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第6回 伏兵

孫堅軍のお話になります。

勢いに乗る孫堅軍の次なる相手は……

第6回 伏兵


 魯陽より四十里(20㎞)孫堅そんけんの陣



 「殿、ついに胡軫こしんの軍が動きましたぞ」

 四天王のひとり黄蓋こうがいが豊かな髭を満足気にさすりながら報告してきた。


 孫堅の碧眼が鋭く光った。


 猶予は無い。


 この機会に全てを賭ける覚悟だった。


 本陣である南陽の袁術えんじゅつからの兵糧の供給が鈍っていたからだ。

 何度も要望の使者を立てたが返答はいつも同じもので、本陣からは送っているというものだった。


 供給が完全に止まって七日経つ。


 兵は飢えていた。


 もう四日、まともな食事を口にしていない。

 空腹を耐えかねて、近隣の農村を襲った兵を五名捕らえて斬首にした。

 首を兵たち全員の見える場所に晒した。

 軍として、組織として維持できる限界に達していることは孫堅が一番良く理解している。


 痺れを切らして側近の朱治しゅちを使者に出した。

次に四天王のひとりである韓当かんとうを出した。


 そこでようやく、補給のための輜重隊が董卓軍に襲撃されていることを知った。その背後に荊州刺史である劉表りゅうひょうの腹黒い思惑があることも見えた。


 にわか仕込みの袁術軍のことである。おそらく慌てふためくのみでろくな対策は立てられないだろう。

 期待するのは酷と云うものだ。袁術の名の下に連合軍の中で充分な位置を占められたことだけで満足しなければならない。


 このまま洛陽に一番乗りすれば、孫堅の名前は一躍全土に鳴り響くことになる。


 問題はネズミのようにこそこそと動き回る劉表だ。


 皇帝をないがしろにする董卓とうたくも憎かったが、それ以上に卑劣な劉表が許せない。


 洛陽を落とした暁には次は荊州の宜城を攻めようと決心をした。



 「全軍で胡軫の背後を攻める。祖茂そもの騎馬隊を先駆けさせよ。敵軍深く攻め入り、掻き乱せ」

 孫堅の宣言を聞いて、全員が吼えた。


 兵も将も皆、痩せこけた表情で目の辺りが窪んでいるが、瞳の輝きはギラギラと野生の動物のように輝いている。

 孫堅はこんな表情の兵が嫌いではない。

 ギリギリまで追い詰められた兵は、容赦の無い猛攻を繰り出すことができるからだ。

 

 純粋な殺戮。


 「殿、お話があります」


 低くどっしりとした重みのある声で四天王のひとりである程普ていふが進言してきた。孫堅の参謀的立場にいる男だ。冷静沈着で統率にも秀でていた。

 「なんだ。申してみろ」

「危険な匂いが致します。罠かもしれません」

「ほう。どのような策略か」

「私ではありません。若君の朋友である周公謹しゅうこうきんの話でございます」

「なに。まだ十五、六の子どもではないか」

「恐ろしく軍略を読み当てます」

「小賢しい。さくもあの周家のボンボンもまだ本当の戦を知らぬ」

「はい。その通りでございます。しかし若君はこの度の初陣で大きな武功をたてる所存です。それを成す力もございます」

「程普よ、いかに我が息子であっても決して甘やかすな。あれのためにならぬ。周瑜しゅうゆも同じだ。頭の中だけから生まれた戦略など役には立たん。戦場に放り出して、まずは戦とはいかなるものかを肌で感じさせよ。軍師面するにはまだ早い」

「肝に銘じました」

「よい。敵は中入りを恐れて軍を反転させているのだ。思い悩むことは何一つない。追って、追って、追いまくるのみだ」

 

 祖茂が二千の騎兵を率いて、胡軫の軍に追撃をかけた。

 本隊一万五千の歩兵もすぐにその後に続く。

 歩兵の先頭には鉄鞭を振るって兵を鼓舞する黄蓋。

 息子の孫策そんさくをそこに組み入れた。


 孫策にとっては初めての戦だ。


 まだ十五歳であったが武に優れ、臆することを知らない。祖茂や韓当とも対等に渡り合うことができた。

 充分に自分を超える将器を秘めている。

 兄弟のように仲の良い周瑜も同じ歳で、こちらも息子に劣らず肝が据わっていた。しかも息子には無い冷静さ、視野の広さを持ち合わせている。

 いずれ旗下の中では群を抜いて武功をあげるだろう。


 この二人が揃って活躍する日が来た時、孫家は誰の庇護も受けず独力で勢力を築けるはずである。

 それまでに袁術を通じ、中央と太い関係性、信頼性を作り上げておかなければならない。


 今回の戦は成り上がるにはまさに絶好の機会であった。

 

 「祖茂の騎兵が殿しんがりの歩兵に突撃をかけました。敵は算を乱して散尻に逃散しております」

「散った敵兵は構うな。狙うは胡軫の首だ。留まらず先を急ぐよう伝えよ。歩兵も止まらず駆け続けるのだ」


 孫堅は中軍にあって兵を鼓舞した。

 祖茂の騎兵が倒した敵兵の遺骸が点々と転がっている。


 「殿、騎兵の砂ぼこりです。こちらに向かってきます。祖茂が引き返してきたのでしょうか」

 いや。敵本隊を追撃している祖茂の騎兵が戻ってくることなどあり得ない。しかもこの地響きは二千の馬どころではない。倍以上の数だ。


 「殿!東より敵の歩兵が現れました。数は五千。丘の向こうに潜んでいた模様です」


 しまった。追撃に固執するあまり斥候の数をおろそかにしていた。しかし、二万の半分をこちらの迎撃に回すとは……。


 「殿……西より敵の歩兵が……数は五千」

「なに!?」

「目前より騎兵五千。率いるは華雄かゆうです」

「どういうことだ……ほぼ全軍ではないか……中入りを阻止することを捨て、この孫堅を迎え撃つつもりか……」


 「先駆けの祖茂様からの伝令でございます。騎兵二千は待ち伏せに遭い全滅」

「祖茂はいかがした!?」

「生死は不明」

「殿、ここは危のうございます。退きましょうぞ。伏兵の策にまんまと嵌りました」

「程普、撤退の鐘を鳴らせ。三里(1500m)退いて、陣を固める」

「かしこまりました。すぐに!」


 「華雄の騎兵、止まりません!!黄蓋様の歩兵が断ち割られております。間もなくこの本陣にも達する勢いです!!」

 

 容赦の無い追撃が続くであろうことが予想された。

 孫堅の軍は完全に壊乱しているのだ。



 その頃、動き出した徐栄じょえいの軍の背後を突いた鮑信ほうしんの軍もまた同様の伏兵に遭い壊滅寸前の被害を受けていた。



 そして、援軍の力を一切借りずに汜水関の呂布りょふは騎兵五千を連れて中入りを目指す連合軍を迎え撃とうとしていた。


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