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第27回 公孫越の参軍

袁術の危機に、援軍が到着しました。その名も「白馬義従」

第27回 公孫越の参軍


 中央の混乱に拍車がかかり、政治は混沌としていた。

 国としてのまとまりは崩壊したに等しい。

 地方の軍閥はこれ幸いと勝手気ままに領地を支配している。当然のように他領に侵入し勢力を拡大しようという野心家も登場してきた。


 公孫越こうそんえつの兄、奮武将軍・薊侯の公孫瓉こうそんさんもそんな群雄のなかのひとりである。


 騎射を得意とする騎馬隊を率いて北方の異民族を討伐し名をあげた。


 白一色に染め抜かれた騎馬隊は「白馬義従」と呼ばれ恐れられ、それを率いる公孫瓉は「白馬長史」と畏敬の念を込めて称えられている。


 現在は幽州ゆうしゅう北平ほくへいを拠点としているが、同じ幽州の牧である劉虞りゅうぐが拠点とするけいとの諍いは絶えなかった。


 原因は兄の野心であると公孫越は考えている。


 兄は幽州はおろか、隣接する冀州きしゅう并州へいしゅう、さらにはその南に位置する青州せいしゅうまで手を伸ばそうと画策していた。


 そのため遠交近攻の戦略を奨励し、徐州じょしゅうの刺史である陶謙とうけん荊州けいしゅうの北で覇を唱える袁術えんじゅつと手を結び、劉虞や冀州の牧となった袁紹えんしょう兗州えんしゅう曹操そうそうなどと対抗しようとしている。


 袁紹は劉虞を新しい漢皇帝に擁立しようと熱心に策を練っていたが、劉虞本人にその気がないため白紙となっていた。


 正式な皇位を引き継ぐ証となる「玉璽」が手元に無いことが一番の原因であった。


 逆にその玉璽を手に入れた兄は、皇室の血筋を受け継ぐというどこの馬とも知れぬ庶民を皇帝に祭り上げた。


 劉備りゅうびという男だ。


 耳が大きいだけで茫漠としてつかみどころの無い男だが、一度語り始めると途端に人が変わったかのように熱く志をぶつけてくる。


 皇室を建て直し、国を健全な形で治めていく思いは並々ならぬものがあった。


 さらに口だけでは無く自らの命を賭して戦う覚悟もある。


 劉備と義兄弟の契りを交わしているという二人の偉丈夫の「武」は、天下に鳴り響いてもおかしくないほどのであった。


 劉備は「皇帝代行」だとうそぶいている。

 現在の皇帝「献帝けんてい」を董卓とうたくから救い出した暁には、その任から下りる気らしい。


 太師たいしを自称し、三十万の兵を率い政を支配している董卓を討つほどの実力は兄には無い。


 劉備もそれはわかっている様子だった。


 劉備は兄の兵力を当てにはせず、皇帝代行の名のもとに兵を結集しようとしているのだ。一年前の「反董卓連合」を踏襲しようとしていた。


 兄も表向きはそれに同調していたが、腹の内は違う。要は他国を侵す名目が欲しいだけなのだ。皇帝代行の旗印があればほとんどの横暴が許される。


 そしてそれに従わぬ勢力は「逆賊」。


 兄は必死になって劉虞や袁紹らをそこに追い込もうとしていた。


 しかし袁紹の人望、人脈、声望は河北の地と人に浸透しつつある。

 「袁家」が長い年月培ってきた名声はそれほど巨大だった。


 玉璽以上に兄が必要としているのは袁家の袁紹に対抗できる袁家嫡男である袁術の協力だった。


 「将軍、まもなく潁川えいせんに到着します。戦場は現在、敵味方の区別がつかぬほどの混戦状態だということです」


 伝令の報告を聞いて公孫越はニンマリとした。


 「越様、案外に袁術もしぶといですな。董卓の精鋭の挟撃にあって未だに持ち堪えているとは」

白馬義従二番隊隊長の田堦でんかいが隣に馬を進めてそう話かけた。

 公孫瓉の信任が最も厚い部将である。冷静沈着で劣勢でも動じぬ芯の強さを持っている。


 「持ち堪えてもらわなければこちらも困りますからね。わざわざ北平から出向いてきた甲斐がありませんよ」


 「しかし袁術の本拠地である南陽なんようは落ちたとか。例え救い出しても逃げ場がないのでは……隣の汝南じょなんに逃れても追手を引き込むだけで解決にはなりますまい」


 「ええ、汝南では近すぎます。袁術殿には残念ながら豫州よしゅうの地は諦めてもらいましょう。曹操ともその約束ですし」


 「では、北平まで連れ出しますか」


 「ハハハハハ、方緒ほうしょ(田堦の字)もたまには面白いことを云いますね。これ以上北平に名ばかりの者を集めても無駄というものです。袁家嫡男にはあくまでも中原ちゅうげんに居て、こちらと連携してもらわなければなりません。この際、袁術殿には揚州ようしゅうまで移動してもらいましょう」


