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第24回 袁術と袁紹の緒戦

豫州刺史の座を巡って、孫策と周昕が真っ向からぶつかります。

第24回  袁術と袁紹の緒戦


 豫州よしゅう汝南じょなん


 州刺史代行として一万の兵を率いこの地の賊徒たちを討伐していた孫策そんさくの前に、最大の危機が訪れていた。

孫策の父である孫堅そんけんは、反董卓連合での活躍が認められて豫州刺史を拝命した。その背景には後将軍である袁術えんじゅつの政治力が大きく影響している。

しかし、袁術との家督争いを繰り広げている冀州きしゅうの牧、袁紹えんしょうからの推薦によって別な人物もまた同時期に豫洲刺史に任命されていた。

 揚州ようしゅう丹陽たんよう郡の太守を務めていた周昕しゅうきんである。


 

 「お待ちください若。周昕とは正面からぶつからぬという約束ですぞ。正規兵五万相手に疲弊している兵一万ではまるで太刀打ちできません」

補佐役の程普ていふは言葉では制止は不可能と悟ったのか、得意の鉄脊蛇矛の穂先を堂々と主君である孫策に向けながら諫言した。どんな手段を使ってでもこの先には進ませないという覚悟の現れであった。


 当の孫策は眼前に突き付けられた矛先など歯牙にもかけない様子で遥か前方を食い入るように見つめている。

敵の姿がわずかでも見えたら瞬時に駆けだしそうな気配があった。


 そうこうしている間に五黒風ごこくふうの首領たちを討ち取った趙雲ちょううんたちの軍勢が戻ってきた。逃散ちょうさんした賊徒を追撃していた周瑜しゅうゆの軍勢もその後に続くように帰還してくる。


 戻って来た将のなかで孫策の案に同意するものは誰もいなかった。


 「孫策様にはお伝えしなければならないことがあります」

趙雲が白銀の兜を脱ぎ、孫策の愛馬「飛燕」の前に馬をつけて話を始めた。

孫策の意識が初めて敵影から逸れる。


「我々が北平ほくへいの地からここ豫州に到着するまでの過程の話です。その間には袁紹殿の領地と曹操殿の領地があります。現在、袁紹領地の渤海ぼっかいには青州せいしゅうから溢れて出た黄巾の徒が大勢なだれ込んでいます。曹操領地の兗州えんしゅうも同様です。猫の手も借りたいほどの状況。当然のことながら袁紹殿からは援軍の要請が我が主君である公孫瓉こうそんさんにはありました」


「よくそんな状況で通過を許可してもらえましたね。あなたがたの目的は袁紹と敵対する袁術様の援軍。二重の意味で袁紹は通したくは無かったはずです。私もその点を不思議に感じておりました」

美周郎びしゅうろうと呼ばれるほどの容姿端麗な周瑜がそう云いながら孫策の隣に馬をつける。孫策と周瑜は義兄弟の契りを結ぶほどの朋友だった。


 「そこは荀彧じゅんいく様の手腕です。見事に袁紹殿と曹操殿を説き伏せました」

「ほう、あのお方が」

周瑜が感嘆の声をあげ、先ほどここにいた男のことを思いだした。公孫越こうそんえつの陣にあって、唯一武装していなかった男だ。潁川えいせんの名家、荀家の麒麟児として名は知られていた。


