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第30回 孫堅死すの報に揺らぐ諸将

第30回 孫堅死すの報に揺らぐ諸将


 豫州よしゅう汝南じょなん

 この地では、後将軍である袁術えんじゅつくみする孫堅そんけん軍と、冀州きしゅうの牧である袁紹えんしょうに与する周昕しゅうきん軍が真正面からぶつかろうとしていた。

 どちらの軍も正式に帝の許可を得て州刺史に任じられている。無論、両陣営ともに譲る気は無い。

 これが長安ちょうあんにあってまつりごとを支配している太師たいし董卓とうたくの仕組んだ「二虎競食の計」である。

 袁家の家督相続の争いと相まって中原ちゅうげんを二分する戦いとなっていた。


 「若殿、荊州けいしゅうを攻められている大殿おおとのからの使いでございます」

一万の兵の陣頭に立ち、敵軍を睨みつけている孫策そんさくのもとに補佐役の程普ていふが進み出た。その横には父親である孫堅の伝令役を務める男の姿があった。荊州から豫州までの距離を休まず駆けてきたのだろう。男は疲労困憊で今にも倒れそうになりながら片膝をついた。

 冷静沈着な程普の表情が青ざめていることに孫策は気づいた。異変があったに違いない。

「・・・若殿にお伝え致します。大殿が荊州の江陵こうりょうの地で討ち死になされました」

「なんだと!父上が黄祖こうそに敗れたというのか」

「いえ・・・黄祖の軍を破り、敵大将を生け捕りに致しました。その間隙を突いて、劉表りゅうひょうの後詰が中入りし長沙ちょうさへ進軍」

「長沙へ中入り・・・そんな大胆な策を劉表が・・・罠ですね」

周瑜しゅうゆがそう呟いた。劉表軍が孫堅軍に勝つためには計略しか手はないのだ。

 「首は・・・父上の首はどこだ。よもや敵の手に渡ったのではないだろうな」

「残りの兵を率いる孫静そんせい様が、大殿の首と黄祖の身柄とを引き換えるという条件を飲みました」

「そうか。首は獲り返したか・・・」

「それがさらなる罠でございました。伏兵の策にかかり我が軍は壊滅。孫静様他、黄蓋こうがい様、韓当かんとう様、朱治しゅち様、徐琨じょこん様いずれの生死もわかりませぬ。生き残った兵たちは南の長沙を目指して退きました」

伝令が血を吐くようにそう言うと、拳を地面に何度も叩きつけた。皮が破れ血が飛び散る。

 孫策、周瑜、程普らは実感がわかず、ただその様子を茫然と見つめているだけであった。


 「どうやら孫堅殿が戦死したようです」

白鎧の女将、趙雲ちょううんが最前列に並ぶ関羽かんう張飛ちょうひにそう告げた。両者ともに特に驚いた様子も無い。関羽は腰まで伸びた髭をさすりながら、

「一年前の戦姿は見事だった。惜しい男を失ったな」

と感慨深い様子だった。張飛は虎髭を掻きながら、

「で、大将を殺されちまった孫堅軍こいつらはどうするんだ」

「孫堅軍には袁術様という後ろ盾がありますから瓦解することは無いと思います。ですが・・・」

そう言うと趙雲はそのうるおった大きな瞳を三十歩先にいる孫策に向けた。 亡き孫堅の後を継ぐのは長子である孫策となるだろう。

 初陣を済ませ、一軍を率いるまでに育ってはいるが歳はまだ十六なのだ。諸将をまとめ国を治めるにはまだ若すぎる。そもそも孫堅軍は孫堅という圧倒的な魅力を誇るひとりの男によって成り立っていた。いいにつけ悪いにつけ影響力は計り知れない。よって英雄・孫堅の死により求心力を失い、離反していく兵が続出することは明白であった。

 自分と同じ歳のこの青年がこの危機をどう乗り越えていくのか。同じく父親を亡くしている趙雲にとっては他人事ひとごとのようには思えなかった。

 「どちらにしても刺史の任は親から子へ世襲できるものでは無い。豫州刺史を巡る戦の名目は完全に逸したな」

そんな関羽の言葉に反応し、張飛はつまらなそうに大きな欠伸をひとつした。

「しかし、ここで周昕を討たねば曹操そうそうとの約束をたがえたことになります。豫州の地を曹操に譲ることが条件で私たちは彼らの領地の通過を許されたのですから」

「その曹操軍は周昕の隣に仲好く陣を構えているじゃねえか」

「あくまでも曹操軍と周昕軍は同盟国ですから・・・」

「フン。曹操という男はいけかない奴だ。信義の欠片も持ち合わせてはいないな。次に会ったときはこの蛇矛で大穴を開けてやるぜ」

「まあ、落ち着け益徳えきとく(張飛の字)、曹操はいずれは倒さねばならぬ相手と見た。その時が来たらこの青竜偃月刀も黙ってはいない。ただ、今は眼前の敵をどうするかだ。ここは我らの将である趙雲殿のご手腕をお見せいただこう」

「え・・・関羽さん、どういう意味ですか」

「そのまんまの意味だろうが。お嬢ちゃんの采配次第ってことだよ」

「采配・・・攻めるしか他に選択肢はありませんが」

「そうだな。問題はどっちを攻めるかだ」

「どっち?周昕の軍は中央です。東西の陣は袁譚えんたん曹昂そうこうの兵ですからこちらから手を出さない限り立ち向かってはきませんよ」

趙雲は目をしばしばさせながら答えた。張飛が天を仰ぎながら、

「そうじゃねえよ。前を攻めるか、後ろを攻めるかだろうが。まったくお嬢ちゃんは天然だな」

「前か、後ろ・・・」

趙雲は後ろを振り返った。

 そこには満身創痍で武器を構えている孫策の兵たちの姿があった。ほとんどの者が重傷を負っているが目の輝きを失ってはいない。おそらく主君である孫堅の戦死を知らないのであろう。