 「揚州……異民族が住む僻地ではありませんか」


 「さすがにそこまで山奥に行ってもらうつもりはありません。州都のある北の寿春じゅしゅんです。あそこなら隣接する徐州の陶謙殿の息もかかっていますし、兗州への牽制にもなります。袁紹や曹操を挟撃するにはもってこいではありませんか」

「なるほど。確かにそうですな。お見事なご慧眼」

「ありがとう。と云いたいところですが、私の献策ではありませんよ。張昭ちょうしょうという男の案です」


 「張昭?聞かぬ名ですな。何者です」

「陶謙殿が随分と熱を入れている男です。フフフ、振られっぱなしのようですがね。まあその執着ぶりに対する後生ということでひとつだけ策を授けてくれたようですね」

「徐州にいるのですか?その男は」

「さあ、今頃は陶謙殿に逆恨みされて殺されているかもしれませんね。なかなかの偏狭ぶりですから、陶謙殿は」


 「それでは袁術を救出し、寿春まで警護するのが我々の任務となりますな」

「子どものお使いではあるまいし、そこまで手とり足とりする必要はないでしょう。混戦から袁術殿を救いだし、追撃を二度防いだら北平に帰還します。汝南にはあの活きのいいお坊ちゃんがいましたし、後は何とかするでしょう」


 「活きのいいお坊ちゃん……ああ、孫堅そんけんの長子、孫策そんさくのことですか。しかし豫州刺史の周昕しゅうきんに攻められて援軍どころではないのでは」


 「いえ、それは杞憂きゆうですよ。子竜しりゅうが詳細を知っていますから上手くしのぐはずです。袁紹と曹操も今回ばかりは目を瞑る算段。寿春までの障害はほとんどありません」


 「そこまで話がついているのなら問題ありませんな。それでは一気に突撃し袁術をこの戦場から離脱させましょう」

そう云い残して田堦は馬を返して自部隊に戻っていった。


 すると笑みを浮かべていた公孫越の表情が途端に引き締まり、

(問題なければいいんですけどね。あいにくそう上手く運ぶかどうか。袁紹が我々の通過を安易に許した理由もわかりませんからね。問題があるとしたら袁術よりもむしろ我々の方かもしれませんよ。)


 先の事を考えて顔を曇らせていた。


 潁川の戦場は文字通りの修羅場であった。


 損傷の激しい屍が至る所に転がっている。

 董卓側の馬であろう。

 傷付いた馬たちが立てずに鳴いている声が憐れであった。


 まともに食事もとれていない痩せ細った遺骸は袁術側のものに違いない。


 どれもこれも鬼気迫る表情で地に伏せている。


 袁術軍は遮二無二押し込んでいた。


 失うものが何も無いといった戦い方である。

 

 異民族がよくこのような戦い方をしていたことを、公孫越は思い出していた。


 異民族たちは、自分たちの土地に侵入しようとする敵と、誇りを持って戦う強い覚悟を有している。

 死を恐れない。

 それに対するにはそれ相応の損害を覚悟しなければならなかった。最も手ごわい戦いとなる。


 公孫越は、弱兵と名高い袁術軍にそれができることに驚いていた。

 しかも自領を侵されたわけではなく、隣接する潁川の地の侵略に義憤しての戦いなのだ。


 袁術とは兵の心を動かす強い志を持った男なのかもしれない。


 多勢に無勢。精も根も尽き果てた袁術軍は、いよいよ董卓の騎馬隊に蹂躙され始めていた。


 先陣や本陣が密集していたところも騎馬隊の突撃を何度も受けてばらばらに散っている。


 後は各個撃破されて全滅となるだろう。


 公孫越は落ち着いて戦況を見守った。


 袁術の本陣を探す。


 一万三千に及ぶ白馬義従が突っ込む先はその一点だけだからだ。


 「越様。あちらに袁術本陣が」

寡黙な厳綱げんこうが珍しく自分から口を開いて進言してきた。


 指し示す方向に守りの堅い核のような集団がある。


 おそらくは袁術旗本の一団であった。

 数にして二百に満たない。それがまさに風前の灯火。二方向から李傕りかくの将の突撃を受けようとしていた。


 「機、ですね。厳綱殿は右の相手をたのみますよ。私は左に向かいます。叩いても深追いは禁物です。袁術殿を守って戦線を離脱。東南に進みましょう」


 厳綱が頷く。


 この男、白馬義従の一番隊隊長で、もとは公孫瓉より格上の軍閥の主であった。それが公孫瓉の人柄と志に惚れて随身してきたのである。

 公孫越としても未だに厳綱にだけは敬語で話をするように心がけていた。

 戦上手でもあり騎馬隊の戦い方はまさに熟練の技である。ゆえに兵を分ける時、公孫越は必ず厳綱に託した。


 「西涼せいりょうの騎馬がどれほどのものか、味見させていただきましょうか」

そう云って公孫越は突撃の指示を出した。一矢乱れぬ隊列で白馬義従が動き出す。



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