第5回 補給線
袁術軍の兵站に乱れが……。
敵は誰なのか!?
第5回 補給線
董卓軍と反董卓連合軍が対峙し、互いに静観を続けること十日あまり。
しびれを切らした酸棗の連合軍の本陣が思い切った決断を下した。
鮑信の軍と向き合う徐栄の軍と、孫堅の軍と向き合う胡軫の軍の間隙を縫って汜水関を攻めるという作戦だ。
汜水関は洛陽の都を守る砦であり、董卓軍としてはここを抜かれると一気に都を突かれることになるので、是が非でも死守しなければならない。
汜水関の司令官である中郎将の徐栄と李蒙は精鋭三万を率いて出撃していたし、陳留郡太守の胡軫は武名が近隣に鳴り響いている華雄を先鋒にたて二万の兵で別方面に出撃していた。
そうなると汜水関に残るのは騎都尉である呂布と李粛の一万ほど。関の守りは固いとしても手薄であった。
汜水関が落ちれば外にいる徐栄軍も胡軫軍も孤立無援となり瓦解する。
酸棗の本陣の立てた作戦は最も効果的なものであると言えるだろう。
これは一般的に「中入り」という戦略で、対峙する敵陣に気づかれず敵の背後にある本拠地を突くというものだ。
しかし、戦局を劇的に変える効果を秘めている反面、敵も警戒するので失敗することも多い。
気づかれると挟撃の憂き目にあい、下手をすると全滅する。
まさに諸刃の剣の戦略である。
河内からは王匡の軍が名将として知られる方悦を先頭に汜水関を目指し、酸棗の本陣からは兗州刺史の劉岱、広陵太守の張超が大軍を率いて進軍した。
それを察すれば徐栄も胡軫もじっとはしていられないはずである。中入りを食い止めようと撃退に動く。
そうなれば目前に対峙している鮑信軍も孫堅軍もこの機会を逃すはずはない。 その背後を追い、連合軍は大勝するのだ。
司令官が汜水関を出てしまった以上、もはや動いても動かなくとも勝敗は決する憂き目だ。中入りを止める術は董卓軍には無いというわけである。
「いけません。いけませんな」
いつもの口癖を誰に憚ることもなく、伝令役の閻象が俺の幕舎に入ってきた。
「どうした。また、兵たちの鍛錬不足を嘆きにでも来たのか」
「いえ、それどころではありません。南陽から兵糧が届かないのです。何度も催促の使いを出していますがなしのつぶてです」
「どういうことだ。南陽には半年分以上の兵糧の蓄えがあったはずだが」
「はい。それは間違いありません。問題は輜重隊でございます」
「兵糧を輸送する部隊のことか。何か不手際でもあったのか」
「襲撃されております」
「襲撃だと?」
「南陽からこの魯陽までの兵站だけではありません。魯陽から突出している孫文台殿の軍までの補給線も乱れております。現に孫文台殿から兵糧補給の要請が毎日のように届いております。こちらから輜重隊を送ってはいるのですが、到着はしていないようです」
「どこから攻めてきているのだ」
「生き残った兵たちの話をまとめましたが、敵は賊ではありません。董卓軍です」
「董卓軍だと……いったいどこにいる」
「わかりません。神出鬼没です。五千ほどの兵のようですが、襲撃後に分散します。そして輜重隊が通るとまた集結するのです。紀霊や張勲が周辺を捜索しましたが見つかりません。かなり土地勘に優れた将が率いているようです」
「五千もの兵の居場所が見つからないのか」
「……これはあくまでも噂なのでが……」
「なんだ。云ってみろ」
「荊州の刺史、劉表が手引きしているのではと」
「まさか。劉表と言えば景帝の子孫、帝の血族。兵こそまだ出してはいないが、董卓の横暴で衰退した皇室に危機感を覚えて反董卓連合に加盟しているではないか」
「そうです。ですので、あくまでも噂に過ぎません。しかし兵を出さないのは明らかに不自然です」
確かに表の顔と裏の顔は別物の人物は多くいる。反董卓連合に名を連ねることにしても、名声を高める目的のみで、率先して戦うことをしない者もいるのだ。それは劉表に限らない。
「劉表は八俊のひとりに数えられるほどの儒学者ですが、荊州刺史に任じられてからは地域の権力者を懐柔または謀殺して力を蓄えているそうです」
当然のことだ。血筋と官位だけで人心をまとめられるほど甘い時代ではない。
つまり表では反董卓連合の一員のような顔をして、裏では董卓と繋がっているということか。確かに充分にあり得る話だった。
烏丸や鮮卑と呼ばれた異民族の鎮撫で名を馳せた奮武将軍・薊侯の公孫瓚などもそれに近い存在だろう。
劉表が本格的に荊州を支配するためには江南の長沙で大きな力を有する孫堅が目障りなのだ。これを機会に叩いてしまう腹積もりなのかもしれない。
「これも確かな話ではないのですが、襲撃部隊の将は張繍ではないかとのことです」
「誰だ。その張繍とは」
「董卓からの信頼の厚い四人の将軍のひとり張済の甥です。騎兵を操るのが巧みだとか。涼州では名の知れた武将のようです」
「張繍とて兵糧は必要だ。五千の兵を維持するための補給はどうしている。まさか我が軍の輜重隊から奪って食いつないでいるわけではあるまい」
「ですから、それをおそらく劉表が……」
だとすると、張繍軍への補給を劉表は用意周到に行っているはずだ。現場を押さえたとしても、おそらく後からいくらでも云い逃れできるようになっているのだろう。
「輜重隊を守るためにこの魯陽から兵を繰り出すと、今度は逆に本陣が危なくなります。出せて三千が限度です。しかし敵が五千の騎兵相手では防ぎようがありません。」
「輜重隊は守り抜けぬと云うのか。それでは孫堅の軍が飢えてしまうぞ。ここ両日はまともに食べていないであろう」
「しかし連合軍の本陣が中入りで汜水関を落とせば解決です。陳留方面からの糧道も拓けます。ここは辛抱の為所でございましょう」
それが最も理に適った作戦であろう。本陣はそろそろ汜水関に届きつつあるはずだ。
しかし、戦とはなんと面倒なことか。
兵を鍛える、将を育てることも至難の技であるが、地味に補給線や兵糧についても配慮しなければならない。
これほどの労力を注いで得ることのできるものとは一体何であろうか。
そもそも、なぜ人間は戦によって物事を解決しようとするのだろうか。
これでは縄張り争いを繰り返して傷つき果てる野犬の群れと何ら変わりがない。
一刻も早く帝を連れ戻し、強い柱を持つ国家を再建しなければならない。
酸棗の本陣を出た劉岱、張超の軍が汜水関に迫っていた。
そしてあの男が動きつつあった。
「飛将」呂布奉先が……。