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第7回 郿城侵入

呂布旗下の将たちが初登場。

今後のお話で活躍するひとたちばかりです。

お見知りおきを。

第7回 郿城侵入


 大量の牛肉を運搬する荷台が、五人の男たちに率いられながら郿城びじょうの正門から静かに城内に入っていった。

 男たちとすれ違いざま門衛の隊長が緊張気味に目配せをしたことに二十人はいる他の衛兵は気が付かなかった。

 荷台の中は入念に調べられ、男たちも武器となるものを携帯していないか靴の中身まで検査されている。その際に肉を捌く牛刀すら没収されていた。


 「呂布りょふ様。本当に誰も正体に気が付きませんでした。」

男たちの中で先頭を行く若者が、驚いた表情で振り返りながらそう呟いた。

郿城ここには一度も来たことがない。」

中央を進む九尺(210㎝)はあろう偉丈夫が吐き出すようにそう答えた。ぼろきれのようなものに身を包み込んではいるが只者ではないことは一目瞭然だった。。

 洛陽らくようの都では「飛将」の異名で脚光を浴びていた呂布、あざな奉先ほうせん、そのひとである。


 司徒しと王允おういんの指示のもと都を牛耳った董卓とうたくの軍門に下り、中郎将として洛陽の反乱分子討伐に出ていたが、現在では董卓暗殺に加担したとして逆賊の汚名を被っている。

 討伐のため長安を出陣している徐栄じょえい二万の兵を洛陽で迎え撃つはずの呂布が、なぜ敵の本拠地にわずか四人の供回りで現れたのか。理由は簡単である。捕らわれた王允、娘の阿斗あとを救い出すためであった。

 阿斗は人質としてこの直前に李粛りしゅくの兵二千に連れられて洛陽に向かっていたので、入れ違いになっていたが、呂布はそのことを知らなかった。


 先頭を行く若者の名は候成こうせい、字は李規りき。馬術が巧みで呂布の目にとまり、つい最近百人長に抜擢されたばかりである。

 「李規の心配は杞憂だったな。郿城は董卓子飼いの西域の者たちしかおらぬ故、呂布様の顔は知らぬのだ。」

太い眉に大きな口。強い光を放つ眼光をもつ男がそう言った。郝萌かくぼう、字は浰漵れんしょ。呂布の信任の厚い千人長で、候成の直属の上司である。

「しかし九尺もあろう男など天下にそうはおりません。それだけでも正体は推測できそうなもの。」

今度は後ろを振り返らずに候成が口を開く。

「あながち獄舎出の非人ひにんあたりと思っているのだろう。ふふふ、やつらびびってまともに呂布様の顔など見ることもできていなかったわ。」

そう軽口をたたいたのは呂布の遠縁である魏続ぎぞく、字は玲和れいわ。無類の酒好きだが、呂布の旗下では屈指の槍の使い手である。こちらも千人長を務めていた。

 「呂布様を罪人扱いするとは無礼にもほどがあるぞ魏続。」

最後尾で荷台を押しながらそう怒鳴り声をあげたのは、猛将として名高い成廉せいれん、字は妙媳みょうそく。郝萌や魏続と同格の千人長であり、呂布の旗本頭を務めていた。

 厳しく指摘されて魏続が首をすくめる。


 呂布は真実を知っていた。

 後ろから手をまわしているのは長安の警備班の要職にある陳宮ちんきゅうである。でなければこのような怪しい一団を通す訳がない。

 陳宮は呂布の無二の親友だ。竹馬の友である。陳宮が堅苦しい役人の職に就いてからも二人は頻繁に酒を交わした。なぜか気があった。呂布にとって友と呼べる相手はこの陳宮と袁術えんじゅつだけである。


 「話には聞いていたが噂以上に大きな城だな。」

郝萌がそう感嘆の声をあげると候成や成廉も頷いた。

 

 太師董卓の居城、郿。

 皇帝が住む長安の城よりも壮大かつ華麗。絢爛豪華なその敷地には千人の美女が家族と住んでいる。三十年分の食料が蓄えられており、籠城すれば十倍の兵力をもってしても五年は落ちないと言われていた。

 諸国には星の数ほどの軍閥があるが、それを結集しても董卓は倒せない。董卓を倒すには兵ではなく罠。一計を案じて暗殺するしかない。それが王允の導いた答えであった。

 もとはというと董卓を都に引き入れたのは王允だ。

 宮廷を改革し尊王主導の正しきまつりごとを画策して先導したのだ。董卓を使って宮廷から邪魔者を一掃した後でその董卓も厄介払いするつもりだったのだろうが、董卓のほうが一枚上手だった。

 王允は炙り出される格好で捕らえられ、生き地獄のような拷問にかけられている。

 

