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第25回 連環の計の終着

「連環の計」の総仕上げの刻です。王耀らは董卓を討てるのか!?

第25回 連環の計の終着


 新都、長安ちょうあん


 後漢皇帝である献帝けんていが幽閉に近い形で生活している場所である。

 その西方二百五十里(125㎞)の場所に太師たいし董卓とうたくの居城、郿城びじょうがあった。

 壮麗堅固なこの城に今、四人の刺客が訪れていた。


 「耀よう、私を止めるな。これ以上、董卓やつの好きにはさせない。貂蝉ちょうせんなぶられる前に決着をつける」

怒りで充血した目をたぎらせながらはそう云った。

 未だ片膝をついた状態であったが、放っている殺気は尋常なものではない。

 妹同然に可愛がってきた貂蝉を目の前で蹂躙されることが許せないのだ。思春期の女子としても身の毛がよだつほどの激しい嫌悪感が込み上げてきていただろう。


 隣で同じ姿勢をとっていた王耀おうようも必死に冷静さを保とうとしていたが、内心は同じであった。が、口元を動かさずに斗の行動を制した。


 「待て阿斗あと、ここで迂闊に動けば討ち漏らす。もう少し様子を見ろ」

「様子?馬鹿なことを。妹があんな狂人に犯されるのを黙って見ていろと?」

「私情に捕らわれて動けば犬死だぞ」

「犬死?上等だ。天下の世情など糞くらえだ耀。憐れな貂蝉いもうとの純潔を守るために私は死ぬ」

「計画が水の泡になるんだぞ。貂蝉がそれを望んでいるとでも思っているのか」


 「安心しろ。私が死んでも呂布ちちうえが仇を討ってくれる」


 そう答えると斗は立ち上がり駆けていた。

 王耀がその腕をとって止めようとしたが、残像を空しく掴んだだけであった。


 女子にとって政治や秩序は命をかけるものではない。

 第一は家族の命。

 家族の尊厳こそが命を賭してでも守るものである。

 基礎が純粋な愛情でできているために決断や行動もまた純粋で躊躇がない。

 男にとって計画の頓挫は重要な問題ではあるが、それが代償になっても尚、執着すべきものが女の斗にはあるのだ。それに命を賭けることは犬死ではなかった。


 斗が二歩進んだ瞬間に床が開いて黒い装束に身を固めた兵十名が躍り出てきた。敵将の暗殺などを請け負ってきた董卓の影の軍団の一員である。無論全員が歴戦の勇を誇っていた。


 斗の斬撃を受けて十名全員があっという間に血の海に沈んだ。


 剣を振る腕力は大人に劣るが、それを補って余りある「速度」を斗は持っている。

 相手が一歩踏み込んでくる間に三歩進む技を「虎歩」と呼ぶ。

 実践できる者は数少ない。

 斗は中郎将ちゅうろうしょうである呂布りょふの娘だ。最強の武を誇る「飛将軍」の血筋を受け継ぎ、幼少より呂布直々に武芸を鍛えられている。

 