 「もちろん、ただで、とはいきません」

「そうでしょうね。それに見合った対価となると……さて、難しい話です」

「ふたつほど条件を提示されたそうです。そして両方を飲みました」


 孫策軍の斥候が慌ただしく出入りする。

 敵の到着を告げていた。

 目前の丘の両側にびっしりと五万の軍勢が並んだ。

 中央は「周」の旗が所狭しと靡いていたが、東の端には黄色の「袁」の旗、西の端には青色の「曹」の旗が僅かに見て取れた。

 数にして二千ずつといったところだろうか。


 「ひとつは黄巾の襲撃に対する援軍を出すこと」

趙雲は冷静に話を続けていた。孫策も駆けたがる飛燕の首筋を撫でながら耳を傾けている。


 「援軍……?袁術様は董卓とうたくの主力と戦っている最中。援軍に出す軍勢などありません。承知したとて、そのようなものは口約束に過ぎないのでは」

周瑜の言葉に対し趙雲はゆっくり首を横に振った。

「荀彧様はまず曹操殿を説き伏せました。曹操殿とて黄巾の来襲に備えなければならない状態。その中にあって、陳留ちんりゅうを襲う郭汜かくしの軍に向かい太守である張邈ちょうばくを救おうと兵を送りました。さらにこうやって周昕の援軍にも兵を割いています。曹操殿とて台所事情は厳しいのです。このような援軍で一兵も失いたくはないというのが曹操殿の願い。荀彧様はそこを突いたのです。袁術軍と対峙することになっても正面から戦うことはしないという約定を交わしました」


 「なるほど。信義を守るために援軍は出すが、あくまでも名目上の話。兵を守るために戦わない。ということですか。つまりあそこにいる曹操の軍は案山子かかし同然ということですね」

「はい。これで曹操軍の被害は皆無になるのですから実際に援軍に出しているのと同じことです」


 「もうひとつの条件とは?」

「この豫州の地を曹操に譲るということです」


 それを聞いて孫策の眼光が鋭くなった。殺気が籠る。話の展開次第では斬り捨てるという構えだ。

 趙雲は気にせずに話を続けた。

「袁術様が董卓の手で討たれてしまえば孫堅殿の豫州刺史の話など簡単に吹き飛びます」

「背に腹は代えられぬ、と?」

「ええ。このふたつで我々が袁術様の援軍に向かうことを曹操殿は納得されました」


 つまり曹操は恩義のある周昕から豫州を奪うという算段をつけたことになる。

「それでは袁紹に利はありませんね。袁紹の首をどうやって縦に振らせたのですか」

「それは……それは荀彧様もわからないようです。そこから先は曹操殿が袁紹殿と直接話をしたそうです。条件の程は不明ですが、通過の許可がおりました」

「荀彧殿が曹操を説得し、曹操が袁紹を説得したということですか。気になりますね……よほどの条件でしか袁紹は飲まないはずですから」


 「袁紹殿の軍も豫州が曹操殿の領地になるのだったら戦うことはしないという話です。あの東西の兵は動きません。もちろんこちらから攻めたら話は別ですが」

「曹操軍としては、我々と周昕の双方が戦って周昕が滅ぶというのが望みですね。そうすれば何ら兵を失わずに一州を手に入れられます。東郡とうぐんの太守の地位から一気に州刺史へ出世。夢のような話でしょう」

「戦況によっては曹操軍は周昕軍の背後を襲うかもしれません」


 「なるほど。趙雲殿のお話はよくわかりました。事前に聞いておかねば大変な事態になっていたところです。しかし、今の話を聞いている限り我々孫堅軍には戦って得るものがありません。周昕を討っても刺史の座は奪われるのですから戦う必要がないのです」


 「いえ。それがあなた方には戦う必要があるのです」


 「ほう。我々が戦う理由は何ですか」

「この何万と続く南陽なんようから逃れた人々を救うためです。ここで周昕を討たねば、この人々は五黒風の一味とされ虐殺されるでしょう。袁術軍にくみする人たちの家族が皆、殺されることになってしまうのですよ」

「この人々を守るために我々が血を流すと?」

「この人々を救うことは、袁術軍にとっての最も大切なものを守ることと同義です。絶大な恩を売ることになります。袁術様の娘と孫堅殿の子息の婚儀も滞りなく進むことでしょう。仮に豫州を失うことになっても、それに見合った、いえ、それ以上の領地も手に入れられるはずです。例えば、荊州けいしゅうだとか」