 それを救出するのが呂布の役目だった。

 恩に報いる。その思いが強い。


 呂布にとって人生とは「戦い」それだけである。欲しいものは力をもって奪う。

 戦い、勝つことで認められる。

 世間に認められる必要などない。認めて欲しい人間に認めてもらう。それで充分満足できる人生だと思っている。

その数少ない相手が王允である。

 王允は戦うことしかない呂布に「志」を説いた。

人は何かを成すために生きている。それを成すためであれば正であれ悪であれ躊躇はいらぬ。成すことができぬ人生こそが敗者であり、それこそが大罪であると。

 その言葉を聞いても呂布の心は動かなかった。

 しかし、戦い、勝つたびにそれに対して王允がどう思うのかが気になった。

 王允の指示のもと、主君である丁原ていげんを斬り、その配下をまとめあげたときは、王允は手放しで喜んだ。お前の働きは天下に並ぶなき偉業だと褒め称えた。

 呂布は志に沿って斬ったのではない。

 認めてもらいたくて斬っただけのことである。

 それでも王允は喜んだ。

 それで呂布は充分に幸せを感じることができた。


 阿斗は呂布がまだ洛陽の都でふらふらしていた頃に生まれた子である。

 王允に勧められて交じり合った女との間に生まれた。

 どんな女だったのか、今では名前すら覚えてはいない。

 やがて王允が幼子を抱いて呂布に、

 「お前の娘だ。」

と、紹介した。まったく実感は沸かなかった。

 大きくなるにつれて武芸を教え込む機会が多くなった。

 手加減をしつつも何度か打ち据えたことがある。どんなに打ち据えても涙はみせない。血だらけになっても牙をむいてきた。そんな姿を見て初めて自分と同じような血がこの娘に流れていると呂布は感じた。

 呂布の娘だけあって武芸の素質は尋常ではない。この年頃では抜きん出ている。手加減した弓勢ではあるが、呂布が連続に十射した矢をすべて剣で叩き落とすことができた。呂布でも十二歳の頃には出来なかった技である。

 阿斗は王允の屋敷で育ったようなものだ。武芸の稽古以外で時を共に過ごしたことはない。阿斗も呂布と一緒にいる時は何を話していいのかわからぬようでいつも寡黙だった。

 つい最近兵を率い西域を旅したときも、阿斗は付いてきたが言葉を交わすことはなかった。


 王允の孫娘の貂蝉ちょうせんとは姉妹同然の間柄で、阿斗にとっても心を許せる数少ない相手だった。

 その貂蝉は遠くから呂布と阿斗の稽古を見ているだけで、どんなに長い時間を要してもじっと座って微笑んでいた。

 貂蝉は呂布の妻になることを望んでいた。

 時折見かけたときの呂布を見つめる視線は十歳の娘とは思えぬほどに妖しい色気を秘めていた。王允もそのつもりで養育しているらしかった。

 一度その話題を王允から持ち掛けられたとき、呂布は初めて激しく抵抗した。二度とその話はするなと王允に言い放った。娘より年下の貂蝉を女として見るとつもりなどなかったからだ。

 そんなやりとりがあった後も貂蝉の熱にうなされているような呂布への視線が途切れることはなかった。


 王耀おうようは王允の孫となっているが、実は袁術の息子である。

 阿斗よりもふたつほど年かさだった。母親の顔も知っている。

 何度も武芸の稽古をつけたことがあったが、呂布はこの少年が苦手だった。何を考えているのかよくわからない。

 死の直前まで打ち据えたことがあったが、阿斗同様に泣いたり逃げたりすることはなかった。見かけは華奢だが、芯はしっかりしているらしい。

 王允は王耀と阿斗を行く行くは結び付けたいと考えていた。

 呂布は反対するつもりはない。

 反対できるほどの親子の絆もないからだ。


 娘を救う。


 実感はまるでない。

 どんな思いで向かうべきなのか、呂布は戸惑っていた。


 それでも洛陽にある自陣を離れた。


 副将の張遼ちょうりょう高順こうじゅんがいればだいたいの状況には対応できる。二万の兵ならば負けることはない。


 

 「呂布様とお見受けしました。」

朱雀路を進んでいるとおもむろに近づいてくる男がいた。成廉や郝萌らが殺気を放つ。男は親しげな表情を浮かべ、

「お初にお目にかかります。王耀様の御傍に仕えさせていただいております魯粛ろしゅくと申します。」

とニコリとほほ笑んだ。小太りな体格といい油断を誘う。現に候成あたりはすでに警戒を解いている。呂布はこういう相手が一番侮れないと感じた。

「城郭には入れてもこのお姿では本丸には入れませんぞ呂布様。」

魯粛は荷台を押す手伝いをしながらそううそぶいた。

 本丸の警戒は厳戒態勢である。許可のない者は出入りなどできないだろう。

「董卓は暗殺を恐れてかまったく表に顔を出さないようです。どこにいるのかもしれません。」

王允や阿斗、貂蝉らはその本丸の地下に幽閉されているとの情報は事前に受けている。おそらくはこの男の調べによるものだろう。

「この魯粛に策がございます。のるかそるかは呂布様次第。お聞きいただけましょうか。」

魯粛は微笑みながらそう呼びかけると、呂布はその虎の様な瞳を大きく見開くのであった。。


魯粛の策とは。

次々と登場する英雄たち。

次回はあの人が初登場!

乞うご期待。

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