 そしてその呂布をして、「同じ年頃を比べると自分より阿斗の方が武芸の腕は上である」と云わしめた。


 これは親馬鹿の戯言としては片づけられない。実際に呂布の旗下で斗と互角の勝負をできるのは張遼ちょうりょう高順こうじゅんくらいなのだ。


 左右の柱の影からもそれぞれ十名の兵が現れた。


 王耀も胸を床に擦れつけんばかりの態勢で駆け、そして地から天に払うように「北斗七星の剣」を抜いた。


 顔面を両断されて兵のひとりがどっと倒れる。


 王耀はここが董卓を倒す「機」だと感じたわけではない。むしろ斗の猪突ぶりに怒りすら感じていたが、ここに至っては覚悟を決めるしかなかった。


 王耀も幼き頃より呂布の師事を仰いでいる。

 歳は十四だが、人間を斬り殺した数はその辺りの武将を遥かに凌駕しているだろう。

 司徒・王允おういんの指示のもと幾多の政敵、刺客を倒してきたのだ。 

 「虎歩」の技こそ身につけられなかったが、剣技においては斗に劣らない。だからこそ斗も王耀のことを我が夫になるにふさわしいと、その存在を認めていた。


 斗と王耀が並んで駆けた。


 董卓まではまだ十歩の距離があった。


 その前にはいつのまにか警護の兵が三十人ほど集まり人垣を作っていた。

 手には槍、身は頑健な甲冑をまとっている。いずれも董卓の旗本の手練れたち。

 貂蝉の姿はその向こうにあった。


 「小僧たちにしては手慣れたものだ。王允には精強な暗殺団があると耳にしたが、さてはお前たちのことか」

董卓がニヤリと笑ってそう云った。その表情からは微塵も恐れや不安は感じさせない。むしろ喜んでいる節さえあった。


 王耀と斗は一瞬だけ止まって呼吸を整え、そこから人垣の左右に散って揺さぶった。

 その動きを捉えようと足並みが揃わなくなったところを目がけて一気に二人は斬り込んだ。

 斗の目前に立ち塞がった三人の兵が首から血を噴出させて倒れた。

 次の瞬間には兵たちは斗の姿を見失っている。


 王耀は槍の穂先を見きって寸前で躱すと目にもとまらぬ速さで突きを繰り出す。

 三段に踏み込み、ひとりの喉だけではなく一瞬で三人の喉を貫いていた。

 倒れかけた兵を盾にして敵の攻撃を躱すと、さらに左側にいる兵三人に突きを食らわせる。動きに淀みがなく、誰も捉えきれない。


 董卓軍の兵の断末魔や咆哮だけが室内に響き渡るが、王耀や斗は一言も発さずに黙々と剣を振るっていた。


 「動くな。動けばこの娘の命は無いぞ」

董卓が貂蝉の身体を抱きかかえるようにしてそう叫んだ。右手には剣が握られている。刃が貂蝉の首筋に当てられた。


 ここで立ち止まれば王耀も斗もたちまち串刺しにされていたことだろう。

 二人は貂蝉が人質に取られたことなどまったく我関せずに踏み込み、兵を斬った。

 すでに三十を超える屍が床に転がっている。誰ひとり王耀とも斗とも刃を合わせてはいなかった。刃を合わせる前に斬られている。


 やがて董卓の周りにいた最後の兵も血を流して倒れた。


 残ったのは董卓ただひとり。


 さすがに王耀も斗も呼吸を乱している。

 返り血を浴びて衣服は真っ赤に染まっていた。


 斗が持っていた剣を投げ捨て、倒れている兵から槍を奪った。

 人間の脂肪を斬り過ぎて切れが悪くなったからだ。

 その点、王耀の持っていた「北斗七星の剣」は名剣中の名剣である。血のりひとつついてはいない。その切っ先はいよいよ鮮明に輝いていた。


 「なるほど。これが王允の奥の手か……。見事な手練れじゃ。これまで王允の周辺を細かく探ってきたが暗殺団の詳細は掴めなかった。まさか、このような年端もいかぬガキどもだったとはな。見つからぬはずじゃ」

そう云って董卓は狂ったように笑った。


 「董卓様。それでは決着けりをつけさせていただきます。もはや兵を呼んでも間に合わぬ。背を向けて逃げても私たちから逃れることはできません。ご覚悟を」


 王耀がそう云って剣を構えた。

 斗も背後に回って槍を構える。

 楊脩ようしゅうだけはじっとして固唾を飲んで見守っていた。


 「刺客の剣で董卓を討てるか?」

「この剣は袁家嫡流に受け継がれる七星の剣。董卓様を討つのは刺客の剣ではなく、袁家の剣でございます」


 「袁家嫡流……?お前は一体何者なのじゃ」


 一瞬の隙。

 そこを逃さずに貂蝉が髪に刺していたかんざしで董卓の右腕の腱を貫いた。

 カランという音をたてて剣が床に転がる。

 董卓は憤怒の相を浮かべて貂蝉の首を左手で掴んだ。首の骨を折ろうと凄まじい握力が加えられた。


 「私の妹からその汚い手を離せ蛆虫野郎!」

斗が槍を振って董卓の左肘を貫いた。

 貂蝉が逃れる。


 「これが洛陽を焼き尽くされた民の恨み。無実の罪で囚われ、殺された官の恨みです」

王耀がそう叫ぶなり董卓の顔面を顎下から斬り上げ、よろめいたところを必殺の突きでとどめを刺した。


 大きな地響きをたてて董卓の亡骸は地に崩れ落ちた。


 「そこまで。そこまでだ!」

前方から声がかかる。太尉である張温ちょうおんであった。董卓が死んだというのにずっと席についていた。


 「これ以上暴れると命は無いぞ」

至って冷静な口調であった。

 隣の席に座る尚書令の蔡邕さいようも動じずに頷いている。


 「お前たちの倒した相手は太師様の影武者。これは太師様が唯一懸念されていた王允の暗殺団を洗い出す芝居だ。よもやお前たちのような者とは思わなかったがな。この広間は二千の兵に囲まれている。もはや逃れることはできんぞ」


 広間の外から喚声が聞こえてきた。


 踏み鳴らす足音は確実に千を超えるものであった。


 王耀はため息をついて膝をついた。


 ここが終わりであることをはっきりと悟ったのだ。



 こうして司徒王允、中郎将呂布、後将軍袁術、車騎将軍朱儁、司空楊彪らが画策し、積み上げていった「連環の計」は看破され、董卓暗殺の目論見は露と消えたのであった。


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