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第3回 界橋の戦い その2

いよいよ界橋の戦い・激戦編

第3回 界橋の戦い その2


 黄河より北にある河北において人口五百万の冀州きしゅうは豊かな土地として有名である。

 冀州の北にはさらに并州へいしゅう幽州ゆうしゅうがあるが、こちらは烏丸うがん鮮卑せんびなどの異民族の侵入の脅威に常にさらされており、度重なる戦によって民は疲弊していた。当然ながら租税による収入の額は冀州に比べるべくもない。

 田畑は豊作、不作によって熟田じゅくでん旱田かんでんに分けられ税額が決められるが、幽州や并州は人口が少ないうえ、さらに数年に渡る冷害によってそのほとんどが旱田にすら至らぬような実入りであった。


 幽州に拠点を置く公孫瓚こうそんさんにとって、河北に覇を唱えるためには是が非でも冀州を押さえなければならない。

 献帝けんていより冀州牧に任じられているのは袁紹えんしょうであったが、公孫瓚は新帝・劉備りゅうびを擁立し新たに冀州刺史として配下の厳綱げんこうを任命していた。

 公孫瓚の冀州出兵の名目は、弟である公孫越こうそんえつの敵討ちと合わせて、新刺史への土地・権利の譲渡を強行するためである。

 それ以前に袁紹は、黄河を渡り冀州の渤海ぼっかいに侵入してきた黄巾の賊徒討伐を公孫瓚に依頼していた。公孫瓚は大量の兵糧や武器を袁紹に要求し、それを手にして賊徒を討った。渤海の賊徒を征討した公孫瓚は兵を幽州に戻さず、そのまま西にある冀州の都・ぎょうに進軍した。

 降伏した賊徒を吸収し、公孫瓚の軍は十万に膨れ上がっていた。


 皮肉なことに袁紹が兵糧を提供していなければ公孫瓚の冀州出兵は難しかったであろう。



 「こりゃあいい。ここからだと両陣の動きが丸見えだなあ。」

一丈八尺の蛇矛を小脇に抱えた虎髭の巨漢が馬上から大きな声を発した。公孫瓚の客将、張飛ちょうひである。その隣には義兄弟の関羽かんう、さらにその隣には伝令役の趙雲ちょううんの姿があった。


 小高い丘の上からは眼下の界橋かいきょうの草原が一望できる。駆け下りて両陣が激突する戦場に到達するにはかなりの距離があるものの、観客するにはもってこいの場所であった。


 「公孫瓚殿の本陣は方陣か。趙雲殿の言う通り、確かに左右の白馬義従はいつでも動けるような構え。対して袁紹は七陣まで縦に並べた堅陣。馬止の柵はちらほら見えるが、取り立てて特に工夫の無い陣。これでは白馬義従の突撃は支えきれまい。」

関羽が腰まで伸びた顎鬚を擦りながらそう言うと、趙雲も頷く。

「ここは騎馬が駆ける際の障害が無い草原。七陣の兵など紙の如く破れましょう。」


 「益徳えきとく(張飛の字)どう見る。」

関羽がそう尋ねると、張飛はニヤリとしながら

「臭いな。雲長うんちょう(関羽の字)の小兄あにじゃ、袁紹軍の先陣を見なよ。怯えて震えている小鹿のようだ。」

「ウム。戦意は著しく低いように見えるな。まとまりも弱そうじゃ。」

「白馬義従に威圧されて怖気づいているんでしょう。」

趙雲が満面の笑みでそう皆に同意を求めるが、張飛は首を振り、

「いや違うな。あれはほとんど戦に出たことの無いような新参兵だ。いわば弱兵。」

「一番大切な先陣に弱兵を当てねばならぬほど袁紹の台所事情も厳しいと言うことか。」

「おそらく一番弱い兵を最前線に出していやがる。」

「それで勝てる算段はあるのか。」

「釣っているのさ。あれは囮だな。白馬義従と本陣の歩兵を引き離す策だろう。」

張飛は虎のように丸く大きな目をぎょろぎょろさせてそう答えた。


 袁紹の第一陣は歩兵わずか二千あまり。

 その背後には馬止の柵を前面に掲げた歩兵が三千。

 そこから第三陣まではかなり距離が開いている。


 前線の五千の兵では公孫瓚の勢いを止めることなどできないことは誰が見ても明白だった。

 三陣から七陣までに敷いた兵の数は約四万。兵の数だけで言えば袁紹に分があるが、布陣を見ると戦の経験の差は歴然である。

 