 「孫策殿の兵を攻めるということですか」

「しっ!声が大きい。孫堅が死んだことなんてすぐに広まる。そうなったら敵に寝返る連中も多くなるってもんだ。下手すりゃ俺たちが挟撃に遭う。だったら孫策の首を獲って周昕の奴にくれてやれば、この場は丸く収まるってもんだろう」

「張飛殿、何を言っているんです。先ほど曹操の信義のあり方に異を唱えていたばかりではありませんか。孫策殿は仲間ですよ」

「仲間?本心で言っているのならお嬢ちゃんの頭の中はよっぽどお花畑が広がっているってことになるな」

「張飛殿、私を愚弄するのなら相手になりますよ」

趙雲の目に殺気がこもった。呂布りょふから贈られた愛用の点綱槍の穂先を静かに張飛に向けた。張飛も顔色ひとつ変えずに蛇矛を構えた。

 「いい加減にせんか益徳。大兄あにうえの言葉を忘れたのか。趙雲殿は我らの将だ。そのめいに逆らうことは許さぬ」

「いいや小兄あにじゃ、志を最優先しろっていうのが大兄あにじゃの言葉だ。こんな無駄な戦で命を落としていたのでは志は全うできぬ。俺たちには国を建て直し、天下泰平を遂げるという志があるのだ。それを邪魔する者は容赦せぬ」

「確かに志が信義より先立つ。しかし益徳よ、信義無くして我らの志は遂げられぬのじゃ。趙雲殿は先ず信義を重んじる将。その采配に従うことこそが志を遂げる一歩であろう」

「けど、こんな私欲を肥やすためのくだらない戦に命をかけるなんて馬鹿らしいじゃねえか。そもそも公孫瓉こうそんさんの奴にしても、裏でコソコソやりやがって気に喰わねえ。こいつらの力なんて借りなくても俺と小兄がいれば充分だろう」

「張飛殿、主君を罵倒されてこの子龍しりゅう(趙雲の字)黙って見過ごすわけにはいきません。いざ尋常に勝負せよ」

「おもしれえ、クソ生意気な女のケツ眺めているのも飽き飽きしていたところだ。孫策の首と並べて周昕のとこに送ってやる」

言うなり張飛が馬を進めた。

 蛇矛が唸りをあげて趙雲の顔面に襲い掛かる。

 それを趙雲はまばたきひとつせずに寸前でかわした。

 そして間髪入れずに槍を突き入れる。

 張飛は引き戻した蛇矛でその槍を受けた。

 どちらとも殺す気での一撃であった。

 「互いに退け。これ以上争うのであればこの関羽雲長が相手になる」

関羽は大音声でふたりの間に馬を進めた。

 張飛が舌打ちすると趙雲はムッとした顔でそれを見つめた。

「益徳の素行はこの雲長うんちょう(関羽の字)が謝罪する。ほれ、この通りじゃ」

そう云うと、関羽は深々と頭を下げた。

「よいか益徳。我らの志は一朝一夕で成し遂げられるものではない。またひとりふたりの将の活躍でも及ばぬものじゃ。我らの求めるものは遥かに遠くて困難な道のりの先にある。急がば回れの言葉の通り。今は信義を積み重ねることが肝心じゃ。その積み重ねがやがて天下に通ずる。焦るな益徳」

 それを聞いて張飛は、深く息を吐きながら矛を収めた。


 一方、周昕の陣。

 大きな喚声が上がった。

 見ると若武者が一騎、雄叫びをあげながら敵陣こちらに向かって駆けている。

 大将の孫策であった。

 その後を追うように程普や周瑜らの諸将と兵が続く。

 やや時をおいて公孫瓉の陣営も動いた。趙雲を先頭にして四千の白馬が敵陣こちら目がけて突っ込んできた。

 周昕の陣の一列目から三列目までが一気に崩れた。

 四列目がなんとか持ちこたえる。周

 昕の思惑では左右の援軍が、そのまま横やりをいれて押し込むはずだった。しかし黄色の旗印の袁譚軍も、青い旗印の曹昂軍もまったく動く気配がない。

 ドラの鐘を鳴らす。

 使いの者を何度も送った。

 しかし動かない。

 敵軍の伏兵の動きを警戒しているとの答えが返ってきた。斥候からはそんな報告を受けてはいなかった。仮に伏兵がいたとしてもこのまま囲い込んでしまえば孫策の首は獲れる。数で圧倒しているのはこちらなのだから。

 四列目も破られた。残りは二段。

 敵軍の最前列に並ぶ将たちの尋常ではない武威を見せつけられて、周昕の兵は完全に委縮してしまっている。

 「刺史様。後詰の我らを解き放ちください。このままでは持ち堪えられません」

周昕にそう進言した者がいた。後詰を任された山越さんえつ族の将である。揚州ようしゅうに地盤を持っている周昕の兵の大半は、山越族という異民族だった。豫州に移ってからは漢人を多く雇うようになったが、軍の核は確実に経験豊富な山越族である。

 「よし、崩れた陣の残兵たちも舞い戻って七段目を築きつつある。敵もさすがに一呼吸おくだろう。その隙を突いて孫策の首を討て。孫策を討てば潰走する」

「ありがたき任。この太史慈たいしじ、山越の名に懸けて孫策の首を討ってご覧にいれる」

「うむ。頼むぞ子義しぎ(太史慈の字)。」


 山越族一万が後方から静かに動き始めた。


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