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第7回 白馬

西涼で騎兵を操れば五指に入るという戦上手の張繍に袁術が対抗します。

第7回 白馬


 撤退を余儀なくされた孫堅そんけんの軍に対し、華雄かゆうが峻烈な追撃をかけていた頃。

 本拠地、魯陽では前線の混乱ぶりなど露知らず、補給線を混乱せしめた張繍ちょうしゅうの軍を撃退すべく君主・袁術えんじゅつが自ら策を凝らしていた。



 「連合軍の中入りが成功し、汜水関が落ちれば張繍ごときは泡を食って西へ逃げ帰りましょう。輜重隊も襲撃されることはなくなります。それをわざわざ……」

 千人将である張勲ちょうくんが苦虫を噛み砕いたような顔をして、そう進言してきた。

 洛陽脱出の際、追手に右腕を斬り落とされながらも必死に殿しんがりを守りぬいた男だ。信念に命をかける覚悟は充分にある。その反面、融通が利かない。

 この天下分け目の戦の先を考えてはいないのだ。これを踏み台にして何に手が届くのか、どこに向けて踏み台にすべきなのか、見通す目は張勲にはない。


 政治を考えないのが武将の常なのだから仕方がない。


 もちろん多くの将兵たちが張勲と同じように感じていただろう。


 張繍ごとき奇襲部隊をどうこうしたところでたいした手柄にはならないからだ。


 国中の目が、「誰が汜水関を落とすのか」「誰が洛陽に一番乗りするのか」に集まっている。同じ命を懸けた戦いならば誰でもそちらを選ぶ。


 しかし、それでは袁術の軍は後々の笑いぐさになる。騎兵五千あまりにいい様に掻き回されたと陰口をたたかれることになるのだ。


 同時に「袁家」の名に傷がつく。

 

 それだけは絶対に避けねばならない事態である。


 董卓より洛陽の都と帝を奪回した後に拝領する官位にも重大な影響を及ぼすことにもなるだろう。


 名誉挽回の機会は今しかない。汜水関が落ち、張繍軍が去ってからでは遅いのだ。



 「反対の意見は聞かぬ。予定通り囮の輜重隊に火種を運ばせよ。紀霊きれいの騎馬隊を気付かれぬように大きく迂回させよ。本陣からも歩兵を出撃させる。陳紀ちんきよ、旗本を動かすことを許可する」

 「いけませぬな。いけませぬ。君主たる袁術様直々に戦われるなど危険でございます」

 伝令役の閻象えんしょうが慌ててそう答えた。


 「反対の意見は聞かぬと云ったはずだ。囮に喰いついたところを騎馬隊と本陣の歩兵とで挟撃する。張繍の首を獲れば孫堅も納得するだろう」

 

 囮となる二百の輜重隊に五百の警護を付けた。


 紀霊が騎馬隊二千を率いて反対の方角から出撃し、さらに本陣から歩兵隊六千が輜重隊との距離を保ちながら後を追う。

 旗本中心だが楽就がくしゅうの旗の立てさせた。

 楽就は一度輜重隊を警護して散々に打ち負かされている。敵がこちらの動きに気づいても楽就の旗を見れば侮るはずである。

 念のため雷薄らいはくの弓隊千も随行させた。


 敵が襲撃してくるだろう地点も予測できている。登りの厳しい台地。後陣の歩兵隊が駆けつけるまでに時間がかかりそうな場所だ。


 輜重隊とその警護は敵襲が来たらすぐに逃散する。敵が兵糧だと思い火をかけた時が挟撃の合図だ。まずは迂回した紀霊が激しく燃える炎にたじろぐ張繍の騎馬隊に突撃をかける。装備を軽くしている歩兵隊は敵の予想以上の速度で戦場に到達できるだろう。罠にかかったと気づいた時には張繍は首になっている。


 

 「袁術様、そろそろ予定の場所に輜重隊が辿り着く頃です」

旗本を率いる陳紀の注進を聞き、歩兵隊の行軍の速度を速めるよう指示を出した。さらに楽就を呼び、

「先駆けを許す。張繍の首を獲って参れ」

 楽就が深々と頭を下げ、嬉々として駆けて行った。


 「炎は、煙は上がらぬか?」

幾分じれったさを覚えながら近臣に問う。

(襲撃の場所を読み間違えたか……)


 「袁術様、敵の騎馬兵五千。姿を確認しました」

注進が入る。


 (これから襲い掛かるのか。張繍とはなんと手際の悪い男だ。これでは紀霊の騎馬隊より先に本隊が戦闘に入る。逃げようとしたところを紀霊が待ち構える形だ。随分と楽な形になったな)


 「敵騎馬隊五千。輜重隊には目もくれず、この本隊目指して一気に来ます!」

「何!?」

予想外の敵の動きに俺は唖然とした。


 閻象が慌てて馬を寄せて来て、

「張繍め、初めからこれを狙っていたのでは」


 (輜重隊に蠅のようにまとわりついてきたのは、本隊を誘い出すためだったのか……。この袁術の首を獲るための布石……。わずか五千では魯陽の城は落とせない。やつは初めから騎馬隊五千で、袁術軍一万の本隊を野戦に引きずり出して突き崩すつもりだったのだ。)


 馬の手綱を持つ両腕に粟が生じた。

 敵には恐ろしく頭のキレる策士がいる。

 楽就の旗が偽りであることも見抜いているはずだ。騎兵五千が一丸となって俺の首を獲りにくる。


 「速い……」

 紀霊の騎馬隊とは比べ物にならない速度でこちらに向かってきた。

 駄馬をかき集めた名ばかりのこちらの騎馬隊ではない。西涼の地で鍛え上げられてきた真の騎馬だ。


 雷薄が弓隊を構えさせ、一斉に矢を放った。


 張繍の騎馬隊は矢の落ちる地点で方角を変え、回り込んで本隊を狙ってくる。弓隊の動きが間に合わない。


 本隊の歩兵も高台目指して駆けさせていたので前後に長い隊列となっていた。防護の陣を敷く間も無かった。


 「ここは私が……。袁術様はお逃げください。早く!」

陳紀が槍を構えてそう促してきた。残った旗本の面々も覚悟を決めたような表情をしている。まともにぶつかって勝ち目は無いことがわかっているのだ。


 「袁術様、あれを!」

閻象が叫んで指を差した。


 張繍の騎馬隊が向かってくる方に向け突撃していく騎馬隊があった。


 二千ほどだろうか。先頭を行く白馬が見事な指揮をしていた。


 張繍の騎馬隊の横っ腹に攻め込み、そのまま反対まで駆け抜けたかと思うと、すぐに反転する。


 紀霊の騎馬隊では無い。精鋭の騎馬隊の動きだ。


 伏兵の攻撃に動揺したのか張繍軍の速度が鈍った。

 雷薄がすかさず弓隊に指示を出した。

 千の矢が張繍軍に襲い掛かかる。

 バタバタと馬と人が地に倒れた。


 反転してきた謎の騎馬隊が張繍の背後を襲う。


 完全に張繍軍は分断されて混乱していた。

 

 先駆けしていた楽就らの歩兵隊も戻ってきて迎え撃つ。


 甚大な被害を出した張繍軍はもはや勝ち目無しと判断し撤退していった。


 ようやく駆けつけた紀霊の騎馬隊が追撃しさらに千の敵を討った。


 張繍の首を獲ることはできなかったが、危機的状況を脱し、相手が立ち上がることのできないほどの大勝を得ることができた。


 あの謎の騎馬隊のおかげで……。



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