 袁紹は戦下手として広く知られているが、まさにその代名詞通りだった。


 「公孫瓚殿の兵は十万を超えたと聞いたが、ここには四万しかおらぬ。二万は南の東郡とうぐん太守・曹操そうそうを牽制しているのだろうが、残り四万はどこなのじゃ。」

「実は公孫瓚様は出陣せず北平ほくへいに残っております。幽州の州都であるけいに拠点を置く州牧・劉虞りゅうぐ様を警戒するためです。劉虞様は袁紹と結託していますので背後を突かれる恐れがありました。」

「それではここの総大将は白馬義従を率いる公孫範こうそんはん殿か、それとも本陣三万を率いる厳綱げんこう殿か。」

「はあ、進軍の総責任者は厳綱様ですが、戦闘時の責任者は公孫範様と聞いています。公孫越様も生前は厳綱様に独自の指揮権を与えて動かしておりましたから、問題は無いかと・・・」

「公孫越殿であれば問題はあるまい。しかし公孫範殿は白馬義従を率いてまだ日が浅い。部隊長もすべて解任して一手に騎馬隊をまとめておるのだろう。ひとりの指揮では限界もあろう。」

「ええ・・・確かにそうかもしれません・・・ですが・・・」

歯切れの悪い趙雲の返答に対しイライラしながら張飛が口を開く。

「騎馬隊は一度大軍で動くと細かい伝令を与えづらい。混戦になれば余計にだ。餌に釣られて動き出すと危ういぞ。」


 趙雲が心配げに眼下に広がる味方の陣を見つめた。


 以前自分の部下だった兵も多数含まれている。


 それらの兵は自分が率いれば前進も後退も思うがままだ。


 しかし今の趙雲にその権限は与えられていない。


 袁術えんじゅつへの援軍の帰りに公孫越がだまし討ちにあったことの責任を取らされて隊長の座は剥奪されてしまった。そもそも趙雲は関羽らと共に豫州よしゅう刺史である周昕しゅうきんを追撃していて本隊とはまったく別の動きになっていた。救おうにも救えない場所にいたのだ。


 その辺りの事情はまったく考慮されず、沙汰がおりた。


 今では劉備の兵との連絡役である。


 新しい総大将の公孫範には、各隊長にある程度の権限を与えて白馬義従を柔軟に率いるような力量は無い。指揮能力の低い者がそれを真似ると組織がバラバラになる危険性を含んでいるからやむを得ない話だった。


 白馬義従の兵たちは公孫範のおおよその指示に従って動いている。あくまでもおおよそだ。しかも末端までその指示は行き渡ってはいない様子だった。


 趙雲が見た訓練の時の話である。


 実戦となればまた大きく話は変わるだろう。



 「動いたぜ。」

張飛がそう呟いた。関羽や趙雲の他、千の兵たちも固唾を飲んでその光景を見つめている。


 白馬義従の隊から数百騎が袁紹の前線の兵に襲い掛かった。


 あきらかに抜け駆けだった。その証拠に動いたのは数百騎のみである。


 第一陣の二千の兵はあっという間に乱れた。抵抗する者はほとんど無く、踏みとどまることすらできていない。

 

