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第21回 関羽と呂蒙の出会い

孫策・周瑜に合流した趙雲・関羽・張飛。

運命の出会いが待っていた。

第21回 関羽と呂蒙の出会い


 豫州よしゅう汝南じょなん

 こちらでは刺史代行である孫策そんさく公孫瓉こうそんさん軍の助力を借りて、賊徒の二大勢力を撃退していた。


 汝南に蔓延る賊徒の群れは大きく分けて五つ。

 「五黒風ごこくふう」と呼ばれており、残る勢力は三つとなっていた。


 「なんや、この大勢の人間たちは……」

騎馬隊を率いる子猿の様な少年、呂蒙りょもうが眼前に広がる光景を見て驚きの声をあげたのも無理はない。永延と続く人の列は地平線の彼方まで連なっていた。

 「十万、いや十五万はいるかもしれませんね。おそらく南陽なんようの街から逃れてきた人たちでしょう」

周瑜しゅうゆが奏でるような声でそう答えた。


 「それではこの中に袁術えんじゅつ様のご家族が……お救いしなければ」

白銀の甲冑に身を包み、ひと際凛々しい白馬に跨っている趙雲ちょううんがおろおろしながら人の列を見渡し始めた。

 「また、お嬢ちゃんの袁術さまー、が始まったか」

虎髭の巨漢、張飛ちょうひが失笑すると、趙雲はずかずかと張飛の前に馬を寄せ、

「私の父は生前、袁術様にいろいろ助けていただきました。その御恩に報いるのは娘としての私の義務です。袁術様がお困りになっているのであれば、出来る限りの支援をしたいと私は考えています。もちろん主君である公孫瓉様にご迷惑がかからない範囲の話ですが。今回の遠征の目的も袁術様とのよしみを太く、深く築くため。そのためにこの地を訪れています。ですので私の行為に誤った点があるとは思えません」