 周瑜は趙雲の話を聞いていて内心舌を巻いた。

 孫堅軍の胆をしっかりと押さえている。

 おそらくそれが荀彧の思惑とはかりごとでもあるのだろう。絶妙な外交の手腕と感嘆せざるをえない。荀彧自体が現在無官の徒であることが信じられなかった。仕える主君さえ間違えなければ、天下のまつりごとを存分に切り盛りできる器量の持ち主であることがうかがえる。


 「斥候の持ち帰ってきた情報によりますと、東の陣は袁紹の長男、袁譚えんたんが率いる歩兵三千。西の陣は曹操の長男、曹昂そうこう率いる歩兵二千。中央には周昕率いる兵四万が六段に分かれて陣を敷いているようです。多勢ながらこちらの突撃を警戒しています」

程普の報告を聞いて孫策は唾を吐いて激しく嫌悪した。

 

 守りの陣だ。

 半数以上が負傷している一万の兵を相手にして守りの陣を敷くのは腰抜けの証だった。


 「戦うにしてもここは一端退いて態勢を立て直す必要がある」

周瑜がそう云うと、趙雲が視線を逸らさずに

「この人たちを置いて退くのですか」

「しかし、この数の流民を守りながら一万の兵で五万の兵とやり合うのは無理だ。せめてこの人々をどこかに匿わねば戦えぬ」


 「私に良い案があります。」


 周瑜と趙雲の間に入ったのは、州刺史の別駕べつが(補佐官)である呂範りょはんだった。地元の役人から選ばれた男で、戦いには疎い。しかしこの汝南の地理には詳しい。

 「この先の砦に袁術様に呼応する軍勢五千が控えています。食料も潤沢に蓄えているようです。この人々全員とはいきませんが、袁術様のご家族を含め、主要な方々はそちらに避難していただくのが得策です」


 洛陽らくよう周辺の侠を集めて旗揚げした劉勲りゅうくんという男の話である。あざな子台しだい

 青州の生まれで、昔は同じ侠である袁術と覇を競い争った仲だ。理由は定かではないが、袁術軍への随身を希望し、袁術の命でこの汝南に陣を構えていた。

 昔ながらの袁術軍の将校たちは、この一筋縄ではいかぬ相手の随身を聞いて眉をひそめている。

 特に柱石である紀霊きれい張勲ちょうくんといった重臣たちは劉勲に対し激しい敵愾心てきがいしんを燃やしていた。

 もちろんそんな事情など孫策たちはおろか、呂範ですら知りえない。


 流民の流れは止まっていた。

 目前に現れた五万の軍勢に怯えて前に進めないでいる。

 騎馬隊を率いる呂蒙りょもうたちが馬を走らせて、袁術の家族を探し始めた。おそらく袁術軍のわずかな兵に守られているはずだ。見つけ出すのに時間はかからないだろう。

 敵が攻めてくるまでは時間はある。その敵は守りを固める陣形をとっている。猶予は充分だった。


 左右の敵は案山子である。

 無視して中央のみを狙うことになる。

 孫策の他に関羽かんう張飛ちょうひといった豪傑たちが前列に並んだ。周瑜、程普、趙雲らも隙間なくその後に続くことになる。

 天下に誇る突撃力を持った布陣であった。

 よほど戦慣れをしていない限りはこの突撃をいなしきれないだろう。そして周昕の首を獲れば五万の軍は簡単に瓦解する。

 左右の袁譚、曹昂の陣が混乱を助長するような動きをとるはずだった。


 問題はあくまでも「はず」という話だ。

 袁譚の軍が突然牙をむいてくるかもしれない。曹昂の軍が動かなくても、袁譚の軍が黙って見過ごすとは到底思えなかった。もしかすると袁紹・曹操と示し合わせた孫策の軍を壊滅させるための罠かもしれない。周昕は袁紹・曹操派なのだから。


 やがて、呂蒙が袁術の家族を庇護したという報が入った。


 全軍突撃の命令が下されようとしていた。


 これが、袁術軍対袁紹軍の最初の戦いとなる。


 周辺の諸侯を巻き込み、この戦いは何年も続くこととなるのだ。


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