 第一陣を抜いた数百騎はその勢いで第二陣に襲い掛かった。


 二陣もすぐに算を乱して逃散する。


 そうなると本陣に残った白馬義従も穏やかではない。手柄をすべて抜け駆けした者たちにとられてしまうからである。


 左右の騎馬隊が一斉に駆け始めた。


 地響きがし、逃げ惑う一陣・二陣の残兵に襲い掛かる。

 激しい馬蹄にかけられ草むらの中に多数の袁紹の兵が消えていった。


 やがて白馬義従は一丸となって第三陣へと向かう。


 一万の騎馬隊はまったく欠けていない。


 「見な。罠だ。」

張飛の見立て通り、袁紹の第二陣と第三陣の間には伏兵が配置されていた。南北に深い草むらがあってそこに隠れていたのだろう。その数五千。全員が手に弓のようなものを持っている。


 「獣狩り用の弩だな。至近距離から放てば鎧も貫通するやつだ。」

「弩・・・そんな物を・・・」

趙雲が茫然とした顔で仲間の行く先を見つめる。


 五千の兵の強弩から放たれた矢が一斉に白馬義従に襲い掛かった。

 左右からの挟撃に白馬義従は避けることができない。

 人馬が悲鳴を発して続々と草むらに倒れる。


 わずかに生き延びた騎馬は慌てて自陣へと逃げ去った。


 一万の白馬義従のうち実に八千近くが死傷した。

 壊滅と言ってもいいだろう。


 袁紹軍の第三陣・第四陣・第五陣・第六陣までが一斉に動き始める。

 総勢二万の兵が四方向から厳綱の方陣を襲撃した。

 最強を誇る白馬義従が打ち破られる光景をまざまざと見せつけられた厳綱の歩兵たちは戦わずに逃散していく。



 「さて頃合いだな。雲長の小兄、行くか。」

そう叫んで張飛が馬の手綱を握った。関羽も青竜偃月刀を掲げて兵に号令をかける。

 「厳綱様をお救いに行くのですね。私もお供させてください。」

趙雲も叫んだ。愛用の点鋼槍を握りなおした。

 「厳綱?相変わらずお嬢ちゃんは天然だなあ。そんなの救ってどうすんだよ。」

「えっ!?」

「袁紹だよ。袁紹。敵の大将の首をいただくのさ。見て見な。敵陣に残っているのは第七陣の袁紹本陣だけ。一万以上はいるだろうが、この騎馬隊で奇襲すれば袁紹の首が獲れるってもんよ。」

「・・・袁紹の首・・・では、厳綱様はどうするのです。」

「はあ?知るかそんなもん。運が良ければ生き残るだろう。今度はこちらが囮を使って敵の大将を釣るんだよ。」

「そんなものって、張飛殿、厳綱様は味方ですよ。味方の危機を救うのが後詰の役ではありませんか。」

趙雲は真っ赤に顔を紅潮させて張飛に詰め寄る。槍の穂先が勢いで張飛の眼前をチラチラしていた。

 「まあ落ち着きなさい趙雲殿。」

「関羽さんもこの人でなしと同じ意見なのですか。」

「いやいや、よく考えなさい。この千の騎馬隊では勢いづいた二万の兵を撃退することなどできない。しかし、敵の大将を討てば戦はそれで終わり。敵も厳綱殿を討つのを諦めて撤退するというものじゃ。」


 確かに大将が戦死すればそれで戦の決着はつく。


 しかしそんな簡単にいくのだろうか。


 「第七陣には文醜ぶんしゅう顔良がんりょうがいます。旗本は一騎当千の兵ばかりとか。」

「フン。なんだお嬢ちゃん、怖気づいたのならここで見物でもしてな。」

「この趙雲子龍、相手が誰であろうと怖気づいたりはしません。張飛殿、愚弄は許しませんよ。」

「上等だ。文句あるのなら袁紹の首を獲ってからにするんだな。」

「分りました。そうします。」


 関羽が先頭を駆け下りる。


 張飛、趙雲、そして千の騎馬隊がその後に続いた。


 行く手には袁紹本陣。



次回は袁紹旗本VS関羽・張飛・趙雲

文醜・顔良の両将の登場です。

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