真っ赤な顔をしながら云い放った。

 張飛がハイハイといった感じで何度も頷きながら耳の穴を指でほじる。 


 「伯符はくふ(孫策の字)、袁術様のご家族を保護するのは私たちの役目でもあるぞ。孫堅様は袁術様の娘とけんとの縁談を進めている真っ最中。ここで見殺しにはできぬ」

 周瑜の言葉を聞いて、孫策は難しい顔をして悩み始めた。

 十万人以上の中から見つけ出すなど気が遠くなるような作業だ。

 元来、孫策は政治的な話にはまったく興味が無い。強いものと戦い倒す。それだけが孫策の頭の中にある。


 「公瑾こうきん(周瑜の字)よ、いったいどこを目指して進んでいるのだ、この連中は」

孫策が面倒くさい雰囲気を前面に押し出してそう云うと、呂蒙が、

「この辺りの村や町はみんな五黒風に略奪され、燃やされとるんや。安住できる場所に行き着くためには、まだ二百里(100㎞)は歩まんといかん」

「南陽からここまでも随分と距離がある。体力の限界を感じて脱落する者も大勢出てきているようだな」

関羽かんうが豊かな顎鬚を掻きながら、鋭い眼差しで行列を見つめて云った。


 確かに地面に倒れ込む者や動けなく者が後を絶たない様子だった。

 特に老人や子どもたちだ。満足に食事もとれずに歩き続けてきているのだろう。その周囲では、家族の大人たちが何とかしようと悪戦苦闘していた。


 「若殿、周辺を探る斥候からの報告です。三万を超える賊徒の群れがこちらに向かっているようです。至急、陣を立て直しましょう」

孫策の補佐役としてつけられている程普ていふの進言を聞き、全員が慌ただしく動き始める。


 「たぶん、何儀かぎ何曼かまんの兄弟や。豫州一帯のきょうを集めて荒らし回っとる」

「なに、侠だと。小僧、侠とは信義に厚く、強きをくじき弱きを助ける男たちのこと。民を苦しめる賊徒と一緒にするな」

怒りに満ちた表情で関羽がそう云うと、呂蒙は青い顔をして震えながら、

「以前の侠のかしらたちはそうやったと聞くけど、それを皆殺しにして頭に収まった何兄弟は別や。殺戮が趣味みたいな連中で、腕もたち、誰も逆らえん」


 「わしも若い頃は侠の一員だった。侠の心意気は今でも失ってはおらん。侠の名をおとしめるその兄弟、わしがこの手で討つ」


 関羽が青竜偃月刀を頭上で振るう。

 張飛も面白そうだと横に並んだ。


「趙雲殿、わしのわがままをお許しください。いやなに、手勢五百ほど借りれれば充分」

有無を言わさぬ関羽の要求に趙雲も承知せざるを得ない。


 「黙って聞いていれば勝手なことを。これは孫家の戦いだ。余計な手出しは無用」

孫策が今にも斬りかからんと殺気を放って関羽を睨んだ。

「何だと小僧。誰に向かって口をきいている。」

関羽もまた青黒い顔に癇癪を浮かべながらこれに応じた。


 「まあまあ、お二人とも頭を冷やしてください。仲間割れしている場合じゃありませんよ」

趙雲が間に割って入った。

 香しい匂いが孫策の鼻孔をくすぐった。

 「孫策様の軍は連戦でお疲れのはずです。一度休息をとっていただくためにも、ここは私たちにお任せ下さい」

趙雲の真っ直ぐな黒い瞳が眼前の孫策に注がれる。


 珍しく孫策が目を逸らした。


 それを見て、了承の合図だと勝手に解釈した趙雲が笑顔で頷く。


 周瑜も同じく間に入って、

「ここを戦場にすれば、無防備な流浪の民が傷つきます。北に陣を移し、賊徒たちが民に接触する前に叩きましょう。趙雲殿のお言葉に甘えて、兵の疲れを癒すにしても寝て待っているわけにはいきません。いつでも後詰として動ける布陣で敵を牽制します」

