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第31回 山越、太史慈

第31回 山越、太史慈


 揚州ようしゅうの人口の七割は「山越さんえつ」である。


 山岳地帯に宗族ごとにまとまって住み、北方の漢民族とは異なる文化を育んできた。

 山間やまあいで焼き畑農業などを行い、自給自足の生活である。

 星の数ほどの宗部そうぶと呼ばれる宗族の集団があり、そのほとんどが好戦的で自立心が強く、平地に陣取る州刺史や太守らの軍と衝突を繰り返していた。


 太史慈たいしじあざな子義しぎ

 山越は大きく分けると四つの権力を持つ宗部に分けられるが、太史慈はその中のひとつ「青莱せいらい」の惣領そうりょうの息子である。

 血族同士の権力争いから逃れるために平地に下りて青州せいしゅうで母子二人で暮らしていたが、当時の丹陽たんよう郡太守であった周昕しゅうきんの助力を借りて権勢を取り戻すことができた。

 以来、宗族の若者たちを引き連れて周昕の軍に加わっている。

 よわい二十五にして、山越最強の名をほしいままにしている荒武者でもあった。



 敵の大将は周昕と同じく豫州よしゅう刺史を帝から任じられている孫堅そんけんの長子、孫策そんさく。辺境のそのまた僻地に住んでいた太史慈はその名を知らない。知らないが一万の兵の先頭に自ら立ち五倍の戦力相手に全くたじろぐ様子の無いところをみると只者では無いことはわかった。


 五万の兵を持つ味方が五分の一の兵力の相手に押されている。

 にわかには信じがたい出来事であった。

 しかもこの孫策、歳は十六、七に過ぎないという。それが相手の甲冑ごと両断するほどの重さの戟を軽々と振るっているのだ。その切っ先の鋭さたるや太史慈も舌を巻いた。


 周昕の陣は六段構えだった。

 攻める陣では無い。

 寡兵かへい相手に手堅いことだとあきれ返る思いであったが、孫策の戦いぶりを見て守りの陣を敷いた理由が理解できた。

 見る間に四段が突破され、五段目も崩れかかっている。崩れた陣の兵が再度後ろに集まり七段目が形成されつつあるものの支えきれるかどうかを考えると怪しい。しかし確実に孫策の兵たちからの圧力は弱まってきている。連戦の疲れが出ているのだろう。突撃の切れ味は急速に鈍ってきていた。


 大将の孫策を討てばこの戦は幕引きとなる。

 大将を討つなどそう容易くできる事ではないのだが、孫策は陣頭に立っていた。討つことは充分に可能だった。


 「よし、頃合いだ。狙うは敵の総大将、孫策の首のみ。同士たちよ、いざ参らん。」

殿しんがりを任されることの多い山越一万が喚声をあげた。怒涛の如くなだれこんでいく。


 山越は山岳地帯での戦を得意としているので、騎馬に乗って戦うことはしない。 馬に跨っているのは部将である太史慈だけであった。

 真っ先に孫策の兵の中に乗り込むと得意の双戟を振り回して敵兵二人を血祭にあげる。

 後陣の歩兵部隊がすぐさま太史慈に追いつき、至るところで白刃戦を繰り広げた。


 太史慈は孫策の姿を探す。


 よほど戦に自信があるのか、孫策は甲冑どころか兜もつけてはいない。戦場でそんな装いをするのは孫策ぐらいなものである。遠目からでも居場所は一目瞭然だった。


 「大将孫策殿とお見受けいたす。我が名は太史慈。いざ勝負!」

(獲った!)

双戟の刃が孫策の首筋に食い込んだ!と思ったのも束の間、間に割り込んできて太史慈の双戟を受け止めた者がいる。


 白馬に跨った小柄な将だった。


 「邪魔立てするな。邪魔立てするとこの双戟の刃のさびとなるぞ。」

「面白い。公孫瓚こうそんさんが旗下、趙雲子龍ちょううん しりゅうが相手をしましょう。来い!」

そう叫ぶなり神速で槍の突きを繰り出してきた。

 双戟で受け止めたけれども、二度ほど兜や甲冑をかすった。

 恐るべき使い手である。


 「おいおいお嬢ちゃん、せっかく活きのいい獲物を見つけたんだ。横取りとは合点がてんがいかねえな。」

乱戦の中、馬に乗って近づいてくる男がいた。右手には一丈八尺もある蛇矛が握られている。

「張飛殿こそしゃしゃり出てこないでください。私が槍を付けたのですから。私の相手です。」


 (女の声!?まさかな・・・しかし、お嬢ちゃんと呼んだぞ・・・)


