の部下のことは信頼している様子であったし、無駄口や軽口を叩く者もいたが処罰されたり懲らしめられることもなかった。笑顔を浮かべて会話に参加することなどは当然の如く皆無だが、部下たちがそのような息抜きをすることを黙認している様子もうかがえる。

 四人の部下たちはそれぞれが一隊を率いる部将で、武功をあげるときりがないほど名を馳せているが、呂布の武勇に惚れて旗下に加わった者たちばかりだった。主君である呂布の前では可愛らしい子どものように互いでじゃれあって呂布と過ごす時を満喫していた。

 

 実の娘であると父と慕う王允おういん郿城びじょうの本丸地下深くに幽閉されて数ヶ月も経過している。八つ裂きの刑が即日執行されると見られていたが、未だ動きは無い。生死も定かでは無い。

 洛陽らくように駐在する呂布の兵一万は。長安ちょうあん南陽なんようから出兵した董卓とうたく軍に包囲され、いつ総攻撃を仕掛けられてもおかしくない状況だった。


 一日、一刻でも早く家族を救い出して洛陽に戻りたい気持ちでいっぱいのはずである。


 しかし呂布は焦燥感を見せることなくただじっと耐えていた。


 魯粛はその間に放てるだけの間者を放って近郊の様子を逐一押さえていた。洛陽の状況も当然だが、雍州ようしゅうに押し寄せている馬騰ばとう軍と董卓軍の戦況も手を取る様に把握していた。南陽から撤退し、寿春じゅしゅんで再度旗上げした袁術えんじゅつの動き。界橋かいきょう辺りで交戦した袁紹えんしょう公孫瓚こうそんさんのその後。兗州えんしゅうに進軍した黄巾の賊徒百万と官軍の戦況。些細な諍いさえ魯粛の耳に入ってくるようになっていた。

 じれったいことにわからないことは、目前にそびえる郿城本丸内の様子だけだった。七人の間者を放ったが、ことごとく消息不明になっている。幽閉先もそうだが敵の総大将である董卓の姿もまったく見つけられずにいた。

 もちろんただ手をこまねいていたわけではない。董卓の兵のなかで董卓や組織に反感をもっているものたちと連携をとれるよう様々な部署と接触を図っていた。


 機が来れば革命は成る。


 魯粛もその実感を感じていたが、あらゆる準備が整うのに数ヶ月は必要だった。魯粛ですらそのような言いようのないもどかしさを感じていたのだから当の本人である呂布はひとしおであったであろう。我慢できなくなったとき、魯粛は呂布を押さえきれないと不安を感じていた。焦って動けばすべては灰燼に帰す。王允たちの救出は奇跡を起こすのに近い話なのだ。好機は一度、それも相当に用意周到にあらゆることを進めていかない限り成功の目は出ない。勇気を持った行動力とともに計り知れない我慢強さを要求されることだった。


 だから呂布には無理だろう。


 魯粛は噂を集計し想像するにそのような答えを導き、絶望視していた。

 しかし蓋を開けてみると焦り出す部下をたしなめているのは呂布の方だった。

さすがは戦の神とまで讃えられた男である。勝機を見極める力、それをじっと待つ力もしっかり備わっている。

 呂布はギリギリまで待つ腹づもりなのだ。持久戦を辞さない。好機の一点を見出すまではひたすら伏せてその時を待つ。

 総大将の決意は自然と部下たちに伝わっている様子で、誰ひとり無謀に飛び出す者はいなかった。気持ちが切れて魯粛に害を為そうとする者もいなかった。

 

 こうして初平三年(一九二年)の三月を向かえた。


 状況はまるで改善されていないと言ってよいだろう。

 馬騰の軍は雍州に派遣されている四将軍の樊調はんちょうの精鋭に敗戦が続いており、羌族の足並みも乱れ始めている。なんとか持ちこたえているのは、狡猾な韓遂かんすいと随所で樊調の兵を恐れさせている馬超ばちょうの活躍があればこそだった。

 洛陽の呂布の兵はさらに悲惨な状況で、四方八方から李傕りかく郭汜かくし李儒りじゅの軍に攻められ大半が死傷している。それでも敗走しないのはさすが呂布の兵であったが、数日中には決着がつくだろう。

 郿城本丸内の状況は数人の間者の犠牲もあり、少しだけ見えてきていた。地下に幽閉されている王允たちの詳しい所在もわかった。驚くべき情報は董卓が病で床に就いているということだった。もちろん鵜呑みにはできない。反乱分子を炙り出すつもりかもしれないからだ。

 董卓の威光が弱まっていることもあり、長安周辺に在住する諸将の籠絡、離間の策は思うように進んでいた。長安奪還も夢物語ではなくなってきている。


 後は玉璽の存在だけだった。


 帝の勅を確認すれば日和見ひよりみの勢力も一斉にこちらに靡く。逆に勅が出なければ董卓を見限ろうとしている勢力も思い直すことになる。

 魯粛の思惑では、呂布が王允の所持していた玉璽を隠し持っていると見ていた。王允たちが未だに生かされているのは玉璽の在処を見つけ出すためだろう。どれほど過酷な拷問が行われているかは想像できないほどだ。捕まってから半年近くが経過している。その間絶え間なく拷問が続いているのなら生きている可能性はゼロに近い。それでも一分の望みに賭けなければ勝機は見えてこない。