その提案に全員が納得した。


 「陣を固めるのは結構。しかし、あくまで先鋒はこの関羽にお任せあれ」

小兄あにじゃ、もちろんこの張飛も一緒だ。さっきかされてこの蛇矛が暇して泣いているからな」

「あの、白馬義従はくばぎじゅうの七番隊はあくまでも私が任されている部隊ですからね。私ももちろん行きますよ」


 公孫瓉軍の三人が意気揚々と出陣の準備に取り掛かる。

 孫策は腑に落ちない表情でそれを見ていたが、止める素振はもうしなかった。


 確かに孫策の兵は疲労していた。

 何より負傷した兵が大勢いる。


 いつもであればこれぐらいの連戦など歯牙にもかけないはずの孫策が今回はまた随分潔く引き下がったなと、周瑜や程普は内心驚いてもいた。


 「小僧、お主はその兄弟の顔がわかるのか」

関羽に問われて、呂蒙はびくびくしながら頷く。

 呂蒙から見るとこの偉丈夫の関羽と張飛は悪鬼羅刹のような異様さを帯びて目に映っていた。

「よし。お主に先導を任せる。ついてこい。見つけ次第わしが斬る」

呂蒙の馬の手綱を握ると強引に引っ張っていった。

 「ちょ、ちょっと待てや」

「何だ」

「小僧やない。わしには呂蒙という名前がある。あざな子明しめいや」

喚く呂蒙の顔をじっと見ていた関羽であったが、やがてにっこりと笑って、

「そうか。それはすまん。よし子明よ、わしと一緒に敵の大将を討とう」

その笑顔がさらに呂蒙に圧迫感を与えたことはいうまでもない。


 これが後に大陸を揺るがす大戦の主役となる関羽と呂蒙の出会いであった。


 さて、北に陣を移した孫策軍と公孫瓉軍は、関羽を先鋒に立てて敵を迎えた。

 関羽、張飛を先頭に騎馬五百。

 その後ろに趙雲の騎馬千五百。

 後詰の孫策軍は二つに分けて、本陣を孫策が七千を率い、受けた傷の浅い兵三千は周瑜が西よりに布陣した。

 実際に戦うのは白馬義従の二千だが、相手は三万。後詰の本陣を警戒させることによってその三万を自由に動かせないようにするのが狙いだった。


 やがて敵軍三万が現れた。

 その八割は歩兵。弓を使う部隊もあるようである。統一された甲冑など身につけず、それぞれが思い思いの武器を手に並んでいる。


 明らかに後詰の動きを警戒していた。

 眼前の関羽の騎兵五百など誘導だと思って、まるで相手にしていない。


 そこが隙であった。


 関羽が吼えた。


 張飛も続く。


 呂蒙も遅れまいと必死についていっていた。その後を騎兵が続く。


 敵軍が五千ほどを西の周瑜に合わせて分けた。残り二万五千はまだ動かない。


 関羽と張飛が前衛に突っ込んだ。同時に数人の兵が弾き飛ばされる。


 道が開く。


 その勢いに驚いて敵兵が下がったのだった。


 騎兵五百がその間を突っ切る。


 「あれや。あれが何兄弟や!」

呂蒙が指さした先には筋骨隆々とした武者が揃いの馬に跨っていた。

 二人とも槍を手にしているが、構えてはいない。五百の騎兵など迷い込んだ蠅のようだとたかくくっているのだろう。


 関羽が一目散にそこを目指した。


 十騎ほどが邪魔立てしたが、一合も刃を合わせることなく首となった。

 横から慌てて襲いかかろうとした者たちは張飛の蛇矛で突き殺された。


 「侠の名を貶めるものよ、真の義侠、関羽雲長の刃を受けてみよ!」


 頭の毛をすべて剃りあげている何儀がようやく危機を察したが、時すでに遅し。関羽の振るう青竜偃月刀が神速で空を斬ると、槍の穂先もろとも何儀の首は宙に飛んだ。

 びっくりした何曼は目前に迫った張飛に顔を両断されて音をたてて地面に落ちた。


 続く五百の騎兵が本陣を二つに割り、趙雲の騎兵千五百がさらに二つに割る。


 浮足立った賊徒の群れは抗うことなくあえなく潰走を始めた。


 いつの間にか西から回り込んでいた周瑜の兵に追撃されて壊滅的な損害を受ける。



 「やはり、あの二人、ただ者ではありませんな。呂布りょふといい、あの関羽、張飛といい、天下には驚くべきもののふがいるものです」

孫策の本陣では程普がそう感心していたが、隣に立つ孫策の眼差しは、鋭い動きで騎兵千五百を巧に操る趙雲の姿にのみ注がれていた。


 「斥候より報告が入りました」

程普がまたかといった表情でとり継いだ。

「五万の兵がこちらに向かっているとのこと」

「今度は五万じゃと。残る賊徒の群れか」


 「いえ。旗印から豫州刺史、周昕しゅうきんの兵かと思われます」


 「周昕……若殿、来ましたぞ。しかし五万とは……それだけ兵を蓄えながら賊徒を野放しにしていたとは許せぬ」


 「程普様、ご報告の続きがございます」

「まだ何かあるのか」

「旗は周昕のものだけではありません。袁と曹の文字が見受けられました。おそらくは袁紹えんしょう様と東郡太守の曹操そうそうかと思われます」


 それを聞いて孫策の眼光が光った。

「ほう、あの曹操の兵か」

 孫策は一年前の汜水関での戦いで、洛陽らくよう占拠を思い出していた。一番乗りは孫堅軍のはずだったのだ。それをかすめ取ったのが曹操であった。


 「面白い。ひと時の休息をとることができたのは幸運だったな。これより全軍をもって周昕の軍を攻める。準備するように皆に伝えよ」


 そう云って孫策はニヤリと笑った。


 武で受けた屈辱は武を以て返す。


 それが孫家の仕来しきたりなのだから。


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