 白馬の士の声は明らかに高い。

 しかし女技おんなわざで先ほどの突きは無理だ。女が戦場に出てくること自体あり得ない話でもある。


 「これ益徳えきとく(張飛の字)、いい加減にせんか。一端刃を合わせれば勝者が決まるまで手出し無用は戦場の暗黙の掟。わがままも大概にせよ。」

そう言い放って青黒い顔の偉丈夫が馬を進めてくる。腰まで届く豊かな髭を風になびかせていた。右手には青竜偃月刀。

「けど小兄あにじゃ、この男はただ者じゃないぜ。芋を切り分けるようにたちまち二人の兵を斬っちまった。ほらこの切り口を見て見ろよ。」

張飛がそう言って左肩から両断された遺体の左半分を関羽かんうに投げて寄こした。

 関羽がギロリと一瞥すると、一声唸りをあげる。

 隙を見て襲い掛かってきた周昕の兵を馬上から一撃で斬り捨てた。


 切り口を見比べる。


 「なるほど・・・これは趙雲殿には申し訳ないが譲っていただくしかないな。」

「関羽さん・・・だってさっき手出し無用は戦場の掟って・・・」

「いや、これほどの好敵手に出会えたのならば話は別。折り入ってお願い致す。このもののふの相手、ぜひこの関羽雲長にお任せくだされ。」

「小兄そりゃないぜ。俺が見つけた獲物なんだ。」

「益徳は敵大将である周昕を討てばよい。」

「勝手に話を進めないでください!私は絶対に譲りません。今度ばかりは絶対にです!」

「ありゃ、お嬢ちゃんがとうとうキレたな。けど小兄も一度言ったら絶対に退かないぜ。」

「無論じゃ。天下に轟くおとこたちとの戦いこそが我が願い。この部隊を率いる将のめいであってもここは譲れぬ。」


 「・・・関羽さん、張飛殿より面倒くさい・・・」


 内輪もめをしている場を離れ、太史慈は孫策の後を追った。

 趙雲、関羽、張飛らは太史慈の姿が消えていることに気が付いていないようである。


 (山越の兵が押し切れない・・・側面からの効果的な攻撃であるはずなのになぜだ。)


 周囲の状況を見つめながら太史慈は眉をひそめた。

 予定では孫策の兵はすでに潰走しているはずだった。それが、山越の攻撃を堪えながらも前方の陣への攻撃を続けているのだ。六段目の陣もすでに突破されていた。

 あと一段が破れれば本陣は丸裸になってしまう。


 (援軍はなぜ動かぬ。ここで動けば味方の勝利は間違いない。なぜ静観しているのだ。)


 本陣の東西に陣取る袁紹えんしょうからの援軍と曹操そうそうからの援軍のことであった。


 (おかしい。東西の陣に対する敵の構えが薄すぎる。まるで動かぬことを知っているかのような布陣ではないか。)

そう考えて太史慈はうめいた。孫策の陣が潰走しない理由が見えてきたからだ。

 袁紹・曹操軍への備えをすべて山越に向けているのだ。

 だから側面からの攻撃でも崩れない。しかもここで後詰の山越が横やりを入れてくると読まれていた。


 (小癪な孫策め。猪のように猛進するのみではなかったのか。)


 太史慈はギリリと歯ぎしりをして双戟を握る手に力を込めた。

 完全に敵の策略にはまった形だ。なぜか袁紹・曹操軍も敵に通じている。


 太史慈は味方の本陣の方を振り返った。このままでは袁紹・曹操軍からも挟撃を受けかねない。そうなれば退路を断たれて全滅する。

「退け!!ここは一端退け!!山越の民よ、本陣の周昕様をお守りする。退け!!」

太史慈の号令を聞いて山越が退却し始めた。


 「ほう。戦場全体を見つめる視野を持った将がいるとは驚きました。」

そう言って太史慈の前に進み出た者がいた。孫策同様に若い。

「お前がこの策を考案したのか。」

太史慈の問いに若者は答えず、柔らかな笑顔を浮かべているだけであった。

「名は?」

周瑜しゅうゆ、字は公謹こうきんと申します。お見知りおきを太史慈殿。」

「俺の名を知っているのか。」

「山越一の勇者とうかがっております。よもや戦略にも長けているとは知りませんでした。お目にかかれて光栄です。」

「周瑜か、覚えておこう。いずれこの借りは返すぞ。」

太史慈がそう言うと、周瑜の脇から兵がひとり歩み出た。周瑜はじっと太史慈を見つめたままで、

董襲とうしゅうよ、太史慈殿をこのまま帰すわけにはいきません。」

「かしこまりました。」

董襲の馬が駆けた。大薙刀を馬上に構え、すれ違いざまに力強く振り下ろした。

 しかし太史慈の身体には傷一つ無い。董襲が再度馬を寄せた。風を切る音が響く。太史慈はまたもわずかな動きでその刃をかわしていた。

 董襲の額に油汗が浮かび上がる。

 役者が違うのだ。

「さすが太史慈殿。わかりました。またいずれ、この決着をつけましょう。」

周瑜がそう言うと太史慈は静かにその場を去っていった。


 退却する山越に横やりを入れた集団があった。

 呂蒙りょもう率いる騎馬隊と劉勲りゅうくん率いる五千の侠である。


 ここに至り、周昕は陣を捨て、敗走を始めるのであった。



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