 呂布はそれでも玉璽の所在について明かさなかった。在処を知らないことはない。魯粛は呂布の表情や仕草を見ていて確信していた。しかし呂布はその件に一切触れなかった。


 (なぜだろうか。)

魯粛もその理由が掴めない。力づくで吐かせられる相手ではないので、感情に訴えるか利を納得させるかしかない。話術が巧みな魯粛は何度か説得を試みようとするのだが、その度に呂布の尋常ならざる殺気に押されて言葉を続けられなかった。


 反乱の狼煙はこの玉璽を取り戻した暁にと考えていた魯粛にとって、一番の障害が身近にいる呂布となった。

 呂布の部下たちもその話になると口をつぐむ。軽口を叩くことで有名な魏続ぎぞくですらその話題は絶対に触れようとはしなかった。恐らくそこに踏み込むことは呂布の逆鱗に触れることだと本能的に理解しているからであろう。

 洛陽の拠点を失えば李傕や郭汜の精鋭が西に向かい馬騰の軍も壊滅する。そうなれば反乱を起こす隙は無くなる。残りの時間は限られたものであった。説明しなくても呂布もわかっている話だ。

 他の条件は整ったといっても良い。

 後は呂布の決断だけである。


 やがて洛陽の呂布の陣が陥落したという報が届けられた。


 これは残り時間を失ったことを示していた。

 呂布が魯粛を呼んだ。四人の部下たちは完全武装をしておりいつになく深刻な表情を浮かべている。

「これより本丸を攻める。魯粛よ、用意は整っているのか。」

「用意ですか・・・整っていると言えば整っていますが。」

「よし。時は来た。呂布が立ったと皆に伝えよ。」

「かしこまりました。しかしそれでは皆は立ちませぬ。呂将軍は挙兵は犬死となります。」

「・・・玉璽、か・・・」

「名目が必要なのです。皆は呂将軍のように勇敢ではござません。ひとりでは立てぬ赤子、老人のようなものです。杖となる大義名分があればこそ立てるのです。」

呂布はそれを聞いて静かに愛用の方天画戟を手に取った。柄の部分にはめ込んでいた大きな宝石を外すと中から同じくらいに大きな金印が出てきた。

「呂将軍それは・・・」

魯粛は自分の声がうわずっていることに気が付いた。間違いなく本物の玉璽である。よりによって最強の武将の得物に隠されているとは、誰も手が出せない最高の隠し場所だ。

「俺が今まで隠し持っていたのが不服そうだな。」

「いえ、決してそのようなことは・・・しかし、なぜ今なのです。」

「王允の処刑が執行されないのは、反乱分子を炙り出すための董卓の罠よ。そこで勅が出されることまで董卓は計算している。その出所を押さえて玉璽を奪還するのが一番の狙い。それ以外に玉璽の所在を探し出すすべがないことに気が付いている。」

「逆賊董卓を討つべし、の勅を董卓は待っていると。」

「それゆえ勅が出る時期が重要。」

「それが今なのですか。」

「洛陽は落ちた。が、このことで洛陽を落とした李傕たちの兵はしばらく動きをとれなくなる。」

 長安に何かあれば洛陽の李傕たちの騎馬隊が駆け戻ってくることになる。精鋭揃いの騎馬隊だからそうは日数はかからない。たとえこちらが郿城を占拠しても迎撃する準備までは間に合わないだろう。結果全滅し、元の木阿弥となる。李傕たちが舞い戻って来られないのならば話は別だ。しっかりとした勢力を築き迎え撃つことができる。

 しかしなぜ李傕たちが洛陽を離れられなくなるのか。魯粛には皆目見当がつかなかった。

 「いずれわかる。」

呂布は短くそう言って少し笑った。

 どうやら呂布はこの瞬間をじっと待っていたようだった。事前に玉璽の在処を教えなかったのも懸命な判断だと言える。そのことで全体のはやる気持ちを押さえられたのだ。

 「魯粛よ、勅を掲げよ。正門より本丸に突入し占拠する。帝のめいに従う者はおくれをとるなと皆に伝えるのだ。」

「はっ。」

魯粛は呂布の勢いに押されるようにそう答え、屋敷を後にした。


 やはり魯粛は呂布を見誤っていた。


 呂布の戦の機微、勝負の分かれ目を見抜く力は尋常ではない。精神力、忍耐力も英雄のものであった。そしてすべてを冷静に見つめることのできる頭脳を持っている。


 (やはり袁術様の盟友となられるお方は呂布しかおらぬ。袁術様と呂布が組めば天下を臨めるだろう。この件が片付き次第そちらの動きにかからねば・・・)

魯粛は建造物の影に隠れるように駆けながらそんな思いを巡らせていた。


王允たちは救出されるのか・・・

次回こうご期待

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